最弱無敗の神装機竜~紫の機竜使い~   作:無勝の最弱

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第23話

 

「――ごめんなさい」

 

暗闇と瓦礫が視界を覆う中、セリスの消え入りそうな、泣いているのかとさえ思う声が蓮とルクスの耳朶を震わせた。

 

「私……言い出だせませんでした。あなたの祖父――ウェイド先生のことを……」

 

酷く沈んだ声。普段の凛々しさからは想像できないその声がセリスの今を何よりも物語る。

 

「私が幼い頃、旧帝国の悪い話を耳にしました。当時の幼い私は深く考えることをせず、ただ正しいことをすればいいと思っていました……」

「それで、僕のお祖父さんに話を?」

「……はい。そして旧帝国に進言した先生は投獄されて、死んでしまいました。その上、あなたまで宮廷を追いだされて――それでも先生は『お前は間違っていないよ』と言ってくれました」

 

蓮は何も言わない。

割り込む気など毛頭なく、ただただ、セリスの吐露に耳を傾ける。

 

「それ以来、ずっと考えてきました。私のせいで正しいことをした先生は死んでしまった。だから、正しくあろうとしました。新王国の女の子たちを守り、あなたのことも危険から遠ざけようと、それが、私の為すべきことだと」

「セリス先輩……」

「でも、ダメでした。騙され、皆の期待も裏切って、あなたまで巻き込んでしまった」

 

(ああ、彼女もルクスと同じか)

 

正しいと思った行動を悔い、一人で戦い、背負ってきたセリス。

王子としての責務を果たせなかったルクス。

 

(どっちも不相応に背負い過ぎなんだよ……。結局一人じゃねぇか)

 

蓮は思うだけ、口にはしない。

そしてセリスは蓮にも話し掛けた。

 

「レン・フェルテ。あなたは誰も一人にしようとしない人です。クルルシファーの一件はシャリスから聞きました」

「やっぱり、シャリス先輩の狙いの一つはそれでしたか」

「はい。私が王都へ行く前まで、彼女には迷いがあるように見えました。ですが、私が戻ってきて、あなたと共に戦っている姿を見た時には以前のような弱さは消えていました」

「……俺は支えになってあげただけだ。根本はまだ解決していない」

「でも、十分です。私には、何も、できませんでしたから」

「そっか。ま、誤解が解けたならよかったかな」

 

そう、根っこが残るクルルシファーのためにも蓮は残ると決めた。

セリスは最初、残る理由が旧帝国の風潮の影響と勘違いしたらしい。まあ、仕方ないっちゃあ、仕方ない。義父上から聞いたときは仰天ものだったな。

 

「さて、ルクス。後はお前の言葉だけだ。敵さんもそろそろ手を出してきたようだしな。時間は俺が静かに作るから存分に言ってくれ」

 

微かに聞こえる何かが地面を這う音。

おそらくポセイドンの触手が瓦礫の間を進んでいる音だ。

 

「安心してください、セリス先輩。僕はあなたを恨んでなんていませんから。強くて、優しくて、でもとても不器用なあなたのことが、好きですから」

 

そう言ってルクスは黒の機攻殻剣を掲げる。

その隣で蓮は伸びてきた触手を切り捨てながらこう思った。

 

(あ~あ、ものの見事にフラグ立てちゃってまあ)

 

「――顕現せよ、神々の血肉を喰らいし暴竜。黒雲の天を断て、《バハムート》!」

 

詠唱符を唱え、ルクスは漆黒の巨竜、《バハムート》を纏った。

これに驚いたのはセリスだった。

 

「漆黒の神装機竜……!?まさか、あなたは!?」

「少し待っててください。必ず、あなたを守ります。あなたが尊敬していた、僕の祖父の代わりに」

「フッ……。よし、それじゃあ、瓦礫を吹っ飛ばすぞぉ!」

 

蓮は真剣さを捨てて愉悦しそうに笑いながら双剣を大きく振りかぶった。

その(行動とテンションの)意味をそれなりに長い付き合いでなんとなく察したルクスは…

 

「伏せてください!」

「っ――!」

 

「今死ね!すぐ死ね!骨まで砕けろォ!」

 

蓮は振りかぶった《憎荒双剣(ヘイトレド・デュアル)》を同時に振り下ろす。

バルゼリッドの逃走時で使用した三奥義が一つ――強制超過(リコイルバースト)

片方だけの前回以上の衝撃が演習場の大地を走る。

瓦礫は吹き飛び、地面には深い溝ができ、衝撃が触手を吹き飛ばす。

 

「ふぅ~すっきりした。さあ、行け。ルクス」

 

すぐ隣にいても聞こえないかもしれないような声で呟いた後、舞い上がった煙を突き抜けて《バハムート》を纏ったルクスがサニアに向けて飛翔する。

 

「――来たな!『黒き英雄』!お前までここで殺せるとは、手間が省けて助かるぞ!」

 

サニアはルクスの姿を認識した瞬間、凶暴な笑みを浮かべて飛びかかる。

 

「すみません。今はあなたに構っている暇はないんです。おとなしくしていただけますか?」

「……ッ!」

 

交錯の直後、サニアの《B-bloodワイバーン》に無数の斬線が走り――崩壊する。

ルクスは《バハムート》の神装。圧縮強化された超加速の『即撃』を放って、さっそうと勝負を決めた。

だが、サニアはそれでも勝ち誇ったように叫ぶ。

 

「くッ…!だが、もう終わりだ!『黒き英雄』の伝説など、所詮は眉唾!たったひとりで、現実に千二百もの機竜使いを相手になどできるものか!そして貴様らが束になってかかったところで終焉神獣は止められん!学園の校舎にいる連中も、何も救えない!お前たちの――負けだ!」

 

その声と同時に、触手のすべてを再生し終えたポセイドンがルクスをその目で捉える。

観客席の隅に残っていた女生徒たちが、恐怖に悲鳴を上げる。

 

けれど、ルクスは落ち着いていた。

 

「《共鳴波動(リンカー・パルス)》」

 

呟くと同時に《バハムート》の双眸が輝き、周囲に落ちていた無数の武器が浮かび上がる。

《バハムート》に内蔵されている特殊武装《共鳴波動(リンカー・パルス)》は周囲に特殊な力場を発生させ、ものを動かせる能力を持つ。

その威力は決して高くない、せいぜい自分の近くに小物を引き寄せる程度の力だ。

 

サニアが怪訝そうに見つめる中、ルクスにポセイドンのドス黒い触手数十本が襲い掛かる。

それをルクスは神装を発動し、全て切り裂く。

《バハムート》の神装《暴食(リロード・オン・ファイア)》を皮切りにルクスはポセイドンに向かって高速で滑翔する。

 

迫りくる触手たちのことごとくを切り刻みながらルクスは進む。

触手は《バハムート》の機体に触れることさえできずに、切り刻まれていく。

回避と同時に斬撃を放つ。一瞬の間さえ開けない連撃。

その中にあってもルクスはある行動をしていた。

 

「あれは――」

「《共鳴波動(リンカー・パルス)》で引き寄せた機攻殻剣(ソードデバイス)やら武装やらをつかみ取って、投げているな。やれやれ、あれだけの攻撃をかわしながら、切断するのも相当な技量と度胸がいるって言うのにな。まったく、神業としか言う他に俺は適当な言葉を持たないよ」

 

セリスはルクスが何をしているのかは分かったが、どこに向けて投げているのかまでは解らなかったが、蓮には大方の予想がついていた。

ちなみに、触手は今も蓮とセリスを襲っているが、涼しい顔をしながら蓮はそれらを悉く斬っている。

 

「なんのつもりだ!遊んでいる気か!?そんなことで、かわし切れるとでも――」

「あれ~解らないんですか?お仲間に連絡したらわかるかもしれないですよ~?」

「なんだと!?」

 

ルクスの神業に慄くサニアを蓮はわざとらしくかついやらしく挑発する。

サニアが再び声を荒げた直後、学園を襲っているはずの味方から竜声が送られる。

サニアは歓喜を浮かべようとした。しかし、告げられた真実は彼女にとってありえない事態だった。

 

『サ、サ…ニア、様!緊急事態です!学園を半ば制圧しかけていたのですが――、次々と撃ち落とされていきます!我々の機竜部隊が!』

 

サニアは自分の耳を疑った。

部下たちは何を言っている?

失敗の言い訳か?

第一、どこから攻撃が――ッ!?

 

「すべて、撃ち落とされたというのか……!?あの男に!」

 

学園の方を見た時、その上空にいるはずの、味方の機竜部隊の姿はなかった。

 

「そうだ。これがルクスの編み出した三奥義が一つ。『永久連環(エンドアクション)』だ。

肉体操作の直後に、精神操作のみで機竜を操り、隙を消す。つまり、一つの動作を終えるまでに、二系統の操作命令を交互につなぐことによって、無限とも思える連続攻撃を為す。言葉にしてみれば簡単な原理だが、その難易度は他の奥義に比べても頭二つ以上抜けている。ちなみに、俺も無理。7、8回ならいけるが、10を超えると無理」

 

サニアの表情に蓮はニヤリと笑うと、自信たっぷりに説明した。

永久連環(エンドアクション)』の消耗は当然激しく、一度止まるとその反動でしばらくはまともに動けやしない。そして、この奥義は他の二奥義に比べてもはるかに難度が高い。

 

斬られた触手は高速で再生され、再びルクスを襲う。しかし、届くことはなく、ただ斬られるのみ。ルクスの攻撃はすでにポセイドンの胴体を削り始めていた。

 

「さあ、投降しろ。終焉神獣(ラグナロク)の生命力など知らないが、先に力尽きるのは終焉神獣(ラグナロク)の方だ」

「え……?」

「なんだと……!」

「よく見てみろ、加速しているだろう?」

 

セリスとサニアがルクスの動きに視線を戻した時、気づいた。

回避、切断、巻き上げた武装や機攻殻剣(ソードデバイス)をポセイドンの胴体に打ち込む一連の動きは徐々に加速し、その本体に迫ろうとしていることに。

 

『僕たちを守るためにセリス先輩が戦いを見せてくれたおかげで、だいぶ見切ることができました』

 

そんなルクスからセリスに竜声が届いた。

 

「ルクス・アーカディア……。不思議です。不覚です。私が褒められることなどあってはならないと思っていたのに――それがとてもうれしく感じます」

「フッ…」

 

セリスが立ち上がりながらそう呟いたことに蓮は鼻を鳴らした。

彼女の瞳に動揺も絶望も残っていなかった。あるのは仲間を信じる目。そして、彼女本来の強い意志を宿した目に戻っていたからだ。

 

「さて、お守りは終わりにしようか。行くぞ、《ヴリトラ》。――最終局面だ」

 

 

 

 

サニアを復活したセリスに任せ、ルクスに意識が完全に向いているポセイドンの背後に回った蓮は背翼に格納されている特殊武装《狂竜乱哮(カオス・リフレクト)》のクリスタルを全て解き放つ。

合計20個のクリスタルはポセイドンの周囲に浮遊する。

 

「バースト:連鎖(チェイン)

 

次々に光弾を打ち出し、クリスタルによる分裂反射で時間差を設けて絶え間なく触手を焼いていく。

時間差を設けることで再生する触手を再生し終えたとたんに再び焼くことができる。結果としてルクスに襲い掛かる触手の数は増えず、ポセイドンの意識は背後の連にも分散する。

 

触手がクリスタルの合間を縫って蓮に襲い掛かかろうとしても焼き切られる。地面の中を通ってきた触手には地面に突き刺さっている触手を焼き切ることで対応する。

そして、それだけの援護があれば、ルクスの加速を阻むものは皆無となる。

 

「いくぞ!」

 

鋭い斬撃の音が連続で響く。その度にポセイドンの表皮に斬線が走り、青い血が噴き出す。

そしてついにルクスの攻撃スピードがポセイドンの再生を上回り、その巨躯を削っていく。合わせるように蓮も《ヴリトラ》を滑翔させ、直接攻撃に切り替える。

 

「行けェェッ!ルクス!!」

「ウォォッ!」

 

二人による猛攻を受け、ついに攻撃が核へと至る。

 

「ヴェ、アアアアァァァアアアァアアアァアアアア!」

 

断末魔の絶叫と共に青い血が勢いよく吹き出し、その体は黒ずんで崩壊を始める。

最後に核を砕いたルクスも、蓮もセリスも観客席に残っていた女生徒も彼女たちを守っていた教官たちも勝利を確信し、いくらか気が緩んだとき――

 

パキン!

 

と、砕け散ったはずの核の中から、水晶体が現れる。

七色に淡く輝くそれは、宙に浮き、幻想的な物体として目に映った。

この場にいる誰もが見たことのない物体に戦場の空気が一瞬止まる。

 

「メス犬、出番だ」

 

その例外はヘイブルグの軍師だというローブとサニアだった。

サニアは再生した《B-bloodワイバーン》で水晶体をつかみ取る。一番近くにいたルクスは壊したはずの機竜が再生していたことにも意表を突かれたが、《バハムート》での永久連環(エンドアクション)使用の負担で動けなかった。

 

「貴様にはこの場で借りを返したいところだが、今は撤退してやる」

「なかなかおもしろかったぜ?まさかポセイドンを倒すなんてなぁ。けど、」

 

《B-bloodワイバーン》の腕に乗った状態で、嘲るように、ローブ姿は嗤う。

 

「やっぱり倒さない方が良かったかもなー。今のでお前は完全に俺を怒らせちまった。『黒き英雄』サマよぉ」

「お前は何者だ?その銀髪は―フギル…。兄さん、なのか?」

「……」

 

ルクスの問いかけにローブ姿は答えを示すようにそのフードを、脱ぎ去った。

現れたのは小柄の少女。左右の瞳は灰と蒼の非対称。そして、旧帝国の血統を示す鮮やかな銀髪。

 

「ばぁーか。フギルだぁ?俺をあんなうさんくせーヤツと一緒にすんじゃねぇよ。俺の名はヘイズと言う。よーく覚えておけよ、偽王子。ヒャハハハ!」

「待ちやがれ――ぬおっ!?」

 

哄笑を響かせ、ヘイズと名乗った少女はサニアと共に逃亡しようとする。

蓮が疲労で動けないルクスやセリスの代わりに追いすがると、急に《ヴリトラ》が動きを止める。蓮の体は慣性に従って前かがみになる。

 

「どうし――」

 

ピシャーン!

 

蓮が抗議の声を出す途中で、目先1ml(メル)ほど前が光った。

 

いや、()()()()()

 

上空を見回しても雷雲のようなものはなく、音もない。

その隙にフギルとサニアの姿は消えていた。

 

「今の、間違いない――間違えるわけがない……!()()()()()》……、だ…………!」

 

普段は蓮の脳内に響くような会話しかしない《ヴリトラ》の強張った声を蓮の耳が拾う。

どうやら下にいたルクスやセリス達には聞こえていなかったようだが、《ヴリトラ》の声音が告げた事実。そして、セリスの《雷光穿槍》など比にならないその威には動揺を覚えずにはいられなかった。

 

「まさか、ここでも伝承通りに戦う運命にあるっていうのかよ。《ヴリトラ》と《インドラ》は……」

「レン」

「…………。ありがとな、《ヴリトラ》」

「なら、いい」

 

《ヴリトラ》は名前を呼んだだけだったが、そこに込められた意味を理解して、口にしたのは感謝の言葉だった。

《ヴリトラ》の生まれた理由は《インドラ》の対抗機竜。やることは変わらない。という意思を、感じた。

 

戦いのときの終わりを告げるように空は明るさを取り戻し始めていた。

下ではルクスとセリスが何やら話している。と言っても、前の学園長室のような空気ではなく、むしろ、セリスの方が赤くなった顔をルクスに見せないように背けていた。

その様子を見た蓮も連絡すべき相手に竜声の通信をつなげる。

 

「終わったぜ。そっちは無事か?」

『ええ。負傷者が若干いるけど、みんな無事よ』

「そっか、ありがとうな。……ところでさ、いま、セリス先輩が顔を真っ赤にして恥じらっているんだが、あんなキャラだっけ?」

『ああ見えて、とっても不器用なのよ。彼女』

「ふ~ん。ま、いっか。ああ~疲れた!クルルシファーさん、膝枕」

『医務室で診てもらった後、いくらでもしてあげるわ。お望みなら、それ以上のこともしてあげるわよ?』

「それ以上は、全部終わってからにしてもらうとするよ。まだ、終わってないことが多いからな」

 

蓮はそれだけを告げて竜声の通信を切った。

 

(少なくとも、君のことだけは、ね)

 

見上げた空は少しだけ、くすんで見えた。

 

 

 

 





う~ん、やっぱりルクス君がメインみたくなっちゃったなぁ。

さて、次回で三巻の内容は終わります。
もうすぐ4巻の内容ですね。すでに数話はできているんですが、かなり難産していますww
某和服(?)少女とどう混ぜようかほんとに困ってるんですよねぇ…(参るわぁ)

では、今回はこの辺で!

修正点や感想等を待っています!

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