南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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イカ大王
「最近…小説がなかなか書けんなぁ、どうしたんだろう…?… ハ ッ、まさかプロのライターがよくなる『スランプ』というヤツでは無いか⁉︎(嬉)」


風巻
「絶対ちげえだろ。どう見てもアマチュアだろ!」






第三十八話 炎の九七艦攻

1

 

「後方より、敵雷撃機接近。数九!」

 

見張員の悲鳴じみた報告が「飛龍」艦橋内に響き渡った。

 

二航戦司令の山口多聞少将が「飛龍」の後方を見やると、接近してくる甲型雷撃機の凶々しい姿が、目に映る。

事前に何度も写真で見た姿だが、人類の航空機に見慣れた山口にとっては、異形の翼だ。

その怪鳥ともいえる九機の敵機が、第二戦隊の戦艦四隻を突破し、発艦作業中の「飛龍」を攻撃しようとしているのだ。

 

 

「こちらに矛先を向けて来たか…!」

 

山口は苦り切った表情を作った。

二航戦の針路は風上に合わせるため、南西にとっている。

北東から出現した敵編隊に対して反対方向になるため、運が良ければ……と、淡い期待を抱いていたが、簡単に打ち砕かれてしまったようだ。

 

「飛龍」はまだ発艦作業を終わらせていない。

「飛龍」よりも早く発艦を開始した「蒼龍」「龍驤」からは、「発艦、終了ス」と電文が来ていたが、飛龍」の飛行甲板上には、依然十機前後の九七式艦上攻撃機が残っている。

発艦させるべき航空機は零戦、九七艦攻合わせて二十四機。半分以上の航空機を上げたが、作業は終了していないのだ。

 

後方から近づいてくる敵雷撃機編隊に、水上機母艦「千代田」と、対潜警戒として二航戦の周辺に展開していた「嵐」「舞風」が立ちはだかる。

今まで「飛龍」の横や後ろを追従して警戒に当たっていた三隻だが、反転し、敵機と相対する。「飛龍」と敵雷撃機を結んだ線の軸線上に割り込み、その身を盾にするようにした。

 

「千代田」の十二.七センチ連装高角砲二基と、「嵐」「舞風」の十二.七センチ砲計六基が、「飛龍」を守るべく砲撃を開始する。

小太鼓を連打するような音が響き、敵編隊の周囲で砲弾が炸裂し始めた。

黒色の花火のような硝煙が立て続けに発生し、無数の破片や弾子が敵機の周辺にばら撒かれる。

 

 

砲弾炸裂の轟音が響く中、山口は「飛龍」の飛行甲板に視線を向けた。

残っている九七艦攻が、一機、また一機と飛行甲板を蹴り、大空へと舞っていく。

 

(焦るなよ……訓練通りにやるんだ)

 

山口は思った。

 

見たところ、順調に発艦作業は続けられているが、甲板作業員や艦攻搭乗員の間には焦慮の念が広がっているのがわかる。

発艦のテンポは通常よりも早く、甲板の縁を蹴る艦攻の動きはややぎこちない。

何十、何百と繰り返した動作でも、焦りながらやってしまっては大事故に繋がる可能性がある。

こういう時だからこそ、慎重に進めてほしいと考えていた。

 

 

一機の敵機が至近距離で砲弾の炸裂を受け、粉々に爆散する。

怪鳥の姿が一瞬で搔き消え、爆炎と黒煙が空中に湧き出した。

 

撃墜された敵機の正面を進んでいた敵機には、二十五ミリ機銃の火力が集中される。

無数の二十五ミリ弾が投網のように命中し、白煙を吐きながら空中をのたうつ。

その敵機は帰還不能だと判断したのか、とんがった機首を「嵐」に向け、残った力を振り絞りながら真一文字に突入した。

 

 

直後、「嵐」の後部ーーー第二、第三主砲の間ーーーに体当たりした敵機は、瞬時に消失し、変わって真っ赤な爆炎が艦後部に噴き上がった。

 

駆逐艦の小さい艦体が大きく打ち震え、凄まじい数の塵と火焔が四方に飛び散った。

瞬く間に速力が衰え、射撃を続けていた主砲三基と二十五ミリ連装機銃五基が沈黙する。

 

 

「千代田」と「舞風」も、無事ではすまない。

 

これら二隻には、多数の機銃掃射が叩き込まれた。

敵機の下部に発射炎が閃らめいた…と見えた刹那、真っ赤な火箭が噴き伸び、「千代田」「舞風」の艦上を舐め回す。

 

艦のいたるところに被弾の火花が散り、艦体を弾丸がえぐる甲高い音が艦中に響いた。

 

果敢に発砲していた二十五ミリ機銃座にも、容赦無く機銃掃射が牙を剥く。

巨大な手に薙ぎ払われたかのように、機銃員達が吹き飛ぶ。

 

二十五ミリ機銃には申し分程度の防盾しかつけられていない。

敵弾は、その防盾を容易く貫通し、兵員の肉体を打ち砕いたのだ。

敵弾は給弾マガジンや操作ハンドル、ペダルをえぐり、銃座そのものを鉄クズに変えてゆく。

多数の兵員が血反吐を吐きながら仰け反り、朱に染まった甲板に這う。

 

被害は機銃座以外にも及んだ。

 

艦橋を掃射された「千代田」は、窓ガラスの大半を叩き割られた上、射殺される艦橋要員が続出する。

短い悲鳴で倒れ伏し、同艦長の原田覚(はらだ ただし)大佐をはじめとする艦首脳も負傷した。

 

「舞風」は艦橋は無事だったものの、機銃座全てを粉砕され、甲板上には血で染まった凄惨な状態が広がっている。

 

「飛龍」を守るべく身を挺した三隻は、敵機の攻撃に打ち負け、完全に沈黙していた。

高角砲のみならず、機銃弾すら一発も放たれない。

 

 

ーーあらかた「千代田」「嵐」「舞風」の対空砲を潰した七機の敵機は、これら三隻の頭上を通過し、高速で突き進んでくる。

 

「撃ち方始め。一機も近寄せるな!」

 

「飛龍」砲術長の国分智(こくぶん さとし)少佐が、味方の被害に臆することなく指示を飛ばす。

一拍開けて、真後ろに指向可能な四基の十二.七センチ連装高角砲が、轟然と撃ち始めた。

発射された八発づつの高速弾は、風を巻きながら後方に飛翔し、敵機の周辺で炸裂していく。

爆圧で左右に機体を煽られ、最右にいた敵機が翼を海面に接触させる。その敵機は左翼の先端を起点にコマのように一回転し、海面に滑り込んだ。

水飛沫とともに機体が見えなくなり、残骸は小さな渦と一緒に海中に沈んでいく。

 

だが、それ以上は撃墜されない。

煽られてよろめく敵機はいるが、残った六機は砲火など見えていないかのようにひたすら距離を詰めてくる。

 

間髪入れずに対空機銃の砲火が出迎えた。

ボフォース四十ミリ機関砲、二十五ミリ機銃、合計二十門以上が咆哮し、凄まじい連射音と共に多数の機銃弾を吐き出す。

 

「まだか…発艦は!」

 

山口は再び甲板に目を向けた。

 

「一機撃墜!」という報告が聞こえたような気がしたが、山口の耳には届かない。意識は、完全に発艦作業の進み具合のみに向いていた。

 

残りの艦攻は二機。一機が甲板を滑り出したところだ。

フルスロットルを開きながら飛行甲板を疾駆し、発艦を目指す。

 

「敵機、投雷‼︎」

 

見張員が、半ば絶叫と化した声で報告する。

 

(来たか…!)

 

山口は血眼になりながら、「飛龍」甲板と後方から接近中の雷跡を交互に見た。

最後の艦攻が進み始める姿と、後方から近づいてくる十本前後の魚雷の姿、この両方が見える。

「飛龍」は後ろから近づく魚雷から逃げるような形のため、相対速度は遅い。

それでも、間に合うかどうかは微妙な位置関係だ。

 

 

山口の額を汗がつたい、爪が食い込みそうになるほど拳を強く握りしめる。

最後の九七艦攻は、飛行甲板の最後尾から進み始め、徐々に加速していく。

爆音を轟かせながら艦橋脇を通過し、ひたすら進む。

 

一分にも満たない時間だが、山口は凄まじく長く感じていた。

 

 

そして……。

 

艦攻は事故を起こすことなく、飛行甲板の縁を蹴り、大空へと舞い上がった。

 

「やった!」

 

山口は喝采を上げ、それに続く形で艦橋内で歓声が爆発する。

誰もが喜びや安堵の表情を浮かべており、「万歳」の声がこだました。

 

ギリギリではあったが、「飛龍」は第二次攻撃隊の全機発艦に成功したのだ。

発艦した第二次攻撃隊の零戦二十七機、九七艦攻三十三機は、取り決められた集合空域で編隊を組み上げているだろう。

 

「頼むぞ、友永…!」

 

山口は、上空で待機しているであろう第二次攻撃隊総指揮官に、そう呼びかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛龍」の後部から衝撃が襲いかかり、巨大な水柱が奔騰したのは、丁度その時だった。

 

 

 

 

 

2

午前11時45分

 

第二次攻撃隊として発艦した戦雷連合六十機を率いる「飛龍」艦攻隊長の友永丈市(ともなが じょういち)大尉は、操縦桿を微調整しながら、正面上空の黒点の群れに攻撃隊を追従させた。

 

「怪盗を尾行する探偵みたいな気分ですね」

 

「違いない」

 

友永機で偵察員を務めている赤松作(あかまつ さく)特務少尉の笑いを含んだ言葉に、友永はそう答えた。

 

 

ーー第二航空戦隊司令部の当初の方針では、第二次攻撃隊は索敵攻撃を実施する予定だった。

索敵攻撃は失敗する可能性が高いが、そのリスクを負っても敵機動部隊を攻撃するという、リスクの高い苦渋の決断だったのだ。

 

だが、友永はそれを独断で封じ、別の攻撃法に切り替えた。

 

 

 

それは、「尾行」

 

深海棲艦の航空部隊は、第一次攻撃隊の帰還時を尾行して第一艦隊の位置を把握し、空襲を仕掛ける…という奇策を使ったが、友永はその時の敵に学んだ。

 

敵編隊は第一艦隊を攻撃したのち、空母に帰還するだろう。

その敵編隊を尾行し、敵機動部隊を発見次第攻撃する。一度深海棲艦が使った手だが、索敵攻撃よりは成功率は高いと思っていた。

現に、尾行を開始してから一時間の間、第二次攻撃隊は尾行対象の敵編隊に勘付かれていない。

ギリギリ敵編隊を見ることができる距離を保ちつつ、慎重に進撃したのが功を奏したのだ。

 

 

 

零戦二十七機、九七艦攻三十三機、合計六十機の第二次攻撃隊は轟々と高度三千の高空にエンジン音を響かせながら、尾行を続ける。

 

敵編隊が見えなくなりそうになったら速度を上げ、逆に近づきすぎたと判断すれば、速度を落とす。

周辺の雲量は多く、天然のヴェールとして攻撃隊を隠してくれていた。

太陽は右前方から上がっていくのが見えており、コクピット内に差し込んできた日光が、計器盤を照り輝かせている。

その反射光を眩しいと感じつつも、友永は正面上方に見える敵編隊から目を離さない。

敵編隊は先と変わらずに飛行しており、尾行している第二次攻撃隊に気付いた様子はなかった。

 

(問題は、敵機動部隊との距離だな…)

 

友永は、そう心の中で呟いた。

 

最低でも九七艦攻が往復できる範囲に敵機動部隊がいなければ、引き返さなければならないからだ。

もしもそうなってしまえば、危険を冒して発艦した意味がない。

攻撃隊を上げるために、第一艦隊は「飛龍」を戦列外に失うまでしたのだ。

 

友永は「飛龍」が被雷した時、その様子を上空から見ていた。

 

最低でも三本の魚雷が艦尾に命中し、「飛龍」の後部に巨大な水柱が上がったシーンは、鮮明に思い出せる。

 

自らの危険を承知で第二次攻撃隊を上げてくれた二航戦司令部や、現に犠牲になった「飛龍」乗組員のためにも、深海棲艦の敵空母は必ず撃沈しなければ…と、覚悟を新たにしていた。

 

 

そして、二十分ほど飛行した時だった。

 

 

 

「来た…!」

 

友永は短く叫び、自らの心臓が跳ね上がるのを感じた。

 

敵編隊が高度を落としつつある。

明らかに空母に着艦する仕草だ。

 

「全機、全機、こちら友永一番。敵編隊に動きあり。ただし攻撃隊針路、速度共にこのまま。今のうちは、奴らに味方だと思わせておく」

 

友永は、無線機の送信ボタンを押しながらそう言った。

 

もしも深海棲艦のレーダーに第二次攻撃隊が映っているのなら、帰還途中の味方だと思われている可能性が高い。

もしもそうなのであれば都合が良いため、少なくとも敵空母を目視確認するまでは、帰還中の深海棲艦機を装おうと考えたのだ。

 

「探偵の次は演者ですか…いつから帝国海軍は何でも屋になっちまったんですかね?」

 

こんな時にも関わらず、赤松は先と変わらない声色で言った。

 

流石は兵からのたたき上げで特務少尉の階級を得た人物である。

経験からくる胆力がしっかりと備わっていた。

 

「こりゃぁ喜劇か悲劇かわかりませんが、深海棲艦をあっと言わせる演技をしてやりましょう!」

 

赤松の後ろに座る電信員…村井定(むらい やすし)一等飛行兵曹も、赤松に続いて口を開く。

 

「そうだな」

 

二人の部下に頼もしさを感じつつ、友永はそう返した。

 

ーー深海棲艦機の編隊は高度を下げ続けており、先まで正面上空に見えていた黒点の群は、やや正面下方に見えている。

敵の高度は二千八百メートルほどだ。第二次攻撃隊よりも低い。

 

「友永一番より全機。毎秒五メートルの間隔で高度を落とす。俺に続け!」

 

そう全機に指示を飛ばし、ゆっくりと操縦桿を奥に倒した。

友永の操る九七艦攻の機首が微妙に下がり、高度計の針が反時計回りに動き出す。

 

「味方機…本機に続きます」

 

赤松が報告を上げる。

声色は、真剣そのものに変化していた。

バックミラーを見やると、三十二機の九七艦攻と二十七機の零戦が後続するのが見えた。

 

 

ーー第二次攻撃隊は、深海棲艦機編隊に続く形で三千…二千五百…二千…一千五百…と、高度を落としていく。

 

(雲が低い…)

 

友永は、周囲を見渡した。

 

周辺の雲は、かなりの雲量を持つことがわかる。

先までは第二次攻撃隊にとって重要な隠れ蓑だったが、それは敵艦隊にとっても同じだ。

高度千五百メートルを切ってもまったく海面が見えないのは、かなりの不安要素と言える。

 

それでも、第二次攻撃隊は薄っすらと見える深海棲艦機の後ろ姿を追いながら、高度を落とす。

 

高度計が一千メートルを指した時だった。

 

 

突如雲から抜け出し、視界いっぱいに青々とした海面が広がった。

 

 

「あいつか!」

 

友永の口からは、意識せずその言葉が飛び出していた。

 

前方の海面に見える多数の航跡。西から東に伸びており、東進していることを伺わせる。

単縦陣ではなく輪形陣を形成しており、その中央には三隻の大型艦がそれぞれ三角形の頂点に据えるように展開していた。

 

「敵艦隊見ゆ!」

 

友永は、正面の敵艦隊を凝視し、まじまじと観察する。

 

 

輪形陣の外郭には、四隻の巡洋艦と思わられる中型艦が三隻の大型艦を取り囲むように展開しており、駆逐艦と思われる小型艦三、四隻がそれら中型艦の間に収まっている。

輪形陣中央の三隻のうち一隻は、巨大な三脚マストを屹立させ、同じく巨大な砲塔四基を前部と後部に背負式に搭載しているのがわかるーー恐らくル級戦艦だろうーーが、他の二隻にはそれが無い。

艦首から艦尾まで平べったいまな板のようなものが乗っかっており、右側に艦橋のような構造物がちょこっと据えてある。

 

空母だ…。

 

「深海棲艦が空母を保有している噂は本当だったのか…」

 

友永が呆気にとられている間、赤松が切羽詰まった様子で叫んだ。

 

「友永隊長。敵編隊が!」

 

赤松の言葉が耳に入るや、友永は今まで尾行していた深海棲艦機の編隊に目を向けた。

半数前後の砲弾のような航空機が反転し、こちらに向かってくるのが友永の目を射た。

 

「くそっ。気付かれたか」

 

深海棲艦も馬鹿では無い。

雲というヴェールから抜け出し、この距離まで迫ったら流石に気付くというものだ。

逆に、敵艦隊を目視できる位置まで敵に勘付かれなかっただけでも良いのかもしれない。詳しくはわからないが、第一次攻撃隊は敵艦隊に取り付く前に多数の艦爆を撃墜されたと聞く。

 

それに比べてばどうということはない。

 

 

友永の命令より早く、制空隊が動く。

十八機の零戦が増槽を切り離し、その華奢な機体を敵編隊に相対させた。

 

「艦攻隊続け!」

 

友永は制空隊の動向を気にしつつ、無線機に怒鳴り込んだ。

同時に操縦桿を奥に倒し、九七艦攻を海面すれすれの低空へと誘う。

「飛龍」隊、「蒼龍」隊、「龍驤」隊の各艦攻隊は、直掩隊の零戦九機と共に急速に高度を下げた。

 

頭上では、制空隊と敵編隊の熾烈な空中戦が開始されている。

彼我の機体が縦横無尽に飛び回り、互いの機銃弾を叩き込む。

零戦は持ち前の機動力を存分に活かして甲型戦闘機をきりきり舞いにさせるが、甲戦も負けていない。

二機一組として、性能で勝る零戦に挑んでいく。

一機を狙うのに夢中になっていた零戦の側面を、もう一機の甲戦が突き、射弾を放った。

だが零戦は急加速で敵弾に空を切らせ、急接近した甲戦に二十ミリ弾を一連射する。

二十ミリという大口径機関砲弾にえぐられた甲戦は、破片と黒煙を吐きながら高度を落とす。

残った甲戦は諦めじと零戦を狙うが、その零戦はくるりと機体を捻り、甲戦をドックファイトに引きずり込む。

 

 

零式艦上戦闘機と甲型戦闘機の空中戦の眼下を、友永率いる艦攻隊はひたすら突き進んだ。

正面には敵艦隊が見えいるが、肉薄までは程遠い。

必中を期すには、まだ距離を詰める必要があった。

 

「友永一番より艦攻全機。突撃隊形作れ」

 

友永は、指揮下の艦攻隊に指示を飛ばした。

 

友永の指示を受信するや、三十三機の九七艦攻は各艦攻隊ごとに横一列に展開する。

 

 

味方機が突撃隊形に移行したのを見計らって、友永は新たな指示を出した。

 

「『飛龍』隊目標、敵空母一番艦。『蒼龍』『龍驤』隊目標、敵空母二番艦。全軍突撃せよ!」

 

そう言った直後、艦攻全機は一斉にフルスロットルを開いた。

風圧で海面に水飛沫が盛大に上がり、高度六メートルの超低空で三十三機の艦攻が突撃を開始した。

 

眼下に見える海面は凄まじく近く、高速回転するプロペラが海面を叩きそうだ。高度六メートルは、少しのミスが命取りになる途方もなく危険な高度である。

だが、飛行時間一千時間を超えるベテラン勢が揃った二航戦艦攻隊は、事故を起こすことなく、その高度をひたすら進撃する。

 

 

「正面上方、敵機!」

 

赤松が叫んだ。

友永が目を向けると、五、六機の甲型戦闘機の姿が見える。

恐らく、艦隊上空を警戒していた直衛の戦闘機部隊であろう。

 

直掩隊の零戦が突出する。

友永機の頭上や左右を風を巻いて通過し、敵機に立ち向かう。

 

次の瞬間、零戦と甲戦は高速ですれ違った。

零戦一機と甲戦三機がほぼ同時に火を噴き、数秒と経たずに海面に叩きつけられる。

 

甲戦と艦攻隊の距離はほとんどない。刹那、直掩隊を突破した四機の甲戦は機体下部に発射炎を閃らめかせた。

 

九七艦攻は九九艦爆と違い、正面に発砲できる機銃を装備していない。

よって、敵機への対応は回避のみに限られる。

甲戦が放った射弾が到達した時、友永機はそこにいなかった。

機体を捻って、機銃弾に空を切らせている。

 

だが、艦攻隊全体から見れば無事とは言えなかった。

 

敵弾を回避した友永機の左真横から、真っ赤な閃光が発せられる。

友永が首をひねると、機体を炎上させる九七艦攻の姿が見えた。

位置的に、「飛龍」艦攻隊二番機の世良泰(せら やすし)飛行兵曹長が操る艦攻であろう。

「飛龍」に着任したての友永を、艦攻隊二番機の機長として支えてくれた若い艦攻乗りの乗機が、真っ赤に燃えている。

その炎は、コクピットまで及んでいた。

 

「世良…!」

 

友永は叫んだ。聞こえないとわかっていたが、叫ばずにはいられなかった。

その声に反応するかのように、世良が友永に向けて敬礼する。

 

己の身を火焔に焼かれながら、世良は立派な敬礼を送ったのだ。

 

世良機の底部から黒い塊が投下され、海面に水飛沫を上げる。

敵艦隊との距離はまだ遠いが、タダではやられたくないと思ったのだろう。

直後、世良機は海面に滑り込み、バラバラに砕け散った。

艦攻隊は全速力を出しているため、白い水飛沫はすぐに後方に過ぎ去る。

 

「仇は打つ!」

 

友永はそう短く叫び、再び正面の敵艦隊を睨みつけた。

 

機銃を乱射させながら艦攻隊の頭上を通過した敵機を追い、直掩隊の零戦も頭上を通過する。

 

敵機による被害は、世良機のみだった。

敵機は、艦攻隊の後方で直掩隊に捕捉されており、一機、また一機と撃墜されている。

 

敵機の迎撃を排除した艦攻隊に、新たな壁が立ちふさがった。

艦攻隊の周囲で爆発が連続し、衝撃が各九七艦攻に襲いかかる。

 

敵艦隊が対空射撃を開始したのだ。

 

輪形陣の外郭を固める巡洋艦、駆逐艦。輪形陣の内側に位置している戦艦、そして空母までもが、自らの身を守るために高角砲を咆哮させる。

 

真っ正面の至近距離で炸裂を喰らった九七艦攻は、プロペラを吹き飛ばされ、エンジンカウンタリングを引き裂かれ、機体のいたるところをえぐられる。

一瞬で推力を失った艦攻は、ジュラルミンの破片を飛び散らせながら海面に滑り込んだ。

 

とある九七艦攻は、左真横で炸裂を受ける。

左主翼がバッサリと弾き飛ばされ、瞬間で錐揉み状態に陥った。

くるくると回転しながら海面に叩きつけられ、盛大に水柱を発生させた。

 

頭上で砲弾が炸裂した九七艦攻は、向かってきた鋭利な破片で搭乗員が即死した上、爆圧で機体を海面に接触させる。

次の瞬間、勢いよく機首を海中に、機尾を空に向け、墜落していった。

 

三機を瞬く間に撃墜された艦攻隊だが、怯まずに突撃を続ける。

 

友永の視界内には、巡洋艦一隻と駆逐艦三隻、絶え間無く炸裂する敵弾の姿が捉えられていた。

巡洋艦から発せられる発射炎の数が、駆逐艦の倍以上あるのがわかる。

対空特化の、ヘ級軽巡洋艦なのかもしれない。

 

友永は、操縦桿を若干右に倒した。指揮下の九七艦攻も友永機に続く。

正面に見えていた巡洋艦が左に流れ、対空砲火の密度がやや薄くなったのを感じた。

それでも、左右や上方で立て続けに砲弾が炸裂し、機体を煽る。

炸裂の爆音が友永の耳をつんざき、四方に飛び散った敵弾の破片が機体を叩く。

 

対空砲火は高角砲のみではなかった。

機銃も射撃を開始したらしく、無数の敵弾が艦攻隊に迫る。

拳ほどの大きさを持つ敵弾が友永機の頭上を掠め、後方に過ぎ去った。

 

「八番機被弾!『蒼龍』隊にも被害!」

 

赤松が報告をあげた。

 

左右に首を振ると、味方機が黒煙を吐きながら海面に突っ込んだ瞬間が、友永の目に映った。

立て続けに四機が敵弾を喰らい、撃墜されてしまったのだ。

 

これで三十三機いた艦攻隊は、八機を撃墜されて、二十五機にまで減ってしまった。

艦攻隊の雷撃力の低下は免れないであろう。

 

 

それでも、突撃は続く。

 

友永は、鋭い視線で輪形陣の穴を探した。

 

敵空母に肉薄するためには、深海棲艦の外郭ラインを突破するしか無い。だが、このままでは突破までに多数を撃墜されかねないと判断したのだ。

 

「巡洋艦と駆逐艦の間をすり抜ける!」

 

友永は、そう一喝するように指示を出した。

正面には盛んに射弾を飛ばす巡洋艦と、同じく対空火器を撃ちまくる駆逐艦が見える。

それでも、両艦の間は対空砲火が薄くなっているのを、友永は見抜いていた。

 

艦攻は、低空からひたすら敵艦と敵艦の間を目指す。

 

頭上には凄まじい数の敵弾が通過しており、眼下には海面が広がっている。

少しでも高度を上げれば敵弾に粉砕され、少しでも高度を下げれば海面に接触して墜落する。

 

敵弾と海面。この狭間の、狭い空間を二十五機の九七艦攻は突き進んだ。

 

 

巡洋艦と駆逐艦が迫り、輪郭がはっきりとしてくる。

 

(へ級じゃない?)

 

友永は深海棲艦の艦種識別表を思い出し、首をひねった。

 

ヘ級軽巡洋艦は、十五センチクラスと思われる三連装主砲を前部と後部に二基ずつ配置しているが、右前方に見える敵巡洋艦は、駆逐艦に搭載するような小型の砲塔を、前部と後部に三、四基ずつ配しているのがわかる。

艦橋も、今までの深海棲艦の軍艦を印象付けていた三脚マストではなく、タ級戦艦のような箱型のそれに変化していた。

 

小口径砲の多数搭載、凄まじい対空砲火。

 

友永は思いたある節があった。

 

米海軍のアトランタ級軽巡洋艦と、帝国海軍の青葉型防空巡洋艦だ。

 

それぞれ、駆逐艦に搭載するような小口径高角砲、両用砲を主砲として多数搭載しており、「対艦能力の向上の著しい敵機から味方艦隊を守る」というコンセプトの元、生まれた艦だ。

 

右前方に見える巡洋艦は、深海棲艦が人類と同様の考えの元に建造した、防空新鋭艦なのかもしれない。

 

「だったら…!」

 

友永は、艦攻隊を危険な空域に誘導してしまったことになる。

 

「九番機がやられた!」

 

「七番機被弾!」

 

無線機から悲鳴じみた報告が上がり、それとほとんど同時に赤松が被弾機を報告する。

敵新鋭巡洋艦に近い二機の艦攻が、立て続け様に墜とされたのだ。

 

 

「怯むな。空母を叩くぞ!」

 

友永は、全味方機に大声で宣言した。

多数を撃墜されたが、依然二十機以上の九七艦攻が生き残っている。

制空戦の確保の為には、なんとしてでも敵空母を叩かなければならなかった。

 

駆逐艦と敵新鋭巡洋艦の間を、艦攻隊は高速で通過する。

 

次の瞬間、二十三機の九七艦攻は輪形陣の内側に侵入した。

 

正面には、二隻の敵空母と護衛の戦艦の姿が見える。

無数の射弾を飛ばしつつ、自らの身体を捻る巨鯨のように大きく回頭していた。

 

輪形陣の内側に浸入したことにより、艦攻隊は正面と後方から対空砲火を受ける羽目になった。

 

後方から敵の機銃弾を直撃された九七艦攻は、尾翼を吹き飛ばされ、よろけながら海面に滑り込む。

逆に正面から機銃弾を喰らった九七艦攻は、三羽のプロペラを歪ませされ、「栄」発動機を粉砕されて、火焔と共に爆散する。

 

 

その時、敵戦艦の艦首に、艦橋をも優に越える高さの巨大な水柱が奔騰した。

その巨体が大きく打ち震え、ル級は大幅に減速する。

次いで水柱は巨大な火柱に変化し、ル級の前部を黒煙とともに覆い隠す。

 

「世良の魚雷か!」

 

友永は歓声を上げた。

 

世良機は、敵機に機銃弾を叩き込まれ、数分前に撃墜された。

だが、海面に接触する寸前に魚雷を放っている。

狙いをつけて放たれたものではなく、距離も遠い。

その魚雷が命中するとは思えないが、他に何も考えられなかった。

 

現に、敵空母に寄り添っていたル級には、一本の魚雷が命中しているのだ…その事実は変わらない。

 

艦首喫水線下に大穴を穿たれたル級戦艦は、大量の海水が浸水したらしく、艦首を大きく沈め、ノロノロと進むしかしていない。

大量に放たれていた火器は全てが沈黙しており、艦攻隊の正面から迫る対空砲火の数は大幅に減っている。

 

友永機は炎上するル級戦艦の脇を通過し、敵空母に肉薄した。

 

(『加賀』や『赤城』に劣らんな…)

 

友永は、今まで人類の前に姿を晒さなかった深海棲艦の正規空母を、まじまじと見やった。

大きさは、帝国海軍が誇る基準排水量三万トン越えの「赤城」「加賀」に劣らない。

米海軍の「レキシントン」「サラトガ」と共に「世界の四大空母」と謳われた、大型空母二隻に匹敵する巨体を、深海棲艦の空母は持っていた。

 

友永は、敵空母二隻の動向にも目を凝らした。

二隻は、艦攻隊の右前方から左前方に抜ける針路を取っていたが、変針し、左前方からこちらに向かってくる針路に変化している。

 

艦首をこちらに向けており、被雷面積を最小にするつもりなのがわかった。

 

「悪あがきだ…」

 

友永は、薄く笑った。

 

敵空母との距離はほとんどない。

訓練された艦攻乗りならば、ほぼ100%の確率で命中させることができるだろう。

 

照準器の中央に敵空母一番艦を据える。

 

距離は一千メートルも無い。

高度六メートルの超低空飛行を実施している身には、敵空母の舷側やアイランド型の艦橋が、見上げんばかりの高さを持っていた。

 

「『飛龍』隊全機。投雷!」

 

友永は、頃合いよしと判断し、無線機に怒鳴り込んだ。

同時に投下レバーを力強く倒し、足元から機械的な音響が鳴り響く。

 

 

「飛龍」隊の残存十一機は、一斉に重量八百キロの九一式航空魚雷を投下し、敵空母二番艦を狙った「蒼龍」隊、「龍驤」隊の艦攻も、同様に航空魚雷を投下する。

 

投下した直後、八百キロの重荷を切り離した反動で、九七艦攻の機体が跳ね上がる。

友永は微妙なさじ加減で操縦桿を操り、高度が上がった愛機を元の高度に戻す。

未だに対空砲火は襲って来ているため、機銃弾を喰らう危険があったからだ。

 

友永機は敵空母の右側を、後方へと抜けた。

他の艦攻も同じであり、空母の左右を通過して後方へと通過していた。

 

「どうだ…?」

 

友永がそう呟き、バックミラーに視線を移した時。

 

敵空母の巨体が熱病にかかったかのように大きく震え、凄まじく巨大な水柱が天高くつき上がった。

敵空母は大きく仰け反り、艦尾は衝撃で沈み込む。

 

被雷は連続する。

二度、三度、四度と高々と水柱が奔騰し、ル級と同じく火柱に変化していった。

 

「よし!」

 

友永は歓声を上げた。

友永だけでなく、後部座席に座る赤松や村井も喜んでいる。

艦攻隊は、歓喜に包まれていた。

 

敵空母一番艦が大火災で停止した時、二番艦も同様に大損害を被っていた。

一番艦は計五本の魚雷を艦首に喰らったが、二番艦は四本を艦首に、三本を艦首付近の舷側にと、計七本を喫水線下に撃ち込まれた。

 

一番艦は艦首からだけだが、二番艦は艦首に加えて左右舷側からも黒々とした黒煙を噴き上げている。

心なしか、艦全体が沈んでいっているように見える。

 

 

 

二隻の空母が遠からず海中に没するのは、誰の目にも明らかだった。

 

 

 

この時、友永機の通信機からは、電文が飛んでいる。

 

 

 

“我、攻撃終了。戦艦一、大破。空母二、沈没確実。第三次攻撃隊ノ用ヲ認メズ。今ヨリ帰投ス。一二三八”

 

 

 

 

 

 

 




次回からはいよいよ本番!

第一艦隊の戦艦七隻と深海棲艦太平洋艦隊の戦艦八隻が激突します!

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