ストレンジャーズ   作:philo

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13 杏子の闘い

 杏子の言葉に応じるように、ルーミアが空中へ飛び上がった。

 そして、うつろな目のまま、手をかざし、光の弾を放った。

 杏子と凪はその場を飛びすさり、惣一は掌大の盾の玩具のようなものを目の前にかざした。すると、小さい盾はたちまち惣一の全身を覆うほどの大盾となった。惣一のフェイティア「キャッスルガード」。SRC学園の能力者が能力によって生み出した神秘の道具「フェイティア」。惣一は、自分の意志で自在に大きさを変えられる大盾のフェイティアの持ち主だった。堅牢な盾は、たちまちルーミアの弾幕を弾いた。

「荒っぽくいくが、恨むなよ!」

 凪が小型の拳銃を抜き放ち、ルーミアに向けて数発撃った。狙いあやまたず、肩口や手足に命中する。しかし、魔力で強化されているのか、その体はさほどの傷はつかなかった。

「いくぞっ!」

 杏子は槍を手にルーミアに突進した。が、すぐに身を翻して飛び退かねばならなかった。兵士たちの銃撃と、魔法使いの放った炎弾が、杏子を襲ったのだ。

「邪魔すんじゃねえ、てめえら!」

 怒声を放つ杏子を、木原がニヤニヤと見つめた。彼ら三人は、高みの見物だ。部下の兵隊たちに戦わせて、自分は悠然と観察していた。

 木原たちだけではない。兵隊たちも、すぐには近寄ってこない。銃を構え、魔法を唱える用意をしながら、しかし積極的に襲ってはこない。彼らの意図は明白だ。

 ルーミアを前に出して、三人と戦わせようとしているのだ。

「この外道共が……!」

 それに気付いた杏子が歯ぎしりをする。虚ろな表情のルーミアが宙を舞い、その手から光の弾幕を打ち出す。凪と杏子は弾の隙間を掻い潜って避けた。惣一は――避けない。懐から小型の盾の玩具のようなものを取り出して掲げた。すると、盾はたちまち、惣一の背丈ほどもある大盾へと姿を変えた。

 これが惣一のフェイティア、キャッスルガードだ。フェイティアとは、能力者が生み出す超常の道具だ。その形状も、剣や槍から指輪や本に至るまで多種多様だ。守りの戦に長けた惣一が大盾のフェイティアを発現したのも、また必然といえるのかもしれなかった。

 大盾は雨を防ぐ傘のごとく、ルーミアの弾幕をことごとく防いだ。

「杏子!」

 凪が叫ぶと、応、と言って杏子が飛び出した。そして弾幕を撃ち尽くしたルーミアに肉薄し、

「しっかりしろっ!」

 と叫んで槍を一閃させ、ルーミアに斬りつけた。いい一撃だった。たとえ魔力の強化がなくても、命を奪うには至らない。それでいて、気迫は十分にこもった、杏子らしい一撃だ。

 熟練の魔法少女の斬撃を受けて、ルーミアが空中でよろめく。その隙を逃さず、惣一が神速で弓矢を組み立て、ルーミアに放つ。一発、二発と矢が突き立った。ルーミアは苦痛の悲鳴ひとつ上げないまま無造作に矢を引き抜くが、その傷跡からは血が流れ落ちていた。

 何人かの兵士が、銃を撃って牽制しようとした。しかし、牽制は凪が先だった。凪の手早い銃撃に、兵士たちはたたらを踏んだ。この人数差なら、一斉にかかれば、もう少し違った結果になっていたかも知れない。それでも木原の命令がない以上、それは無理な相談だった。

「…………」

 魔力である程度強化されているとはいえ、もとがさほど頑強な身体や、強大な魔力を持った妖怪というわけではない。三人の攻撃をその身に受けたルーミアは、たちまちふらふらしだして、宙を飛ぶ高度もぐっと落ちてきた。

「ルーミアの動きが鈍くなってきたな。今のうちだ、佐倉!」

「――、よしッ!」

 惣一の言葉に、杏子が再びルーミアに突進した。ただし、今度はルーミアを斬るためではなく、ルーミアを説得するためだ。同時に惣一と凪も突進し、ルーミアと杏子を左右からかばった。木原はまだ動かない。芝居見物でもするような悠然たる態度で、ニヤニヤ見ているばかりだ。実際、彼にとって三人の生死などどうでもよく、この「実験」でどんな結果が出るのかにしか興味はないのだろう。

「ルーミア! お前、目を覚ませよっ!」

「…………」

 杏子がルーミアの虚ろな瞳を正面から見て叫ぶ。

 ルーミアは、答えない。

 杏子は構わず、さらに大声を張り上げた。

「紫が……! 故郷のみんなが待ってるんだぞ! こんなところで悪い奴のいいなりになって、嫌じゃねえのかよ! そんな薬の束縛なんか、妖怪なら気合で跳ね除けて見せろよ!」

「ギャッハッハ! このガキ、面白いこといってやがるぜ」

 だしぬけに、木原が哄笑を上げた。

「ただの薬物じゃねえ。モンスター用の特製の麻薬だよ。説得しようったって言葉なんぞ通じねえ。録画して送れば、お笑いコンクール入賞決定の爆笑モンの光景だよなぁ、ブヒャヒャヒャヒャヒャ!」

「ふざけんじゃねえ! ルーミアは、こいつは道具じゃねえんだ! たとえ無駄と分かっていても……! 仮にもう死んでるとしても、だからって諦めきれるかよっ! あたしらは、こいつを……幻想郷に帰してやるために、ここまで捜査を続けてきたんだよ!」

「フヒャヒャ、ワシもこんな光景を見たことがあるぞ」

 ザボエラがニヤニヤしながら口を挟んだ。

「いつだったか魔王軍が村を攻撃し、大勢の村人を殺した時じゃったがの、一人の子供が母親の死体にすがって喚いていたんじゃ。母さん、起きて、早く逃げよう、じゃとよ! その母親は顔は無事だが心臓は吹っ飛ばされて、どう見ても死んでおるのに! 人間ちゅうもんは、本当に現実を受け入れられないで足掻くようなみじめな生き物なんじゃのお、グヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 その残酷な言葉に杏子は激高した表情を向けるが、惣一はザボエラに目ひとつくれずに言った。

「ほざいてろ。本当に、説得が無意味と言い切れるのか?」

「あァ……?」

 木原が不快げに眉をしかめた。

「妖怪の精神は人間とは違う。貴様らの生体工学は人間のものであって、妖怪の研究ではない。そして何故、ルーミアを殺して完全に道具にしてしまわん? そうできない理由があるのだろう? 小物とはいえ幻想郷の住人を『殺害』すればあの八雲紫の逆鱗に触れ、全面戦争になる。そうだろう……?」

「……!」

 杏子が目を見張って惣一を振り向き、木原はさらに苛立たしげな顔をした。

「チッ……てめえ、ずいぶんこしゃくな口きくじゃねえか。その舌引っこ抜いて、舌きりスズメみてーにしてもらうのがお好みか?」

「言ってろ。俺の言葉を否定も嘲笑もせんならそれで充分だ」

 木原のぞっとするような視線と声も、惣一にはなんらの感慨も衝撃も与えることはなかった。

「しょせん貴様は学園都市の使い走りなんだよ。それより佐倉、早くそのガキを叩き起こせ。この間抜け共の相手は俺がしてやる。貴様は、貴様にできることをしろ」

 殺せ、と木原が兵士に合図を送る。数人の兵士がタイミングを合わせて惣一に発砲したが、やはりキャッスルガードの守りを抜くことはできない。かえって、兵士の一人が凪の銃撃を受け、わめき声を上げてのけぞった。NBテリトリーによって傷はつかないが、闇の中的確に撃ってきた凪の一撃は、兵士に衝撃を与えた。

「ああ……ありがとうよ、河内さん……!」

 そして杏子は、救助すべき少女を振り返る。

「ルーミア! ルーミア! お願いだ、起きてくれ!」

 そのか細い肩を掴んで、激しく揺さぶる。

「あたしはお前のことを何も知らねえ。そんなあたしの声なんか聞けねえかも知れねえ……! でも、お願いだ! あたし、お前と友達になりたいんだ……! お前のこと、もっと知りたいんだよ! 汚い世界と隔離された幻想郷で、平和に暮らしてきた日々をさ……取り戻そうぜ、ルーミア! 罪もないお前を道具扱いするような悪党共に好きにされて、悔しくねーのかよ、お前っ!」

「ギャハハハハハハハ! こいつはウケるぜ、罪もないと来なすったか!」

 再び、木原の嘲笑が飛んだ。

「何がおかしい、てめえっ!」

「幻想郷の妖怪の多くは人肉食だ。そのガキも、怯えて逃げる人間を捕らえ、泣き叫ぶそいつを殺して食ってるんだよ!」

「――――ッ!?」

 木原の言葉に、杏子が愕然とした。

「ば、馬鹿なこと言うな……!そんなこと、あるわけ……!」

「何も知らないガキが、自分の見たい夢だけ見てんじゃねえよ! 平和な理想郷だって!? そんなもんねェんだよ! 幻想郷はよぉ、力のある奴がすべてを支配し、偽りの平和を楽しむディストピアだ。そのガキも、その汚れた世界の一部に過ぎねえ。そんなダニ野郎を俺が道具扱いして何が悪いんだ、あァ!? 大体てめーも、泣き叫ぶ牛や豚を誰かが殺したお肉を食って生きてるじゃねえか! 俺がそいつを道具にするのは、何ひとつ間違ってねえ! てめえらの掲げる薄甘い理想論こそ、最初から破綻しまくりなんだよ!」

「……。うう……あああ……ッ!」

 木原の言葉は、毒を塗られたナイフとなって杏子の心をえぐった。

 杏子は茫然と立ち尽くし、その足ががくがくと震え出した。吐き気をこらえるかのように、うめき声が口から漏れる。

 だが、

「冷静になれ、杏子! その悪魔の戯言に惑わされるな!」

 凪の毅然とした叫びが、冷水のように杏子に浴びせかけられた。

「あァ!? 何がどう戯言だ!?」

 木原が嘲笑とともに叫ぶ。

「俺の言うことはすべて正論。反論の余地もねえ、筋の通った議論じゃねーかよ!?」

「確かにお前の言う通りさ。この世はしょせん弱肉強食、他人の命を奪わないと生きていけない世界だ」

 そう言って、凪は木原をキッとにらんだ。

「けど、だからといって、悪者に捕まった気の毒な女の子を助けていけない理由にはならないんだよ!」

「ほざきやがれ! 正義面しかできねえガキが!」

「ルーミアは妖怪だから人を食うかも知れない。でもな、幻想郷では人と妖怪が共存してるという情報もある。人を食い物にしてるのは木原、てめーだ。正論を言ってるようで、てめえの価値観を押し付けてるだけなんだよ。弱肉強食だけが世界の原理なら……ガンジーもマザー・テレサも、偉人として讃えられたりなんかしなかった!」

「……っ!」

「てめェ……」

 杏子の顔に生気が戻ってきたのを見た木原は、顔をしかめる。

 先ほどの惣一の時よりさらに苦い顔で、凪を見つめた。

 可能ならば、今すぐ攻撃命令を下し、三人とも細切れ肉にしてしまいたかった。だが、命令を下しても、この手練れの三人が始末できるとは限らない。破壊や殺戮にためらいを持つ木原ではなかったが、進行中の実験を無下にする気にはなれなかった。動作不良を起こしたパソコンを、ただ電源を引っこ抜けば解決するとは限らないようなものだ。

 それをいいことに、凪は声を励まして言った。

「現実を知ったような顔でしたり顔してるのはてめえだよ、木原。お前もしょせん、一面的にしかものを見てないんだ。ルーミアが人食いの怪物だろうと! 今のそいつは、悪人に利用された気の毒な女の子で、オレたちはそれを助けに来たんだ! この構図に迷うべき余地なんかない。杏子、お前の信じる道を突き進め! お前は間違ってなんかいない。お前が本当にやりたいことを、今やって見せろ!」

 凪の両目に、炎がきらめいた。

 「炎の魔女」の二つ名通りの、誇り高い激情で美しく頬を染め、荒々しく息を弾ませる凪の表情は、木原の悪意に絡め捕られかけた杏子に、カンフル剤のような効果をもたらした。

「――――、よしッ……!」

 杏子が掌と拳を打ち合わせるのを見て、

「……クソが。このガキ、先に殺しとくべきだったぜ」

 木原は己の段取りの悪さを悔やんだ。

 敵は、この革つなぎの少女だった。この冷静と情熱を併せ持った、冷たい論理を制御しつつなお熱い心を微塵も失わない少女をこそ、なんとしてでも排除しておくべきだったのだ。

「なんとも熱い演説だな……俺にはできん。やはり助手を雇って正解だったな」

 惣一も、別の観点から凪に賞賛を小さく送った。

 杏子は、もはやそちらを見ていない。彼女はただ、見るべきものだけを見ていた。

「ルーミア! 聞いただろ、凪の言葉を!お前にだって、生きる権利はあるんだよ! たとえお前が人食いの怪物だろうと! お前に悪気なんかない! 精一杯生きてる子供なんだよ! それを薄汚れた機械を使って操り人形にするような悪党の言いなりになっていい理由なんか! どこにも! ありゃしねえんだよ! お前に根性があるなら、今すぐに――」

 言いつのりかけて。

「――ぐッ!?」

 杏子は、呻き声とともによろめいた。

 間近から撃たれた、光弾の一撃に胸を撃たれて。

 撃ったのは。

「ルーミア!!」

 凪が緊迫した声を上げる。

「…………」

 ルーミアは、虚ろな顔のまま、右手を掲げて立っていた。

 必死で自分を救おうと呼びかける相手を撃ったということすら知らず、妖怪の少女は、ただ操り人形のように、ぼうっとその場に立ち尽くしていた。

「やーれやれ……名演説だけど、そろそろ勘弁して欲しいねぇ。鳥肌がヤベーんだわ」

 木原が、殺意の滲んだ笑顔で、右手のリモコンを掲げてみせた。

「言っただろ、そいつは俺が操作してるって? 至近距離で無防備にべらべら喋ってる奴を撃つなんざ、あっという間のことなのさ。くだらねえ戯言で俺をイラつかせた罰だ。このままとっととくたばっちまいな!」

 木原が一斉攻撃を開始しないのは、実験の失敗を恐れたためだけではなかった。

 より効果的な、より残忍で相手の心をえぐるやり方を、密かに模索していたからだった。

 彼は決して、冷徹に効率を追求するだけの男ではない。より効果的に相手をなぶれる、より自分が甘い愉悦を啜れるやり方を探すためなら、多少の犠牲や失態は顧みないタイプの男だったのだ。

 そして今、木原はそのやり方に辿り着いた。救われるべき少女の手で、救いにきた少女を刺させる、無惨なやり方に。

 木原はほくそ笑みながら、リモコンのスイッチを立て続けに押した。

 光弾が乱れ飛ぶ。

 杏子の肩に、腕に、太腿に、熱と衝撃の塊が次々と炸裂する。

 いかに強靭な耐久力と再生力を持つ魔法少女でも、何度も直撃を受けて、無事ではいられない。

「ぐああああああっ!!」

「杏子ぉ!!」

 苦痛の絶叫を上げる杏子に、凪が思わず、敵の部隊との均衡を崩して駆け寄ろうとするが、それを惣一が冷静に制した。

「落ち着け、霧間。……佐倉、貴様はそれで終わりか?」

 惣一は杏子に、先ほど杏子が無傷だった時と、まったく変わらない視線を向けた。

 たとえ、やられているのが年端もゆかぬ少女だろうと。

 たとえ、救うべき少女によって救いにきた少女が撃たれる惨状だろうと。

 まだ杏子は死からはほど遠い。そればかりか、手足も無事に繋がっている。身体に穴ひとつ開いてはいない。多少、打撲傷の派手なものが出来た程度だ。それも、後に残る傷などありはしない。惣一は知らないが、そもそも魔法少女に跡は残らない。

 ゆえに惣一に動揺は無い。ただ淡々と杏子に――この場の最前線で戦う戦友に、落ち着き払って助言を送った。

「ルーミアは弾幕使い。至近距離では大技は撃てん。離れたらそのままやられるぞ。俺が貴様なら、穴の二つや三つ開けられようと、そのぐらいで諦めたりはせんぞ」

「ふざけんじゃねえ。あたしだって魔法少女だ……地獄ぐらい見てきてんだよ」

 杏子は、惣一を振り向いて笑った。

 十四歳の少女が浮かべるには、あまりに凄惨で――そして、あまりに力強い、修羅場をくぐった戦士の笑いだ。

「かつてあたしは父親を殺した……あたしが死に追いやってしまったんだ。それから、魔法少女として地獄を這う日々だ。奇跡も希望もなく、ただ化け物を狩るだけの日々……! そんなあたしにも、守りたいものが出来た! ルーミア、お前にだっているだろうが。大事な奴の一人ぐらいはよ! そいつの元へ戻れよ、ルーミア!」

「…………」

 澄ました顔で木原がスイッチを押す。

 また一発、光弾が炸裂する。

 今度は、杏子の顔面にだ。

「がぅ――――っ!」

「あんたねぇ、そのままじゃマジで死ぬわよ! そんなガキなんか放っといて逃げればいいのに、バカじゃないの!?」

 ふらつき、苦痛にのたうち回るのを全身の忍耐力でこらえる杏子に、エトナが呆れた叫びを上げた。

 顔面にデッドボールを受けたようなものだ。普通の人間なら、顔がトマトのように潰れていただろう。魔法少女という超人とはいっても、鼻を、目を、魔力の弾に直撃された苦痛は、並大抵ではないだろう。

「……っるせぇ、てめえにゃ……わかん、ねえよ」

 汗と血を、ぼたぼた垂らしながら。

 それでも杏子は、歯を食いしばって、崩れ落ちるのをこらえて立っていた。

 そして、燃えるような視線をルーミアに向ける。

 したたる血のような言葉を、ルーミアに投げかける。

「ルーミア……お前だって、辛いだろうがよ……悪党にいいように利用されて、散々痛い思いして、お前、それで……いいの……かよ」

「…………」

 ルーミアは、応えない。

 まるで人形が話しかけられたかのように、無表情な顔で見返すばかりだ。

 ザボエラが嘲笑を放った。

「ヒヒヒ、無駄なことじゃい。そいつは完全に洗脳されておる。学園都市の『学習装置(テスタメント)』は脳を直接操作するからのう。呼びかけたぐらいで解ければ苦労はせんわい!」

 木原も、鼠をなぶる猫のような笑みを浮かべた。

「いやぁ、ビデオカメラ持ってくるんだったぜ。無駄とわかってる説得を必死でする姿、しかも当の相手に撃たれながらだ! 酒のさかなに最適だぜ。いいや、マスかきのオカズにぴったりかもなぁ、ぎゃははははははは!」

「……好きにあざ笑えよ。たとえ世界中から笑われようとも、やり遂げるべきことがあるもんだ。杏子は……お前らが思うより、ずっと強いんだ」

 凪は言った。その声は小さかったが――そこに篭もる感情は、何者にも負けないほどに強かった。

 その声に背を押されたように、杏子がルーミアに穏やかに言った。

「ルーミア……あたしは、お前に会うのも初めてだ。お前がどんな遊びが好きかも知らねえ。だから、あたしに教えてくれよ……お前が何が好きなのか、さ」

 そして、杏子は。

 武器を置いて、少女を抱き締めた。

「…………!?」

 ルーミアが、びくっ、と震えた。

 それまで何をしようと――銃で撃たれ、槍で斬られても眉ひとつ動かさなかったルーミアが、まるで蜂に刺されたように、激しく反応した。

 その様子を見て、エトナが驚きの声を上げた。

「あ、あいつ!」

「あったけぇな……妖怪ってのも、ちゃんと暖かいんじゃねえかよ。なぁ、感じるか? あたしの体温……」

 杏子は。

 母が子を、夫が妻を、親鳥が子鳥を慈しむように。優しく妖怪の少女を抱きしめ、そっと頬に頬を寄せた。

 そして、熱い言葉を耳に囁く。

「恐くない……恐くないよ。あたしがこうやって、そばにいるから……!」

「…………」

 ルーミアは応えない。

 応えない――が、しかし。

「撃て、ルーミア! そいつの脳天を撃ち抜け!」

 木原がこれまでにない焦りを見せて、リモコンのボタンを連打する――が、しかしルーミアは動かない。

 彼はルーミアが自分の脳を焼き切るほどの魔力の出力を指示した。それでもって、杏子もろともルーミアを死に追いやろうとした。しかしルーミアは、応えない。

 木原は忌々しげに、地団太を踏んだ。

「あァ……? どうなってやがる? そいつの脳天には制御プログラムがびっしり詰まってるってのに! 俺の制御装置の支配を逃れるなんて、有り得ねえ!くそ、どうなってやがる!」

「科学者なんてのは脆いものだな。理論に合わない事態になると、すぐに取り乱す」

 まるで嫌いなテニスの選手がミスをしたのを見た時の観客のように、冷淡な言葉を惣一は吐き出した。

 そして、次の瞬間。

「――霧間っ! チャンスだ、そのまま眠らせろ!」

「応っ!!」

 凪が疾駆する。

 たちまち銃弾が、炎弾が、氷弾が降り注ぐ。当たれば、普通の人間である凪の命はないだろう。

 だが、惣一が即座に割り込み、キャッスルガードを構えた。「虎牢卿」の二つ名を取らしめた堅牢極まりないフェイティアは、ただの一発の弾たりとも、惣一と、そして凪の身に届かせはしなかった。

 そして――凪は、ルーミアに届いた。

 杏子に抱きすくめられ、凍りついたように身動きをしないルーミアの、その首筋に凪が注射針を突き立てる。たちまち、ルーミアはかくんと首を垂れ、ぐったりと杏子に身を預けた。

「よし! 麻酔注射が効いたぞ!」

 凪が喜びの声を上げた。

「これでルーミアの身体は昏睡状態だ。つまり――」

 言い終えるより早く、広い室内に光が戻った。

 兵士たちの何人かが、まぶしさに慣れず、必死で目をこすった。

「うっ!? こ、これは!?」

 あたふたと周囲を見回すザボエラに、惣一が冷ややかに鼻を鳴らした。

「つまり、敵を守っていた闇の結界も解除されるというわけか。好き放題言ってくれた返礼をようやく返せるな?木原数多」

「チィ……ッ」

 そのわずかな隙をも、霧間凪は無駄にしなかった。

 彼女は、近くの机の陰から駆け戻り、

「ルーミアは物陰に寝かせておいた。これで、敵は手出しはできないはずだ。あとは、木原たちを打ち倒すだけだ!」

「よおし、こうなりゃ元気百倍だぜ!」

 杏子が勇躍して叫び、そして闘志に満ちた視線を木原たちに向けた。

「おいてめえら、ルーミアにひでえことしやがった報い、たっぷりとくれてやるから覚悟しな!」


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