南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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春分の日に雪!



第五十九話 ノース・カロライナ轟然

1

 

深海棲艦極東艦隊は、駆逐艦を前衛に立たせ、その後方から戦艦五隻、巡洋艦七隻がそれぞれ単縦陣を組んで後続していた。

 

 

計四十隻以上の大艦隊は針路190度に変針し、離脱を図ろうとする人類艦隊の追撃に移る。

彼らからしたら人類艦隊は、不遜にも自らの拠点を攻撃してきた「外敵」であり、一隻足りとも逃す気は無かった。

味方の潜水艦攻撃で敵戦艦二隻を落伍させ、現在は殿の敵戦艦に集中砲火を浴びせている。

生き残った敵戦艦四隻はバラバラの状態であり、統制の効いた射撃など望むべくもない。

湾口に展開していた三つの敵水雷戦隊も、数隻を撃沈して追い払った。

 

もう一押しで勝利が手に入る、敵艦隊の艦艇を一隻残らず沈めることができる。

という楽観が、この時の深海棲艦にはあった。

 

 

 

 

 

 

ーーー最初に機雷に接触したのは、駆逐艦群の一番艦に位置していたイ級駆逐艦だった。

 

イ級は接触した瞬間、大きく仰け反る。

右舷側には巨大な水柱がそそり立たせ、小柄な艦体が苦悶にのたうちまわるように身震いした。

火災こそ発生しなかったが、喫水線下に大穴を穿たれ、前のめりになって停止する。

 

先頭のイ級に破局が訪れている頃、二隻目、三隻目と後続のイ級駆逐艦も被雷している。

二隻目のイ級は、一隻目と異なって艦尾に接触させた。

艦尾が跳ね上がり、粉砕されたスクリューや舵を海面上に覗かせた。

次の瞬間には振り戻すように艦尾を海に叩きつけ、大きな水飛沫を撒き散らす。

一隻目同様、数秒間ノロノロと海上を進んだあと停止した。

 

三隻目は、停止した二隻目をかわそうと右に舵を切った直後に、艦首に機雷を接触させた。

鋭い艦首で小突くように被雷したため、瞬く間に艦首が消失し、一隻目のイ級以上に仰け反る。

艦首に大穴が開き、全速航行も祟って大量の海水が艦内に侵入していた。

たちまち後続の四隻目、五隻目のイ級も被雷し、火災を起こしながらうなだれる。

 

今や、前衛の駆逐艦群は大混乱だった。

合計すると駆逐艦九隻が被雷し、うち六隻が黒煙を上げながら停止している。残った三隻も、喫水を深く沈めながらノロノロと進むことしかしか出来ていない。

無事な駆逐艦は状況がわからないようで、ただただ海上を右往左往とするだけだった。

 

機雷の魔の手は、機雷原に差し掛かった巡洋艦部隊にも襲いかかる。

 

JTFを追って真っ先に機雷原に突入したリ級重巡は、艦首右舷側と艦中央の左舷側、右舷艦尾に一発ずつの機雷を被雷させた。

全長二百メートル前後と、日米英海軍の重巡に劣らない大きさの艦体が熱病の発作のように身震いし、三本の水柱がそれぞれの接触箇所に噴き上がる。

機雷が炸裂するや、破砕エネルギーが喫水線下の対魚雷装甲を喰い破り、破口を穿つ。

三メートル四方の穴を三箇所も穿たれたリ級は、喫水を大きく沈め、ル級戦艦に合わせて二十ノットで進んでいた速力が五ノットまで低下した。

 

その後方を追走していた二番艦のホ級は、速力を大幅に低下させた一番艦のリ級をかわそうと後進全速を掛けたが、間に合わない。

鋭利な艦首がリ級重巡の右舷艦尾に突っ込み、金属的な叫喚と共に艦首を大きくひしゃげさせた。

 

ホ級を受け止めたリ級は、それが決定打となった。

基準排水量八千トン激突の衝撃によって浸水が倍以上になり、一層喫水を沈める。

 

そのホ級軽巡も、一発を接触させた。

水柱がそそり立ち、やや間を開けて火柱に変化した。

艦首がリ級の舷側に食い込んでいるため、ホ級の受けた衝撃はもろにリ級に伝わる。

二隻とも大地震のような凄まじい衝撃に襲われ、二つの艦体が共鳴し、大音響を発した。

 

その頃、タ級戦艦、ル級戦艦各一隻も数発の機雷を接触させている。

 

 

最後尾の敵戦艦ーーー「ノース・カロライナ」を砲撃していた一番艦のタ級戦艦は、巨大な艦体も相まって、五発の機雷に被雷した。

 

日本製機雷の一号機雷はワイヤーで五個の機雷をつなげているタイプも敷設しており、この機雷の場合、ワイヤーに艦首が引っかかれば、それに引っ張られて五発全てが舷側に接触させることになる。

 

タ級が被雷したのは、まさにそれだった。

 

 

強靭な防御力を持つタ級戦艦といえど、機雷五発の同時直撃には耐えられなかった。

接触させた刹那、「ノース・カロライナ」や「プリンス・オブ・ウェールズ」に劣らない巨体が盛大に揺れ、艦首周辺に五本の水柱が奔騰する。

機雷五発の集中艦首被雷に耐えられなかったのだろう、巨大な艦首がその影響で引きちぎられ、粉砕された断面が海中に晒された。

分離された艦首は数秒間浮いていたが、やがて海中に没してゆく。

 

食い破られたらような断面から一挙に海水が侵入し、タ級戦艦やや前のままゆっくりと停止した。

 

タ級が停止している頃、三番艦に位置していたル級も炎上しながら停止している。

こちらも艦首に受けたようで、前のめりになって完全に行き足が止まっていた。

 

 

深海棲艦艦隊が大損害を受けたことは、誰の目にも明らかだった。

 

 

 

 

2

 

「敵戦艦一番艦、速力低下。三番艦、行き足止まります!」

 

「CICより艦橋。敵駆逐艦は九隻が接触した模様。他にも巡洋艦二隻が停止。敵艦隊の隊列、乱れます」

 

戦果報告が、続々と「ノース・カロライナ」艦橋に上げられる。

報告が上がるたびに歓声が沸き起こり、誰もが喜色を浮かべ、仲間と喜びを分かち合う。

敵戦艦からの砲撃も止んでおり、周辺は一時的な静寂に包まれていた。

聞こえるのは遠くから鳴り響く敵艦の被雷音のみだ。

 

 

最終的に、戦艦二隻、巡洋艦三隻、駆逐艦九隻が被雷した。

いずれも海上にその身体を横たえており、火焔に艦体を炙られている。

浸水が激しいのか、傾いて艦底部を覗かせている艦もいた。

 

スプルーアンスは、そんな敵艦隊をじっと見つめながら、CICからの報告を待つ。

 

「CICより艦橋。敵艦隊、機雷原を突破した模様。健在な敵艦、戦艦三、巡洋艦五、駆逐艦約二十。敵戦艦の針路190度」

 

やはり…と、スプルーアンスは呟いた。

敵艦隊は機雷によって大損害を受けながらも、隊列を引っ掻き回されても、戦いを投げ出すようなことはしない。

「駆逐艦一隻でも残っている限り、『外敵』を駆逐する戦いはやめない」と言いたげな闘志だ。

 

被害を受けても怯まず、自力でJTFの罠を食い破り、湾外へと躍り出したのだ。

 

(それでこそ…深海棲艦だ)

 

スプルーアンスは敵艦隊に呼びかける。

もしも湾内に引き返されれば、殲滅は困難になってしまう。

スプルーアンスとしはそれはなんとしても避けたかったため、深海棲艦の闘志はありがたかった。

 

 

敵艦隊は隊列を乱されながらも、JTFの斜め後ろから追いすがる針路を取って追撃してくる。

それを一瞥し、スプルーアンスは隊内電話で二つの指示を飛ばした。

 

「“サクリファリス”より全艦。“ナイト”、“ポーン”目標、敵駆逐艦。“ルーク”、“ビショップ”目標、敵巡洋艦。“キング”、“クイーン”目標、敵戦艦。全艦、戦闘態勢」

 

素早く各部隊の目標を振り分け、更に命令を続けた。

 

「“クイーン1、2”目標、敵戦艦一番艦。“キング4”目標、敵二番艦、“キング1”目標、敵三番艦。各艦、準備完了しだい射撃開始せよ!」

 

 

“クイーン1、2”こと「プリンス・オブ・ウェールズ」と「フッド」でタ級を砲撃し、残ったル級二隻を「ノース・カロライナ」と「コロラド」が一隻ずつ受け持つのだ。

タ級戦艦は三連装四十センチ砲を三基九門搭載しており、深海棲艦最強を誇る。

その強力な敵艦に英戦艦二隻をぶつけ、残ったル級を火力で勝る米戦艦が相手取るのだ。

 

「了解。本艦目標、敵三番艦。最後尾のル級だ」

 

艦長のアンリ・M・ステンレス大佐が射撃指揮所のサリー・デュロン砲術長に伝える。

すぐさま復唱が返り、「ノース・カロライナ」の主砲が仰角を上げ、敵三番艦に狙いを定める。

 

 

「『セントルイス』前へ出ます。『ヘレナ』『サヴァンナ』後続」

 

「“ナイト”各艦、針路120度。増速します!“ポーン”も同様!」

 

CICと見張員から報告が上げられる。

スプルーアンスの下令に従い、各艦が敵艦隊と戦闘状態に入るべく態勢を整える。

 

最初に砲撃を開始したのは英海軍Z部隊の「フッド」だった。

 

発砲した瞬間、艦周辺が昼間と化し、物見櫓のような巨大な三脚マストと、後部マスト、後部のX、Y主砲塔が火焔に照らされて白光に浮かび上がった。

左側に巨大な火焔が噴き出し、海面がさざ波によって白く染まる。

X、Y砲塔の砲身が一本ずつしか仰角を掛けていなかったため、交互撃ち方であろう。

「フッド」艦長のアーヴィン・グレンニー大佐は、交互撃ち方によって着実な命中を目指すようだ。

 

続いて、Z部隊旗艦「プリンス・オブ・ウェールズ」が発砲する。

「フッド」と同じく、閃光によってガッチリとした艦橋とマストを浮かび上がらせ、左舷側に発砲の火焔が噴き出した。

搭載主砲の口径が小さいため、「フッド」よりも火焔の大きさは小さいが、数が多い。

「プリンス・オブ・ウェールズ」は三十六センチ砲を四連装二基、連装一基に分けてて計十門搭載しており、交互撃ち方では五門が砲弾を撃ち出すことができるのだ。

魚雷一本を喰らっているはずだが、そのようなことは感じさせない。力強い砲撃だった。

 

 

「プリンス・オブ・ウェールズ」発砲の余韻が収まる前に、ステンレス艦長がスプルーアンスに言う。

 

「射撃準備完了しました」

 

その言葉にスプルーアンスが軽く頷くと、ステンレスは射撃指揮所に「射撃開始」を連絡する。

 

「射撃、開始!」

 

ステンレスの号令一下、凄まじい轟音が鳴り響き、英戦艦二隻の数倍はあろうかという閃光が「ノース・カロライナ」を包み込んだ。

何度も体験しているはずだが、慣れるものではない。

腹の中のものが出そうな感覚に襲われ、数秒間視界が暗転する。

 

艦首から艦尾までを発砲の衝撃が貫き、巨艦「ノース・カロライナ」を轟然とさせた。

 

音速の二倍以上の初速で発射された三発の四十センチ砲弾は、大気との摩擦で真っ赤になりながら、目標であるル級戦艦へと弓なりの軌道を描きながら、飛ぶ。

 

 

 

スプルーアンスは、着弾の時を待った。

 

 

 

 

第五十九話「ノース・カロライナ轟然」

 





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