「――グ、ォオオオォォォォォオオォォオオオオン!」
やがて、《
幻神獣だろうか?いや、それにしてはサイズが違いすぎる。それ以上に、この生物が纏う異様さ、禍々しさと表現すべき雰囲気からして、違う。
この生物こそ旧帝国が世に放ってしまったという災厄――
「な、なによ、あれ!?」
「そんな、ウソ、でしょ……?」
観客席にいた生徒たちは呻くような声を出した直後、それは一斉に悲鳴へ変わる。刹那、生徒たちは出口へ殺到する。
正体がわかるよりも先に本能が告げていたのだ――勝てない、と。
叫びは恐怖を伝播させ、その混乱は教官の声が届かないほどになっていた。未来を担っていく貴族の子女と言っても、まだ卵なのだ。生徒たちの混乱はある意味、必然とも言える。
「――降誕せよ。幾数多の憎悪を身に宿し蛇竜。怨恨放ち雷霆を弑せ、《ヴリトラ》」
「――転生せよ。財貨に囚われし災いの巨竜。あまねく欲望の対価となれ、《ファフニール》」
「――目覚めろ、開闢の祖。一個にて軍を為す神々の王竜よ。《ティアマト》!」
当然、卵と表現するのに能わない生徒もいる。観客席で固まるように座っていた蓮、クルルシファー、リーシャの三人は言葉を交わすことなくそれぞれの機竜を装着する。
席を蹴って演習場内に残るルクスとセリスを襲おうとしていた触手を蓮が《
「大丈夫か、ルクス、セリス先輩」
「うん、三人ともありがとう。おかげで助かったよ」
「助けられてしまいましたね、ありがとうございます。それで、アレはやはり――」
「旧帝国が目覚めさせたという
セリスの言葉の続きをリーシャが告げる。
同時に再び触手が襲い掛かった。それを先程同様に処理し、五人は一度演習場の隅に引いて距離を取った。
「再生の速度が速いわね。さっき切ったところがもう再生されてる。凍らせた部分は遅いようだけど、それでも少しの差しかないわ」
「――チッ、どうやら向こうも襲われているみたいだな」
クルルシファーが敵の分析をしている横で蓮は聞こえてきた悲鳴に気が付いた。
女子の悲鳴は校舎の方向から、つまり――
『誰か聞こえていますか?ノクトです、返事を下さい』
不意にノクトの《ドレイク》から竜声が届いた。蓮とクルルシファー、リーシャの三人は再び襲いかかってきた触手の相手をしているので、これに答えたのはルクスだ。
ルクスはとノクトは情報を交換し合い。今、学園に起きている緊急事態を把握した。
サニアがヘイブルグのスパイで、学園内で何かを探していたこと。
異形の《ワイバーン》を操るサニアに逃げられ、ノクトやティルファーをはじめとした『騎士団』メンバー数人が負傷したこと。
学園の校舎付近に所属不明の
演習場に現れた巨大な生物はまず間違いなく、ヘイブルグで存在が確認されていた
どれをとっても危機的状況であることに変わりはない。
ルクスが必死に頭を回す横でセリスが立ち上がる。
「リーズシャルテ、クルルシファー、ルクス・アーカディア、レン・フェルテ。あなた達は学園の救援に向かって下さい。ここは私が一人で片づけます」
「セリス先輩!いくらなんでも、無茶です!」
セリスが告げた内容にルクスが食い下がる。
しかし、セリスも折れそうにない。
そこに
『そんな指示に誰が従うと思っている。アホか』
『お断りさせてもらうわ』
『断る!』
「なっ!?」
蓮を含め、リーシャとクルルシファーが口を揃えて拒否を示したことに驚くセリス。
「状況が分かっていないのですか?あなた達では
『悲しいわ。一番、状況が分かっていない人にそんなことを言われるなんて』
『……いつになく辛辣だな、クルルシファー』
セリスがそれでも反論すると、今度はクルルシファーからまったく温度のない返答が帰ってくる。たまらず漏れたリーシャの声は若干引きつっていた。
そしてセリスが再び口を開こうとしたとき、蓮が先回りするように指示を出す。
「チッ…だがまあ、現実的にはそうするしかないか。クルルシファーさんはリーシャ様と一緒に学園に行ってくれ。隙は俺が作る」
「いいのかしら?」
「時間がない。ノクトとティルファーが負傷、シャリス先輩は疲労解除されたばかりで、戦うなんて無理。『
それに、説得するにもセリス先輩は
「……わかったわ」
心の底では納得していないようだったが、一応の納得はしてくれたようだ。
相手の攻勢が一度弱まったところで呼びかける。
「行くぞ。タイミングを逃さないでくれよ」
「ええ」
「わかっている」
《ヴリトラ》の背翼から《
蓮はそのうちの一つに向けて《
「バースト:雨」
「ギッ、ィィイイィィイイイイッ!」
この隙にクルルシファーとリーシャは学園の救援に飛んだ。
「死ぬ気はねぇってのにな」
別れ際、クルルシファーから渡された黒い紐を握りしめ、蓮は笑う。
蓮はその後、ルクスとセリスのいるところまで引いた。
「さて、俺たちは俺たちの仕事をしましょうや。ルクス、セリス先輩、動けますか?」
「うん」
「……あなたに言われるまでもありません」
右腕に受け取った紐を結びながらの確認にルクスは静かにうなずいた。
対して強く答えたセリスはその場で《
「……ルクス・アーカディア、レン・フェルテ。私がフィニッシャーを務めます。まずは核の位置をつかみますよ」
「はい!」
「了解だ」
ルクスと蓮が答え、2人の纏う《ワイバーン》と《ヴリトラ》が終焉神獣に向かって飛び出す。その様子を見たセリスは一度、顔を振ってよぎった考えを捨てる。
セリスもまた《
「グオオオオオオォォォオォ!」
半壊状態になった演習場内で数百にも及ぶ触手を振り回して暴れ狂う終焉神獣に対して、三方向から攻める蓮たちは苦戦していた。
攻撃は当てても相手の再生能力が高く、反撃速度が速い。ルクスの極撃も破壊力をそのまま返すという特性上、軟体のポセイドンには意味がない。
だが、
「ルクス・アーカディア、レン・フェルテ。退避を命じます」
雷撃を帯びた《
言葉こそ『男はいりません』みたいに言っていた以前のそれだったが、蓮とルクスは真意を察して、言われた通りに距離を取る。
「――気を付けろよ」
「――わかりました。気をつけて」
返事と共に上空へ逃れるのを確認したセリスが動く。
「《
《リンドヴルム》が七色の光輪に包まれ、触手が襲いかかった瞬間に姿を消した。
セリスが現れた先は、ポセイドンの眼前。
「《
呟きと共に放たれた圧縮光弾はポセイドンのぽっかりと醜悪に開いた口へ向かって進む。
直後、セリスは先に逃れていたルクスたちよりも上空まで高速で飛翔。凄まじい電撃を槍に纏わせ、突撃の姿勢に移った。
「とどめです」
「セリス先輩!?まさか――」
「おい、ちょっ!?」
蓮とルクスが止める間もなく、セリスは光弾の爆発と共に突貫した。
二種類の攻撃を一人で同時に当てる『重撃』。セリスは爆発によって内部から破壊されるタイミングを狙って、仕掛けた。
「――ギィイアアアアアアアッ……!」
セリスは自らの砲撃のダメージも厭わず、ポセイドンの胴を深々と貫いた。
そしてこの世のものとは思えない絶叫と青い血を周囲にぶちまける。その中でも触手は暴れていたが、やがてピクリとも動かなくなった。
「う……、あ」
さしものセリスでも相当に消耗したのか、突き立てた槍を引き抜いた後、彼女の体はぐらりと揺れた。
ルクスが慌てて飛んでいき、その体を横から支えた。蓮も近くに降り立つ。
「……あなた達には、すでに命令を与えたはずです。この私に、気遣いなど――」
「必要です」
「必要だ。このおバカ」
「え……?」
頑なな声で、ルクスの手を払おうとしたセリスだったが、言葉の途中で言い返される。
「どうしてあんな無茶をしたんですか?あなたがいなくなったら学園のみんなが悲しみます。辛いのに、辛くないふりをする人を、誰かが気遣わないでどうするんですか?」
「おおう…言いたいこと全部言われた……。――ッ!」
寂しげな声でルクスがそう告げ、全部言われてしまった蓮は肩を落とす。
だが、何かに気づいたようにダガーを一本、観客席の一角に向けて投げた。ルクスとセリスが訝しんでダガーの行く先を見上げると――
「うおっと、危なねぇなぁー」
黒いフードを被った小柄な人物が一人。ダガーはそこから少し離れた席に突き刺さっていた。
頭をすっぽりと覆うフードからわずかに覗いた髪と鋭い眼光にルクスは息を飲んだ。
ルクスやその妹であるアイリと同じ、旧帝国の皇族に受け継がれる――髪の色。
「あれは――まさか!?」
「さすがだなぁ、学園最強の公爵令嬢サマとやら。お見事お見事、強いねぇ。――だが、まさか。まさかまさかこれくらいで終わりだなんて、ちょっとでもそんなこと思っているわけじゃあねえよなあ?」
フードの下で表情は見えないが、口調からして凶笑を浮かべているだろう人物は口元に黄金に輝く角笛を当て、高らかに叫ぶ。
「さぁ、早く俺を楽しませてくれよぉ。貴様たち下賤の者たちが喰われゆくさまをよぉ、絶望をよぉ、裏切り者たちの末路を見せ、この渇きを満たしてくれ!」
ィイィィイイイイイイ!
「ヴォ、オオオオオオォォッ!」
鳴り響いた不協和音に反応するように、一度は沈黙したポセイドンが咆哮する。
崩れ始めていた身体がぐじゅり…ぐじゅり、と不気味な音を立てながら元の姿に戻り始め、焼け焦がれていた触手は次々に再生、咆哮は大地を揺らす。
「なっ……!」
「このままでは学園が――ッ!?」
「セリス先輩!?」
復活したポセイドンと相対するために《
セリスが顔を向けた先にいたのは―――
「さすがはセリスお姉さま。まだやられていませんでしたか」
サニアだった。
しかしその姿はセリスの知る普段と全く異なり、獣のような荒々しさを感じさせ、その身に纏うのは異形の《ワイバーン》だった。姿こそ《ワイバーン》の原形を保っているが、にじみ出る禍々しさが異様だった。
「サニア?どうして、あなたが?その機竜は一体?」
「これですか?これは《B―blood ワイバーン》というんですよ。リスクは高いですが、神装機竜にも負けない機竜ですよ」
震える声で疑問を口にしていくセリス。
セリスの問いに答えるサニアの表情は狂気に染まっていき、逆にセリスの表情には絶望の色がにじみ始める。
「頭悪ィなあ、さすがは脳筋の公爵令嬢サマだぜ!お前たちは踊らされていただけだ!そこのサニアは俺が送り込んだスパイだ!この俺が軍師を務めてやってるヘイブルグ共和国のな!」
「ッ……!」
ローブの言葉についに絶句するセリス。
一方、サニアはというと、ローブに怪訝な視線を向けていた。
「よろしいのですか?その名を出してしまっても?」
「あん?なんだよお前?まさか――」
ローブがサニアに呆れ声で答える――いや、答えようとしたところで中断された。なぜなら、そこに割り込んだ人物がいたからだ。
「『まさか一人でも生かして逃がすつもりか?皆殺しにして、全部消してやるのが軍人たるお前の仕事だ』――だろ?ヘイブルグの軍師さん?」
「ああ?」
割り込んだ人物は蓮だった。
「てめぇ、いま俺が話してんだぞ?何様のつもりだ」
「俺様のつもりだが?
やれやれ、黙って聞いてりゃ、お前も所詮はバルゼリッドと同じだな。
「俺があのクズと一緒だとぉ?ふざけるのも大概にしろよ」
「そうだ。と答えてやるよ、ヘイブルグの軍師さん。それで、こちらを揺さぶるカードはもうないのかい?わざわざ裏方様が表に出てきといて、これで終わりなんてないよな?」
ローブの影から放たれる強烈な殺気とドスの利いた声のもひるまず、蓮は挑発を繰り返す。
するとローブの雰囲気が変わる。刺すような殺気が収まり、哄笑の雰囲気が漂う。
「はははっ!いいよ、お前!マジでイラつくよ。――なら教えてやるよ。そこの公爵令嬢サマはなぁ、お前の隣にいるガキの祖父の仇なんだよぉ」
「なんだと?」
「どういう意味だ?今の言葉は――」
蓮とルクスの眉根が寄る。
その様子に気分が乗ったのか、ローブはルクスに視線を向けて更に口を開く。
「その女はかつて、旧帝国の腐敗をお前の祖父に伝えたんだよ、そのせいで進言したために投獄されて死んだのさ」
「「―――」」
「サニア!まさかあなた――」
「ええそうですよ、セリス姉様。敵に自らの弱点を教えてくれるなんて、実に愚かでした」
明かされた真実に蓮とルクスは動きを止め、セリスは顔を青ざめた。
それは一瞬の硬直。しかし、その硬直は決定的とも言える隙になった。
「殺れ」
「了解――お前らはもう終わりだ。我々の部下がこの学園を占拠した!あの二人の神装機竜の使い手も、私と同格のヤツが相手をしている。このまま、
そしてサニアは赤黒い刻印の浮かんだキャノンを構え、発射した。同時に
おかしいな。蓮君が主人公の筈なのになぁ……
次話についてですが、今書いてあるのだと蓮君がちょっと空気っぽいので手直しします。
そのため、投稿が少々遅れるかもしれませんので、先に断っておきます。
来週また投稿できるように頑張りますので!
修正点や感想等を待っています!