【完結】スパイになってしまったのだが   作:だら子

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其の十一: 「トレインジャック(下篇)」

(ようやく藤原が来たか)

 

現在、俺はテロリストと対峙している。俺の前方であり、テロリストの後ろから藤原が出てくる。藤原はバランスを崩さないように慎重に動いていた。その藤原の顔は『列車が走っている時に屋根で戦うとか正気じゃない』的な顔をしている。それを見て、俺は内心で小さく笑った。

 

(目の前のテロリスト共に藤原が来たことをバレないようにしなくちゃな)

 

そう考えて、出来るだけ奴らが後ろへ振り向かないような戦い方をする。戦いの中で思うことはただ一つ。

 

(さて、不安定なこの場で藤原は奇襲できるのかねぇ?)

 

俺は小さく溜息を吐く。

———俺は藤原という男があまり好きではない。他のD機関員ならば、「どうでもいい存在」や「多少気になる凡人」程度にしか考えていないだろう。その中で、確実に『あまり好きではない』という分類の俺は珍しいに違いない。

 

何故、あまり好きではないのか?

理由は簡単だ。この男が『普通』すぎるからだ。

 

藤原という男は一般人と感性が変わらない。更に、彼の頭の出来も普通。お世辞にもいいとは言えないだろう。賢さというものは一種の才能だ。どれだけ努力しようとも、瞬間記憶能力を持ったりすることや、IQの高さを変えたりは出来ない。まあ、どこまでが『賢さ』と定義するかで色々と変わってくるだろうが、それは置いておく。

 

一応、言っておくが、藤原は優秀な部類ではあると思う。そうでなくてはD機関に居座れるわけがない。それでも、彼の頭の作りは凡人だ。だからこそ、藤原に話が通じないことが稀にある。彼と俺の間には越えられないIQの差があった。

諸君らはこのような経験をしたことがないだろうか? 例えば、頭の良い先生に教えてもらった時。先生は「これくらい分かって当たり前だよね」と生徒が分かっていないのに問題を飛ばすことがある。先生———つまり、賢い人間は、『何故、生徒が理解できないのかが、理解できない』のだ。これが俺と藤原の間にはあった。

 

(藤原の理解力のなさにはイライラしたものだ)

 

だが、それでも、二つの点だけは認めている。それは———藤原の判断力とスパイとしてのあり方だ。

 

藤原という男は判断力に非常に優れている。今、何をするのが最善かという判断を素早くできるのだ。最善を選ぶためなら何を捨てようと構わない。例えそれが家族であったとしても、藤原は捨て去ることができるだろう。普通の感性がありながら、一切の躊躇をしない人間。それが藤原だ。

————判断力とスパイとしてのあり方。その力だけはどのD機関よりも優れているに違いない。判断力に優れているからか運転も驚く程上手いしな。

 

(まあ、それを認めているだけで、後は落第点なんだけどな)

 

そう考えて、俺は中折れ帽を目深く被り直した。さて、テロリストを倒さなくては。俺は眼を鋭くさせた。

 

♂♀

 

(何なんだ、この男は…?!)

 

男は驚愕していた。意味もなくガタガタと身体が震える。これは寒さのせいではない。最初は、動いている列車の屋根にいる所為で身体が冷えたのかと考えていた。だが、それは違うと今は断言できる。

 

———この男が俺は怖いのだ。

 

髪の毛を真ん中で分けた茶髪の男。日本人の平均である160cm程の身長。確か先程、兄妹の旅行客と一緒にいた、島野とかいう男だった筈だ。テロリストの男は存外記憶力がいいので、彼の名前を覚えていた。

 

(俺はこの世界を変えるんだ…! こんな奴に怯えるな…!)

 

ギュと唇を噛みしめる。なんとか島野からの威圧感に耐えてみせた。そう、俺は世界を変えてみせる。無駄に戦争を繰り返すこの国を変革してみせるんだ。

 

そんな意思を持って、俺は島野に向かって拳を振るう。しかし、軽く避けられてしまう。直ぐに仲間のテロリストの一人が島野へ攻撃をしかけても、彼は難なくかわした。それが長い間続いている。いや、もしかしたら数分程度なのかもしれない。だが、俺達にとっては長く思えた。思わず舌打ちを零す。

他の仲間二人も苛立ちを覚えたのだろう。何の策もなしに二人が突然、突っ込んでいった。慌ててそれを止めようとするも、もう遅い。

 

———その瞬間だった。

ザッと後ろから影が通ったのだ。驚く暇もなく、気がつけば仲間の一人が突然列車の屋根の上へ転がっていた。ギョッと眼を見張ると、そこにいたのは女。藤色のロングスカートをはためかせた、ただの女だった。

 

(ただの女が男一人を昏睡させた…?!)

 

その事実に驚く。不意打ちとはいえ、こんなか弱い女に昏睡させられるとは夢にも思わなかったのだ。

女は隣の島野という男と言葉を交わす。その後、昏睡させたテロリストの仲間の一人を列車内へと落としていった。ゴクリと唾を飲む。

 

———この二人は手練れだ。だが、俺には仲間がもう一人いる。一応は二対二だ。正面からならまだ活路はある。しかし、どうしようもなく不安だった。進行方向に背中を向けているせいで背中が冷たい。びゅんびゅんと背中へ風が当たっている。その冷たさがうっとおしかった。

はあと息を吐いて気持ちを切り替える。俺は仲間とアイコンタクトをとろうとした。その刹那、女と島野は笑う。そう、『笑ってみせたのだ』。彼らは風で髪を後ろへはためかせながら、眼を細める。

 

———二人は人を人として思っていないような顔をしていた。俺達が死のうが生きようがどうでもいいような笑み。『化け物』の笑みだ。

 

ゾクゾクと震えた。ガチガチと歯を鳴らす。こいつらと戦うなと本能が叫んでいた。だが、そんな敵前逃亡という負け犬な行動はしたくない。俺は恐怖を押さえ込んで叫んだ。

 

「俺達を捕まえてどうする…?! この国は腐っている…!! お前達がしていることは無意味だ…!!きっとお前らは政府側の人間なんだろう?! なら、分かるだろ! この国の腐り具合を!」

 

そう叫んでも彼らは何も言わない。ただ笑みを浮かべるだけ。その気味の悪さにグッと言葉を詰まらせた時。

 

ヴォオォオン…

 

背中に降りかかる風の向きが変わった。慌てて後ろを振り向く。

———そこにはトンネルがあったのだ。列車がトンネルに入ろうとしている。もうすぐでトンネルの上部に俺達はぶつかりそうになっていた。ギョッと目を見開く。

 

(ぶつかる…!!)

 

反射神経が優れている俺はなんとかしゃがんで回避。だが、仲間の一人は思いっきりトンネルの上にぶつかったらしい。鈍い音を立てて倒れた。俺は慌てて倒れた仲間を掴もうとする。だが、スカッと空を切った。真っ暗なトンネルの中、サーと血の気が引くのを感じる。

 

「死んだ…??」

「————いや、死んでないさ」

 

再びヴォオォオンという音が聞こえたと思えば、女の声が響いた。トンネルから抜けたのか辺りは明るくなる。急に明るくなったせいで思わず眼を細めた。数秒後、眼を開ける。そこには夕日をバックにして、背を向けながら立っている女一人がいた。

 

(ああ、)

 

どうしてか俺は彼女から目が離せない。茜色の夕日と黒髪のコントラストに眼を奪われ続けていた。ただひたすら彼女を見つめる。その時だけは政府や信念といった言葉を忘れていた。胸に何かが込み上げてくる。ブルブルと再び震えた。

刹那、女は振り返る。ヴヴ…と彼女が陽炎のようにブレる。その時、何故だか分からないが、彼女が男に見えた。女は、いや、男は口を開く。

 

「確かに私達がしていることは無意味なことかもしれない。だが、私達は少しずつこの国を変えるだろう。それは空虚な世迷い言なんかじゃない」

 

キラリと彼の瞳は輝いた。黒色の瞳が鈍く光を放つ。その光景を魂が抜けたかのように見つめ続けた。ハッと小さく息を呑んだ瞬間———俺の目の前が真っ暗になった。

 

♂♀

 

「おい、八重、頭がズレてるぞ」

「……カツラがズレているって言ってくれないかしら?」

 

思わず顔を引きつらせる。思わず殴りたい気持ちになった。だって、列車の屋根から降りてきたら直ぐにコレだよ? 本当にデリカシーがないよな、私限定で。ああ、ムカついてきた。

 

一応、カツラを元の位置へ戻す。髪を整えながら周りを見渡した。角の方に男三人がロープでぐるぐる巻きにされているのが見つかる。屋根の上にいた三人のテロリスト達だ。中々骨が折れる仕事だったなと彼らを見てしみじみと思った。

———最初のテロリストは不意打ちで私が昏睡させ、脱落させた。二人目はトンネルにぶつかった瞬間、波多野が回収。闇に紛れて波多野はそのまま屋根から列車内へと降りた。三人目は私が男を引きつけている時、後ろから田崎が昏睡させたのだ。

 

(なんとか上手い具合にテロリストを鎮圧できたけど、もう嫌だなぁ…。したくないなあ…)

 

ちなみに、他にいたテロリスト達は田崎が捕まえてくれた。流石は『アジア・エクスプレス』での主役、田崎様である。トレイン系は無双ですか。かっこいいよ。お前がトレイン系の仕事は全てやるべきだよ。私にそれ系の仕事を回さないでくれ。後、テロリストを鎮圧する系の仕事も回すなよ。トラウマがあるから。あー…テロリストに遭遇するとついついキッツイ言葉を言っちゃうんだよなあ。相手が出来るだけ衝撃を受けるような言葉をさ。ちなみに、その言葉は適当である。

そう考えながら、私は溜息を吐いた。

 

(———次は『追跡』のお話か。まさか私もマイクロドットの回収係のD機関になるとは)

 

こうも原作通りに進んでいると恐ろしいものがある。良くないことが起きなければいいが。少し眉をひそめた。




次回、『柩』と関わる予定。

皆様、お久しぶりです。今年の冬コミ12/29でこのシリーズの新刊を散布することになりました。
『訓練時代に一番死にそうになった話』『戦後のD機関』『もしも結城中佐と同期だったのなら』の3話収録です。サンプルはまた後日公表しますね。
▼日時&場所:12/29(1日目)東ト60b
▼本の内容: A5/P46

いつも皆さんありがとうございます。ほんっっっっとに久々の更新です。次か、次の次で終わる予定です。最終回まで突っ走ります…!それまでよろしくお願いします…! 冬コミで新刊が散布するまでにジョカゲは完結させたい…!

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