学生たちの行き交う中央商店街。
その外れに、ペンギンが三羽いた。
いや、よく見るとペンギンとは少し違う。ポーチを身につけ、背中にはコウモリのような羽が生えている。そもそもペンギンは、商店街ではなく、南極にいるものだ。
彼らはプリニー。
とある異世界において、罪人の魂が封じ込められた生物であり、生前の罪をつぐなうために魔界や天界で働く存在だった。
その存在意義を証明するかのように、プリニーの一匹がこう言った。
「ふぅ……これで頼まれた買い物は全部ッスかね」
もう一匹が買い物袋の中を確認しながら言った。
「そうッスね。サツマチップ、がじゃりこ、ジャンボフランク、オムおにぎり、カメコーラ、パンダグレープ、ほか色々ッス。それじゃ、アジトに戻るッスかね」
三匹目のプリニーが提案した。
「みんな、せっかく町に出たんだから、ゲーセンでも行かないッスか? アジトへ戻っても、どうせ木原様やエトナ様にこき使われるだけの未来しか見えないッスよ」
「駄目ッスよ。パシリが遅くなったら、エトナ様にどんな目に遭わされるか知れたもんじゃないッス。それに木原様、どーもエトナ様以上に人使いが荒くて処罰が恐いオーラがプンプンッスしね」
「あー、あの『猟犬部隊』とかいう人間共、木原様をえらく恐がってたッスからねえ」
「どこの世界でも下っ端はつらいものッスねえ」
三匹目がいうと、最初のプリニーがため息をついて、
「言っても仕方がないッスよ。さあ、早いところアジトへ――」
言いかけたところで、
「待て! こらあっ!!」
恐い顔をした杏子が、三匹の前に飛び出した。
「うわひゃあ!?」
「な、なんッスか~!?」
突然現れた槍を持った少女に、三匹が狼狽していると、その隙に惣一と凪がさっさと包囲し、退路を塞いだ。
何人か横を通った学生が物珍しげにその様子を見ていたが、特に惣一たちを手伝おうとしたり、あるいはプリニーたちを助けようとしたりするものはいなかった。
「なるほど、マスターDから聞いた通りだね。しゃべるペンギンが買い物してるよ」
「……こんな時でなければ関わりたくない馬鹿馬鹿しさだが、今の会話を聞く限り、こいつらが手がかりで間違いないようだな。貴様ら、ここで何をしていた?」
惣一が眼鏡をぎろりと光らせて質問すると、プリニーの一匹が必死にかぶりを振った。
「ひいい~! し、知らないッスよ~!」
「ここでしゃべったらエトナ様に殺され……い、いや、とにかくオレらには手がかりなんかないッスよ!」
三匹目も必死な顔でうんうんと頷いている。
「フン……どうやら痛い目に遭わないとわからないようだな?」
「ま、待てよ! その、あんまり乱暴はやめろよ」
ボキボキと指を鳴らし始めた惣一に、杏子があわてて言った。
「お優しいことだな。だが、余裕のある状況ではない。こいつらの無事とルーミアの無事、どっちが大事だ?」
「そ、それは……っ」
杏子が口ごもると、例によって凪が惣一をなだめた。
「まあ河内さん、中学生をいじめるなよな」
そして、プリニーたちに向き直り、大人が幼稚園児に話をする時のようにしゃがみこんで言った。
「えっと、君らはボスの命令で買い物に来たんだよね」
「な……なんのことッスかね」
一匹目が、冷や汗を流しながら口笛を吹いてみせたが、凪は構わず続けた。
「だってそうだろ? 君らみたいな目立つ奴らが、好き好んで危険な街中を歩くとも思えないしね。さっきの会話からするに、無茶な命令でパシらされてたんじゃないのかい?」
「え……え~と、それは……」
「そんな横暴な命令を出す奴だったら、どうせ部下なんて簡単に切り捨てるだろうからね……オレ達は君らを帰す気はない。だとすればそのエトナってボスは、君らが勝手に逃げたと思うだろうね。その時になってオレ達が君らを放り出したら、お前らはどうなる?」
「…………っっ!」
凪の言葉に、二匹目のプリニーが顔面蒼白になった。
「ひいい~~~!! 殺されるッスよ~~~!!」
「に、逃げないと丸焼きにして食われちまうッス!」
残る二匹が口々に喚くと、二匹目がぼそりと言った。
「……逃げるってどこへッスか? オレ達も木原様の案内でアジトまで来たッスよね」
「まごまごしてたら、あっさりエトナ様に見つかって、そんでもって……」
『…………』
三匹は、顔を見合わせて絶句した。
どう考えても、制裁される未来しか思い浮かばない。
「結論は出たかい?」
そんな三匹の様子を見ながら、凪が言った。
「ちなみにオレ達に協力してくれれば、君らをかくまってあげてもいいよ。河内さん、手配できるよね?」
「ああ、それは簡単だ。騎士団でもかくまえるし、樹海の或真先生のつても使える。その気になってかくまえば、たとえ小者3人だろうと、手出しをするのは騎士団に喧嘩を売ることにほかならないからな」
惣一の言葉に、一匹目のプリニーが目を輝かせた。
「た、助かるんスか、オレたち!?」
「ああ。オレ達に協力さえしてくれればね。君達だって、敵に捕まる危険を冒してお菓子なんか買いに行かせるようなボスに義理立てすることもないだろう?」
「ま、そりゃそうッスね」
二匹目が頷くと、三匹目も同意した。
「エトナ様、ぶっちゃけオレらをティッシュ以下にしか思ってないッスし……」
「決まりだね。それじゃ、アジトの場所を教えてもらおうか」
凪が快活に言った。
「…………」
「さっそく行くよ。ん? どうした、杏子」
歩き出そうとした凪は、ふと杏子が黙って自分の方を見ているのに気付いて聞いた。
杏子は少し口ごもりながら、
「いや……あんた、やり方がうまいなって思ってさ。あたしじゃ、あんな風にうまく丸め込んだりとか、難しいかなーって……」
「何、オレは少しばかり要領が良いだけさ」
凪は苦笑した。
「必要に迫られれば杏子にもできるよ。ただ、それは今じゃないだけさ。案外わりとすぐに、杏子の力が必要となる時が来るんじゃないかな?」
「そう、かな……」
「よし、敵のアジトの場所は聞き出した」
凪と杏子が話している間に、プリニーから情報を聞いていた惣一が言った。
「なんと三財閥の出資する警備会社『樽田セキュリティサービス』の事務所の一つだ。所員が丸々、敵と入れ替わっているそうだ。あの会社め……三財閥には忠実かと思ったら、とんだところに腐ったリンゴが混じっていたわけだな」
「見つからないわけだね。まさか島の警備を引き受ける会社の事務所が敵のアジトに変わってるなんて誰も思わないからな。樹海や廃ビルに潜んでるとこっちが思うことぐらい、敵も余裕で想定してたってわけか」
「島中の廃ビルを洗うことは、人数さえ出せば1週間とかからずにできるだろうしな。樽田がいくらで抱き込まれたかは知らんが、あそこも一枚岩ではないということだろう」
そう言って惣一はあごをつまんで思案顔で言った。
「この事実はいいな。騎士団をあなどる樽田社長にねじこみ、こちらの権限を増大させる材料に使える」
その言葉に、杏子が呆れた声を上げた。
「こんな時にまで政治の算段かよ! んっとに、汚い大人だなあんたは」
「河内さんは仲間のためを思っているんだよ。だからあまり責めてやらないことだね。ともあれ河内さん、その算段はルーミアを助けた後だってのはわかってるよな?」
「言わずもがなだ。……ペンギンどもは近くを巡回していた騎士団員に渡しておいた。俺の直筆のメモを渡したから、麻生は重要人物として保護する。あとは、間髪をおかずに樽田の事務所へ押し込むまでだ」
「待ってろよ、ルーミア!!」
杏子が、拳を掌に打ちつけて気合いを入れた。