この弱すぎる竜王国に爆裂娘を!   作:れんぐす

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猫かぶり状態のドラウちゃん様、普通の敬語キャラと書き分けるの難しくない?難しくない?

《17/11/5めぐみんの過去についての捏造を修正、突飛さを可能な限り排除しました!》


開演の爆裂は高らかに鳴る―――前編

 「遠いところよく来てくださりました、法国のみなさま。私がこの国の王をさせて頂いています、ドラウディロン・オーリウクルスです。よろしくお願いします」

 

 「こちらこそこの様な場を作っていただき感謝しております、竜女王殿下」

 

 竜王宮のほぼ中央に位置する、大会談室。

 縦に長い机の片側に、竜女王ドラウディロンと宰相が座っていた。

 

 逆側にはスレイン法国の使者、総勢4名が並んでいる。

 儀典官と思しき出で立ちで、法国の清廉さを想起させる白い礼服をまとった男達だ。

 

 感謝の言葉を述べて、お互いに軽く頭を下げ合う。

 ドラウディロンは本来頭を下げずとも良い立場だが、年端のいかない幼い統治者としての振る舞いを考えて辞儀をした。

 

 それを見て微笑んだ使者の団長に、ドラウディロンは内心ほくそ笑む。

 

 法国の使者ともなればドラウディロンの本当の年齢は知らされているのが当然だが、いざ目の前で幼い行動を取られるとわからなくなるものだ。

 

 使者の父性を掻き立て、良い条件、そして良い情報を引き出す。

 これがドラウディロンの外交の常套手段だった。

 

 

 通常であれば他愛のない世間話を挟んでから外交に移るが、今回は予定が詰まっていてあまり時間が無い。

 誰かが口を開いて無駄な話を始める前に、宰相が場を持っていく。

 

 「では早速内容に入りましょう。────本年度の対ビーストマンの援軍は、いつごろ派遣していただくことが可能ですかな?」

 

 「…………そう、本題を急かさないでください、宰相殿。急いては事を仕損じると言いますよ?」

 

 表情の硬い宰相を宥めるように、使者の1人が言う。

 

 宰相は苛立ちを押し殺しつつ、要求を端的に伝える。

 

 「既に、今年分の献金は済ませております。それにも関わらず、例年派遣して下さっていた天使遣いの方々の姿が見えないのはどういうことなのか、説明して頂けますかね?」

 

 「彼らは本国のほうで忙しくなってしまったのです。しばらくはこちらに来ることは叶わないでしょう」

 

 「……であれば、代わりの部隊を派遣すべきではないですかな?それとも金は受け取るだけ受け取って、滅びゆく我が国は放っておくとでも言うのですか!」

 

 怒りに任せて机を叩いた宰相の腕の袖を、隣のドラウディロンが怯えた様子で引っ張る。

 傍目から見れば、幼い少女の前で怒りを顕にする、哀れな保護者のように見えただろう。

 

 「少し冷静になって下さい、宰相様。こわい顔をしたあなたの顔はみたくありませんわ」

 

 「────失礼しました、陛下。見苦しいところをお見せしましたこと、お詫び申し上げます」

 

 「お詫びならば法国の方々になさって。隣国よりも本国をだいじにするのは、仕方のないことなのです。──しばらく、頭を冷していてください。私が会談に臨ませていただきますから」

 

 

 ひどい茶番だ。そう、ドラウディロンは思う。

 しかしこの茶番にはきちんとした意味がある。

 宰相が声を荒らげ、ドラウディロンが諌めることで、場の流れを見た目の幼いドラウディロンに持たせるという意味が。

 幼い姿のドラウディロンはその外見から、会話相手の油断や同情を引き出しやすいのだ。 

 

 

 「────いえ、我々の方こそ失礼いたしました。……貴国からの献金は、本国のために余すことなく使わせていただいております。こちら側としても、それに応えるべく可能な限りの援助はして差し上げたいのです」

 

 「しかし、天使遣いの方々の派遣はむずかしいのでしょう?」

 

 「ええ。…………ですので我々からは、彼らの代わりとなる戦力を派遣することが決定したことをお伝えしに参った次第です」

 

 ドラウディロンは使者たちの目を見据える。彼らの瞳に濁りはない。

 顔面の筋肉を総動員して、期待に満ち溢れた幼女の面差しを無理やり作り上げる。

 

 「────ありがとうございます、使者様!その方々はいつごろいらっしゃいますか?」

 

 「本国からの連絡によると、そのうちの1人が行使可能な転移魔法ですぐにでも到着するそうです。人数こそ3人と少数ですが、全員が一人当千の強者であると」

 

 3人という人数よりも、転移魔法で来るという言葉を聞いて、ドラウディロンは眉につばをつける。

 

 ドラウディロンは位階魔法を行使できないために実感こそないが、知識はある。

 法国と竜王国を隔てる巨大な湖を超える転移魔法を行使する魔法詠唱者(マジックキャスター)となれば、かなりの大物に違いない。

 

 ──だが、本当なのか?

 

 

 「…………それはなんとも頼もしい方々です!3人の方々はなんとお呼びすればいいのでしょうか?」

 

 「本国からは3人の援軍としか伝えられていませんので……それは残念ながらお答えできませんね」

 

 「そうなのですか。では、お会いしたらその時には直接伺うことにしますね!」

 

 

 (……使者が部隊の名前を知らない?──それとも、我が国に派遣するために組まれた急造のチームなのか?)

 

 援軍が来ると保証されたのは喜ばしい。

 だが、部隊名が使者に知らされていないというのは妙にきな臭い。

 

 以前の天使遣いの部隊は事前に使者から、「彼らは特務部隊であるため、隊長以外の名前や素顔を明かすことはできない」と通達されていた。

 今回はその類ではないのだろうか。分からないことが多くなってきた。

 

 

 ドラウディロンが思考していると、使者からも問いが飛ばされる。

 

 「……ところで竜女王殿下。我々が湖を渡っている際、そちらの国のビーストマンの国境側から始原の魔法(ワイルドマジック)の爆発がありましたな。水面が揺れて驚きました」

 

 「竜王国から出てきた大量の民間船が湖に集っていたのも見ました。一体何があったのか、教えて頂けますか?」

 

 

 ドラウディロンは使者に悟られないよう、机の下で宰相とこぶしを付き合わせた。

 使者は、めぐみんの破壊魔法を『始原の魔法(ワイルドマジック)』だと断定したのだ。

 そうなれば話は進みやすい。

 

 「…………あれは、──突然現れて攻めてきたビーストマン達を滅ぼすために妹によって発動されたものです。諸国を旅していた私の妹がつい先日帰ってきたのですが、妹は私よりも竜王の血を濃く継いでいて。……始原の魔法(ワイルドマジック)の魔力燃費が私よりも遥かに良いんです。船は万一を考えての国民の避難ですよ。今はもう国に戻しています」

 

 竜女王の妹という今まで聞いたこともなかった単語から、使者に動揺が走った。

 考えたこともなかった重要人物の登場に、彼らの間で《メッセージ/伝言》が飛び交う。

 

 

 ──竜女王に妹がいただと!?そんな馬鹿な!

 ──確かに1度も聞いたことがなかった。だが、情報が足りなすぎて嘘だと言いきれないな。

 ──やはり本国の予想通り、ビーストマンの襲撃に対する始原の魔法(ワイルドマジック)だったか。しかし妹とは…………これはどうすればいいのだろうか。

 ──1度本国に連絡を取り指示を仰ぎ、竜女王の妹とやらにも会っておきたいと考える。異議は?

 ──「「「異議なし」」」

 

 

 

 沈黙の不自然さを気取られないようにして、使者の団長はゆっくりと口を開いた。

 

 「────我々は明日にはここを発つのだが、その前に妹君にお会いすることは可能だろうか?」

 

 「構いません。今夜、竜王都では妹の帰還と救国の祝儀を挙げる予定です。その際に妹には、皆さまへ挨拶をさせることにしましょう」

 

 「ありがたい。では、後ほどよろしくお願い致します」

 

 法国の面々が立ち上がり、団長が手を差し出す。

 ドラウディロンも立ち、小さな両手で団長と握手を交わした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 竜王国の王宮にある客室で、めぐみんは目を覚ました。朝も堪能したフカフカのベッドの上だ。

 腕を真上に持ち上げ、ベッドの上に落とす。何度か繰り返して体の血流を促進させると、元気に起き上がろうとして────起き上がれなかった。

 

 

 「やはりこのベッド……ただものではありませんね。永遠に寝ていたいと思わせる魔性を秘めています。爆裂魔法を撃つ時と食事の時以外はずっとこのベッドの上で生活したいくらいです。まぁ、無理でしょうが」

 

 「────おはようございます、めぐみん様」

 

 「んぅおっ!?」

 

 突然降って湧いた耳もとからの声に、めぐみんは思わず肩を震わせる。

 おそるおそる顔を横に向けると、午前中にも会話をした白黒ドレスの使用人────リーゼと目が合った。

 

 リーゼは膝を折って目線の高さをめぐみんの顔に合わせているために、2人の顔の距離はかなり近い。耳を澄ませば吐息まで聞こえるほどだった。

 

 

 「……朝の時も思っていたのですが、リーゼさんはずっと私の傍に待機しているのですか?」

 

 「ええ。それが職務ですので」

 

 「寝ているあいだも?」

 

 「ええ。それが職務ですので」

 

 「……無防備な寝顔を見られるのは少しばかり恥ずかしいです」

 

 「無防備なめぐみん様の寝顔を観察するのも、私の職務ですので」

 

 

 至って真剣な顔でリーゼは宣言する。

 早くも、めぐみんはこの女性に対して、「かなわないな」と思い始めた。

 

 

 ドラウディロンのように虚実を混ぜ、煙を撒き続けるようなしゃべり方をする人間と会話をするのは得意だが、思っている事をストレートに喋るタイプの人間と会話するのは、あまり慣れていないのだ。

 

 

 竜王国に来る前の旅路や、アクセルの街でパーティを組んだ冒険者たちとの腹の探り合いに慣れてしまった。

 

 魔法を撃って動けなくなった時を見計らって、報酬や分け前を払わずに去ってしまう者ならばまだ良い。

 魔法を撃った後で拘束され、下衆な趣味を持つ貴族へと売り払われそうになった事もある。

 

 それをこのリーゼという人は、「無防備な寝顔を観察するのが職務だ」などと言うのだ。

 どうにもかなう気がしない。

 

 

 (──「寝顔を観察」じゃなくて「寝顔をお守りする」とかの方が合ってませんか?)

 

 

 

 

 ◆

 

 

 めぐみんはリーゼに廊下を案内され、客人用の風呂へと移動した。

 

 付いてきたリーゼは風呂場の前で待機するようで、扉を開いてめぐみんを脱衣場に誘導すると、一礼して廊下に直立した。

 

 

 ベトつく体から衣服を脱ぎ払い、脱衣場に服を投げ捨てて浴場に入ると、静謐な雰囲気を持った空間がめぐみんを迎えた。

 めぐみんのためにお湯を入れたのであろう浴槽は、疲労に効能がありそうな薄緑色をしていた。

 

 軽く湯を浴びて寝汗を洗い流し、すぐさま浴槽に浸かる。

 

 「この湯は……温泉なのでしょうか。──あぁぁー、ごくらくごくらく」

 

 高めの湯温が発汗と快癒を促して、知らずのうちに表情を緩ませた。

 広い浴槽をひとり占めすることに贅沢を感じつつ、リラックスした精神で今日のことを振り返る。

 

 

 ────様々なことがありすぎて、頭の容量がパンクを起こしそう。

 

 この国がどこにあるのかわからないけど、せっかく作れた大きな権力との繋がりは長く保ちたいな。

 竜王の血族と言っても、想像していた恐ろしい人ではなかったし。

 ……けど、あの胸はちょっと妬ましい。お願いしたことは手配してくれているかな?

 

 ──そういえば、私の魔法で、この国は救われたのかな。お風呂を出たらリーゼさんにそれとなく尋ねてみよう。

 クリスタルティアの亡くなった3人は蘇生できるのかな?この国にも蘇生魔法があるかな。

 

 ……あ、そう言えば帽子と眼帯どうしたっけ。

 魔法の発動に夢中で、飛んでったこと気にしてなかった。拾ってもらえたかどうかドラウさんに聞いてから、もし忘れていたのなら探しに行かなきゃ。

 杖も使いものにならなくなっちゃったし、明日にでも城下街に出て代わりのものを買わなきゃならない。

 観光がてら、街中をゆっくりと見て回るのもいいかもなぁ────

 

 

 

 しばらくこごんで心を癒し、上がり湯を浴びた後、冷気を求めて浴場から出る。

 タオルで水分を拭き取り、服を着ようとした時、いつも着ている臙脂色の服がないことに気づいた。

 代わりに、凄まじく高価そうな生地の黒い服が綺麗に畳んで置かれている。

 その隣にはメモが置いてあり、ペンで書かれた綺麗な行書で、

 

 『めぐみん殿の服は勝手ながら洗濯に出させてもらう。代わりにこちらを着てもらえると嬉しい。サイズはおそらく問題ないだろう。親愛なる我が友へ。ドラウディロン・オーリウクルスより』

と書かれていた。

 

 風呂に入っている間に、リーゼが準備をしてくれたのだろう。そう言えば、ここまで来る際に途中で会った女中の人から、彼女がなにか包みを受け取っていたような覚えがある。

 

 「むぅ、ドラウさんはなかなかに細かいところに気が効く人ですね。では、お言葉に甘えて」

 

 めぐみんは竜女王の好意に感謝しつつ服を広げた。

 

 黒地でシックなイメージをもたらすマンダリンドレスだ。胸元には金と紅の糸で竜をモチーフにしたエンブレムの刺繍が入っている。

 王宮を歩く際、壁や門で度々目にしていたものと同じ柄だったため、これが竜王国の紋章なのだろうと想像がついた。

 

 そしてやはりと言うべきか、手に取った瞬間に気づく。シルクの生地の肌触りがとても良い。

 めぐみんは思わず頬ずりをしてしまい、その滑らかさに感嘆のため息をもらした。

 

 重ねて置かれていた黒い下着を上下素早く身につけ、ドレスに袖を通す。

 普段着の魔女服とほぼ同じ丈の長さで、長きにわたって着こなしてきたかのような、えも言われぬ安心感に包まれた。

 体のラインがぴっちりと出て、尻や腰だけでなく慎ましやかな胸さえも、その形を主張する。

 左右に入ったスリットからは、太ももが丸見えだ。

 左右から下着が見えてしまうかもしれないと思わしき際どいラインは、裾を引っ張り下げて気持ち的にカバーした。

 

 ……下着からなにから、妙にピッタリとフィットしたサイズなのが少しだけ気にかかった。

 

 

 

 

 「お待たせしました。とってもいいお湯でしたよ」

 

 着こなせたのを確認してから脱衣場を出ると、待機していたリーゼが顔をほころばせて嬉しそうな表情をした。

 

 「風呂場長に伝えておきます。──ドレスの方、よくお似合いです。とてもかわいいですよ」

 

 風呂上がりで上気しためぐみんの頬が、その言葉を聞いてほんの少し赤みを増した。

 

 「……あ、ありがとうございます。でも……どうしてこんな高価そうなものを私に?」

 

 「今のめぐみん様は、ただのご客人ではごさいません。言わば、この国の救世主なのです。身の回りについては可能な限り便宜をはかるように、との陛下の仰せを賜っております。めぐみん様がこの国にいらっしゃる間は、竜に誓って不自由な思いをさせるつもりはございませんので、ご安心ください」

 

 「んおぉぅ……。救世主って呼ばれるの、なんかちょっとだけこそばゆいですね。少しオーバーに持ち上げすぎてないですか?」

 

 「そんなことはありませんよ。めぐみん様がいらっしゃらなければ、この国は既になくなっていたかも知れませんから。────本当に、ありがとうございます」

 

 

 深々と礼をしたリーゼに対してどう言葉を返していいか分からず、めぐみんは迷ってしまう。

 建前も嘘もない、本音だけの感謝の言葉を受け取ったのは何年ぶりだろうか。

 そんな事を考えた。

 

 

 「──重ねて、めぐみん様。『湯浴みが終わり次第、今後のことについて話したいから会いに来て欲しい』と、陛下から言伝を預かっております。今すぐお会いしに行かれますか?それとも、少し休んでからに致しましょうか?」

 

 「えーっと、お風呂上りの足でそのまま行っても構いませんか?」

 

 「はい、問題ないかと」

 

 「じゃあ、すぐに行きます。あまり待たせると悪いでしょうし」

 

 ドラウディロンに聞くべき事はたくさんある。

 会うならば早いに越したことは無い。善は急げだ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 リーゼが執務室の扉をノックしてめぐみんが来たことを告げると、ドラウディロンが入室許可を出す声が届いた。

 

 扉を開いたリーゼに小声で「ありがとうございます」と言ってから、部屋に入る。

 めぐみんが入ると扉は閉まった。リーゼは相変わらず外で待機するようだ。

 

 

 執務室の中にいたのは、ドラウディロンと宰相の2人。

 執務机に座って書類をめくりながら判を押していたドラウディロンは、めぐみんの姿を見て机に判子を置いた。

 

  「────うむ。一目見た時からその服が似合うだろうと思っていたが、こうしてみるとやはりワシの目に狂いは無かったようだな」

 

 ドラウディロンはめぐみんの頭からつま先まで視線を移動させ、満足そうにニヤッと笑い、白い歯を見せた。

 覗かせた犬歯は竜というよりも、獲物を狙う狐や狼を連想させる。

 

 リーゼの包み隠さぬ感想を聞いた後だっためぐみんは、ドラウディロンの邪知を感じる反応に少しだけ不満を持った。

 

 「回りくどいですね。可愛いか、可愛くないかで言ったらどっちなんですか?」

 

 「ふふっ……。わざわざ口に出さねば、わからんのか?言って欲しいのか?欲しがりなやつよ」

 

 茶目っ気のある笑顔で答えたドラウディロンに、めぐみんは渋い表情をする。

 

 「……今後の参考になると思うので教えておきますが、質問に質問で返すのは答えに窮している証拠ですよ。──早く答えてください。どっちなんですか?」

 

 「いやだ。ワシはその質問には答えんぞ。今回ビーストマンを撃退した褒章の中に、ワシから直々に容姿を褒める言葉を与えることは含まれていないからな」

 

 「……ドラウさん、実はケチなんではないですか?心の器が小さいです。言葉は減るものじゃないのに出し惜しみするなんて、自ら馬脚をあらわしてますよ。お里が知れます」

 

 

 『お里が知れます』の言葉に反応したのは宰相だ。しきりに頷き、同意を示している。

 

 ドラウディロンは意に関せずという素振りの無反応で、眼下の書類に視線を移した。 

 

 しかしそれは数秒と持たず、ドラウディロンは辟易したように、見ていた書類を宰相に渡すと椅子から立ち上がった。

 

 

 「────さて、本題に移ろうか。まずは今言った褒章の件なのだが……宰相よ、あとはよろしく」

 

 「……かしこまりました。では、寄る年波に勝てずに職務を放り投げたお里が知れる老人に代わり、私がめぐみん殿への褒章についてお話し致します」

 

 「おい、待て貴様今なんと言った」

 

 「陛下は黙っていて下さい。私が話しているんです」

 

 そう言って宰相はドラウディロンの小さな頭を片手で掴むと、もう片方の手でデコピンをした。

 

 

 中指がドラウディロンの頭骨を打ち、明らかにデコピンでは無さそうな──ネズミ取りに似た強烈な音が鳴る。 

 頭を固定されているために後方へ逃がすことの出来ない衝撃が、ドラウディロンの脳を突き抜けた。

 

 「────いぃっだあ゛ーーっ!!なっ、何もそこまですることないだろうが!」

 

 宰相の手を振りほどき、額を抑えて心底痛がるドラウディロン。

 目の中に、こらえる涙がちらりと見えた。

 

 「おっ、お前……全力で打ちおったな!本気で痛かったぞ……!」

 

 「陛下、これは救国の英雄に不快な思いをさせた罰です。わかったら反省して、めぐみん殿の智勇兼備と容姿端麗とを褒め称える言葉を考えておいてください」

 

 主従がどちらなのかわからない。

 臣下にしつけられている竜女王の姿に、めぐみんは多少の憐れみを覚えた。

 

 

 ◆

 

 

 「今回の報酬は冒険者組合の討伐報酬レートを参照し、ビーストマン推定160体。交易共通貨にして金貨240枚となります。────めぐみん殿はこの金貨をご存知ですかな?」

 

 宰相が取り出したのは黄金に輝くコインだ。めぐみんは、それを受け取って確認する。

 

 鋳造が安価なメッキ貼りの金貨を予想していたため、手に取った瞬間の重さに危うく取り落としそうになった。

 

 純金か、そこまで行かないまでも、かなりの金が使われていそうだ。

 片面には馬車の車輪が描かれ、裏には天秤を手にした女をモチーフにしたのであろう紋章が描かれていた。

 

 「……いえ、見たことがありませんね。これは1枚でどのくらいの価値があるんですか?」

 

 「難しいですな。価値の価値を問われるのは私も初めてですが……。贅沢をせず慎ましく暮らせば、金貨1枚で三十回──いえ、四十回の日の出を見ることができるかと」

 

 「……ふむ、そうなのですか」

 

 金貨1枚でおおよそ10万エリス位かと、めぐみんは見当をつける。

 そうなると、金貨240枚なら2400万エリス。

 

 (……だいぶお金持ちじゃないですか。群れをなしたビーストマンというのは、こんなに良い獲物なんですね)

 

 涼しい顔を装いながらも、再び狩りに行こうと決意しためぐみん。

 しかし、宰相やドラウディロンの方も腹に一物抱えていた。

 

 めぐみんに渡す金貨240枚は、確かに冒険者組合の報酬レートに則ったものだ。

 だからこそ、法国に依頼していた今までから考えると、異常に安い。

 

 国家予算の半分──金貨にして4万枚を毎年のように毟り取られながらもなんとか凌いできた経験からすれば、240枚など端金でしかないのだ。

 たとえ毎週のようにあの大軍でビーストマンが攻めてこようと、丸1年掛けても1万枚と少し程度の出費にしかならない。

 既に法国へ献金をしてしまっている今年は多少辛くなるかもしれないが、来年以降法国に頼らずに自立できれば、これほど喜ばしいことは無いはずだと、宰相もドラウディロンも考えていた。

 

 そのためには、餌付けをしなければならない。

 この国から出たくなくなるような、そんな餌で。

 

 

 

 「────また、めぐみん殿はこの国や近隣諸国での自己の証明手段を持ちません。それ故陛下のご配慮により、捏造された身分──『見聞を広める旅からご帰還なされた、オーリウクルス家の元第二王女』……つまりは陛下の妹君としての座をご用意しました」

 

 

 

 「………………今、なんて言いましたか?」

 

 

 「めぐみん殿にはこれ以降、元王族としての身分をお使いになって頂きます。つい先ほど会談をしたスレイン法国の使者の方には、その旨の書面を渡しておきました。構いませんね?」

 

 

 考えていたあらゆる事が頭から吹き飛び、めぐみんの思考は驚愕で埋め潰される。

 

 理解が、追いつかない。わけがわからない。

 なんとかして把握しようと努め、声を絞って質問をする。

 

 「……な、何故ですか?王族でなくとも、ただの旅人の魔法使いでよくないですか?」

 

 「────あー、それは無理なのだ」

 

 頭の痛みから立ち直ったドラウディロンが、宰相の代わりに答えを告げた。

 

 「めぐみん殿の魔法は、この国の他の冒険者と比べて────いや、周辺諸国の最強魔法詠唱者(マジックキャスター)と比べても、強力無比すぎるのだ。普通の魔法使いだと誤魔化すのは困難を極める」

 

 ──法国の使者からも、それとなく事情を探られた。

 生きている人間の自我を奪い、魔法を発動する道具へと変える非人道的な行為を平然と行う国にじゃ──

 

 ドラウディロンはそう付け加えた。

 

 

 巫女姫と呼ばれる存在が、ドラウディロンの記憶に深く残っている。

 

 以前、法国の使者に提案をされたことがあるのだ。

 巫女姫への適性がある純真無垢な乙女を差し出せば、献金の値下げをしても構わないと。

 

 詳しく話を聞くと、巫女姫になった者は二度と自らの意思で動くことが出来ないらしかった。

 高位階の魔法を発動するためのマジックアイテムへと、人を変えてしまうのだという。

 

 その時は悪魔の取引かと耳を疑い、道徳心から断ったが──この情報を聞いためぐみんはどうするだろうか。

 ドラウディロンは顔色を探る。

 

 

 「………………ふむ、わかりました」

 

 長い沈黙の後、めぐみんは叡智を湛えた顔つきで首を縦に振った。

 

 「パッと見で嘘を言っているようには見えませんし、多少隠し事をしている素振りはありましたが……気に止めるレベルではなかったように思います。そんなろくでもない国から私を守るためだと言われれば、無下にする理由なんてありません。なにより────」

 

 口角が僅かに上がる。ほんの少しだけ、めぐみんの体から黒い魔力が漏れた。

 

 「私の────いや。我が、最強の爆裂魔法を称え!そしてその力を必要とする者に衣食住を提供してもらえるというのならば、この絶大なる力を貸すのに是非はないっ!……それになんか、王族ごっこって楽しそうですし!」

 

 短い服の裾をヒラヒラさせながら謎のかっこいいポーズを決めためぐみんに、ドラウディロンは察するものがあった。

 

 

 「──そうだとも!めぐみん殿の魔法ほど美しい爆発は、今までに見たことがなかったぞ!あの魔法を使って、ワシの国に安寧をもたらして欲しいのだ!」

 

 「……ふふっ……褒めてもこれ以上何も出ませんよ……えへへへ」

 

 

 ……洞察力こそ面倒なほどに尖っているが、こいつは褒められることに慣れていない。

 危機感を煽るよりも、褒めちぎった方が楽に動かせる。

 そう、ドラウディロンは断じた。

 

 

 すぐさま、宰相に言われたままに頭に浮かべていた褒め言葉を、矢継ぎ早に並べ立てる。

 

 「あー、あの魔法は本当にすごかった!威力はもちろんだが、その前の詠唱や動作から、めぐみん殿のあの魔法に対する美学を感じられたとも!」

 

 「て、照れますよ!そんな、やめてくださいよー!」

 

 

 「爆裂魔法、と言ったかな。誰かに教わったものなのか?あれほどの素晴らしい魔法をめぐみん殿に教えた人物は、さぞや高名で優れた魔法詠唱者(マジックキャスター)なのだろう?」

 

 

 

 

 途端、めぐみんの表情が完全に変わった。

 何かを思い出すかのように視線が虚空を向き、酸素の足りない魚のように口をパクパクとさせていた。

 

 (────しまった、地雷を踏んだか!?)

 

 後悔し始めたドラウディロンの背中から汗が吹き出す。

 

 師弟関係とは必ずしも円満なものではない可能性を、ドラウディロンは失念していた。

 魔法詠唱者となればなおさらだ。一子相伝の秘術などであれば、教えを受けた弟子が師匠を殺して秘密を守り継ぐような者達もいるかもしれない。

 

 ドラウディロンの顔色が徐々に青くなっていく。

 並大抵では動じない精神を持つ宰相も、少しだけ苦い顔をしていた。

 

 せっかくいい関係を築けてきたのに、今嫌われるのは不味い。

 ぜったいに嫌われたくない。

 

 神にも竜にも祈る気持ちでめぐみんを見つめたドラウディロン。

 

 

 めぐみんの反応は、非常にシンプルだった。

 

 「────そうですともっっ!!私に爆裂魔法を教えてくれたあの人は、本当に……もうホントに素晴らしい人だったんですよ!!あの人がいなければ、私はとうの昔に死んでいました!」

 

 師匠の素晴らしさを理解してくれたドラウディロンに、熱を持った返事を返しためぐみん。

 こぶしを握りしめ、目を細めて感動をこらえながら、記憶の中の人物との思い出を蘇らせていた。

 

 ドラウディロンは思う。

 ────よかった。この娘、ちょろい。

 

 

 「十年ほど前のたった一時の出会いでしたが、それでもあの人の強さと優しさと美しさは、私の中に刻み込まれたのですっ!……あの人のようになりたい一心でここまで頑張ってきましたが────」

 

 立て板に水とばかりに話し始めためぐみんだったが、突然電流が走ったかのように身を乗り出してドラウディロンに詰め寄った。

 

 

 「そうですっ、おっ────胸の大きくなる手段を!講じてくれる!約束でしたよね!?」

 

 「……ん!?師匠の話をしていたのではないのか?無論、手配はしてあるが……」

 

 「感謝します!ドラウさんは頼りになりますね!……ふふふっ」

 

 師匠の話から胸の話に移ったことに戸惑うドラウディロン。

 

 対するめぐみんは、身をくねらせながら薄い胸を愛おしそうに抱いている。

 やがて胸の前で、手のひらを使って豊満な乳房の形を作った。

 唇の隅から涎が伝い、瞳は自らの巨乳を幻視している。

 

 宰相はなんとなく目を逸らし、ドラウディロンも苦笑いをこぼした。

 

 めぐみんは涎が落ちそうになる寸前で我を取り戻し、「……失礼しました、忘れてください」と言ってハンカチで涎を拭き取った。

 

 

 

 「そう言えば聞き忘れていました。私の帽子、知りませんか?」

 

 「帽子?……そういえば、めぐみん殿が魔法を撃った後には被っておらんかったな。すまんが忘れておった。あの場所に落ちているかもしれんから、誰かに探させてこよう」

 

 「あー、では大丈夫です。私が自分で探しに行きますので。帰りに街を歩いてみたいですし」

 

 「む、……そうか、悪いな。だが今からとなれば、帰りには日が沈むだろう。時間帯的に、街から離れるのは少々危ない。護衛を何人か付けても構わんかな?」

 

 「わかりました。ドラウさんの配慮に感謝します」

 

 「それと、日が沈んでから2時間後に花火を打ち上げる。救国の英雄を称える盛大な催しだ。その後に演説を行い、国民たちにめぐみん殿のことを周知させようと思うから、その時には王宮にいてくれると助かる」

 

 それを聞いためぐみんは恥ずかしげに照れると、腿を擦り合わせてモジモジした様子を見せた。

 

 「も、もうですか。それはなんというか、心の準備が出来ていないと言いますか」

 

 「明日の早朝には法国の使者が立ち去ってしまう。すまんが、それまでに公表を済ませてしまいたいのだ」

 

 

 使者に伝えた内容に嘘偽りがないことを示すためには、その使者の見ている前で国民に広く知らしめることが手っ取り早いのだろうと、めぐみんは考える。

 

 準備が不十分だけど仕方ない、頑張ろう──めぐみんはそんな決意を持った。

 

 

 「あぁ、そうそう。あまり王宮内を歩きすぎると、法国の使者や部隊に出くわすかもしれん。それっぽい服装の奴にはボロを出さぬようにな。──金貨については既にめぐみん殿専属の使用人に渡してある。枚数を確認しておいてくれ。では、花火の際にまた会おう」

 

 

 宰相が歩み出て、めぐみんの背後の扉を開く。

 扉を抑えて待ってくれている宰相の元へ急ぎ足で移動すると、小さな声で彼に礼を言ってから、めぐみんは執務室を後にした。




都合上、後編にめぐみんのパワーアップ詳細を書きます。
遅くならないうちに投稿しますので、今後ともお付き合いくだされば。

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