この弱すぎる竜王国に爆裂娘を!   作:れんぐす

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すべてはこの一撃から始まった

 アダマンタイト級冒険者チーム、『クリスタルティア』の成り立ちは竜王国において、物語になって出版されているほどに英雄然としたものだ。

 

 七年前の竜王都の酒場で、当時二人とも金級であった現在のリーダーと副リーダーが出会った。

 お互いに直前に所属していたチームメンバーを戦いで亡くし、帰る場所をなくしていたため、意気投合してチームを組むのに時間は掛からなかったという。

 

 二人で幾度も依頼を重ねてモンスターを討伐する中、偶然命を救うことになった冒険者チームのメンバーの一人に、今のチームの回復職を担当している神官戦士(ウォープリースト)がいた。

 彼女は自分を救ってくれた二人の背中に憧れ、王都に帰るやいなや仲間に離脱を宣言──それを受け入れず、あまつさえ彼女の悪い噂を流して受け入れ先に拒否してもらおうと画作していたリーダーの魔法詠唱者(マジックキャスター)は、その計画を実行に移す前、夜のうちに不審な死を遂げた。そしてそのまま彼女は二人のチームに転がり込む。

 

 そうして『クリスタルティア』の前身となる3人チームが完成した。

 彼らは瞬く間に階級を駆け上がり、──途中でいくつもの冒険者を救い、その中から魔法戦士(ウォーウィザード)の女と野伏(レンジャー)の男を1人ずつ仲間に迎え入れた。

 

 つい二年前、砦に押し寄せたビーストマンの大軍を相手に奮戦したことから、竜女王直々にアダマンタイトのプレートを手渡されたのは誰の記憶にも残っているできごとだ。

 

 

 竜王国の民にとって『クリスタルティア』は、自分たちのヒーローである。

 弱きを助け強きをくじく、英雄の権化だ。住んでいる土地をビーストマンの侵攻から守ってもらった経験のある農民の中には、彼らを神のごとく崇拝している者すらもいる。

 

 そして同業者の冒険者にとっては、憧れであり遥か遠い高みだ。

 誠実な人間性と強大な戦闘能力。

 竜王国の冒険者は誰もが第二の『クリスタルティア』になろうと努力する。

 

 彼らが街に帰ってくれば、商店はその店に陳列させている新鮮な果物を競って押し付ける。

 酒場では誰が『クリスタルティア』に奢るかで喧嘩になり、兵士の駐屯所では週に一度フラリと遊びに来る副リーダーから、その英雄譚を聞こうとする者が、首を長くして待つばかりだ。

 

 

 

 

 その『クリスタルティア』のメンバーの1人である神官戦士のヒューネラルは、初めてリーダー達に出会った時を思い出していた。

 あの時も、この2人の背中に守られていたと。

 

 

 「ぼさっとすんじゃぇぞ!ヒューネ、立てるか!」

 

 副リーダー──重戦士のバースがその巨体を活かして、ビーストマンからヒューネラルを守る位置に立ちふさがる。

 彼は身長ほどもある業物の大剣を握りしめ、ビーストマンを牽制していた。

 

 戦闘が始まってから、既にバースは十数匹のビーストマンを屠っている。

 知能が低いビーストマンも相手が強者であることを認識し始め、迂闊には飛び掛からなくなっていた。

 

 

 「この場所はもう落ちました!一度ラインを下げ、形成を立て直しましょう!さぁ!」

 

 ビーストマンに剣を向けつつも、セラブレイトはへたりこんでいるヒューネラルへと空いた手を伸ばす。

 

 しかし、ヒューネラルは立ち上がることができない。

 魔力を使い果たしても仲間のために回復魔法を行使していた結果、生命力が削り取られ立ち上がることすらできなくなっていた。

 

 俯いて下唇を噛んだヒューネラルに気づき、セラブレイトは彼女の腕をつかんで己の肩に担ぎ上げる。

 

 神官戦士の鎧を加えたヒューネラルの重量は決して軽くはないが、セラブレイトはまるで意に介した様子もなく立ち上がる。

 ビーストマン戦での疲労をおくびにも出していない、凄まじいまでの空元気だ。

 

 「……自分の能力を呪ったのは今が初めてよ。見捨ててもらうことが許されないっていうのはこんなにつらいことなのね」

 

 「例え貴女が蘇生魔法を使えない人間だとしても、私は目の前で仲間が死にゆくのを何もせずに見過ごすつもりはありませんよ。──バース、少しだけ時間稼ぎをお願いします!」

 

 

 セラブレイトは答えを待たず、バースに背を向けて後退を始めた。

 普通のチームにおいては絆の決定的な亀裂になるであろうこの行為は、『クリスタルティア』に限っては信頼の表れだ。

 お互いがお互いの最も活躍できる場面を理解し合い、背中を預けている。

 

 「おうよ!お前らが回復するくらいまではここで俺が守ってみせるさ!あの2人の蘇生が終わったら、俺のことも頼んだぞ!」

 

 「……健闘を祈ります!」

 

 

 セラブレイトの肩の上で、ヒューネラルは左手に嵌めている指輪を見る。

 

 ──『魂魄の指輪』は、竜王国の至宝の一角に数えられる貴重なものだ。

 通常時は虚ろで鈍い輝きしか放たないものの、血によって契約を交わした者が死んだ際には距離を超えてその魂を吸い込み、魔性の輝きを放つ。

 

 現在薬指以外に嵌めている四つのうち二つが、見る者を吸い込むような魂の輝きを見せていた。

 

 

 通常、蘇生魔法を行使するには死者の遺体が無くてはならない。

 死後まもない遺体には魂の残滓が残っているからであり、その魂を蘇生魔法の過程で新たに錬成した体へと定着させるためだ。

 

 しかしこの指輪を使えば、たとえ遺体が灰も残さず消滅したとしても魂が確保できる。

 従って確実に蘇生を行うことができるのだ。

 無論、八つ裂きにされてビーストマンの胃の中で消化されているであろう2人の仲間も蘇る。

 

 

 ヒューネラルが所持する四つの『魂魄の指輪』には、彼女を除いたチームメンバー4人がそれぞれ契約している。

 つまり指輪を所持し、蘇生魔法を行使できるヒューネラルさえ生存していれば『クリスタルティア』は不滅なのである。

 

 メンバー全員がそれを知っている。

 だからこそこの場にいない2人は命を顧みずに戦い、数多のビーストマンを道連れにして死んだ。

 そしてバースも、数分持ちこたえるのが限界だろう。あの人なら間違いなく剣を握ったままの姿で立ち往生すると、ヒューネラルは確信していた。

 

 ヒューネラルはそんな、仲間に死地へ向かうことを躊躇わせない自分の能力と左手の指輪に、果てしない嫌悪感を抱いた。

 

 

 

 ──バースと分かれてから長く歩いた。

 セラブレイトに背負われて数キロの距離を取った時、バースと契約を交わした指輪が、妖しい光をその宝石に宿した。

 

 

 「────副リーダーが死んだわ」

 

 なんでもないことのようにセラブレイトに告げる。

 否、事実何でもないことだとヒューネラルは思っていた。

 その頭の中で、人の命の価値が麻痺し始めていたのだ。

 

 「……そうですか。であれば、なおのこと死ぬ気で生き延びねばなりませんね」

 

 セラブレイトは自分たちを鼓舞するように宣言した。

 

 

 

 だが、セラブレイトは薄々気づいていた。

 

 冒険者は原則国の争いに関与する義務はない。

 竜王都の組合には『クリスタルティア』のいるアダマンタイト級の下にオリハルコン級のチームが三組存在するが、彼らが国防に動く事はないだろう。

 誰だって、好きこのんで死にたいと思う者はいないはずだ。

 

 そして冒険者が動かない以上、練度の不足している竜王都の兵士達が戦うしかない。

 やがて兵士の壁が打ち破られれば、民間人が喰い潰される。

 

 火を見るよりも明らかだ。国は滅ぶ。

 

 

 「ねぇセラブレイト。貴方はこの国を失って、生きていける?」

 

 「国自体に思い入れはありません。──しかし、ドラウディロン陛下がいない世界に私の生きる光はありませんね」

 

 「やっぱり貴方、陛下のことが好きだったのね。……小児性愛者(ロリコン)なの?」

 

 「……何を馬鹿なことを。陛下は成熟した女性ですよ。時おり恐ろしいまでに深謀遠慮で、それが、常の表情との差が、この世のどんな花よりも美しいのです。────国が滅ぶ前に陛下だけでも助けて差し上げねば、私自身の生きる意味が無くなってしまいますね。急がなくては」

 

 セラブレイトは駆け足気味になると、ヒューネラルを担いで竜王都への道を突き進む。

 

 ヒューネラルの頭の中に、ふと1人の人物が浮かんだ。

 

 「貴方が助けた、あの魔法詠唱者(マジックキャスター)の女の子は生きるための光にならない?ずいぶんと気に入ってたみたいだったけど」

 

 するとセラブレイトは苦笑いをこぼした。

 

 「あの少女は確かに可愛らしいですが、恋慕の対象として見る事はできませんね。彼女はまだ幼いです。それに、私はこれでもけっこう一途なんですから」

 

 「陛下が成熟していてあの女の子が幼いって、どういう見え方してるのよ……。大して変わらないじゃない」

 

 「だいぶ違うんですよ。私にしか分からないでしょうがね。ほら、王都が見えてきましたよ────えっ?」

 

 

 セラブレイトはその視界に捉えたもの、あまりの理解不能さに絶句する。

 

 立ち止まった彼につられ、ヒューネラルも首を動かして前方を見た。そして同様に思考を停止させる。

 

 

 固まった口をなんとか開き、セラブレイトが叫んだ。

 

 「────へ、陛下!?何故こちらに来られたのですか!」

 

 王宮に在中していたはずの護衛を1人とてつけず、謁見の間で着ていた礼服そのままの姿のドラウディロンが、こちらに向かって歩いてきていた。

 隣には件の魔法詠唱者(マジックキャスター)の少女──めぐみんの姿もある。

 

 「おや、セラブレイトさんではありませんか!ついさっき宰相様が依頼を出しに行ったので、まだ冒険者ギルドで準備をしている最中かと思ったのですが」

 

 バツの悪そうに黙り込むドラウディロンに代わり、めぐみんがセラブレイトに話しかけた。

 しかしそれは、ドラウディロンがこの場にいる理由についてではない。

 

 セラブレイトは最初の一声以降は平静を装って会話するものの、その背にいるヒューネラルはこの少女の傍若無人さに憎悪を隠せなかった。

 

 「式典が終わって王宮を出た後、仲間の野伏(レンジャー)がこちらの方角から凄まじい殺意と敵意を察知しましてね。退屈しのぎに哨戒に向かったらビーストマンの軍勢と戦闘になり、野伏を含めて仲間を3人殺されましたよ。……逃げてきた所なので格好はつきませんが、こちらには行かない方が良いです。すぐに追ってくるでしょう」

 

 「……それはお気の毒に。──すみませんが、私は急ぐのでこれで」

 

 足早にすれ違おうとしためぐみんと、セラブレイトたちに顔を向けずにめぐみんの後を付いていこうとするドラウディロン。

 

 

 しかしその歩みは、セラブレイトの背に負われている者の突き出した剣によって遮られた。

 

  

 「──待ちなさい。陛下を連れて何をしに行くつもり?この先に行くなって聞こえなかったの?」

 

 ヒューネラルがセラブレイトの腰から剣を引き抜き、めぐみんの眼前に下ろしたのだ。

 

 めぐみんは一瞬眉を顰めたが、背後のドラウディロンを振り返って、納得したように頷いた。

 

 「王都は宰相様の迅速な避難勧告で人がおらず、止められることもありませんでしたが……流石に貴方がたに出会ってしまった以上、ここは突破できませんか。──まぁ、この辺りなら爆風の被害も少ないでしょうし構わないでしょう。及第点というヤツです」

 

 「聞こえなかったのかしら?何をするつもりか訊いているの。質問に答えなさい」

 

 答えようとしないめぐみんに対し、ヒューネラルは剣の刃をめぐみんの首へと向けようとする。

 

 その動きに触発され、セラブレイトはヒューネラルの腕を押しとどめた。

 

 

 「……謁見の時にも思っていたんだけど、貴方少しこの子に甘すぎるんじゃないかしら?どう考えても即座に首を刎ねるべきだと私は思うんだけど」

 

 「ヒューネ、君は疲れている。冷静になってくれ」

 

 セラブレイトはヒューネラルの手から剣を取り戻し、鞘に収めた。

 不満げな威圧を背から感じながら、セラブレイトはドラウディロンに略式で一礼した。

 

 「陛下、ここは危険です。今すぐ王宮へお戻りになってください。じきにビーストマンの軍勢がこちらへ到達します」

 

 ドラウディロンは礼をされた手前無視することが出来ず、セラブレイトに視線を向けて言葉を投げる。

 

 「……セラブレイト殿。王宮に立てこもって助かる確率は何割だ?」

 

 「…………ここにいた場合は皆無ですが、王宮ならば可能性はあります」

 

 「そうして兵士の壁に隠れ、僅かに上昇する確率に意味があるのか?国が滅んで私が生きる意味があるのか?話が通じる国相手ならともかく、相手は生存本能だけで生きておる獣だぞ?」

 

 

 あまりの衝撃にセラブレイトは目を見開いた。

 

 「王国最高戦力である貴殿ら『クリスタルティア』が半壊している以上、この国には成すすべがない。駐屯所の兵士は民間人の避難の誘導に専念しているし、ここに来る途中で覗いた冒険者組合はもぬけの殻だった。為政者として若輩者の私であろうと、数時間後の王都の惨状くらいは予想がつく。逃げ遅れた民は貪り食われる。ビーストマンが引き揚げたとしてもその戦禍と凄惨な記憶は消えん。緩やかに滅びゆく我が国のその暗い未来と共に生きて行けと、貴殿は言うのか?」

 

 ドラウディロンの瞳は既に今という時を見ていない。

 民が消え、ビーストマンが跋扈し、文明が跡形もなく消えた竜王国の未来を幻視しているように見えた。

 

 セラブレイトとヒューネラルはそれに気づいて愕然とし、言葉が口から出てこない。

 

 

 一瞬だけ、誰もが完全に黙った。

 『クリスタルティア』の2人は、なんとかしてドラウディロンに踏みとどまらせようとする台詞を必死に考える。

 

 

 

 

 「…………あの、私のこと忘れてませんか?無視してるんですか?」

 

 沈黙を破ったのは、今まで黙って話を聞いていためぐみんだった。

 悲痛な面持ちをドラウディロンに向ける2人に、交互に視線を移している。

 

 「ドラウさんも、私が失敗する前提で話を進めないでください。信用されてないみたいでけっこう悲しいです」

 

 「……あ、あぁ、そうだな。めぐみん殿が戦ってくれると知ってはいたのだが、『クリスタルティア』が3人も亡くなったのを聞いて少々悲観的になってしまっていた。悪かったな」

 

 

 ヒューネラルが感じたのは、「何を言っているんだ」という疑問だった。

 朝に初めて出会ったはずの王への馴れ馴れしい呼び方。

 ビーストマンと戦うなどという大言壮語な宣言。

 

 玉座の前で啖呵を切ったのを見た時から思っていた考えが、ついに彼女の喉から飛び出した。

 

 

 「バカなの!?あなたの身一つでビーストマンの軍勢に何が出来る!自殺なら1人で勝手にして。──どんな甘言で惑わしたのか知らないが、陛下を巻き添えにしようとするな!」

 

 ヒューネラルはセラブレイトの背から降りると、剣の鞘を杖替わりにして立ち上がった。

 足取りはまだ覚束無いが、セラブレイトに担がれたままでは言葉に重みがない。二本足で立たなければ。

 

 フラフラとしながらやっとのことで立っているヒューネラルに投げかけられるのは、めぐみんの憐憫の視線だ。

 

 「……ドラウさんは私が連れてきたのではないですよ。私の後をついてきたんです」

 

 「陛下の御前で見え透いた嘘を!……あなたのような大口を叩く魔法詠唱者(やつ)はいつもそう!嘘と妄言で飾った綺麗な言葉で人を騙し、他人の命を危険に晒して悪びれもしない!」

 

 めぐみんはヒューネラルの言葉に込められた魂の叫びに気づく。

 きっと過去に何かあったのだろう。『クリスタルティア』の人達に出会う前だろうか。

 

 

 

 「…………記憶の中の誰かに、私を勝手に重ねて見ないでもらえますか?私は私なので」

 

 めぐみんの言葉は、ドラウディロンも驚くほど鋭利だった。

 

 「貴女がどんな経験をしたのか私にはわかりませんが、私を責めるのはお門違いというものです。──溺れているのであれば、救助船をワニやサメと見間違えるような真似はよしたほうが良いですよ。助かるものも助からなくなります」

 

 「なっ──!魔法詠唱者(おまえ)に何ができる!剣の重さを知らない、前衛に守られなければすぐに死ぬウスノロに!」

 

 「理解していただけないのであれば構いません。結果を見て腰を抜かすがいいでしょう。──ちょうど、おいでになったようですし」

 

 

 めぐみんの言葉に『クリスタルティア』の2人は今まで来た道を振り返る。

 視地平の彼方に、百を優に超えるビーストマンの軍勢が姿を現していた。

 

 迫りつつある絶望に、セラブレイトは深く考えず剣を抜く。

 ヒューネラルはめぐみんを一睨みすると、杖替わりにした鞘から剣を抜いた。体のバランスが崩れて倒れそうになるも、ぎりぎりで踏みとどまった。

 

 今にも駆け出して戦う気でいる2人の前に、めぐみんは手に持った杖を突き出した。

 

 「────我が爆裂魔法は絶大な威力を誇る代わりに、容赦や加減が効きません。巻き添えになりたくなければこの場から動かぬことです」

 

 反論を許さずに前に出ると、めぐみんは杖に魔力を集め始める。

 

 

 

 後に竜王国の民に『竜の炎』と呼ばれることになる、救国の詠唱が始まった。

 

 

 

 ◆

 

 

 「────我が名はめぐみん!紅魔族歴代最強の魔法使いにして、万物を原初に帰させし爆裂魔法の使い手!」

 

 両手で杖を握り、体内の魔力をありったけ詰め込む。

 抑えることの難しくなった魔力が体外へ噴出し、黒い瘴気となって竜王国辺境一帯につかの間の夜を作り出す。

 

 魔力に押し出された風の流れがめぐみんを中心に渦を巻き始め、ビーストマンが遠方のめぐみんを敵と認識して突撃を開始した。

 だが、遠い。距離には十分すぎる余裕がある。

 

 

 「────黒は闇へと還り、闇は冥へと誘う。終わりをもたらす継界の龍門。深淵よりきたれる大いなる裁き!」

 

 めぐみんは帽子を空へと投げ、眼帯を放り捨てる。

 魔力の暴風に呑まれ、遥か上空へと吹き飛んでいった。

 

 紅魔族の証である燃え上がるような赤い瞳が強い力を宿す。

 上限を突破して魔力を貯めたため、杖の宝玉にヒビが入り始めた。

 

 

 「────天地を突き崩す爆炎よ!我が名の下に、竜を穢す災厄を永劫の静寂へと引きずり落としたもう!!」

 

 魔力渦巻く杖先をビーストマンへ向け、めぐみんは魔法の発動のための予備動作を続ける。

 

 (…………溜まりに溜まった五日ぶりの爆裂魔法が、こんな──最っ高に吹き飛ばし甲斐がある獲物へ撃てるなんて!神でも竜でも、この国のありとあらゆる存在に感謝します!深く、感謝しますよ!!)

 

 体内にある魔力の隔壁を全て開放する。

 途端に瘴気の暴風がその威力を増し、辺りの草木を根枯らし始めた。

 

 

 ドラウディロンは立っていられないと悟り、足を踏みしめながらしゃがみこむ。

 『クリスタルティア』の2人は剣を地に突き刺し、辛うじて立ち続けていた。

 

 めぐみんの足元に歯車を模した幾何学模様の魔法陣が広がる。

 杖の先から闇色の煌めきが迸り、山なりの弾道予測を示し出す。

 

 

 ビーストマンの軍勢の上空に、閃光と漆黒で出来た円が広がる。小さな銀河のように見えるそれは、着弾で魔法の直撃を受ける範囲を示したものだ。

 五日間分の魔力を注ぎ込まれた銀河はその拡大を止めず、遂にはビーストマンの軍勢全てを軽く覆うまでに広がった。

 

 杖の宝玉が甲高い破砕音を上げ、それに匿われていた暴威の根源が姿を見せた。

 プラズマを纏い、太陽よりも輝かしい魔力の神炎が、万象の崩壊を予言するかのごとく煌めきを加速させる。

 

 魔力に毒され、重力すらも歪み始める。

 めぐみんの周囲の地面が捲れ上がり、石礫や土塊が円を描いて舞った。

 

 

 そして、始まりが終わる。

 

 

 

 

 「──────〖エクスプロォォォージョンッッッ〗!!」

 

 

 

 

 大地を破砕する轟音と共に、杖から黄金の彗星が飛翔した。

 かつて無い大きさの反動を脚で殺しきれず、めぐみんは後方へと吹き飛ばされた。

 

 しかし、天を突いて駆け登る彗星は迷うこと無く弾道予測線上をなぞっていく。

 

 ビーストマン上空に作り出された魔力の銀河が幾つもの漆黒の口を開き、それに沿って彗星を山なりに誘導させる。

 漆黒の口を一つ通過する度、彗星の速度は増していった。

 

 

 

 着弾の直前、ビーストマンは生存本能に触発されて空を見上げる。

 

 死を前にした獅子たちの瞳に写るのは、目を潰す光量の黄金だった。

 

 

 彗星が地に墜ちるよりも前に、全てのビーストマンは一瞬のうちに光とともに融解して消滅した。

 

 続いて大地に突き刺さった彗星が、天まで届く炎の柱を生み出す。

 音と爆風が遅れて訪れ、既に地に這っていたドラウディロンやセラブレイト、ヒューネラルを薙ぎ飛ばしていく。

  

 やがて熔岩色の煙が空を染め上げ、竜王国辺境に炎の雨を降らせた。

 

  

 ◆

 

 

 

  

 歩けるまで魔力を回復させたヒューネラルは、「副リーダーたちの蘇生の準備をする」と言って早々に1人で帰ってしまった。

 ドラウディロンがチラリと見た彼女の顔は蒼白で、知らず知らずのうちに悪魔に喧嘩を売った人はきっとこういう顔になるのだろうなぁ、と思わせるものだった。

 

 そのおかげで、めぐみんはセラブレイトに背負われている。

 最初はまるで酔っているかのような口調で爆裂魔法の感想を垂れ流していたが、セラブレイトの背中に安心を感じたのか、やがて寝息を立て始めた。

 

 

 

  

 「────陛下、この少女の……めぐみん殿の力をどう思われますか?」

 

 「国を救ってくれたのは嬉しく思う……が、この力を放り出しておくのは災厄に繋がりかねないと思っている。セラブレイト、貴殿はどう感じた?」

 

 国の危機は救われた。

 だが、2人の表情は浮かない。

 

 めぐみんの力はその自信に違わず、他の魔法詠唱者(マジックキャスター)と一線を画したものだ。

 セラブレイトたちアダマンタイト級冒険者が撤退を余儀なくされた軍勢を、たった一発の魔法で跡形もなく消滅させたのだからそれは確実である。

 

 それゆえ、その力を認めた他国に良条件で引き抜かれるようなことはあってほしくない。

 いつしか、ドラウディロンの思考はめぐみんを竜王国に縛り付ける方法で一杯になっていた。

 

 「恐れながら、私も同意見です。めぐみん殿の能力は可能な限り秘匿しておきたいと思いますが……そうもいかないのが現実でしょう」

 

 「あぁ。間違いなく法国は嗅ぎつけてくるであろうな。奴らの情報収集力は千里を見通すらしい。──法国に引き抜かれない策を講じねばな」

 

 炎の柱は、湖を越えた向こう側でも見えただろう。

 そこから調べてくれば、いずれめぐみんの存在は露見する。

 

 ドラウディロンは、めぐみんの爆裂魔法を思い出す。

 絶大な威力。凄まじい力の奔流。天から墜ちる、巨竜の火炎弾の如き彗星──

 

 

 一通り思い返し、そして一つの考えが浮かんだ。

 

 

 

 

 「──────めぐみん殿は、《始原の魔法(ワイルドマジック)》使いだった。実は、私の生き別れの妹だ。……そうだな?セラブレイト殿よ」

 

 「…………相違ありません、陛下」

 

 「以降、爆裂魔法を使う時には『始原の魔法(ワイルドマジック)』を宣言してもらおう。私の半身となれば、法国も簡単には手だしできまい。──さぁ、戻ったら国民たちに国を救った、誇りある私の妹のお披露目だ。演説の原稿も考えねばならんな。忙しくなりそうだ」

 

 不意に見せたドラウディロンの老獪な表情に、セラブレイトは自分の目の確かさを確信した。

 

 ──この方はやはり、本当に美しいと。


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