この弱すぎる竜王国に爆裂娘を!   作:れんぐす

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めぐみんが爆裂魔法以外の魔法を覚えたところを全削除、過去についても違和感を覚えそうな描写を削除または変更しました。


開演の爆裂は高らかに鳴る───中編《新訂》

 めぐみんはソファーに座り、なんとなく視線が向いた机の上のカードに手を伸ばす。

 紅魔族の里で発行した、めぐみんの冒険者カードだ。風呂場に脱ぎ捨てた服の中に入っていたはずだが、リーゼが取り出しておいてくれたのだろう。

 

 「…………これはまたすごいことになってますね」

 

 カードを眺めて、めぐみんは呟く。

 リーゼは傍で立っているが、めぐみんの冒険者カードに興味を示していた。

 

 

 レベルは二度見するほどに上昇、スキルポイントは今まで見たことがない数値まで上がっている。

 

 つい先程までのレベルは1桁だったはずだ。ビーストマンの群れを倒して大量の経験値を得たのだろうか。

 

 もう1度見てポイント数とレベルに間違いがないことを確かめた後、指先に魔力を込め、爆裂魔法を補助するスキルの名前をなぞっていく。

 

 爆裂魔法の威力向上。

 爆裂魔法の燃費向上。

 魔法の詠唱速度向上。

 

 指の跡に沿って、燃えるような色を帯びていくスキル名に、遠慮なくポイントを振り当てた。

 それから少し考えてスキルを追加で選択する。

 

 魔法付与技術。

 魔法道具製作。

 魔力の回復速度上昇。

 

 爆裂魔法を補助するだろうスキルを軒並みなぞった所で、残りポイントはまだ余るほどある。

 何かに投げてしまおうかと逡巡するものの、振り直しが効かないことを考えてそのままにしておく。

 

 しっかりと確認した上で、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 めぐみんはゆっくりと、アークウィザードのアイコンの上に指を置く。

 アイコンが緑色に点灯し、承認のサインが灯る。縦に並んだいくつものスキル名が一斉に輝いた。

 

 カードに触れた指先から、ぞわぞわとした得も知れぬものが上ってくる。遺伝子レベルで体の構造が変わっていくような感覚だ。

 

 「うぉっ……」

 

 ────1度にいくつものスキルを習得するせいか、体が痙攣を起こしたように跳ねる。魔力が増幅していくのを感じ、それに付随してこみ上げていく肌を撫でられるような気持ちよさを我慢した。

 吐息が漏れ、体は熱を帯びる。

 四肢を這い回る快感が引いていくと、新たな力が体にみなぎってくるのがはっきりとわかった。

 

 何故か恥ずかしそうに顔を染めていたリーゼを不思議に思いながらも、めぐみんは立ち上がる。

 

 「……さぁ、行きますか──っと、その前に試しておかなくては」

 

 部屋の隅に立っていた、足つきシェードランプを手に取る。身長と同じ位の高さで、ちょうど良い収まりを感じた。

 

 (習得したばかりですが、早速魔法を使ってみましょうか)

 

 新しいおもちゃを得た子供のように楽しげに、めぐみんは魔法を使うことにする。

 

 

 「光をもたらす天の尖兵よ。我が永劫なる闇の眷属となりて、その力を現出するがいい!」

 

 その声をきっかけに握りしめたランプへと魔力が流れ込み、外見を変化させないまま、その本質が異常化していく。

そして完成したのは、シェードランプの形を残した魔法の杖。

 

 「……よし。我ながら上出来と言えるのではないでしょうか」

 

 帽子を探して帰ってくるまでに、壊れたままの杖では心もとない。杖の核である宝玉は、ひとたび壊れてしまうと職人の手によってしか直らないのだ。

 そんなに魔力を込めて作っていないので爆裂魔法の単発で壊れてしまうかもしれないが、1度使えるなら問題ないだろう。

 

 

 作りだした杖のにぎり心地を確認していると、顛末を見守っていたリーゼが褒め言葉を贈った。

 

 「お見事な魔法の行使です、めぐみん様」

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 人間は褒められると嬉しいもの。もちろん、褒められ慣れていないめぐみんも例外ではない。

 リーゼから褒められためぐみんは、後ろ頭を掻きながら歯を見せて笑った。

 

「この杖の見た目がランプのせいで、外を歩けば完全に買い物帰りの人ですが」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 『六腕』の紅一点、『踊る三日月刀』のエドストレームは退屈していた。

 

 奴隷売買部門のコッコドールが行う取引を護衛するために竜王都について来てからというもの、取引の期日まで成すべきことが何も無いのだ。

 

 もしここが仮にリ・エスティーゼ王国の王都であれば、一歩路地裏に入れば荒くれ者がナイフを振り回して金を迫ってくる危険があるだろう。

 しかし、こちらに来てからはそんなことが一切ない。

 腐り果てたリ・エスティーゼの王都とは違い、騎士が常に巡回しているおかげで治安の良い竜王都は、あまりにも平和すぎた。

 午前中に王宮が出す警報が鳴ってコッコドールと合流したが、それだけだ。命の危機になるような大事は何も起きていない。

 

 

 

 露天で串焼きと麦酒を買い、近くに置いてあった椅子に座った。

 

 酒をあおり、肉を齧り、酒で流し込む。

 昼間からこんな自堕落な生活をしているのも、何もすることがないからである。

 

 夕飯は何を食べようか──。

 そんなことを考え始めていると、エドストレームに声がかかった。

 

 

 「相席、よろしいかな?」

 

 「……ええ、まぁ。どうぞ」

 

 「かたじけない。失礼する」

 

 長い杖を立て掛け、向かいの席に座ったのは、ごく普通な街人の服装をした老人だ。

 堀りの深い顔に白い髭。優しそうな、でもどこか厳格さを感じさせる男だった。

 

 老人は手にしていた紙袋から干しぶどうの袋を取り出すと、もそもそと食べ始めた。

 

 (──乾果!そういうのもあるのね)

 少しずつ減っていく老人の干しぶどうを眺めていると、口の中に甘いものが欲しくなってくる。

 

 老人はエドストレームの視線に気づくと紙袋の口を大きめに開き、エドストレームへと尋ねた。

 

 「食べるかね?」

 

 「……ありがとう、少し頂くわ」

 

 エドストレームは干しぶどうを一つ取ると、口に放り込んだ。

 

 甘酸っぱさが口内に広がり、肉と酒で占めていた味覚に新たな刺激がもたらされる。砂漠に現れたオアシスのようだ。

 

 お返しに串焼きの肉をひとかけら渡し、エドストレームは麦酒を飲み干した。

 

 

 「お嬢さんはこの国の人ではないのか?なんだか物騒な格好をしているが、大道芸でもするのか?」

 

 老人は、エドストレームが腰に提げている六本の刀を見た。

 

 六本も1人で提げていれば、大道芸人とみられることはあっても剣士として見られることはほとんど無い。

 エドストレームの使う《ダンス/舞踊》の魔法はその扱いの難しさから知名度が低く、一般の民や魔法に詳しくない者には認知されていないのだ。

 

 「……王国から仕事でやってきた、剣使いの奇術師みたいなものよ。空気に馴染んでなかったかしら?」

 

 「────お世辞にも馴染めているとは言えないだろうな。纏っているものが違うだろう」

 

 「そう。……まぁ、仕事が仕事だからね」

 

 エドストレームの服はまるで踊り子のような薄布と、それを留める金の輪で出来ている。肌は透けて見えるし、露出の面積も大きい。

 早い話が、大道芸人の類でなければ痴女以外の何者でもないのだ。

 

 彼女の性格的に、老人がもしも欲望に滾らせた視線をしていたら、路地裏へ連れ込んで口を塞ぎ、皮膚を削ぎ落とす拷問の末に生かさず殺さずで放置していたかもしれない。

 しかしその点で、老人の視線は純粋な興味であるように見えた。悟りを開いたのかと思うくらいに邪な感情がない。

 

 エドストレームは、そんな老人に対する軽い好奇心を持つ。

 

 

 「お爺さんはここの人なのかしら?」

 

 「いや、違うぞ。つい先程スレイン法国から来たからな」

 

 「へぇ。スレイン法国……」

 

 エドストレームは、先日コッコドールと共に視察したスレイン法国の辺境都市を思い出す。

 国ぐるみで閉鎖的で、余所者に厳しかった都市だった。

 

 「何をしに竜王国まで来たの?観光面では大した魅力なんてないと思うのだけど」

 

 「人助けの旅のようなものだ。なんでも、この国は隣国に攻められて危機的状況にあるらしいではないか。こんな老いぼれにも出来ることがあるはずだと思ってな」

 

 エドストレームは老人を観察する。

 

 ごく普通のどこにでもいそうな老人だ。

 少し眼光が鋭い以外は特筆すべきこともない。戦闘職になるための筋肉も無さそうだし、立ててある杖からもほんの僅かな、微々たる魔力しか感じない。魔法を発動する媒介にするには貧弱すぎる。

 

 となると商人だろうか。

 エドストレームは老人の背負い袋に視線を向けるものの、金貨や銀貨が入っているような感じはしない。

 

 数百年の歴史がある法国から来たとはいえ、まさかこんな普通そうな老人が、伝承にある無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)を持っているはずがないだろう。

 

 「……具体的に何をやるのか、聞かせてもらえるかしら?」

 

 「共にここまで来た連れのうちの1人が手続きに行っていてな。そいつが帰ってきてからでないと、何をすればよいのかはわからぬ」

 

 商人なのか戦闘職なのか、それともその他なのかを尋ねたのだが、敢えて答え方をずらしたように聞こえた。

 これ以上聞いてもはぐらかされるだけだろうと、エドストレームは諦める。

 彼女自身も、奴隷売買の護衛として来ていることを隠しているのだ。

 目の前の相手が多少言いにくいことを隠していたとしても、人のことは言えない。

 

 

 エドストレームが肉を食むのを再開してすぐに、老人は立ち上がった。

 遠方の相手に手を振り、合図をしている。

 エドストレームは後ろを振り返り、その相手を目で追う。

 

 大きな大きな魔女帽を被った女が、ヨタヨタした足取りでこちらへ歩いてきた。

 腕にぎりぎりで収まるほどに大きな赤い水晶玉を抱えている。その上には焦げ茶色をしたとんがりボウシが載っていた。

 服装はどこにでもいる町娘風だが、肩の部分がずり落ちていて胸が露出していた。

 その2つの大きな膨らみは、水晶玉の上にずっしりした重量感とともに載っている。

 

 エドストレームは己の胸部を確認してから、僅かに眉をしかめて敗北を感じた。

 

 

 「……このひと〜、だーれでーすか〜?」

 

 「少し会話に付き合ってもらっていただけだ。──では、お嬢さん。短い間でしたが楽しかった。これにて失礼する」

 

 老人は礼を言うと、すぐさま荷物をまとめて去っていった。

 

 

 

 

 残されたエドストレームは酒をちびちびと呑む。

 

 あの女は装備品からして、間違いなく魔法詠唱者(マジックキャスター)だろう。

 では老人は何者だろうか?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何故わざわざ相席をしてきたのだろうか。

 

 

 エドストレームの思考は酔いによって回らず、時間が経つにつれ『まぁどうでもいいか』と思い始めていた。

 

 

 

 

 

 

 「…………こんな昼間っから街の真ん中で酔いつぶれてんじゃないわよエディ!」

 

 「──んー。……ぎゃっ!」

 

 うつらうつらとしていたエドストレームを覚醒させたのは、ダメ人間を見るような目をしたコッコドールが放ったチョップだった。

 酔いとのダブルパンチで痛む後頭部を押さえつつ、エドストレームはコッコドールの顔を見上げる。

 

 「起きなさい!あんたの腕を借りる時間よ!」

 

 「………………今からですか?予定から1日ズレてますが」

 

 「なんだか大きなお祭りがあるみたいで、その影響で相手方の都合が今日しか合わなくなっちゃったみたいなのよ。──酔って剣を持てないなら、後ろに立ってるだけでいいから!ほら起きなさい!」

 

 急かすコッコドールに応え、エドストレームは立ち上がり、体内の魔力を整える。アルコールを高速で分解し、酔いを完全に消し飛ばした。

 

 「──お見苦しいところをお見せしました。もう問題ありませんわ」

 

 「なら早く馬車に乗りなさい。()()も積んであるわ」

 

 そう言って、コッコドールは近くに止めてある大型の馬車を指す。

 馬車は外側から中の見えない特殊な作りになっているようで、()()の様子は見えない。

 しかし、エドストレームはその商品が何であるかを知っている。

 コッコドールは『奴隷売買』部門の責任者なのだから。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 めぐみんとリーゼは、杖を求めて城下街へと下りてきた。

 ドラウディロンが遣わせた護衛騎士と雑務メイドを3人ずつ引き連れ、大通りを適当にぶらぶらと歩く。

 

 溯って百年近く、この国で王家の紋章を身につけていたのはドラウディロンだけだ。

 つまり王族というのはとにかく稀有な存在なわけで、めぐみんのことを初めて見る者は『今まで知らなかった王族がいたのか』という感想を持つ。違和感を感じる者はいない。

 

 王家の紋章のついたドレス、そしてメイドと騎士の集団はかなり目立っていたものの、柄の悪い者を寄せ付けないことに一役買っていた。

 

 

 日が沈むまでおよそ3時間ほど。帽子を探す手間を考えれば、1時間は街を歩いていられる。

 めぐみんはこの国の物価や治安の確認をしつつ、魔道具関係の店を巡った。

 

 

 「おおおおっ!これは空の涙から造られるという希少金属、天弓鉄ではないですか!しかもこんなに大きな!──この店は良いものを仕入れてますね!」

 

 「きょ、恐縮にございます。店を開いて十年以上になりますがその、まさか王族の方にお褒めいただけるとは……」

 

 「こっちは溶岩から採取されると言われる爆発性黒魔溶鉄鉱、イグニスブレイズではありませんか!?……流石に値は張るでしょうが、即断で買う価値はありますね!ご主人、これとこれ下さい!いくらですか?」

 

 「お代は結構ですので……」

 

 「いいえ、こんな素晴らしい品揃えをしている店に1エリス……いえ、1枚の金貨すら落とさないのは、アークウィザードとしての私の誇りが傷つきます!さぁ、払わせて下さい!でないと金貨を袋で投げつけますよ!」

 

 「ひぃっ!?」

 

 

 王家の紋章の威光は凄まじく、どんな品物を商っている店であろうと、めぐみんに見ていってもらおうと必死に呼び込みをする。

 あわよくば商品を褒めてもらい、明日以降『竜王家のお墨付き』で売り出したいからだ。

 

 しかしいざめぐみんが立ち寄ったとなればその店は大混乱になり、店員がひっくり返って目を回す騒ぎである。

 

 魔道具の店主は渋々といったていで金貨24枚だと言い、リーゼが懐から金貨を取り出して会計した。

 

 

 店を出て、めぐみんは周囲を見回す。

 どの店からも畏れと欲に塗れた店員の視線が覗いている。

 紳士協定のようなものがあるのか、客引きがこちらまでやってくることはない。しかし、魔道具店に入る前から広場の熱は上がりっぱなしだ。

 

 めぐみんは、買った二つの魔石を腕に抱えているメイド2人に、先に王宮へ戻るように指示するようにリーゼへとお願いをする。

 メイド2人と付き添いの騎士1人が王宮の方へ消えるまで後ろ姿を見送り、めぐみんは次に行く店を考える。

 

 ここのあたりで軽食もいいかもしれない。

 そう考えて、食事を提供している露天へと目を移す。

 

 

 

 その時偶然、あるものを見つけた。

 

 

 (──あれはわたしの帽子ではありませんか!)

 

 遠方を小走りしている人影が、めぐみんの帽子を手にしていたのだ。

 人影はめぐみんに似た大きな魔女帽を被っており、束ねられた青い髪の毛がもっさもっさしている。

 両手で抱えるようにした赤い球体の上に、紛れもないめぐみんの帽子が載っていた。

 その人物の後ろは、同行者らしい髭の老人がついていた。

 

 2人とも、目を離すと記憶から消えてしまいそうな、そんな危うさがあった。

 アークウィザードとしての本能がそれに抵抗する。

 自分に対する他者からの印象を弱めて記憶に定着させなくする魔法について、紅魔の里の書物で読んだことがある。爆裂魔法に関して以外はだいぶ記憶が曖昧なせいで、名前も思い出せないが。

  

 

 背後でリーゼが静止を呼びかけるのを無視し、めぐみんは駆け出して2人の姿を追う。

 今追わないと、間違いなく見失うと感じた。

 

 2人が奥へと消えた路地まで走って辿り着き、薄れていく記憶を必死に手繰りよせた末に、ついに彼らの背中を視界に捉える。

 光が届きにくい薄暗い路地だ。隠れる場所には事欠かなかった。

 

 

 先ほどの2人が、通りの道幅ギリギリの馬車の前に立っている。

 扉を開いたら、脇を通り抜けることができなくなる程度の大きさの。

 

 魔女帽を被っている青髪の女が、抱えていた水晶玉とめぐみんの帽子を宙で浮かせた。

 

 《アラーム/警報》

 

 女は空いた手で魔法を行使する。広げた手のひらから魔力の波紋が広がった。

 

 裏路地の狭い空間を、薄い緑色を帯びた魔力が無限に跳ね返る。馬車の中へも染み渡り、探査のエコーを響かせた。

 

 やがて青髪の女は諦めたように老人に告げた。

 

 「なかにはー、だれもいなーいね〜。ちかなのかなー────にゃ、このはんのーは〜……ッッ!?」

 

 女は猫のように反転して跳ねると、叫び声に似た魔法を発動する。

 

 「おいさん、うしろっ!《ほーりーらいと・おぶ・あいそれーしょん/聖なる光の結界》っ!!」

 

 水晶玉から眩い光が放たれ、めぐみんを含む路地全体を覆い込むようにして、転移阻害と出入り不可、魔法の遮断を付与する結界が張られた。

 

 老人もそれにあわせてすぐさま動き、同様に魔法を行使する。 

 

 「《レストリクト・ブラックチェイン/黒き鎖の束縛》」

 

 空中にいくつもの黒い穴が開き、そこから飛び出した漆黒の鎖が、物陰に隠れているめぐみんを察知して飛翔した。

 

 障害物を貫きながら疾走する鎖に対して、めぐみんは十分な反射神経を持っていない。

 何か言う暇もなく、鎖はめぐみんの四肢に巻き付いて縛り上げた。

 それを先駆けにして、たちまち20を超える本数の鎖がめぐみんを捕らえる。

 耐えきれずに杖を取り落とし、その代わりに鎖が指の隙間に入り込んできた。

 

 身動きする隙間一つない、完全な拘束だ。

 

 老人と女は周囲の安全を確認すると、鎖の拘束でミノムシのようになっためぐみんに接近する。

 

 

 「……お爺さん、これかなり苦しいんですが」

 

 「楽になりたければこちらの質問に答えたまえ。君は何者だ?何故コソコソとこちらを追跡した?」

 

 「……我が名を知りたいと願いますか。ならば答えてあげましょう。我こそはめぐみん!オーリウクルス家随一のアークウィザードなり!」

 

 めぐみんの名乗りに対して、老人は態度を変えずに首を傾げた。

 

 「────ふざけていい状況だと思っているのか?」

 

 「ふっ、ふざけてなんかいませんよ!失礼ですね!」

 

 「尾行していたくせに態度が大きいな。そのような変な名前で王族を騙るとは片腹痛い。……なんだ、その妙ちくりんな杖は。部屋の模様替えでもする予定だったのか?」

 

 「今なんと言いましたか!?変な名前とは聞き捨てなりませんよ!杖が変なことについては否定できませんが!」

 

 ミノムシと老人が視線をあわせて睨み合う。

 

 その傍らで、青髪の女は鎖の状態を確認して冷や汗をたらした。

 

 

 「……おいさーん、これたいこーそくまほーかかってるぅ〜」

 

 女が危険を告げると同時に、めぐみんのドレスが暴力的な輝きを放った。

 あまりにも理不尽なベクトルからの加圧により、バキバキと鎖が破砕されていく。

 やがて完全に砕けた鎖は、闇に還って消滅した。

 

  「なっ、なんだこれは!我の魔法は人智の結晶、第五位階なのだぞ!?それを無力化する対抗魔法というのは────」

 

 「……りゅーのもんしょー、くろいどれす。おーぞくがしょゆーするまじっくあいてむぅではなかりょーか〜?」

 

 老人はそう言われてめぐみんの服に施された刺繍を視認し、驚きに目を見開いた。

 

 めぐみんは自由を取り戻し、ランプの杖を再び手にする。対人戦闘を想定した魔法は一切習得していないが、握らないよりはマシだろう。

 

 大きく足を広げて立ち、半身を前に出す。杖を両手で大剣のように握り、2人に対して構える。

 

 「先程も言いましたが、我が名はめぐみん!オーリウクルス家のアークウィザードにして、この国の新たな守護者となったものです!──あなた達の名をお聞かせ願います」

 

 

 「……王族の方に飛んだ無礼を致しましたこと、お許しくだされ」

 

 老人は納得したようなしていないような様子で軽く頭を下げると、すぐに向き直った。

 

 「我々の名は────」

 

 「あら?こんな所へ3人も集まって、楽しいことでも見つけたの?」

 

 

 老人の名乗りを遮って建物の一つから現れたのは、六本の曲刀を提げたエキゾチックな服装の女だった。

 掛けられる言葉の端には棘が含まれていて、老人達へ向けて純粋すぎる敵意が向けられている。

 

 「……なんか見覚えがあるような気がするんだけど、記憶にモヤがかかってるみたいでよく分かんないわね。誰なの?あなた達」

 

 軽いステップで馬車の屋根へと跳び上がると、女は小さく魔法を唱える。

 

 「──《ダンス/舞踊》」

 

 鞘から六本の曲刀が飛び出し、女の周りに滞空する。

 殺意が秒ごとに増していき、空気が澱んでいく。

 

 

 「失礼、自己紹介は後回しにさせて頂きますぞ。────《マス・ターゲティング/集団標的》《エンチャント/付与》《リヴァース・グラビティ/重力反転》」

 

 老人は、相変わらずウトウトしている水晶玉の女を庇う位置に陣取り、背負い袋から魔道具をいくつも取り出す。楕円体に針を付けたようなものだ。

 それらは魔法の効果を受けて老人の周囲を囲み、肩の高さに漂った。

 

 「《マナ・シンサーシス/魔力の合成》」

 

 楕円体が淡く発光し、大気中から魔力を合成し始めた。

 魔力が泉の如く湧き出し、老人に力を与える。

 

 「準備はいいかしら?」

 

 「元よりいつでも問題ない。かかってくるがよい。六腕・エドストレームよ」

 「えどすとれーむぅ。ころさなきゃならぬにぇ〜……ぐぅすぴー」

 

 「あら、私のことを知ってるの?それは嬉しいわ──ねッ!」

 

 

 曲刀の女──エドストレームが馬車の上から飛び降り、六本の剣のうち一本を掴んで老人へと袈裟斬りにかかった。

 

 老人は細い杖を使ってそれを流し、死角から襲ってくる二本の浮遊剣をゆったりとした動きで回避する。

 続いて正面から現れる三本の剣は楕円体を使って逸らした。

 

 

 「……随分と頑丈な杖を使ってるのね。お爺さん、何者なの?」

 

 「言わぬ。……何故リ・エスティーゼ王国を根城にしている八本指の貴様が、竜王国になど来ている?仲間は何人だ?」

 

 「──うるさい!死ねッ!」

 

 

 老人は危なげなく攻撃を避けながら、隙を見て補助魔法を用い、その体を強化する。

 

 《マジックシールド/魔法盾》

 《ハードニング/硬質化》

 《ストレングス/筋力増大》

 《ホーリーバロンズ・ハート/聖獅子の如き心》

 

 他にも実に10近い数の魔法が掛けられ、前衛職を押し切るだけの力を老人は得た。

 

 

 この空気の中、困惑しているのはめぐみんだ。

 なんだかよく分からないうちに突発的な戦いが始まり、どっちが善でどっちが悪なのかも不明。

 

 ただ一つ分かるのは、このエドストレームという人物は『六腕』であり、『八本指』という組織に所属しているということ。

 また、剣をいくつも浮遊させて戦う見目麗しい戦法。一言で言えば、カッコイイ。

 

 めぐみんはエドストレームの存在の端々に美的センスを感じ取る。

 六腕や八本指というのがメンバーの数か、それとも象徴となる何かの数字なのか、それはわからない。

 

 (…………けど、数字を冠した名前の組織って、ちょっとカッコイイですね)

 

 心の中で、少しだけエドストレームを応援することにした。

 

 

 ◆

 

 

 「六腕ということで少しはやるものかと思ったが……、所詮ここまでかということか。攻撃魔法を使うまでもないやも知れぬな」

 

 「……大口を叩くのは倒してからにすることね!──てぇッ!」

 

 エドストレームの剣が四本、老人を切り裂こうと迫る。

 老人は機敏な動きで杖を使い全てを弾き飛ばすと、時間差をもって飛翔してきた二本を手刀で薙ぎ払った。

 

 

 エドストレームは焦る。

 コッコドールに先行して地下の取引場所から出てきた彼女だが、どうやら面倒な存在に嗅ぎつけられていたらしい。

 しかもあちらはエドストレームのことを知っている。八本指の中でも特に秘匿されている六腕を。

 拷問してどこの人間か吐かせて、まとめて始末しなければ。

 それに、コッコドールが出てきてしまうまでに時間が無い。あの人は気が短いのだ。

 

 だが、エドストレームの思いに反して戦況は進まない。

 

 

 「魔法詠唱者(マジックキャスター)と前衛で勝負する気分はどうかね?」

 

 「このっ──クソジジイッ!」

 

 一本ならばいなされても、複数なら──。そう一縷の望みをかけて同じ方向から六本の剣を振りかぶるも、ぬるりとした動きで回避されてしまう。

 

 そしてこの間、老人は1度も攻撃に転じていなかった。

 エドストレームもそれはわかっている。

 

 遊ばれているのか、見定められているのか。

 

 不愉快は恐怖で押しつぶされていき、小声で掛けた《ライオンズ・ハート/獅子の如き心》でそれを上書きする。

 

 「おや、怖くなったかね。恐ろしさを感じたかね。結構なことだ」

 

 「────黙れッ!」

 

 怒りにまかせて、手に持った剣を横薙ぎに振るう。戦闘で怒りに身を染めるのは最悪のシチュエーションだ。それはわかっていた。

 

 次の瞬間、老人の手刀が剣の横面を叩いた。

 衝撃に耐えられずに手から曲刀を取り落とすものの、《ダンス/舞踊》の効果によりすぐさま手の中に戻る。

 

 しかし、集中力を欠いたこの一瞬は命取りだった。

 

  

 「まるで精神がなっておらんな。──《エクセス・グラビティ/過重力の発生》」

 

 老人が細い杖を振るい、エドストレームの右腕を軽く叩く。

 めしゃり、という脳に響く音がはっきりと分かった。

 

 「がっ────あぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 腕の打たれた部分が完全に破砕され、不自然に内側へ潰れている。指先の感覚が無い。

 

 「叩いた箇所の内部に重力を発生させる魔法だ。次は左腕でも貰おうか?」

 

 「ぐっ……!来るなぁッ!」

 

 エドストレームは老人から飛びのき、六本の剣を盾にして潰れた右腕を庇う。

 冷静さを失っていたとはいえ、魔法詠唱者(マジックキャスター)に接近戦で負けたなどということは信じられない。

 なにかの間違いでなければなんだというのか。この老人は超越者だとでも言うのか。

 

 エドストレームは老人の正体を暴こうと思考を巡らせる。

 

 (魔法詠唱者(マジックキャスター)で、竜王国にいて、そして強い。……ダメ。情報が少なすぎる!)

 

 

 「守っても無駄なこと。……だが、そろそろこちらも攻めさせて頂くことにしようか。──《エンチャント/付与》《ディスペルマジック/魔法解除》」

 

 老人は、黒いオーラを纏わせた杖を剣の壁に叩きつける。

 ガラスの割れるような音が鳴り、浮遊していた剣が押し並べて地に落ちた。

 

 エドストレームは慌てて魔法を再発動するものの、当然ながら老人の方が行動が早い。

 

 「魔法詠唱者(マジックキャスター)に近接戦で負けたとなれば、害虫の貴様でも誇りが傷つくだろう。これは情けだ。《ドラゴン・ライトニング/龍雷》」

 

 「──ぁぁぁぁあががががぁぁッッ!!」

 

 高圧の電流に体の内と外を焼かれ、エドストレームは前のめりに倒れる。皮膚は爛れ、口から血液の泡が弾けた。

 

 辛うじてまだ呼吸ができているのは、エドストレームが強靭な肉体を持っているからではない。

 即死しないように老人が調整したからだ。

 

 エドストレームは朦朧とした視界の中、思考だけはしっかりと働かせる。

 

 (強い魔法詠唱者(マジックキャスター)ということだけに絞れば──。竜王国のアダマンタイト級冒険者?いや、それにしても私がこんな無残に負けるはずが無い。だとすると法国の──)

 

 「漆黒、聖典か……!」

 

 「ほう。王国に巣食う害虫でも、我ら漆黒聖典の存在を知っておったか。だが今更気づいたところで意味は無い。……第十一席次、起きろ」

 

 「おわったの〜?」

 

 「こいつを洗脳しろ。聞き出したいことがある」

 

 老人に小突かれた水晶玉の魔女が、夢現のような足取りでエドストレームの所まで歩いてくる。

 エドストレームは指1本動かせないまま、それを待つことしかできなかった。

 

 「はーい、こっちぃみてねぇ〜。──《どみねーと/支配》」

 

 視界が閉ざされていく。意思がついえて、エドストレームの思考が止まる。

 

 そうして出来上がったのはエドストレームの姿をした、目に光のない傀儡だった。

 

 

 

 ◆

 

  

 洗脳されたエドストレームが知りうる限りの情報を洗いざらい申告しているのを見て、めぐみんはかなり逃げ腰になっていた。

 

 (えぇ……。なんなんですかあの人達……?ボロボロになった女の人の意思を奪って情報を聞き出してるんですよね?絵面がとてつもなく悪党っぽくて見ていられないんですが……)

 

 今の隙にここから逃げ出してしまおうと思ったものの、背後には光の結界が未だ張られていて通り抜けることが出来ない。

 焼け焦げたエドストレームの肉の臭いが立ち込める裏路地に、ただ立っている事しか出来なかった。

 

 

 そんな時だ。

 

 エドストレームが出てきた建物の中から、豪奢な服に身を包んだ男が姿を現した。

 手に縄を持ち、その先は建物の中のなにかに繋がっている。待ちかねていたのか、男はイライラした素振りだった。

 

 「エディ何やってんの、遅いわわ…………よっ?あら?」

 

 焼死体に一寸の魂を入れたような状態のエドストレームを見て、そしてそれに詰問している老人と魔女と目が合って、彼──コッコドールは言葉に窮する。

 

 信じて露払いに行かせた用心棒がボロボロに負かされた挙句洗脳されている状況で、どんな行動を取ればいいのか彼には分からなかった。

 結果、彼は勢いよく縄を引っ張って()()を手繰り寄せる。

 

 「……誰だか知らないけど、近づかないでちょうだいっ!この娘がどうなってもいいのかしらっ!!?」

 

 「ぐえっ──んんぐうー!」

 

 首に繋がれていた縄が引っ張られ、現れた少女の奴隷が苦しそうな声を出す。コッコドールはそのまま腕で首を絞める体勢に移るが、抗う術を持たない少女は苦悶の表情を浮かべるだけだ。

 

 老人はそれを見て、コッコドールに杖を向ける。

 

 「……八本指・奴隷売買部門の長、コッコドールだな?」

 

 「だからどうしたって言うの!?この娘が死ぬわよ!」

 

 コッコドールはさらに首を絞めあげる。

 奴隷の少女の足が地から浮き、バタバタともがく様は哀れの一言に尽きた。

 

 しかし老人は杖を向けることを躊躇わない。

 向けられる杖の恐怖と、首絞めでの意識の朦朧とで、奴隷の少女は泡を吹きながら失神してしまう。

 ボロ服の内側、僅かな臭いをもたらす生暖かい液体が奴隷の少女の足を伝った。

 

 

 めぐみんは衝動に体を突き動かされ、ランプを強く握って走り出す。

 その間にも老人は魔法の準備を進め、杖に雷が集い始める。

 

 「人類に仇なす巨悪を討つための僅かな犠牲だ。未来永劫苦しまぬよう、神のみもとへと送ってやろう。《ドラゴン──/龍──》」

 

 「まてぇぇぇいっ!」

老人の呪文詠唱が終わるよりも、振りかぶったランプが老人の背中を叩く方が早い。

 

 老人の集中が途切れ、バチバチと弾けていた稲妻は、射出される直前で消滅した。

 背中を叩かれた老人が何事かと振り向き、敵意をめぐみんに向ける。

 

 コッコドールは嫌な予感に駆られ、奴隷の少女を捨てて逃走を図ろうとした。

 しかし、光の結界がそれを阻んで許さない。結界に勢いよく弾かれたコッコドールは地を転がり、めぐみんの足下に倒れた。

 

 それを見てコッコドールに攻撃魔法を放とうとする老人を押しとどめ、めぐみんはコッコドールを見下げる。

 

 

 「──奴隷、ですか」

 

 めぐみんは未だ意識を手放している奴隷の少女を一瞥すると、惨めに転がっているコッコドールに話しかけた。

 

 「八本指や六腕というのは、センスがあってとても恰好いい名前だと思いました。……どこにある組織なのですか?」

 

 「──お、王国よ!リ・エスティーゼ王国の王都が本拠地なの!」

 

 「ありがとうございます。具体的にどんな組織なのか聞いても構いませんか?」

 

 「い、いろんな犯罪を裏から操っているの!王国を操れるくらいに権力も凄まじいのよ!望むならあなたを招致してもいいわ!私を見逃してくれるなら!」

 

 「……感謝します」

 

 それだけ言うと、めぐみんはコッコドールから離れる。

 何をするのかと老人が訝しんだ直後、魔力の爆発的な渦がめぐみんを中心にして発生した。

 

 結界の内部にこもった魔力が吹きすさび、嵐を起こす。

 

 

 「──我が名はめぐみん。あなたが怒らせた者の名前、地獄への手土産にするといいでしょう」

 

 「まっ、待ってちょうだい!富、名声、お金、なんでも用意してあげるわ!奴隷売買部門の長である私が用意出来ないものなんて何もないわよっ!!」

 

 足に縋り、上目遣いで機嫌を取ろうとする大の男に嫌気を感じつつ、めぐみんはドレスの短い裾を押さえる。

 『奴隷売買部門の長』。彼はそう言った。であれば、望むものは決まっている。

 

 「残念ですが私は今、そんなに生活に不自由していません。過ぎたるは及ばざるが如しと言いますしね。けれど強いてわがままをいうならば──」

 

 なんでも来いという目をしているコッコドールに対し、めぐみんは回答を出す。

 

 「────サンドバッグ、です」

 

 「ひぇっ!?」

 

 

 瞬間、めぐみんの周囲に獄炎を象った魔法陣が形成される。

 溢れ出る魔力の奔流はその勢いを増し、結界がミシリミシリと音を立てて壊れ始めた。

 老人が危険を察知し、暴風の中で魔女──第十一席次に叫ぶ。

 

 「結界を限界まで強化しろ!魔力は私の魔導体から使って構わん、急げ!」

 

 「りょーか〜ぃっ!」

 

 すぐさま狭い裏路地に強靭な結界が再度施され、老人による《マジックシールド/魔法盾》が、八本指の二人以外へ行使される。

 

 

 めぐみんは、なおも脚にすがり付いてこようとするコッコドールの腹を蹴り飛ばした。

 蹴りに一切の慈悲はない。腹を抱えて悶えるコッコドールに、めぐみんは呪詛にも似た詠唱を吐き捨てる。

 

 

 「──生きとし生けるもの、天地一指の理に従えッ!我が鉄槌は正義の名の下にッ!!」

 

 この一撃は、一切躊躇わない。

 人を商品として扱うような人間は、単純に人に危害を加えるだけの魔物よりも遥かに有害で排除するべき悪。……そう、心に言い聞かせる。

 

 「──我は放縦不羈の爆裂王なりっ!我が炎は束縛の檻を破る鋭爪、我が瞳は暗獄を灰塵に帰する昏らき揺らめき!……そして!」

 

 結界の強化を終えた第十一席次の魔女が奴隷の少女を抱き寄せるのを肩越しに見て、めぐみんは詠唱を切り上げる。

 

奴隷?

ビーストマンによる殺戮?

この国では、人が自由に伸び伸びと生きることが保証されていないのか。

この国がアクセルや紅魔の里からどのくらい遠い地にあるのかは知らない。

けれど、平和に暮らしたい人々が命の危機に常に晒されなければならないような世界が、この地では普通なのであれば。

紅魔族随一の爆裂魔法の使い手であり、魔王を倒すための冒険者の端くれである私が、偶然か運命か、この地に来たのであれば。

それなら私は──

 

 「──このくだらない世界に、祝福を」

 

誰にも聞こえない小ささで呟いたその言葉は、魔力の渦に飲まれて消えた。

臨界を迎えた魔力が、キリキリと音を上げて空気を歪ませる。

 

  

 

 

 「──〖エクスプロォォォォジョンッッ〗!!!」

 

 

 視界が紅く染まる。

 太陽のように燦然と輝く流星が、杖から射出される。

 射程を考えればあまりにも近い距離から、コッコドールの身に直撃した。

 

 「ヴぇっ──」

 

 的となった哀れな男の声は、それ以上何も聞こえない。

 聴覚を揺るがす爆音に掻き消され、めぐみんたちすらも魔法の灼光が包む。

 老人の張った《マジックシールド/魔法盾》に守られているものの、汗が蒸発するほどの熱は魔法の威力を物語っていた。

 結界の中で爆風が衝突しあい、押しつぶされそうな圧力に老人と魔女、奴隷の少女は身を寄せ合う。

 

 やがて暴威が結界に吸収されきった時、コッコドールとエドストレームの姿は無く、抉られた路面に焼き付いた彼らの影だけが、未練の如く黒い跡を遺していた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 静まった結界の中、老人──第三席次は、防御魔法を解除して辺りの惨状を見渡した。

 

 (…………まるで狂っている!)

 

 威力もさながら、後先考えずにこの魔法を使用することを選択した精神は異常だ。

 魔法を阻む結界の中、対象でない人間に防御魔法を付与してまで、この大規模範囲破壊魔法を行使する考えは常人の沙汰ではない。

 目的のためなら多少の犠牲を伴ってでも任務を遂行してきた漆黒聖典の彼にとっても、これはあまりに衝撃的なことだった。

 

 そして百戦錬磨の漆黒聖典は知っている。今あの少女が見せている悄然とした背中は、初めて人を手に掛けた時の後悔と共にあるものだと。

 今は声をかけない方がいい。慟哭、錯乱、どんな精神状態にあるのかわからないからだ。

 

 老人はそこで、あることに思い至る。

 

 (……竜王国の王族、その魔法詠唱者(マジックキャスター)が行使した想像を絶する範囲破壊魔法。──これがもしや書物に伝わる、始原の魔法(ワイルドマジック)という種の魔法では?)

 

 現の竜王国女王、ドラウディロン・オーリウクルスは始原の魔法(ワイルドマジック)を操ることができるという。

 その威力は天地を破砕するほどだと、魔法に関して博識な彼は知っている。

 

 (……自身がどれだけ努力しても習得できない、血統により引き継がれる魔法として憧れてはいたが、書物にあったドラゴンロードの描写ほど過激ではなかったな。──いや、常人と比べて過ぎた力であることは確かだが)

 

 第三席次は、伝説に謳われる始原の魔法(ワイルドマジック)を防ぎきった自身の魔法に誇りを持つ。

 万が一竜王国が法国に牙を向くことがあっても、対抗手段を講じることが出来るはずだと考えて。

 

 

 しかしそれには大きな誤りが三つあった。

 

 一つは、めぐみんの魔法は始原の魔法(ワイルドマジック)ではないこと。

 もう一つ、リ・エスティーゼ王国屈指の実力者、六腕の1人であるエドストレームを殺害(のラスキルをとった)ことにより、この少女のレベルがさらに上昇したことを知らなかったこと。

 

 そして最後に、めぐみんは朝方爆裂魔法を放っていたことで、先の爆裂魔法に割いた魔力は最大値の1割にすら達していなかったことだ。 

 

 

 (竜王国の秘術といえど、大したことは無かったということか。……失望半分、安堵半分と言うところだな)

 

 壮絶な勘違いを孕んだ第三席次は第十一席次に結界を解除させ、背中を向けたままのめぐみんに何も言わず転移魔法で二人消えていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 結界が解けて間もなく、めぐみんのもとへ騒がしい一行が押しかけてきた。

 リーゼとメイド、そして護衛の騎士達だ。

 

 立ったまま気を失っているめぐみんとその側で泡を吹いて倒れているみすぼらしい少女、そして破壊の痕跡を見たリーゼは、何も言わずに意識を遠いところへ飛ばした。




「めぐみんが爆裂魔法以外を覚えたら面白くないのでは?」
「めぐみんキャラ崩壊してない?」
「爆裂魔法以外覚えるのってどうなの?」


……はい。その通りです。去年の私は何を考えてそんな原作レイプを……!
というわけで今後書きやすいように、爆裂魔法以外を覚えた描写を削除して書き直しました。


エタった原因の一つなんですよね。めぐみんが他の魔法を覚えたこと。
こんなキャラ崩壊させちゃって、これからどうしよってなってしまって。
これでなんとかなります。たぶん。

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