この弱すぎる竜王国に爆裂娘を!   作:れんぐす

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めぐみん、竜王宮にて演ず

 「ありがとう、『クリスタルティア』の皆!諸君らの働きによって、砦へと押し寄せたビーストマンの軍勢を退けることに成功したと聞いた。国の危機を救ってくれた『クリスタルティア』を、私は誇りに思っておる!」

 

 竜王国王宮の謁見の間に、鈴のような少女の声が響いた。

 声の主は玉座に座る竜王女──ドラウディロン・オーリウクルス。愛らしい見た目相応の声音でありながら、その芯には威厳が据えられている。

 

 竜王国・笑顔の素敵な女性ランキング不動の一位はこの少女である。

 上位種族である竜の血を引いているため、容貌も知力も人並外れた美しさを誇っているのだ。

 なお第一回が実施された五十年ほど前から、このランキングの一位にドラウディロンの名があるのは世界七不思議の一つである。

 

 

 玉座の斜め後ろには、国の政治を司る宰相の男が控えていた。

 

 玉座の正面では、左右の壁際に並んだ高位の女官たちに視線を注がれる、いかにもやり手の冒険者という出で立ちの男女五名が片膝をついている。

 その中で一歩前に出ている、リーダーの男──セラブレイトが顔を上げ、礼を返す。

 

 「陛下の誇りであるということは、我々にとって巨万の富に勝る幸せにございます。お褒めの言葉、ありがたく頂戴いたします」

 

 それに対してニッコリと笑ったドラウディロンだったが、すぐさま顔色を曇らせた。

 

 「……貴殿らに国防を頼むのは、私としても心苦しいのだ。冒険者は国の戦争に不介入であるという原則は、私も知っておる。しかし法国からの支援が途切れた今、頼ることが出来るのは……セラブレイト、そして『クリスタルティア』のお前たちだけなのだ」

 

 「陛下。我々『クリスタルティア』は陛下の笑顔のために剣を振るい、魔法を唱えるのです。どうか、どうか笑顔でいらっしゃって下さい!」

 

 「……あぁ。貴殿らは我が国、そして私の笑顔を守るために戦ってくれておる。しかし、そんな貴殿らに私ができることのちっぽけさを考えると、本当につらくてな……」

 

 俯いた少女の涙声。

 セラブレイトは右手を伸ばして繰り返し、笑顔でいることを懇願する。その瞳は、目の前の玉座の少女だけを捉えて離さない。

 しんみりとした雰囲気はまるで、演劇に出てくる、姫と騎士による一場面であった。

 

 この場にいる女官たちや『クリスタルティア』のメンバーが感動にうち震え、涙をこらえる中。

 

 控えていた宰相がドラウディロンにハンカチを手渡す。

 彼女はそのハンカチ──に書いてあった宰相からの指示を瞬時に読み、悟られないように軽く目元を拭うフリをした。

 

 「……すまない、国を背負う者ともあろうものが、情けない姿を見せた。──セラブレイト並びに『クリスタルティア』の皆は、十分に休息を取ってくれ。報酬は、その……」

 

 女王はそこで言葉に詰まってしまう。

 

 視線がどこへとなく逸れ、周囲からは何かを言い出そうとしてモジモジしているように見えた。

 時おり「うーっ……」とか「さすがに……」などと、周囲に明らかに聞こえるように呟きながら悶える様は、女官たちや『クリスタルティア』の面々をして、今までの感動をそっちのけに言葉の続きが気になった。

 

 やがてひとしきり悶えきった王女は、意を決したように言った。

 

 

 「セラブレイト殿!……わ、私とその、食事でもどうだろうかっ!?む、無論だがっ、『クリスタルティア』の皆も共にどうだろうっ!」

 

 きゃぁっ、という小さな歓声が女官たちから上がった。

 

 王宮で使用人として勤めをする者は、大半が貴族の若い令嬢だ。

 色恋沙汰に飢えている年齢の乙女が、王女の不器用な恋愛を見て、興奮せずにいろというのは酷な話なのである。普段は凛々しく甲斐甲斐しく健気に国の為に執務を行っている、敬愛する主人であればなおさらだ。

 

 一瞬で脳内を桃色に染めた彼女たちには、王女がセラブレイト以外のメンバーも誘ったのは、あくまで礼儀であると同時に、照れ隠しであるように聞こえている。

 

 竜王女、ドラウディロン・オーリウクルスが高い支持と尊敬を受けるのは、その有能さだけではない。

 年頃の少女らしい一面をたまに見せるからこそ、臣下ひいては国民の母性をかき立てる。

 それが国家全体が安定した、一枚岩の体制へと繋がっているのだ。

 

 隣国のビーストマンからの侵攻を受けながらも、辛うじて国が存続できている数ある理由の一つである。

 

 

 

 『クリスタルティア』のメンバーで一番先に動いたのは、指名を受けたセラブレイトだった。

  

 「たいっっっへんありがたきお誘いにございます陛下!しかしながら私以外の皆は少々都合が付かないようでして!もしよろしければ、私だけでも陛下との会食にお誘いいただけると幸いにございます!」

 

 少女の提案に対して明らかな熱を持って返したセラブレイトの背中に、他のメンバーからの視線が突き刺さる。

 

 その全てが、勝手に都合が悪いことにするなという抗議の視線だが、セラブレイトはその背中から「男としての戦いだ。すまない」という無言のオーラを発した。

 

 

 セラブレイトがドラウディロンへ想いを寄せていたのは、チームメンバー皆の知るところである。

 

 本人から宣言こそしていないが、他の女を相手にする時との目線の熱が、明らかに違うのだ。

 王女であるからというだけでなく、恋慕の情が垣間見える話し方をすることに、『クリスタルティア』のメンバーは気づいていた。

  

 艱難辛苦を乗り越えて以心伝心となった男からの無言のメッセージは、『クリスタルティア』の全員に伝わった。

 

もとより、王女の態度を見てセラブレイトが目的だと理解出来ないほどに察しの悪いものなど、『クリスタルティア』には一人もいない。

 

 サブリーダーが 「お誘いいただいて申し訳ないのですが、セラブレイトの言う通りに私自身は都合が付きません」と述べると、他のメンバーもそれに続く。

 

 その間、セラブレイトは空気を読んでくれるチームメンバーに、心の中で感謝の土下座を何度も繰り返していた。

 

 

 「まだ日程も決めていないのだが……そうなのか。で、では仕方ないな。セラブレイト殿以外の『クリスタルティア』の貴殿らには、別で褒美をつかわすこととしよう。セラブレイト殿には後に私から招待状を出させてもらうことにする」

 

 少女を見つめるセラブレイトの視線は一層熱を持ち、ねっちょりとした欲がにじみ出ている。

 

 それを一身に受けているドラウディロンの頭の中は、急速に冷えていった。

 

 

 (……コイツはこんな処女くさい三文芝居で釣られるアホなのかのう?これでアダマンタイト級の冒険者とか、実は嘘ではあるまいな?)

  

 

 冒険者というのは元来、国家間の争いに介入する戦士ではない。

 人々の暮らしを脅かす恐ろしいモンスターの討伐であったり、隊商が盗賊に襲われないための護衛を行う者たちだ。

 その職業柄、特定の国家に属すことは行動の自由度を下げることになる。故に、冒険者は例え国からの要請があろうとも、それを拒絶することができるのだ。

 

 だが、竜王国唯一の最高位・アダマンタイト級冒険者である『クリスタルティア』は、度々発せられる王女からの要請に対して、いつも快く首を縦に振る。

 

 それ自体は非常に喜ばしいことだ。

 竜王国の軍は、スレイン法国やバハルス帝国と比べると圧倒的に戦力不足であり、騎士と反目することの多い貴族が権力を握っていることで悪名高い、リ・エスティーゼ王国の騎士団にすら及ばない。

 そんな軍しか有していないために、アダマンタイト級冒険者である『クリスタルティア』の助力によって国が救われた回数は、数えるだけでゆうに十を超える。

 

 しかし、『クリスタルティア』はあくまで冒険者だ。

 命令を出せば即座に動くことの出来る軍隊と違い、民間からの依頼などで国から出てしまえば、戻ってくるまで戦力に数えることは出来ない。

 

 

 そして丁度いいことに──セラブレイトが自分に対して、わかりやすく不埒な視線を普段から向けていた。

 

 それを利用し、なんとかして彼らにリードを付けておきたいと日頃から考えていたのだが、こうも上手く行くとは思っていなかった。

 このままセラブレイトと二人きりの会食までこぎつければ、ベッドの上へと舞台を移すのは難しくないだろう。

 あとはなし崩し的に王宮へと取り立てるか、可能ならば骨抜きにしてしまってチェスの駒にすればいい。

 

 

 (打算の上で肌を重ねるのは、流石に自分への嫌悪感が出てくるわ。国の存続のためならなんでもやってきたつもりじゃったが……)

 

 竜の血を引くドラウディロンは、いたいけな少女の外見に反し、齢250を超えている。

 この幼い姿も竜の血族としての能力によるものであり、本来は豊満な胸を持つ成人の女だ。

 

 少女の姿を取っている理由は単に、幼い姿で執務に臨んでいる健気な姿が民から支持を得るからである。

 

 (──私のこの体で当面の国の安全が買えるのであれば、悪くない買い物であろう。……それにしても、こんな貧相な胸が好みとは、本当に変わった男よ)

 

 国の危機を凌げるのであれば自らの体を使うこともやぶさかでもないと思うまでに、竜王女ドラウディロンの精神は荒んできていた。

 

 

 

 女王の心持ちに反し、何故かお祝いムードになりつつある謁見の間。女官たちは

 「365日休まない仕事人の女王様にもついに春が」

 「今日はお赤飯ね」

 などと泣きながらお互いで涙を拭き合っている。

 「宰相様とデキていたのではなかったのね……」

 と聞こえたような気もしたが、努めて聞こえなかったことにした。

 

 会食への参加を断った『クリスタルティア』の他の面々がこの場にいるために自重してはいるが、長年勤めてきて初めて見せた竜王女の乙女らしい姿に感極まった、年齢層の高い一部の女官たちは、今にもこの場でクラッカーを打ち鳴らして祝賀会を始めそうな雰囲気だ。

 

 

 そんな空気の中、謁見の間の扉を外から叩くものがあった。

  

 「失礼いたします。『クリスタルティア』の皆様が保護されたお客様が目を覚まされましたので、お連れいたしました」

 

 「──うむ、ご苦労。実に良いタイミングだ。……女官たちよ、そろそろ静まれ。客人をここへ」

 

 「承知しました」

 

 

 

 ゆったりと歩いて入ってくる少女の姿を見て、謁見の間にいる女官たちの表情が変わった。

 

 

 『クリスタルティア』が王宮内で帯剣していないのと同じように、少女は魔法詠唱者(マジック・キャスター)の武器である杖を持っていない。

 

 しかし、それを引いても明らかに周囲への敵意が見て取れるのである。

 

 先の尖った魔女帽を目深にかぶり、玉座から決して顔を見られないように、そして玉座を、そして前方を見ないようにしている。

 驚くことに『クリスタルティア』のメンバーの中央を抜けてセラブレイトと並ぶ位置まで進むと、道化師のような大仰さでゆっくりと片膝をついた。

 追い越された形になった『クリスタルティア』のメンバーは、皆一様に追い越されたことに対する驚きを顔に浮かべている。

 

 まさに大胆不敵といった身の振り方だ。

 もしくは、若いために礼儀や作法を知らないのか。

 

 見咎めた宰相が口を開こうとするのを手で遮り、周囲の女官も視線で静まらせ、ドラウディロンは魔法詠唱者(マジック・キャスター)の少女へ話しかけた。

 親しみを込め、警戒を解させるように。

 

 「まずは、名を聞こう。君の名は?」

 

 「──我が名はめぐみん。誇りある紅魔族の一員にして、爆裂魔法を行使する者」

 

 

 返ってきた答えに、謁見の間の時間は一瞬だけ停止した。

 

 めぐみん。

 

 どう聞いても、本名とは思えない。

 

 (仲間内での愛称か、それともコードネームのようなものか?……強力な魔法詠唱者の中には、身を守るために顔や本名を隠して生活する者もいると聞く。この幼い少女はその口なのだろうか?)

 

 

 ドラウディロンは大真面目な推察を重ねた結果、この小さな少女がそんなわけがないという結論に至った。

 

 (……そんな人物に憧れ、真似ているだけの可能性が一番高いな)

 

 ドラウディロンは適当に無難そうな当たりをつけると、聞き出したいことを脳内で整理する。

 

 「では、めぐみん殿。いくつか私から問いたいことがある。答えてもらえるか?」

 

 「……構いません。どうぞ」

 

 「まずは頼みだ。 お互い、顔が見えなければ話も進むまい。帽子を取り、顔を上げてはもらえまいか?」

 

 ドラウディロンは未だ顔を見せない少女に微笑むと玉座から立ち上がり、その場で右手を顔を隠す少女へと伸ばした。

 

 ──セラブレイトの拾ってきたこの娘には、女としての利用価値がある。手放すことは考えていない。

 『クリスタルティア』の首に嵌める、予備のリードとなってもらわなければならないのだから。

 

 

 ◆

 

 竜王女が玉座から立ち上がる、少しだけ前。いつもの魔女装束に身を包み、そして深く帽子を被っためぐみんは、謁見の間へ続く大扉前に立っていた。

 

 (下を見て歩けば怖くない!帽子をかぶって顔を上げなければ顔色を悟られない!──大丈夫、きっと大丈夫です……)

 

 凄まじい威力の爆裂魔法を使うアークウィザードとは言え、めぐみんはまだ13歳だ。

 

 突然見知らぬ地に放り出され、気がついたら竜王国などという、聞いたこともない国の王との謁見が進められているこの現状におかれれば、怯えず堂々と行動出来る者の方が少数だろう。

 

 部屋を出る時には覚悟していたものの、いざ直前になれば恐ろしさに足がすくみ、瞳は虚空を泳ぎ、顔色は誰が見てもよろしくない状態に陥っていた。

 

 そんな悲惨な姿をみかねたリーゼは、謁見の最中は顔を隠すことを提案したのだ。

 めぐみんは一も二もなくその提案に飛びつき、視界が確保できるギリギリまで帽子を被った。

 

 

 

 「では私が先に入り、すぐ後にお客様をお呼びいたします」

  

 重々しい扉をノックした後、リーゼは謁見の間へ入っていった。

 そしてめぐみんが呼吸を整える間もなく、すぐに再び顔を見せたリーゼから、入るように指示を受ける。

 

 

 (下を向く、歩く、それだけでいいんです。私はできる子私はできる子!)

 

 床の真っ赤な絨毯を睨みつけながら、一歩踏み出す。

 一度足が動くと、二歩目はすんなりと踏み出せた。

 足を動かすことに集中して、焦りを噛み潰しながら謁見の間を進む。

 

 (……今さらながら、どこまで歩けばいいのですかね?正面を見ないということの落とし穴がこんな場所にあるとは)

 

 歩きながらも帽子のつばを軽く持ち上げ、ほんの少しだけ前方を確認する。

 見覚えのある──片膝をついているセラブレイトの背中がすぐ前にあった。

 

 

 (……こ、これはもしや、進みすぎてしまったのではないでしょうか?)

 

 足を進めるのに集中していたせいで、めぐみんは四人の『クリスタルティア』のメンバーを越えて進んできてしまったことに気づかなかったのだ。

 

 (しっ、しかしこの場で引き返すのはあまりにも不自然過ぎます……!されどセラブレイトさんの前に出るのは絶対にあってはならない!)

 

 パニックになりかけながら、めぐみんはセラブレイトの横に一歩引いて並ぶことを選択した。

 動揺のせいで体が思うように動かず、やけに大振りな片膝のつき方になったことは、この際もうどうでもいいのだ。

 

 女官たちから訝しげな視線を浴びているものの、非難の声を浴びることは無かった。

 

 

 

 

 「まずは名を聞こう。君の名は?」

 

 (……!?)

 

 驚くべきことに、玉座から掛けられた声はめぐみんと同年代の少女の声だった。

 しかも、口調の端々からは親しみやすい雰囲気が出ている。

 

 (……この声が竜王国の王の声なのでしょうか?)

 

 少し考えて、そんなわけがないと思い直す。

 

 (おそらくこの声は王では無いでしょう。しかし、それなりに高い立場の王宮関係者だと推察します。おそらくは王の血縁者、この国の姫か誰かですね。とすれば──)

 

 王本人はこの場にいない可能性がある。姫を代理に立てているのであれば、畏れはせども恐れる必要は無い。

 

 体に張り詰めた緊張のいくばくかが和らいだ気がした。

 

 

 

 「我が名はめぐみん。誇りある紅魔族の一員にして、爆裂魔法を行使する者」

 

 謁見の間の空気が変わった。

 

  (紅魔族の名を聞いて驚いたのでしょうか?それとも、我が爆裂魔法に恐れをなしたとか?)

 

 めぐみん自身に、自分の名前が一般的なものを逸脱しているという自覚はない。紅魔族全体のネーミングセンスが壊滅的であるという意識もなかった。

 

 

 「……めぐみん殿。いくつか私から問いたいことがある。答えてもらえるか?」

 

 「構いません。どうぞ」

 

 「まずは頼みだ。 顔が見えなければ話も進むまい。帽子を取り、面を上げてはもらえまいか?」

  

 「む……」

 

 

 目の前の人物が王ではなさそうだという考えに至った時点で、めぐみんの畏怖心は小さくなっている。

 断る理由は無いが、ただいうことを聞くだけというのももったいないような気がした。

 

 明らかに自分よりも立場が上であろうセラブレイトの仲間を、不覚にも追い越してしまったという失態をここでカバーしておきたい。

 

 

 「……我が貌を見ることを望みますか。──わかりました。誇り高き紅魔族、その中でも最高の力を持つ我が姿を、とくと目に焼き付けるがいいでしょう!」

 

 めぐみんが選択したのは、『私は、今私自身が追い越した者達よりも強大な者であり、竜王国の姫にも引けを取らない』ということを匂わせることだった。

 

 めぐみんはその場で立ち上がり、衆人の視線の中で帽子を取る。

 続けざまに眼帯を外し、両の目で玉座を見据えた。

 

 

 ──格好いい名乗り方や登場の仕方、正体のばらし方は個人的な趣味として長きにわたり研究してきたことだ。

 紅魔族の里でも友人と共に、最高にかっこいい名乗り方を練習していた時期がある。

 

 

 帽子を取ると同時に体から魔力を噴出、魔法に疎い人にも感じとることの出来るほど、膨大な魔力を周囲に振りまく。

 周りの者からは、黒い瘴気が溢れ出しているように見えるだろう。

 

 

 「人が深淵を覗こうと望むのであれば、気をつけなければならない事がある。その時は常に、人は深淵から覗かれているのだ!」

 

 

 ◆

 

 

 この瞬間、ドラウディロンは少女への見下した偏見を捨てた。

 

 (な、なんじゃ、この溢れ出ている魔力は!量だけでなく、質も明らかにおかしい!……これは位階魔法に用いられる魔力とも、ワシが使える始原の魔法(ワイルドマジック)に用いられる生命力とも異なる!)

 

 

 そしてドラウディロンには、『深淵を覗くのであれば』という言葉の意味が読めた。

 

 (無用な詮索は己が身を滅ぼすという忠告か!)

 

 

 

 魔力の噴出を目にした女官たちの表情が恐れを持ったものになり、背後にいるセラブレイトの仲間が背筋を固くしたのがわかった。

 横にいるセラブレイトは表情一つ変えずにそのままの姿勢を維持している。

 

 

 

 「──めぐみん殿。我が要望を聞き入れていただき礼を言おう。……しかし、その力は皆が恐れている。魔力の放出を止めて頂けると幸いだ」

 

 「申し訳ないのですが、これは私が左目に生まれ持った呪いのようなもの。ゆえに、素顔を見せ続けるのであればこの魔力の噴出は止まることが無いでしょう」

 

 「……わかった。顔は隠しておいてもらって構わない」

 

 めぐみんは目深に帽子をかぶり直し、同時に魔力の放出が止まる。

 しかし再び片膝をついて敬意を表する事はせず、不敵な素振りを全面に出した。

 

 「賢明な判断に感謝します。──さて、では私の方からも一つお願いがありますが、構いませんね?」

  

 

 有無を言わせない問いかけに、ドラウディロンの口端が歪む。

 

 (力を見せつけられてこちらが弱気になったのを感じ取り、大きく出たようじゃな。この少女、頭もそれなりに切れると見た。……敵に回してはならないタイプであるのは確かであろう)

 

 

 

 「……まぁ良い。どのようなものか、口にしてみるがいいぞ。可能ならば応えよう」

 

 

 「ありがとうございます。……獣人の大軍に襲われて死にかけていたように見えた私を助けた理由は、こちらにいるセラブレイトさんの義侠心でしょう。まぁ私はとーっても強いので、あれくらい本気になればどうとでもなったのですが、楽ができたので感謝していない訳ではありません」

 

 態度の大きい声色の中に、嘘は見えない。

 かといって全てが事実であるわけがない。どれだけ強かろうと、前衛のいない魔法詠唱者(マジックキャスター)ではビーストマンの軍勢の前になす術もないはずだ。

 

 そしてその言葉を受けてなお、動じないセラブレイトに、ドラウディロンは内心で好感度を上げた。

 ただの変態かと思っていたが、石のような我慢強さを持っている変態だったようだ。

 

 

 「それで、願いはなんなのだ?随分ともったいぶっているように見えるのだがな」

 

 

 

 「セラブレイトさんは義俠心で私を助けました。しかし、あなたは?……単刀直入に言わせてもらえば、何故私の願いを聞き入れようとしているのかを問いたいのですよ」

 

 「ん?それは……──ッ!?」

 

 

 (このガキ、戦力にすべく懐柔しようとしていることを把握した上で、それを聞いてきたのか!それも女官たちや竜王国最高戦力である『クリスタルティア』の目の前で!)

 

 

 少女を引き入れる最初の目的は、セラブレイトの情欲の捌け口だ。

 自分一人だけではセラブレイトの愛

に応えきることが出きない場合に対する保険として。一人よりも二人から愛された方が、セラブレイトも満足するに決まっている。

 

 

 しかし、溢れ出る未確認の魔力を見たあとでは、少女に対して抱くものも変わっていた。

 もしも恩を売ることができたのならば、売った恩を無理やり買い取ることで、国の防衛の任に就かせることができるかもしれない。

 望みを聞くというのは、そう考えての言わば餌だった。

 

 しかし釣り餌を見破った魚は、食いつく事は無い。

 

 

  

 「タダより恐ろしいものはないのです。なにか、私に大きな要求があるのではないでしょうか?」

 

 「……ないと言えば嘘になるが」

 

 

 (優しさからこの少女を救ったセラブレイトを前にして、ワシのために血を流してくれなどと言えるはずがない!そんなことを言えば、セラブレイトからの忠誠心は確実に低くなるではないか!)

 

 言葉にするか否かの思考を巡らせるドラウディロンだったが、その思考は少女の嬉しそうな言葉によって中断させられた。

 

 

 

 「ふふふふふ、そうだろうと思っていましたよ!──我が最強の爆裂魔法、その力を借りたいということなのでしょう!そうですよね!?」

 

 「お、おぉ?……まぁ、察しが良くて助かる。そういうことになるな」

 

 「もちろん構いませんよ!あ、でも三食におやつとお小遣い付きで養ってください!そして一日一回爆裂魔法を撃たせること。この条件さえクリアすれば、いくらでも我が絶大な力を貸しましょう!」

 

 「……はは、そうか。で、では、よろしく頼みたい」

 

 フンスフンスと気張るめぐみんに、ドラウディロンは一気に毒気を抜かれた表情をした。

  

 (深謀遠慮に優れていながら、要求がショボ過ぎやしないか!?智だけではなく魔力についても凄まじいのだから、もっと凄まじい要求をしてきた上で、叶えられた後は裏切ってみせるようなそんな奴なのではないかと思ったが……となると?)

 

 

 

 「その、めぐみん殿。言った後で申し訳ないのだが、一度貴殿の行使する魔法を見させてもらっても良いだろうか?貴殿の強さによっては考えることがあるのでな」

 

 もしや、魔法に関して自信が無いから、要求が控えめなのでは。

 

 そんな疑念を持ち、ドラウディロンはめぐみんに力の披露を求めた。

 

 

 「ふっ!強大さ故に世界から疎まれし我が禁断の力を見ることを、汝も望むかっ!いいでしょう、そこまで言うのであれば見せてあげ──みょべぇ……」

 

 「ど、どうしたのだ、めぐみん殿!?」

 

 「も、もう三日──いえ、寝ていた時間を合わせれば四日近く何も食べていないのでぇす……。魔法を使う前に、なにか食べさせていただけませんかっ……?」

 

 ふらふらと前のめりになって倒れためぐみんは、セラブレイトが肩を貸して立ち上がる。

 

 ドラウディロンは息をつくと、すぐにできる類の昼食を、自分とめぐみんの二人分用意するよう命じた。

 

 

 (……要求が控えめなのは、あまりにも貧窮していたが故の余裕のなさからだったか。本当に、正体のわからぬ少女だな)

 

食事を取りながら、女官たちや『クリスタルティア』の前では話せないことを伝えておきたい。昼食の用意されるまでの間、ドラウディロンは思案に耽った。




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