『無音』   作:閏 冬月

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第33小節 ただ夕顔が一輪

「こっぴどくやられたようだな」

「ええ、あなたの采配のおかげでね」

 

暗いスキマの中、八雲 紫もどきと処刑人は遭っていた。

処刑人は感情や表情がないまま告げる。

 

「生と死を失った幽人は、もうこの世には必要ない。これを以って、お前を処刑する」

 

八雲 紫だったものは不敵に笑う。

あなたのおかげで私は死ねないというのに、どうやって処刑するつもり? その言葉は言わずとも、表情で語られている。

 

「存在ごと、ここから消し去る」

「え? ちょっと待っ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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桜花は、枯れ果てた植物のように倒れ込んでいた。

 

「まだ、仕事は終わらねえんだよな。処刑人」

 

空を仰いでみるも、その答えは返ってこない。その答えの代わりと言ってはなんだが、紅白が空中からこちらへと急接近する。

俺のみぞおち辺りに蹴りを入れ、博麗 桜花から引き離した。

 

「あんた、桜花といろはに何をした?」

 

博麗 霊夢は怒りの感情を剥き出しにしていた。人間だというのに、そこらの妖怪とは迫力は段違いだ。

 

ああ、余計な仕事が増える。おそらく、博麗 霊夢はあの音を聴いておらず、この状況を見て俺が空音 いろはと博麗 桜花を殺したとでも思っているのだろう。

もう一度、あの音を奏でればいいだけの話。確かに、俺の能力は能力の模倣。能力自体を真似することは出来るが、あの、いろは2人が人生を賭けて奏でた音を奏でることは出来ない。

さて、どう説明したものか。

 

そんなことを考えていると、博麗 桜花はふらりと立ち上がり、博麗 霊夢の横についた。

 

「桜花、どうしたの?」

「お母さん、私、死なないといけないみたいなの。彩葉が死んだんだったら、私も死ななきゃ」

 

彼女の目は憔悴しきっていた。人間としては、完膚なきまでに壊されていた。

空音 いろはが博麗 桜花に向けて奏でた、もう1つの音。それが、今回の鍵となる壊音。

壊音とは、空音の音にあった1つ。博麗 霊夢でさえ、精神を崩壊させた。20年前のきっかけの音。

 

「桜花、何言って…るの…?」

「私は死ななきゃいけない、だって」

「罰を受けなきゃいけない、とかほざくんじゃねえだろうな?」

 

俺は思わず口を挟んだ。どうしても、許せない。あのとき、自分の世界が閉じていくのを見ていたのと同じような気がする。あのときほどに俺が俺を許せなかったというときはない。

この壊れた状態が空音 いろはの狙いだったとしても、俺はそれを妨げよう。

 

「罰なら処刑人でも勝手に頼め、敵とみなした奴が目の前にいるんなら戦え! 人間をやめようとした奴が人間として壊れてんじゃね」

「口が多い。本来の目的を見失っている」

 

脇腹に刺された平突きの刀の周囲から、真紅が広がっていく。不思議なことに、痛覚は一切ない。

突き刺した人物を考えると、それは当然なのかもしれない。

 

「これだから、お前に頭を下げることを躊躇う。蒼月 空」

 

なんの感覚もなく、宙を舞った。死の感覚も、当然ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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目の前で起こった惨劇に、博麗 霊夢は息を呑むしかなかった。

 

「お初にお目にかかる、博麗の巫女。幻想郷の処刑人、夕顔 禊。偽りの幻想郷の楔を処刑しに来た」

 

処刑人は刀を納め、博麗 霊夢、桜花へ向けて言った。


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