「我侭を聞いてくれてありがとうございます、義父上」
「なに、気にすることはないぞ。どのみち、近い内に挨拶せねばならなかったからな。早いか遅いかの差だ」
校外対抗戦の発表があってからしばらく、学園の対抗戦に向けた合宿があと10日ほどに迫った頃、蓮とその養父であるエンバルケス・フェルテは新王国とユミル教国の国境付近に来ていた。
学園長のレリィに許可を取り、公務休みにしてもらった。ちなみにクルルシファーには内緒のお忍び(?)だ。
目的はクルルシファーの実家であるエインフォルク家――その当主であるステイル・エインフォルクに蓮とクルルシファーの婚約の件について礼、というか、顔合わせ。
もっとも、それは表向きの理由でしかないが。
「しかし、自分が手紙を出してから十五日足らずで面会を取り付けた上に、今日にはユミルに着くとは思わなかったわ」
校内選抜戦が終わった翌日に蓮はフェルテ家に手紙を出した。
通常は馬や船を乗り継いで十数日かかるはずの道を機竜と早馬を使って急行し、二週間ほどで往復。そして、一週間前、蓮の下に連絡が回ってきたというのだから驚いて当然だった。
そして今、蓮と当主のエンバルケスは馬車に揺られているが、エンバルケスは蓮に文を出した翌日にフェルテ家領内を出発していたので、国境前の街で合流した。
「あの家とは先代以前からの付き合いでな、あっさり頷いてくれたよ。それに何より、かわいい我が子の頼みだからな!」
がっはっは!と大笑いする養父に蓮は「まさか、無理を押し通したんじゃないのか?」と思った蓮だったが、口には出さず、もっと別の話題を口にした。
「それにしてもわからないな。それまでは優しく接していた人が一つの事件をきっかけに、態度を反転させるとは……。よほどのことがあったのだろうけど、
「確か、一年半ほど前にユミル教国内にある『
むすっとした表情で顎に手を当てるエンバルケス。
「義父上はステイル卿と懇意にしていたのか?」
「フェルテ家は、ユミル教国内でいえばエインフォルク家との付き合いが最も長いからな。懇意とまではいかないが、ステイル卿とは何度か話をしたことがある。その時でも彼女について幾度か話していたが、とても誇らしげだったな」
「ますますわからないな。そんな人がどうして突ぜ――」
養父の証言に再び考え込もうとした蓮だったが、馬車を引く御者の声がそれを遮った。
「当主様。ユミル教国との国境に到着しました」
「そうか、ご苦労。さてと――」
エンバルケスは手元に置いてあった証紙―パスポートのようなもの―を片手に馬車を降りる。兵とやり取りを行う声が聞こえてきて、少し経った後に戻ってきた。
「出せ」
短い一言に応じて馬車が再び動き出す。
蓮達一行はユミル教国に入った。国境からエインフォルク家の屋敷までは馬車を乗り継いで二日ほどかかる。今日は近くの港町に宿泊し、そこで出迎えに訪れるエインフォルク家の使者と合流。使者の先導で屋敷を目指す手はずになっている。
(ま、誰が来るかは予想がつくけどな。とりま、聞きたいことを確認しとくか)
ユミル教国に入って三日目。蓮とエンバルケスを乗せた馬車はエインフォルク家の屋敷に到着した。
「到着いたしました。門を開けさせますので少しお待ちを」
そう言って港町まで出迎えに来たアルテリーゼが門前の衛兵たちに声を掛けに行く。
何やら短くやり取りを交わす声が聞こえた後、門が開く音が聞こえてきた。
門内に入って、馬車を降りた蓮とエンバルケスはアルテリーゼが先頭になってエインフォルク家当主、ステイル・エインフォルクが待っているというひときわ大きな屋敷に案内される。護衛についてきていたフェルテ家の騎士たちは屋敷内で待っていたメイドたちの案内で別室へ。
そして、いかにも年季の入った重厚な扉の前でアルテリーゼの足が止まる。
コンコンとノックすると、「入れ」と短いが重量を感じさせる声が返ってきた。
「失礼します。当主様、お客様をお連れしました」
「久方ぶりですな、ステイル卿」
「そちらも壮健そうで何よりだ、エンバルケス卿。それで、彼がそうかね?」
「ええ。早めに顔を合わせておきたいというので、今日は挨拶に。レン」
厳格さと鋭い眼差しを持つ、口ひげを生やした壮年の男――ステイル・エインフォルクにエンバルケスが挨拶する。軽いあいさつの返しの後、ステイル・エインフォルクの視線がエンバルケスから連に向けられる。
「初めてお目にかかります。私はクルルシファーさんの級友で、レン・フェルテと申します。この度はお世話になります」
軟弱な貴族なら物怖じしてしまうであろうステイルの眼差しに、型通りだが、芯の通った声で名乗る。ステイルだけでない、部屋の中にはエインフォルク家の家族と見受けられる人も何人かいた。
その視線は推し量る視線がほとんど、下に出て、舐められるわけにはいかない。
「………………」
「………………」
沈黙が包む。蓮とステイルの眼差しは互いを見つめたまま動かない。
「なるほど、良い目をする」
「ありがとうございます」
一分、いや、二分か、それとももっと短かったか。
先に息をついたのはステイルの方だった。
蓮は一言述べて頭を下げた。
「初めてお目にかかる。私はザイン・エインフォルク。エインフォルク家長兄で、神殿騎士団所属だ。貴公がレン・フェルテか」
「はい。あなたのお話は義父上から伺っております」
「義妹からは聞いていないのか?」
「彼女はあまり家の話をしたがらないので」
ザインと名乗った男はいかにも貴族の息子と言った雰囲気だったが、どこか融通の利かない頑固さを感じた。
言葉の滑りに蓮個人は嫌悪に近い気持ちを持ったが、表に出すことはしない。区別はつけなくてはならないから。
その後、部屋内にいるエインフォルク家の家族とあいさつを交わしていく。
嫡男のザイン含めて4人とあいさつを交わす。
そして一通り挨拶を終えると、当主のステイルは長兄のザインを残して、直系の家族たちを下がらせた。
部屋に残ったのは蓮、エンバルケス、ステイル、ザイン、そしてアルテリーゼだけだった。
五人だけとなった部屋で、ステイルが声を掛けてくる。
「レン・フェルテ。君の話は執事のアルテリーゼから伺っている。
アルテリーゼは好意的に伝えたと言っていたが、人間、それでやすやすと評価できるものでもない。ましてや、武門の名家、エインフォルク家で。
蓮はステイルの言葉の続きを待つ。
「確かに良い目だ。しかし失礼だが、私には君が報告されているような資質を持っているとは思えんな。
「当主様、それは――」
「無礼だぞアルテリーゼ。今は父上の話の途中だ」
もっともな疑問であった。
確かに、蓮が
出自の設定が孤児であることは仕方ないにせよ、直接のきっかけとなった《ヴリトラ》を手にすることになった経緯も真実をそのままに記述するわけにはいかない。なので、かなり強引に理由をでっちあげたのだが、さすがに無理があったと言う事か。
かといって、何も反論しないわけにはいかない。
「耳に痛いお話ですが、正直に申しましょう。それがどうした、と」
敬意を払っているとは到底言えない言葉遣いの蓮に視線が突き刺さるが、気にすることはない。
エンバルケスも視線を向けてきたが、目線で「ケンカするためですよ」と告げて、ステイルに視線を返す。
「出自を気にするのは貴族として当然のことでしょう。そこに反論するつもりはありませんし、過去をおろそかにするつもりもありません。しかし、人において重要なのは過去ではなく
そも、本日こうしてお伺いした理由の半分が、エインフォルク家の皆様にレン・フェルテという人物を知ってもらうことです。人の本質は直接会って話をしなければ見極められませんから」
弁舌は緩めない。
反論される前に言い切る。
「この際ですから、一息に言い切ります。お伺いしたもう半分の理由はステイル・エインフォルク侯爵、あなたと話をしてみたかったから。つまり今日、あなた方が私に行っていたこととまったく同じことを行いに来たと言う事です。
不敬な物言いですが、私は彼女を――彼女の心を追いつめたあなた方が敬意を払うに値する人間なのだろうかというただ一点を判断しに参ったとご理解していただきたい」
自分はそんじょそこらの貴族とは違う。美辞麗句を並べて媚びるつもりなど毛頭ない。
そんな印象を植え付けるための言葉遣いだ。
地位がなんだ。相手が上だからって、へりくだることはない。そのためのケンカだ。
間違いを間違いと指摘して何が悪いというのか。ルクスの祖父は旧帝国の間違いを指摘したために投獄され、死んでしまったが、そんなことがまかり通ってたまるか。
「き、貴様!言わせておけば!」
長兄のザインが怒鳴り声で睨みつけてくるが、蓮はどこ吹く風。ザインを下に見るような目で言い返す。
「そう熱くなってはなりませんよ、ザイン殿。
そもそも、私は間違ったことを述べましたかでしょうか?現実に彼女の努力は否定され、絶望を味わったのですよ?」
「ぐ……」
「自分が養子だという事に気づいた彼女は『家族』と言う確かな居場所を欲したのです。事実を知らなかった時間に確かな幸せを感じていた為に。知ってしまった後、それが消えてしまう恐怖を感じてしまった。所詮、自分は他人の家族に接ぎ木されただけの存在だと。
ではお聞かせ願いましょう。彼女があんたたちに何をした?あんたたちは彼女に何をしてあげた?」
殺気を混ぜたわけではない。ただただ本音を短くまとめただけのことばだったが、ザインはその剣幕に押し黙ってしまった。
「レン。少し頭を冷やして来なさい」
「はい」
いつもより強い語気でエンバルケスは蓮に下がるように告げた。
蓮も自身が思いのほか熱くなっていたのを感じ、一礼して部屋を辞した。
蓮が出て行き、扉が閉まった後、最初に口を開いたのは意外にもステイルだった。
「エンバルケス卿。君の入れ知恵か?」
目を細くして問いかけるステイルにエンバルケスは満足げに笑みを浮かべてこう答えた。
「いいえ。私はまっすぐにものが言える、貴族らしからぬ人間に育ってくれて満足していますよ。いまどきの貴族にありがちな腐ったプライドを持たないように育てたかいがあったと言うものです」
「満足だとッ!?あのような無礼を働いたことが!?」
ステイルは答えに目を伏せる。しかしエンバルケスは見逃さなかった、ステイルの口角がわずかに上がったことを。
だが、ザインはエンバルケスの答えに憤慨していた。
エインフォルク家はユミル教国に代々その名を刻んできた武門の名家。プライドを汚されたようにザインは感じたのだろう。
エンバルケスは落ち着いていた。
「ザイン殿。貴殿も知っての通り、レンは養子だ。同じ養子としてクルルシファー嬢には何か感じるところがあったのだろう。それだけに許せなかったのだ、認めようとしなかったあなた達を。
そもそも、我がフェルテ家において爵位、貴族、平民など関係ない。
善きことをすれば賛辞を送り、悪しきことをすれば罰する。
間違いを間違いと言って何が悪いというのだ。我が父が懇意にしておられたウェイド・ロードベルト卿は旧帝国にその腐敗した政治を正すように諫言した結果、投獄され、獄死した。このようなことが許されてよいとお思いか?」
一切表情を変えることなくエンバルケスはザインの目を見ながら言った。
結局、最後までザインは何も言い返すことができなかった。
エンバルケスは向けていた身体の向きをステイルに向け直し、本題を告げる。
「さて、ステイル卿。もうお分かりかと思いますが、私たちがエインフォルク家を訪問した本当の理由。今日の夜、レンをあなたの執務室までお連れしますので、そのおつもりで」
「……そうか」
ステイルは短い答えだけを返す。
エンバルケスは蓮と同じように(所作のレベルは当然上である)一礼して、部屋を出て行く。
ザインとアルテリーゼがエンバルケスの去った後の扉を絶句したまま見つめる中、ステイルは誰にも気づかれないほど小さく、
やっと投稿できました。
最近は難産していて、さらにはPCのマウスが逝くという事態が発生したのもあり、一週間遅れの投稿となってしまいました。
いや~大貴族に正面からケンカを売れるのは二次小説ならではですよね(なにいってんだ)。作者(自分)なら原作7巻でクルルシファーさんのお父さんと二人で会話する場面でお父さん殴ってます(笑)
修正点や感想を待っています!