書き進めながらの投稿なので、気まぐれな更新となりますが以後もよろしくお願い致します。
「取り急いで作らせたものだが、めぐみん殿の口に合っただろうか?」
「無論です!こんなに美味しいスープは初めて頂きましたよ!」
ドラウディロンの寝室は、王という割にはそこまで広くないように見える。
天蓋つきのベッドが部屋の大半を占め、残りのスペースにはティーテーブルと椅子、それに書き物机くらいしか置いていない。
ドラウディロンとめぐみんはそんな部屋のティーテーブルに向かい合って座り、竜王国において伝統のある郷土食を食べていた。
「めぐみん殿は我が国の近郊の出身ではないのかな。そのスープは我が国で昔から伝わる、お客人をもてなすために用意する食事なのだが……どうも初めて食べているように見受けられる」
「紅魔族の里にいる際、竜王国という地名は聞きませんでしたね。これは推測ですが、私の故郷からこの国までは相当な距離があるはずです──もぐもぐ」
「私の方も、紅魔族という種族については初めて聞いたな。めぐみん殿はどのような経緯で国境の砦までたどり着いたのだ?」
「それについては目下考察中なのです。私自身が今一番知りたいことなので──もっきゅもっきゅ」
「……そんなに急いで食べずとも、食事は逃げんぞ?」
「む、今のはなかなかに面白い掛詞でした。調理されたキャベツは飛び回ったりしないから安心しておけということですね」
「まるで調理前は空を飛ぶような言い方だな?」
「……私の知っている野菜は群れをなして空を飛びますが。この国では違うのですか?」
「……どうやら、常識的な範囲での知識に齟齬があるようだ。我が国において、野菜は空を飛んだりしない。この器の中に入っているキャベツもカブもニンジンも他の野菜も、どれも畑から動かない食材だ」
二人が食べているのは、法国との国境となっている湖で獲れた魚を出汁にしたポトフだ。
大きめにカットした野菜を魚介と共に長時間煮込み、胡椒を始めとした高価な香辛料を惜しげもなく使った一品である。
農耕地面積の狭い竜王国において、野菜を大量に使った料理というのは特別な意味を持つ。
祝い事があった時や客人を歓迎する時にのみ振舞われる、めでたいもてなしということだ。
ちょうど今日の午後は法国の使者が来訪する予定であり、そのために早朝から大釜で準備を始めていた品を持ってこさせていた。
「野菜が群れをなして空を飛ぶ……か。私からすると、まるで絵本の中の話だな。正直信じ難い」
ドラウディロンは頭が痛いとばかりにこめかみをおさえる。
「ええと、考察中と言っていたが、用いた移動手段に何か思い浮かぶことは無いのか?船に乗ったであるとか、徒歩で来たであるとか」
「そう何度聞かれても、いくら天才である我が身であろうと分からないものは答えられないのです。気がついたら竜王国の砦の前に倒れていましたし、わけもわからぬままにトントン拍子でここまで運ばれてきたのですから」
めぐみんは言い終えると、ポトフの器を両手で持ち上げて口をつけ、スープを胃の中へ流し込み始めた。
私室の中二人きりとは言え、王の前で豪快なことをする奴じゃな、とドラウディロンは思い、それに伴って謁見の間から一度も自分の名を名乗っていない事を思い出した。
「わかった。まぁその辺りはいずれ思い出せばいいであろう。──名乗り遅れたが、私の名はドラウディロン・オーリウクルス。この竜王国の統治者をしておる者である」
「……?」
めぐみんは飲み干した皿を置くと、ほうけたようにドラウディロンを見つめた。
「……いま、なんと?」
「私の名は、ドラウディロン・オーリウクルスだ。めぐみん殿と違って少々長い名前なので一応説明しておくが、ドラウディロンの方が名前で、オーリウクルスは家柄を示す」
「いえ、その少し後です。……あなたがこの国の統治者というのは、本当なのですか?」
「ん?私が竜王国の王であるというのは言わずとも知っているであろう。……でなければ、謁見の間において玉座に腰掛けていた私を何者だと思ったのかな?」
ドラウディロンは、めぐみんの顔に驚きが浮かび、続いて青ざめていくのを楽しげに眺めた。
「よいよい。こんな年端もいかない私を王だと、初見で認識するのは中々難儀であると宰相から判じられておる。私は形式上こそ竜女王であるが、内政や執務の大半は優秀で素晴らしい宰相に任せておる無能者ゆえ、畏れずともよいのだ」
大嘘だ。
内政、執務はほぼ全てドラウディロン自身がこなしている。
宰相はドラウディロンが見落とした書類の不備を目ざとく見つけて、「老眼は大変ですね。こんなミスをするなんて、そろそろ引退して若くてキビキビした誰かに王権を渡した方がいいんじゃないですか?ここに有力候補がいますよ?」とか言ってくる嫌なやつだ。
類を見ない奇抜なアイデアや、誰も考えつかない素晴らしい作戦をたまに思いつくからこそ宰相の地位に任じているが、決して『素晴らしい』などという形容詞を与えて良い男ではない。
「私は王だが、この地位が災いして同年代の友人がおらぬのだ。──王だと知れた今、めぐみん殿は臣下と同じように、私と距離を感じて接するのか?それはちと寂しいのだがな」
ドラウディロンがころころと笑うと、めぐみんは恥ずかしそうに照れ笑いをした。
「……そこまで言われてしまっては、貴女のことを『女王陛下』と呼ぶのは難しいですね。どのようにお呼びすればいいですか?」
「ドラウディロン、もしくはドラウでよい。敬称は付けてくれるなよ?」
「わかりました。では、これからはドラウさんとお呼びしますね」
二人は年頃の少女らしい笑顔を浮かべ、どちらからとなく出した手を握りあった。
ドラウディロンはめぐみんからの警戒は薄れたと判断すると、出自や経歴などをそれとなく尋ね、会話をつなげた。
二世紀の年月を生きた竜女王にとって、会話とは武器であり防具だ。
『始原の魔法』以外は普通の人間と変わらない戦闘力しか持たないため、長く重ねた歳は知略と会話力に尖って蓄積されている。
警戒を解いて心を開いた少女など、ドラウディロンにとってみれば容易な獲物に過ぎなかった。
「──それで、これが冒険者ギルドで発行した冒険者カードです。私がアークウィザードである証明と同時に、爆裂魔法を強化する触媒でもあるのです!」
「ふむ……めぐみん殿の故郷の付近にも冒険者ギルドがあるのだな。しかし、このような精密な印刷のなされたカードは、我が国及び近隣諸国の冒険者ギルドでは発行していないはずだ。外を出歩くのであれば、これを身分証明替わりにするのはお勧めできん。代わりに何か発行するか?」
「そうなのですか。では、お願いします。……おそらく、一口に冒険者ギルドと言っても母体とか由来が違うのでしょうね」
ドラウディロンは手始めにめぐみんの出自である紅魔族について聞き出すと、そこから発展して友人関係から過去の失敗、学校での成績に冒険者についてやスリーサイズに至るまでを、ごく自然な流れで聞き出した。
その過程で脳内に導き出したのは、めぐみんは竜王国から遥か遠い地、又は異なる大陸から転移魔法で飛ばされて来たのではないかという推測だ。
ドラウディロンの知識と、めぐみんの知識は一致しないものが多い。一般常識とされる事柄においてもそれがあまりに顕著なため、一時は違う世界からの来訪者かも知れないと考えたほどだ。
聞きたいことを大体聞き終えたと感じたドラウディロンは、今伝えておくべきことをめぐみんに話すことにする。
決して話しすぎることのないように細心の注意を払って。
「この国の東には陸続きのビーストマン共の国家、西には大きな湖を挟んだ先にスレイン法国があるのだ。ビーストマンの国は度々我が竜王国へと侵攻し、罪のない国民たちをその強靭な顎で噛み砕き血肉に変えている憎き敵対国だ。逆方向のスレイン法国は、そんなビーストマンたちを抑え込むのに手を貸してくれている友好国というわけだ」
「そのスレイン法国というのは、無償で力を貸してくれているのですか?国家間の関係ともなればそういったことは厳しいと思うのですが」
「法国はその理念に、人間の安寧のために人間以外の種族を打倒するというものを掲げていてな。──まぁ表向き裏向きと複雑な事情があるのだが、多少の謝礼金を贈る代わりに、法国お抱えの特殊部隊を借りることができるのだ」
また嘘を重ねた。
既に現時点で、謝礼金は多少などという表現で済まされる金額に収まっていない。国家予算の大半を食いつぶし、竜王国の財政が逼迫する一番の原因となっている。
しかも、最近はその特殊部隊すら他の任務があるという理由で来なくなってしまった。
だが、今ここで竜王国の悲惨な現状をめぐみんに悟られるわけには行かない。
この国の冒険者ですらない少し強い程度の
むざむざ周辺国家へと逃げられるわけには行かない。
ふうん、とめぐみんは納得したように頷く。
ドラウディロンより早く食べ終わってしまったために、手持ち無沙汰な様子で帽子の据わり具合を調節していた。
ふと、めぐみんが謁見の間で封印を外した際に同時に取った眼帯を、現在していないことにドラウディロンは気づく。
「……めぐみん殿。左目の呪いというのはどのような条件下で外れるのか、教えてもらえぬだろうか?」
それに対してめぐみんは何でもないことかのように帽子を取って顔を見せると、帽子を膝の上に置いた。
懐から眼帯を取り出すと、今更気付いたとばかりに左目に付け直した。
「あれは嘘です。左目に呪いなんて掛かってませんし、この眼帯は単にオシャレで付けてるだけ」
「──はぁっ!?」
「なんとなくカッコいいから、適当な呪いが掛かってるっていうことにしてあるんです。ほら、必殺技使う時に封印を解除して発動したりするのカッコいいじゃないですか」
「と、ということはめぐみん殿、あの大人数が控えていた謁見の間で、大嘘をついたという事か!?一体それになんの意味が……」
そしてめぐみんは、驚きと呆れで今にも倒れそうになっているドラウディロンの瞳を無垢な笑顔で見つめる。
「自分の強さを大きく見せることにより、立場と身を守るためです。今のドラウさんのように」
──まぁ、最後は空腹で倒れてしまいましたが。
めぐみんの言葉の最後までは、ドラウディロンに届いていなかった。
(い、『今のワシのように』じゃと!?……一体どこまで見抜かれてしまったのだ?いや、それよりも嘘を見抜くマジックアイテムでも身につけているのか?)
ドラウディロンは表面上笑顔を繕いつつ、それとなく訊ねる。
「──流石に天才を自称するだけあって、私ごときのブラフは軽く見抜かれてしまうか。それで、タネ明かしはしてもらえるのかな?」
「簡単なことですよ。ドラウさんは嘘をついた直後だけ、ニンジンを口に入れていたように見受けられた。それだけです。これは推測ですが、深く考え事をしていたために皿への視線が疎かになり、一番目に付く色をしているニンジンを無意識に選んで食べていたのではないでしょうか?」
ドラウディロンは視線を落とし、己の皿を確認する。スープに紛れる色をした他の野菜は多くあれど、ニンジンは一つも残っていなかった。
嘘をついたと自白した以上、推理の根拠が弱くともしらばくれることは出来ない。
「──ドラウさんの皿からニンジンが消えてしまったので、これ以上は嘘を見抜くことが出来ないと判断した次第です。……あと、嘘をついたと思しき発言は全て記憶しています。紅魔族随一のアークウィザードとして世界の意思を継いだ記憶力を持つ私は、たとえ千冊の邪悪なる魔道書でさえも軽く暗記する自信がありますから!」
「……まさか、食事をしていたことがブラフを見抜かれる要因になったとはな。となると、私が偽った真実はおおよそ見当がついているのか?」
「ええ。この国は危機的状況にあり、宰相さんも法国という所も頼りにならず、私を友人だと見なす気がないばかりか同年代ですらないという事くらいは」
「……完敗だ。私の──いや、もう偽る必要も無いな。ワシの負け、大負けじゃ。これでも駆け引きには自信があったのだが、貴殿には全く適わんな」
ドラウディロンは諦めたとばかりに苦笑を漏らすと、諸手を上げて降参を示した。
「危機的というのはそのとおり、ビーストマンどもの侵略を防ぐための我が国の軍隊は貧弱極まりないのだ。国の争いに関与しないはずの冒険者を引っ張りだし、法国へ国家予算の半分に迫る多額の献金をして応援を頼んでも、領地は狭まる一方よ。最近は献金をしているにも関わらず、その応援もめっきり姿を見せぬ。遂に神にも見捨てられたのかと思っておったわ」
ドラウディロンは溜め込んだ何かを吐き出すかのようにして、めぐみんに現状を訴える。
その目には先程までの治世者としての鋭利なものは宿っておらず、ただ国の崩壊を憂う、幼い少女の悲愴なまなこだった。
「宰相についてはまぁ……。あいつは性根のねじ曲がった偏屈野郎というだけじゃ。有能なのは事実だしな。──そしてワシは竜の血を引く異能として、人に比べると遥かに長い寿命に加え、外見年齢を操作することができる。同年代に見えるのはそのせいじゃ」
「む、その話は聞き捨てなりませんね。外見年齢を変えることができるというのは、即ち今が本来の姿ではないという事でしょうか?」
「……まぁ、ワシの本当の姿はこう、いわゆる『ぼん・きゅっ・ぼん』のオトナの女じゃな。それについてはおいおい──」
「ちょーーっと待ってもらいましょうか!それはつまり、む、胸の豊かな女性であると、そういう意味ですか!」
突如身を乗り出して狼のごとく昂っためぐみんに、ドラウディロンは今までで一番困惑した。
しかし数瞬の後、なんとなく剣幕の意味を理解する。
──豊満な体型が羨ましいのか?
ドラウディロンはニヤリとした笑みを持って返して立ち上がると、部屋の大半を占領しているベッドの中へと頭から潜り込んだ。
シーツが山型の膨らみとなり、モゾモゾ蠢いている。
いきなり不可解な行動を取ったドラウディロンが一体何をするのかと注目していためぐみんだったが、やがて這い出てきたドラウディロンの姿を見て口と目を大開きにした。
ドラウディロンはシーツを体に巻き付け、悪戯っぽさのある笑いと共にベッドから立ち上がる。
先ほどの少女から歳を10ほど重ねた姿の──ほぼ裸のドラウディロンが、そこにはいた。
体のラインに薄いシーツがまとわりつき、裸でいるよりもかえって妖艶な雰囲気を漂わせている。
重力をものともしない張りを見せる双丘は、シーツ越しに圧倒的存在感を示し、めぐみんへ見せつけるようにしてドラウディロンが身じろぎをすると、動きに引っ張られるように『ふよん』と震えた。
顔は確かに少女の姿の面影を残しながらも、傾城と言われて然るべき白磁のかんばせだ。
その顔に浮かべている子供のような表情は、外見の成熟さとミスマッチな可愛らしさを引き立てていた。
腰から尻、そして腿に至るまでのラインは芸術的な曲線美を生み出しており、シーツに隠された向こうへのフェチシズムを掻き立てさせられる。
この世の美の結晶、物言う花。
女神と呼ぶに相応しい艷女が、そこにはいた。
「どうじゃ、これがワシの本来の姿だ。オトナであろう?」
「……う、う」
「どうした?驚いて声も出せぬか?」
ポーズを決めながらノリノリだったドラウディロンだったが、どうしてかめぐみんの様子がおかしい事に気付いた。
しかしもう遅い。
「うがぁぁーーーっ!!」
「お、おいちょっと待つのじゃ!やめ──へぶぅっ!?」
めぐみんはタックルでドラウディロンをベッドへと押し倒し馬乗りになると、シーツに包まれた大きな胸に往復ビンタを食らわせ始めた。
ドラウディロンの胸は叩かれるごとにばいんばいんと激しく揺れるが、それでも形の良い胸の美しさは削がれない。
「何食べたら胸がこんな!こんなたわわに実るのですか!しかも見せつけるようにして!」
「や、やめんか!離れるのじゃ!」
「いいえ離れません!その大きな胸の秘密を聞くまではテコでも動きませんよ!」
「陛下、大声が聞こえましたがいかがなされたので──あっ」
駆けつけた宰相が、素早いノックと共に飛び込んできた。
視界に広がるのは珍しく大人の形態をとっている──そして全裸にシーツの竜女王と、それに馬乗りして胸をビンタで揺らす客人の
宰相の取った行動は。
「……いやはや、セラブレイト殿を食事に誘ったかと思えば今度は女性のご客人と睦み事ですか。竜王国の明日はどちらの方向にあるのかわかりませんな。はっはっは。ところで二世の方はどちらが先のご予定で?」
「やめろ笑うなクソボケ宰相がぁぁぁーっ!」
◆
真顔で快活な笑い声を上げる宰相をドラウディロンが蹴り飛ばして追い出すと、我に返っためぐみんからすぐさま謝罪を受けた。
気にしないと告げたドラウディロンにめぐみんは安心したようで、にっこりと笑って「情けない事に借りが増えてしまいました」と言った。
ドラウディロンも元の姿へと戻って服を着ると、二人して部屋に入った時と比べて心の距離がかなり縮まっているようにお互いが感じていた。
そして二人の話題は戦争に移る。
周辺諸国の立場と関係、直近半世紀ほどの戦乱の歴史をドラウディロンからめぐみんに伝え、竜王国の現状についても子細な説明が行われた。
農耕地が足りないため、奪われた領土を取り返さなければならないこと。
法国の特殊部隊、陽光聖典が姿を見せなくなったこと。
最近になってビーストマンの侵攻が激化して、戦力が足りずに無為な犠牲を出し続けていること。
どれをとっても状況は悪化の一途だが、そんなことを聞かされれば聞かされる程にめぐみんは目に見えて張り切っていった。
「それでは、我が爆裂魔法を披露するのはどこが良いでしょうか?国境の砦に行き、攻めてくるビーストマンに撃つのもいいでしょう。敵の前線基地を目視できるところまで移動手段があるのであれば、基地を一撃で粉砕することもできますよ!今からでも行きましょうよ!さぁ早くっ!」
「そう張り切られても、ワシは今夜、法国からの使者を相手せねばならん。陽光聖典の派遣についての協議は、欠くことのできない重要な政務なのでな……」
「むぅ……。では、セラブレイトさんたちを誘って行っても構いませんか?」
「あ奴らは今のめぐみん殿にあまり良い印象を持っていないかと思うがな。素直に明日を待っては貰えぬか?」
「紅魔族は日に一度爆裂魔法を撃たなければ死んでしまうのです!」
「よくもまぁそんな誰にでもわかる出任せを言うものだな……」
嘆息したドラウディロンにめぐみんが詰め寄る。
「出任せではありません!この澄んだ瞳を見てもまだそんな事が言えますか!」
「いや、先ほど『魔法に秀でているのが特徴である紅魔族の中でも、爆裂魔法を行使できるのは片手で数えるほどしかいないのです』と自慢げに話していたように覚えておるが?」
「くぬぅ……。で、ではあれは嘘でした!実は紅魔族なら誰でも簡単に爆裂魔法を使うことが出来るのです!」
「直球でわかりやすい嘘のつき方をするでない!あと顔が近いぞ!こ、こんな所をまた宰相に見られたら──」
「おや陛下、私をお呼びですか?」
「あーもう!帰れクソアホ宰相ばーかばーか!」
呼ばれて飛び出てとばかりに扉を開いて宰相が顔を見せる。
ドラウディロンは食べ終わった食器を顔面狙いで二人分投げつけるものの、宰相は器用にキャッチした。
「……陛下。お言葉ながら、そのような下劣で知性の欠片もない、ヒマがあったら尻を掻いている猿のような罵り言葉を多用するのは、あまり褒められたことではありませんよ」
「お言葉ながらって言っときながらホント容赦ないなオマエ!」
しかし、ドラウディロンの叫びを受け流して宰相は咳払いを一つする。
彼の身にまとう雰囲気が神妙なものへと代わり、それをドラウディロンもめぐみんも悟った。
「……何事か?」
「ビーストマンの襲来です。先日『クリスタルティア』が撃退した砦が一夜のうちに落とされ、現在も王都へと向けて進軍中とのこと。およそ二時間で王都へと到達する見込み、兵力は二百ほどと推定されています」
「──っ!?何故そんな直前になって!」
「伝令の兵士の馬が倒れ、道中を走ってきたとのことです」
「……っ、伝令を責めても事態は好転しないな。『クリスタルティア』を呼び、ビーストマンが王都に来るまでの時間稼ぎをさせる任務を与えろ!成功報酬は望むものを出すと言えば彼らは動くはずだ。民間の船も総動員して法国へ民を運べ。不可能なぶんは王宮と王都周りの砦に収容、急げ!」
命令を受けた宰相が退室し、室内にはピリピリとしたドラウディロンと、呑気に帽子を被り直すめぐみんが残った。
「ビーストマン二百……いかにアダマンタイト級の『クリスタルティア』であろうが、開けたところで囲まれれば数分と持たないであろうな。彼らは優秀だから亡くすのは惜しいのだが……一体どうすれば!」
悲壮な顔つきで頭を抱えるドラウディロンに、めぐみんが純粋な疑問から声を掛ける。
「えーっと、私には頼まないのですか?今なら特別に夕飯大盛りで手を打ちますよ?」
「たわけたことを言うでないわ!ビーストマン二百というのがどれだけ絶望的かわかった上での妄言か!?」
ドラウディロンはめぐみんを突っぱねる。
めぐみんの
めぐみんはドラウディロンの反応を見ると、部屋の片隅に置いた杖を手に取る。
そして、部屋中に反響するように叫んだ。
「──我が名はめぐみんっ!紅魔族随一の魔法の使い手にして、アークウィザードを生業とする者っ!」
突然の大声にドラウディロンが怯み、窓ガラスがビリビリと震える。
「我が必殺の魔法は山をも崩し、岩をも砕くっ!」
「──っ!?」
めぐみんは、紅魔族の里で三年かけて思いついた『超かっこいいポーズ』をキメる。
雰囲気に飲まれ始めたドラウディロンを尻目に、続いてめぐみんは『超かっこいい依頼され方』を実践した。
「『ビーストマンの軍勢が向かってきている?』──敢えて言わせてもらおう!それは不幸中の幸いであるとっ!竜女王、ドラウディロン・オーリウクルス。……貴女の前にいるアークウィザードは、この難題を解決できる現在のこの国唯一の者であるのだから!」
「め、めぐみん殿、正気か!?いくら貴殿が強かろうと、二百匹を倒す前に魔力が枯渇すれば終わりじゃぞ!どうやって戦い抜くつもりなのだ!?」
「一撃で二百匹を狩り尽くします。──おっぱいの大きくなりそうな夕飯の準備に加えて、腕のいい豊胸マッサージ師の準備でもしておいて下さい」
めぐみんはそう残して退室していった。
呆気に取られていたドラウディロンだが、扉のしまる音にハッとして、外出の準備を素早く済ませてめぐみんの後を追った。
途中ですれ違った使用人に『おっぱいの大きくなりそうな夕飯』『豊胸マッサージ』を指示したのは、なんとなく──本当に必要になりそうな予感がしたからだ。
次回予告
爆裂……します!