「こっぴどくやられたようだな」
「ええ、あなたの采配のおかげでね」
暗いスキマの中、八雲 紫もどきと処刑人は遭っていた。
処刑人は感情や表情がないまま告げる。
「生と死を失った幽人は、もうこの世には必要ない。これを以って、お前を処刑する」
八雲 紫だったものは不敵に笑う。
あなたのおかげで私は死ねないというのに、どうやって処刑するつもり? その言葉は言わずとも、表情で語られている。
「存在ごと、ここから消し去る」
「え? ちょっと待っ
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桜花は、枯れ果てた植物のように倒れ込んでいた。
「まだ、仕事は終わらねえんだよな。処刑人」
空を仰いでみるも、その答えは返ってこない。その答えの代わりと言ってはなんだが、紅白が空中からこちらへと急接近する。
俺のみぞおち辺りに蹴りを入れ、博麗 桜花から引き離した。
「あんた、桜花といろはに何をした?」
博麗 霊夢は怒りの感情を剥き出しにしていた。人間だというのに、そこらの妖怪とは迫力は段違いだ。
ああ、余計な仕事が増える。おそらく、博麗 霊夢はあの音を聴いておらず、この状況を見て俺が空音 いろはと博麗 桜花を殺したとでも思っているのだろう。
もう一度、あの音を奏でればいいだけの話。確かに、俺の能力は能力の模倣。能力自体を真似することは出来るが、あの、いろは2人が人生を賭けて奏でた音を奏でることは出来ない。
さて、どう説明したものか。
そんなことを考えていると、博麗 桜花はふらりと立ち上がり、博麗 霊夢の横についた。
「桜花、どうしたの?」
「お母さん、私、死なないといけないみたいなの。彩葉が死んだんだったら、私も死ななきゃ」
彼女の目は憔悴しきっていた。人間としては、完膚なきまでに壊されていた。
空音 いろはが博麗 桜花に向けて奏でた、もう1つの音。それが、今回の鍵となる壊音。
壊音とは、空音の音にあった1つ。博麗 霊夢でさえ、精神を崩壊させた。20年前のきっかけの音。
「桜花、何言って…るの…?」
「私は死ななきゃいけない、だって」
「罰を受けなきゃいけない、とかほざくんじゃねえだろうな?」
俺は思わず口を挟んだ。どうしても、許せない。あのとき、自分の世界が閉じていくのを見ていたのと同じような気がする。あのときほどに俺が俺を許せなかったというときはない。
この壊れた状態が空音 いろはの狙いだったとしても、俺はそれを妨げよう。
「罰なら処刑人でも勝手に頼め、敵とみなした奴が目の前にいるんなら戦え! 人間をやめようとした奴が人間として壊れてんじゃね」
「口が多い。本来の目的を見失っている」
脇腹に刺された平突きの刀の周囲から、真紅が広がっていく。不思議なことに、痛覚は一切ない。
突き刺した人物を考えると、それは当然なのかもしれない。
「これだから、お前に頭を下げることを躊躇う。蒼月 空」
なんの感覚もなく、宙を舞った。死の感覚も、当然ない。
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目の前で起こった惨劇に、博麗 霊夢は息を呑むしかなかった。
「お初にお目にかかる、博麗の巫女。幻想郷の処刑人、夕顔 禊。偽りの幻想郷の楔を処刑しに来た」
処刑人は刀を納め、博麗 霊夢、桜花へ向けて言った。