ストレンジャーズ   作:philo

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12 囚われし宵闇

「よォーこそ、命知らずのコンクリ詰め志願者共! 俺を退屈させないために来てくれて有難う!」

 大仰な動作で両手を広げて、木原が朗らかに笑いながら言った。

「あんまりコトが順調に運びすぎて、刺激がなくて困ってたんだわ。お前らみたいな正義面したバカ共が来てくれて助かるぜ」

 敵の部隊は油断なく身構えてはいるものの、すぐに攻撃してくる気配はない。しばらく相手が会話を楽しむ気だと知った惣一は、舌戦に応じるべく口を開いた。

「貴様がボスか。フン、自信満々だな。名前ぐらいは名乗ったらどうだ? 三秒ぐらいは覚えていてやるぞ」

「あァ、そうだなあ。どうせこれから地獄に行く奴に内緒にしておく意味もねえよなあ。俺は木原数多。どこの誰かは……知ってる奴は、いるかな?」

 その名乗りに凪が、

「木原だと……? もしや、学園都市の科学者『木原一族』か!」

「木原一族……? 何だそれは」

 惣一が眉をひそめた。

「オレも詳しい情報は知らない……ただ、学園都市の闇に深く関わる科学者の一族だ。聞いた話では、一族のほとんどが脳のネジのぶっ飛んだ狂科学者で、イカれた実験を繰り返すという……」

「……ッ!」

 凪が慎重に言うと、その言葉の内容に杏子が顔をひきつらせた。

 一方、木原は誇らしげに笑った。

「ヒャッハッハッハッ!! 悪くはねェな、外部からの情報収集で木原の名を知ってるだけでも充分及第点だよ! 『炎の魔女』霧間凪だっけか? てめえのような厄介なのが混ざってるとあれば、もっと慎重にやるべきだったかもなぁ。失敗、失敗……何やってんだかなぁ、俺ぁ!」

 一人で納得し、一人でバンバンと額を叩いてみせる。その大げさで派手な動作は、三人を警戒させるに十分だった。

 だが、そんなことに構わず、空気を読まない言葉を投げた者がいる。

 エトナだ。

「えらくアップダウン激しいじゃないの。木原の旦那。こんな奴ら、とっとと排除しちゃえば……」

 言いかけた途端、

「あだっ!?」

 いきなり額に、硬いボールペンがぶつかった。

 木原が正確にエトナの額を狙って投げつけたのだ。

「いったいわね。何すんのよ、バカ木原!」

 悪魔の少女は怒って喚こうとするが、不意にその言葉が途切れた。

 急速にテンションをトーンダウンさせた木原の、底冷えのするような視線を浴びたのだ。

「うるせぇな。黙りやがれ。てめえが余計なことしてくれたせいで、こいつらが今ここにいるんだろうがよ。厳重注意じゃ済まねえぞ、あ? ここできっちり働いてくれねえと、そのお体でツケ払ってもらうことになるぜ」

 先ほどのハイテンションとはうって変わって、陰にこもった不気味な威圧感のあるつぶやき方だった。ただ先ほどとも共通しているのは――何をしだすかわからないという危うさだった。

 この男は、談笑しながら平気で相手を射殺できるタイプだ。そのことを、惣一たち三人は、実感として理解していた。

 木原は、エトナをにらみつけて口を開いた。

「確認すっぞ……わかってんのか!?」

 ドスのきいた恐喝。

 普通の市民なら聞いただけで腰を抜かしてへたり込みそうな一喝に、さすがのエトナも気を呑まれたように、冷や汗を拭いながら言い返した。

「……! わ、わかってるわよ……! こいつらぶち殺せばいいんでしょ、要するに!今すぐ始末してブタのエサにしてやるわよ!」

 大声で叫ぶのは、同盟相手に威圧された悔しさを紛らわすためか。あるいは心中によぎった恐怖の感情を認めたくないがゆえか。いずれにせよ木原数多という超能力者でも改造人間でもない普通の人間は、強力な魔力と肉体を持った悪魔をビビらせたのだ。

「ヒヒヒ、そういうことならワシも乗らせてもらおうかの」

 一方でザボエラは、脅かされているのが自分でないから平然たるものだ。卑しいニヤニヤ笑いを浮かべながら、獲物を狙う獣の目で三人を見やった。

「ちょうど次の魔導生物の実験体が欲しかったところじゃからのう、ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」

「くそッ……この外道ども!」

 杏子が歯噛みして叫ぶと、惣一が淡々と言った。

「ガキをさらうような連中が外道なのは知れきったことだ。貴様ら、ルーミアをどうした? あまり俺達を失望させるような返事を返すと、貴様らの首で補償することになりかねんぞ」

 その言葉に、木原が歓喜の叫びを上げた。

「カッコイーッ! その人の命を屁とも思わねえ物言い、惚れちゃいそうだぜチクショー!」

 そして、なだめるように手を振ってみせると、

「心配すんなや、落ち着け! 今すぐ囚われのお姫様と会わせるからよぉ! ……出しなっ!」

 木原はザボエラに指示を出した。

 心得たザボエラが手元のスイッチを押すと、部屋の中央にしつらえられていた大きなカプセルが開き、中から一人の少女が現れた。

 探し求めていた、黒いドレスに金髪の妖怪の少女が。

「あいつがルーミアか!」

 目指す目的を発見した興奮に、杏子が声を高めた。

「紫の写真の通りの黒いドレスに金髪だな。けど……何かがおかしいな」

 凪は眉をひそめ、

「おい、ルーミア! オレ達の声がわかるか?」

 と呼びかけた。

 しかし、

「…………」

 金髪の妖怪少女は、何も答えない。

 本来なら朗らかで活きのよいであろう少女の顔は無表情で、その瞳は虚ろで光がなかった。凪の声にも、ピクリとも反応を返さない。

「ど、どうしたんだよ……ルーミア! おい、ルーミアってば!」

 杏子も狼狽し、泣きそうな声を張り上げた。

 五体は無事だ。目につく外傷もない。それでも、その精神が無事には――どう見ても見えなかった。

 信じたくないものを必死で押し殺すかのように、呼びかけを続ける杏子に、

「ハッハッハ……ハッハッハッハッハッハッハ!!」

 と木原は、腹の底から愉しそうな哄笑を浴びせた。

「おいおい、このガキが俺のもとへ来て何日経ったと思ってるんだよ? その間、何の処置もしないでおいたとでも思うか?

 残ァーん念でしたァ! このガキの脳味噌にはたっぷりウイルスをぶち込んで、俺の忠実な操り人形に変えておいたのさ! 俺の手のリモコンで自在に動く、哀れな戦う人形ってわけさ。ざまー見やがれ!」

 木原の残酷な言葉と哄笑に、杏子が激怒した。

「な、てめえ、なんてことをぉ!!」

 それへエトナが鬱陶しげに眉をしかめた。

「うっさいわねー、熱血すんじゃないわよ。五体満足で対面できただけ、マシじゃん」

 ザボエラも満足げに笑いながら続けた。

「木原殿はさすがに考えに抜け目がないわい。これなら、人質に刃を向ける手間も省ける。なぜって、この娘の救出が目的で来た貴様らは、この娘が襲って来ても殺すわけにはいかないからのォ、くひゃひゃひゃひゃ!」

 その言葉に、今度は惣一が、底冷えのする視線を向けた。

「吹いてくれるな……俺達が先に、貴様らを皆殺しにできないとでも?」

「ああ心配すんなや、そう言うと思ってスペシャルな趣向を用意しておいたんだ」

 と木原は、惣一の殺気を十分予期していたように冷静に笑って言った。

「俺の発明を楽しみな。NB(ナイトバード)テリトリー、展開!」

 そして木原が卓上のスイッチを押すと――ルーミアの体から、暗闇が広がった。

「ッ!?」

「これは……」

 明かりのついた室内を、突如として闇が覆う。

 周囲を警戒する惣一と凪に、木原が得意げに言葉を投げた。

「驚いたか? これこそ、このガキの『闇を操る程度の能力』を抽出して作ったNBテリトリー。この空間の中にいる限り、闇に阻まれててめえらの攻撃は俺達に当たらねえのさ。ぎゃははははははは!」

「な、なんだと!?」

「いやー、このガキの潜在能力はなかなか大したもんよ? 木原さんが目をつけるだけのことはあるわ」

 エトナが楽しそうに言った。

「わずか三日でこんな装置を組み上げちゃう木原さんも大したもんだけどね。ホント、敵に回したくない人だわ」

「ワシらはおろか兵隊共にも攻撃は当たらない。唯一当たるのは救出対象のルーミアだけ。この状況を一体どうやって打破するつもりじゃ!? ヒヒヒ、ハハハハ、ヒャーッハハハハハ!!」

「くっそぉ……! なんてことをしやがる!」

「木原……! 貴様、ルーミアをどうするつもりだ!」

 怒り顔の杏子に続いて、凪も険しい顔で木原を見た。

「元が未成熟な妖怪の潜在能力だ。こんな無茶な力の引き出し方をして、無事に済むわけがない!」

「そうだなあ。死ぬかも知れないわなァ。で、それがどーかしたってぇのかい?」

 木原は鼻をほじりながら言った。

「ッ……!」

「たとえばお前ら、歯磨き粉のチューブが残り少なくなってきた時どうするよ? 歯ブラシで中身をしごき出し、場合によってはチューブをハサミで真っ二つにして、最後の最後までしぼり取るだろ!? 資源ってのは有効に使うモンだ。それがエコってもんだろ、うぎゃははははははは! 僕らのために命を差し出してくれてありがとうルーミアちゃん、あなたのことは二秒ぐらいは忘れませんってなぁ。ぎゃはははは!」

「ッ、野郎ォ――――!!」

 木原の哄笑に杏子が逆上して、赤い槍を手に突進しようとするが、それへ惣一が冷ややかな声をかけた。

「落ち着け、ガキめが。あんな外道の挑発に乗るな」

「だ、だってよッ!」

「腐ってもあのガキは妖怪だ。薬物に対する抵抗力も、人間とは違う。何とかして弱らせて、説得してみろ。無駄かもしれんが、やれることはそのぐらいしかない。熱血したり友情の炎を燃やしたりするのは、貴様の方が得意だろう。やってみろ、佐倉」

「……っ!」

 惣一の言葉に杏子から逆上が消え、かわって決意と不安の間で揺れる表情が現れた。

 そんな杏子に、凪が力強く言った。

「大丈夫だ。お前ならできる。道はオレたちがつけてやる。必ずルーミアを取り戻せ!」

「……、わかった。そうでなきゃ、あたしも来た意味がねえもんな」

 そして杏子は、キッと無表情なルーミアを見据えた。

「待ってろよ、ルーミア。お前は必ずあたしが助けてやるからな!」


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