処刑人は静かに告げる。
「刑罰、執行」
幻想郷に於ける死の化身。彼に畏怖を覚えないわけがない。それでも、博麗 霊夢は足を踏み出し、処刑人と博麗 桜花の間に割り入った。
「あんたに、桜花を殺させるわけないじゃない」
「この結界は幻想郷には不要。ついでに、そこの蒼月 空も」
「あんたには必要なくても! 私には必要なのよ! この世界、みんなが死なない、平和な世界が!」
表情のない処刑人は首を傾ける。死者がすぐそこに、1人出ているではないかと。しかし、言葉なくして博麗 霊夢には通じない。
「私が必要としているなら壊さなくてもいいでしょ!」
「目先の欲ばかり。個人ではなく、話しているのは全体。博麗の巫女、お前にとっての話ではない、幻想郷にとっての話だ」
このままでは埒があかないと感じたのか、処刑人は刀をすっと取り出す。しかし、博麗 霊夢はそれに物怖じしない。
「処刑するっていうんなら、私からしなさいよ」
やれやれといった感じで処刑人は首を振る。何も考えていない、要求は全て子どものようなものだ。相手にしている暇はない。
「お前が期待していることは一つも叶えられない。外の、本来の幻想郷は進みが止まっている。ここではお前は過去かもしれないが、外は今の者。処刑してしまえば、幻想郷の秩序は崩れる」
だから、と言いながら刀を振り回す。それはまるで、糸を切っているかのようだった。
「意識の断絶」
博麗 霊夢は、糸の切れた人形のように、ストンと地に伏せた。
博麗の巫女が表の面での秩序とするならば、処刑人は裏の面での秩序。汚れは処刑人が全て背負う。抗おうとしても、幻想郷は処刑人を味方する。
「ねえ、私を殺すの?」
「……ああ」
「なら、さ。彩葉も一緒に殺してほしいんだけど」
処刑人は刹那、考えたが返事はしない。
それが処刑人にとっての返答だった。
「その罪、背負ってやる。だから、楽になれ」
桜花はただ満足げに頷いて、目を閉じた。
「彩葉、すぐそっちに行くね。一緒に休もうね」
「禊」
その言葉とともに、処刑人は博麗 桜花と陽友 彩葉をこの世から消し去った。
博麗 桜花を処刑すれば、おそらく全てが終わる。
「あらら、桜花、死んじゃったのね」
中空に浮かび上がったのは、八雲 紫。紛い物ではなく、正真正銘、本物の八雲 紫である。
「紫、何をしに来た」
「あら、心外ね。私は私で仕事を果たしに来たのよ。貴方が何か計画していたのは知っていたのよ。けれども、私は手出しをしなかった」
八雲 紫は桜花を撫でながら、呟く。
「霊夢が言い出したときは驚いたわ。けど、異変を起こす覚悟でやるって言うなら、私も本気でやってあげることしかなかったの。こんなの、ただの言い訳になるわね。けど、この異変は絶対に誰かが解決すると思っていたわ。多分、この異変を見兼ねたこの子によって、とか考えていた。けれども、現実は貴方が全て仕組み、解決まで持っていったのね、禊」
「……。結果、空音 いろはが死ななければこの異変は起こっていなかった。空音 いろはにこの異変の尻拭い、贖罪をさせた。処刑人として、職務を果たしただけ」
そう、と八雲 紫は博麗 桜花と陽友 彩葉の頭を抱えた。
「彩葉っていうのね、貴女。桜花と霊夢を止めてくれて、ありがとう」
2人の頭を離すと、八雲 紫は大きく伸びをして、仕事を果たすことに決めた。左手で日傘を開き、右手の指で空中を弄る。
「さて、もうこの幻想郷は終わり。次回なんてものは、作らせないから」
その言葉を聞くと、処刑人は姿を消した。
幻想郷の裏の面へと、姿を眩ませた。
あと1小節、皆様、終わるまで響き続ける『無音』に、もう少しの間だけお付き合いくださいませ。