我が家のジャンヌ・オルタちゃんは不器用可愛い   作:あーさぁ

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でも、それでも、構ってほしい

 

「──ねぇ、暇なんですけどぉー?」

 

 そろそろ夕刻を越え夜に入ろうかという時分、ジャンヌ・オルタが自室を訪れてきた。部屋へ迎え入れるや否や、彼女は慣れた様子で備え付けのクローゼットからYシャツを取り出し着替えるとベッドへダイブ。それが、十数分前の話──今現在、彼女は不満そうに頬を膨らませながらベッド上でゴロゴロと転がっていた、咎めるような視線のオマケ付きで。

 

 だが、あえて無視。

 

 何故なら、こちとら最も重要な仕事の真っ最中なのだ、ジャンヌ・オルタには悪いが構ってなどいられない。なにせ今やっている仕事は、サーヴァント達のための"意見書"の処理。つまり苦情や意見、要望などを確認しているところなのだから。

 

 たかが苦情と侮るなかれ、その苦情や意見、要望の出所はサーヴァントだ。"その気"になれば人間など瞬殺され、カルデアなど簡単に吹き飛ばせるほどの力を持った英雄達の苦情。もし、不満を抱えたサーヴァントが暴走でもしたらカルデアは壊滅、すなわち"世界の終わり"──ここまで言えば、この"仕事"の重要性は理解してもらえると思う。

 

「……むぅっ……」

 

 そんなこちらの心境などお構い無し、と言わんばかりにジャンヌ・オルタはベッドから立ち上がるとテーブルの方へ歩み寄ってきた。そして体を揺らしてきたり、その豊満な胸を押し付けて逆セクハラしてきたり、と健全な男の子には耐えがたい誘惑を仕掛けてきた、構ってオーラ全開である。

 

 だが、これだけは捨て置けない。コレが終わってから、と何度も言い聞かせること数分、ようやくジャンヌ・オルタも諦めてくれたらしい。ちょっかいを出すのを止め、大人しく隣へ腰掛けてくれた──いまだに頬は膨らませ、不満そうに仏頂面のままだったが。

 

「──それにしても、意外に量があるのね」

 

 だが、そんなジャンヌ・オルタの興味がテーブルの上へ散らばる"意見書"へと移った。いい暇潰しを見付けた、と言わんばかりに興味深そうな面持ちで彼女は呟くと、近場へあった一枚の"意見書"を持ち上げる──用紙の端から端までを極小の文字で、びっしりと埋め尽くされた"意見書"を。

 

「なにこれ? 文字が小さすぎて読みにくいわね……」

 

 "意見書"は主に匿名で出されるので、差出人は分からない。だが、この小さ過ぎる文字で埋め尽くされた"意見書"は差出人の特定が容易だ──内容は見なくても分かる、主に"マスターへの不満"だろう。『マスターが女性サーヴァントと仲良さそうに談笑していた』とか『マスターが女性サーヴァントに色目を使っていた』とか、そんな内容のはず。

 

──どこか猟奇的で、狂気すら感じる

 

──極小の文字で埋め尽くされた"意見書"の差出人は

 

──おそらく、というか十中八九、清姫だろう

 

 それをジャンヌ・オルタに伝えると、彼女は「うわぁ」と露骨に嫌そうな呟きと漏らすと共に、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ"意見書"を取り零した──こら、その汚物を見るような目はやめなさい。

 

「あ、こっちにもある。あれ、こっちにも……うわ、キモッ……」

 

 そう、清姫が書いたであろう"意見書"は一通ではない。少なくても十数枚、多いときは数十枚という破格の投函枚数を誇る。この類いの、いわゆる"文字で埋め尽くされた意見書"は、もう最初から目を通さないことにしている──こう言っては睨まれそうだが、本当に呪われそうな気がするから。

 

「とんでもないわね……もうちょっと、こう、普通のはないのかしら?」

 

 げんなりとした様子のジャンヌ・オルタを尻目に、ひたすら手元の"意見書"へ目を通していく。何十枚も積み上げられた"意見書"を一枚ずつ持ち上げ、一つずつ内容を記憶に残るよう吟味する──

 

 

 

 『どんなクエストでも、どんなイベントでも僕を駆り出すのは止めてほしいです。もう僕の体は限界です、そろそろ切実に休みが欲しいです。お休みをください、お願いします、このままでは死んでしまいます』

 

 

 

──この"意見書"、端の方に赤い汚れが付いてる、赤いインクだよね?

 

──筆跡とか内容から推測すると、差出人は孔明かな?

 

──うん、でも残念ながら無理な相談だ、孔明は外せない

 

──悪いが、レイシフト先で散ってくれ

 

──さて、次は……

 

 

 

 『ティーチさんにセクハラを控えるよう注意して頂きたいです』

 

 『ティーチの視線がいやらしいので目を潰してくださいませんこと?』

 

 『そろそろ黒髭の言動に我慢できません、聖剣の使用許可を』

 

 『ティーチの言動が不快だ、んー、そうかそうか、殺すぞ?』

 

 『黒髭死ね』

 

 

 

──ああ、またあいつ(ティーチ)絡みの苦情か

 

──何度も注意してコレだ、このままじゃカルデアも危ない

 

──後で"自害しろ"って令呪発動しとこう

 

 

 

「…………ん?」

 

 淡々と苦情を読み漁っている途中、ふと隣へ座っていたジャンヌ・オルタが一枚の"意見書"を持ち上げた。他の白紙と違う、可愛らしい動物が描かれている便箋。だからこそ、彼女の目に止まったのだろう。

 

「……あら、良かったわねマスター?」

 

 苦笑とも失笑とも取れない表情のジャンヌ・オルタが差し出してきたのは、大きく『おかあさん だいすき』と拙い文字で一文だけ書いてある便箋。文字や内容から、間違いなく差出人はジャックだろう、"意見書"というよりは手紙なので本来なら止めるよう伝えるべきなのだが……

 

 止めるよう本人に言おうとした時、いざ本人を目の前にすると「よんでくれた?」なんて不安そうに上目遣いで聞かれたので、ついつい頑張ったね、と褒めてしまった。その返事が嬉しかったのか、満面の笑みでジャックに抱き着かれた時、彼女に手紙を投函するのは止めるよう言うのは諦めた──という経緯がある、親バカだよね、自覚あります。

 

「…………はいはい、ご馳走さま」

 

 そんな経緯を説明しつつ、"どこか不機嫌そうな"ジャンヌ・オルタから微笑ましいジャックの"意見書"を受け取ると立ち上がり、以前ジャックから貰った手紙を保管している棚へと向かった。これで何通目だったかな、と考えながら──途中、ふと時計が目に入る。かれこれ数時間は"意見書"へ目を通し続けていたのに、今更ながら気付いた。

 

 時間も時間だし、立ち上がったのなら、ついでに休憩がてら珈琲でも淹れようかな。そう思い立つと、座りっぱなしで固くなった体を伸ばしながらキッチンへと向かう。と、何やら背後でジャンヌ・オルタが、いまだテーブルへ着き何やらゴソゴソと不審な行動を取っていた──ような気がした。まさか"意見書"に落書きでもしてる、なんてことはないよな?

 

──ともあれ、別に指摘する必要はない、か

 

──彼女の不審な行動に見て見ぬフリをしながら

 

──そのまま珈琲を淹れる準備に取り掛かった

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 そろそろ日付が変わろうかという時刻、山のように積み上がっていた"意見書"は残すところ、あと1枚。密かに日付が変わるまでには"この仕事"を終わらせたいという目標があったので、どこか達成感のようなものを感じている──余談だが、隣で構ってオーラ全開だったジャンヌ・オルタは先ほどベッドインした。どこか不機嫌、というかソワソワと落ち着かない様子を見せていた彼女だが、何の脈絡もなく「眠い、寝る」なんて唐突に呟いてから。

 

 それにしても、あと少しで"意見書"の処理が終わる、というタイミングでジャンヌ・オルタが就寝してしまうのは予想外だった。ようやく構ってやれる、なんて考えた矢先だったので出鼻を挫かれた気分だ──相手してやれなかったという罪悪感もあってか、浮かない気分で溜め息を吐いてしまう。

 

──これは明日の朝、謝罪すべきかな

 

 自分の力不足のせいでジャンヌ・オルタに寂しい思いをさせてしまった、という負い目に引き摺られそうになるのを堪えて最後の処理に取り掛かる──1枚だけ取り残された"意見書"、それを幾度となく繰り返した動作で持ち上げると文字を目で追っていった。

 

 

 

『マスターが構ってくれない。少し寂しい。』

 

 

 

 最後に残った"意見書"に書かれていた内容が、すごく時事的な内容なんだけど、どういうことだろう。なんて思いが頭を過るも、すぐに察した。というか、文面と文字で分からないか…?──たぶん、というか絶対、これを書いたのはジャンヌ・オルタだ。ああ、なるほど。夕方に珈琲を淹れていた時に彼女が何やらコソコソしていたのは、"コレ"を忍び込ませるためだったのか。途中、テキトーな所へ紛れ込ませるんじゃなくて一番下へ入れる辺り、根は真面目な彼女らしい。

 

 漏れてくる苦笑を抑えることができないまま、ふとジャンヌ・オルタが寝転がっているであろうベッドへと視線を移すと──

 

「………、……ッ…………」

 

 ばっちり、しっかり目が合う。そして次の瞬間、ジャンヌ・オルタは素早く体を反転させ、こちらへ背を向け壁の方へ顔を隠した。目が合った上に、羞恥のためか赤く染まっている耳が隠せていない──なんだ、このあざと可愛い生物。

 

 ジャンヌ・オルタが書いたであろう"意見書"片手にベッドへ近付くと、腰を下ろした。すると彼女は素早く手近にあった枕を引っ掴み顔を隠すように埋めてしまう。「う"ぅ"」と、枕から可愛らしい呻き声を漏らしながら。

 

 

 

「…………何よ……?」

 

──うん、マスターが構ってくれない、なんて"意見書"に書かれてて

 

「……ふ、ふぅん……わざわざ貴方に構ってほしいなんて、物好きなサーヴァントも居たものね」

 

──そうだね。で、さしあたり一番近くに居る人を構ってあげようかと

 

「はぁ、なにそれ? 自意識過剰すぎ、ホント迷惑、正直キモいんですけど……」

 

──あれ? 嫌だった? なら放っておくけど?

 

「……ッ……や、違っ……ぁ……、……う"ぅ"……」

 

 

 

 なら放っておこうか、なんて意地悪な言葉へ反射的に反応してしまったジャンヌ・オルタが驚いた顔で見上げてくる。と、次の瞬間、それが誘導尋問であったことに気付き顔を真っ赤にした。おまけに照れ隠しなのか、顔を隠すために使っていた枕で叩いてくる──柔らかい枕で背中を叩かれ、ぼふっ、ぼふっ、という布擦れの音を聞きながらも、手を彼女の顔へと寄せていく。

 

 指の背でジャンヌ・オルタのキメ細かく肌触りの良い、少しだけ赤くなった頬を撫でてやる。仄かに高い彼女の体温を指背へ感じながら、その感触を楽しんでいると──いつしか照れ隠しの枕撃は止んでいて、代わりに裾の辺りが引っ張られている、または握られているような感覚。

 

「……、……っ……ふんっ……し、仕方ないから、その構ってちゃんなサーヴァントの代わりに、ぁ、相手してあげるわ……か、感謝しなさい、よね?」

 

 ぎゅっ、と裾を掴むジャンヌ・オルタの指先に力が籠ったのが分かった。心なしか彼女の頬は緩み、雰囲気には喜色が含まれている、ような気がする。もう少しだけ大丈夫かな、と不安を感じながらも、今度は指背だけではなく掌全体で陶磁器のような滑らかな頬を撫でてやると──こちらの不安を余所に彼女は目を細め、どこか気持ち良さそう。まるで、愛撫される猫のようだ。

 

 

 

──不意に頬を撫でる掌へ重ねられる、ジャンヌ・オルタの掌

 

──ふと見れば、気恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうに微笑む彼女

 

──吸い込まれるように顔を寄せていくと、彼女の瞳が閉じられた

 

──掌と唇を重ね、そのまま、ゆっくりと、優しく

 

──彼女の負担にならぬよう、覆い被さる

 

──彼女の本心(寂しい)が綴られた紙を、手にしたまま

 

 

 




構ってモードなジャンヌ・オルタをあえて無視した後、ひたすらに猫可愛がりしたい人生だった(死亡)

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