風速5センチメートル   作:三浦

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キャメロットムズすぎィ!


知らない?ソクラテス(キメ顔)

 

 

001

 

 

 

「出発の準備はできたか、良守」

 

「いつでも」

 

肌寒さを感じる空の下、組み合わせとしては異質気味な二人は互いを睨み合っていた。

 

「それならよいが、ところでそのちゃらけた格好はなんじゃ!」

 

そう怒鳴る男、繁守の服装は結界師としての格好そのままであり、妖の『あ』の字も知らない一般人が見れば、控えめに言ってもジジイのコスプレである。

かたや良守は白の長いカットソーに灰色のシャツを羽織り、黒のスキニーパンツにキャンバスシューズといった、街中にいるならば自然なものだが、繁守の言うとおり結界師としての礼儀とは外れたものであった。

 

「じいさんこそ真っ昼間からフル装備すんなよ、ご近所さん的にもイタいぞ」

 

「バカタレ!ウロ様に対する最低限の礼儀じゃろうが!むしろそのような格好で行くなど無礼にも程があろう!大体......」

 

(こやつら五月蝿いな...)

 

豆蔵の溜息にも気付かず、二人と一神は歩を進める。

 

 

 

『無色沼』

 

 

 

現存する“神領”の一つであり、烏森という地球規模で見ても最大級の霊地に極めて近い場所である。

 

元々烏森という地はその危険性を鑑みていち早く動いた者たちによって半ば不可侵のような状況が成り立っており、その周辺地域である無色沼にしても、立場が保証されていない異能者の出入りには厳しいものがある。

 

「へえ、ここって裏から来るとこんな感じなんだ」

 

「うむ。また違った趣があってよいものだが、今はそれに浸る時ではないぞ」

 

「分かってる。というかウロ様の寝床は沼の底って言ってたけど、そこまで行く方法は?」

 

「まあそう慌てるでない、見ておれ」

 

言うが早いか、ウロ様が口を開く。その口の数センチ先には良守に理解不能な『なんらかの力の奔流』が形どっていた。

『奔流』が沼に入っていくと同時、それを避けるように沼の中心に穴が開いていく。なるほど、道は作ってくれるというワケか。

 

穴が開いた瞬間に飛び込んで行くウロ様、慣れ親しんでいるとはいえブラックホールの如き空間に躊躇無く入っていく姿は、良守にとって幾分か気味が悪いものに映った。

 

「じゃ、行ってくるわ」

 

「お主本当に躊躇とかせんな...」

 

鈍感な爺さんである。しかし同時に気付く。なるほど、数瞬前の自分はこんな顔でウロ様を見てたんだな、と。

 

 

 

 

 

 

(ああなるほど。爺さんが出発前に言ってたのは『これ』か)

 

甦るは今朝、朝食時の記憶。その時から繁守はしきりに、神の領域では気を強く持て。でなければ持っていかれるぞ、と語っていた。

その時はイマイチ分かっていなかったが、『持っていかれる』という感覚を今漸く良守は理解した。

 

自分がこぼれ落ちていく恐怖、自分という存在への理解度が薄まっていき、最終的に自我そのものが消えてしまうような不安感、その全てを、“明確に感じ取った上で”良守は笑う。

 

(よかった、本当に)

 

数多くの並行世界において最も多数存在する型の“墨村良守”、それと異なる部分で彼の特筆すべき点の一つに、自分へのダメージに対する異常なまでの耐性というモノがある。

 

(ここに来たのが、こんな思いをしたのが時音じゃなくて、本当によかった)

 

元来彼の精神は鬱屈し捻じ曲がったものであり、その卑屈さは社会生活において異常をきたすレベルだったのだ。

妻という自己を肯定してくれる存在によって、また、その後の十数年という穏やかな生活によって矯正されたとはいえ、根底にこびりついたものはそう拭いきれはしない。

 

痛いものは痛いし、陰口には傷付く。しかし矯正以前の名残によって他者が想像し得ないほどに自己価値が低い彼は諦めがつく。ついてしまう。自分という存在に対して一度たりとも期待したことのない彼にとって、自己というのは一番いらない玩具なのだ。

壊れちゃったけど、でもまあこれならいいか。そう安心してしまうのがこの世界における墨村 良守という男なのである。

 

つまるところ、彼にとってあらゆる危機は“自分単体に向いた時点で危機ではない”という安心を覚えるだけのものとなっているのだ。

 

「着いた、のか?」

 

「うむ、では早速励んでもらうぞ。ついてこい小童」

 

「はい」

 

『...懐かしいのう』

 

「なにか言いましたか、ウロ様」

 

『......』

 

無視かい...ブツブツと呟く良守の視線は珍しい場所だからかあちらこちらに向いており、彼が豆蔵の険しい視線に気付くことはなかった。

 

(はて、神の住まう地で意識を保ち、かつ二足で降り立った者は幾人いたか。それもまるでこたえてないような顔つきで......。人間にしては凄まじい胆力、やはりウロ様の言うように感じさせるな、あの男を...)

 

なんと言ったか、というより名前など名乗っていなかったか?

基本的に興味を持つなどということがない豆蔵がその男に割いたリソースは極めて少なく、結局彼の名が頭に浮かぶことはなかった。

 

 

 

 

 

 

『間 時守』という、男の名前は。

 

 

 

 

 

 

「着いたぞ、あそこだ」

 

豆蔵が指す先には、木の枝がいくつも重なった枝製のまりも的居住物体がその存在を主張していた。

 

「なるほど、じゃあ行ってきます」

 

「うむ、大事な任だ、しっかりやるがいい」

 

そんな微妙に嬉しくない激励を受け取りつつまりもへ近付いて行く良守。

 

(ふうん、どんなもんかと思ってたけど、兄さんのみたいな“害を与えることが前提”って感じの雰囲気がしないな。むしろ安らぐというか......む、なんか宇宙空間みたいで面白いかも)

 

少し遊び気分になったところで本題を思い出し結界の中核である呪具を探すと、ソレは分かりやすく結界の上部でふわふわと良守を誘っていた。

 

(箱か。見たところ中身もないし、そのものを修復するタイプだな)

 

修復術は...問題ない。この分ならばもう幾ばくもかからないだろう。

 

(......ん?この感じ、多少形が変化するかもしれないけど力の注ぎ具合によっては一発で終わらせられるんじゃ......いや後が怖いか)

 

どうせ大した時間の差でもないしな、と頷く良守。その考えの通り、そこから数分程度で修復は完了した。

 

「終わりましたよ、ウロ様」

 

その言葉に反応したウロ様が嬉しそうに寝床に近寄ってくる。ゆるキャラを見てるような緩い雰囲気に思わず笑いを零した良守は、完全に失念していた。“ここがどこで、目の前の存在がなんなのか”。

 

「─────ぐっ!?」

 

瞬間、不可視の剛腕が心臓を、心核を握る。一拍おいて、それが結界内の異物である自分にのみ感じられるものだと悟る。

 

「ふ、う、おお、なるほど...この結界、ウロ様が入って来て初めて“完成”するんだな...くっ...」

 

「ん?今更か小童、というか早う出て行け。ウロ様も早く入口を閉じて眠りにつきたがっておるし、第一長居すればかき消えるぞ、貴様」(乱れこそあるものの『神域の基準点』にも耐えうる人間、か...)

 

「そうさせていただきます......やはりというか、俺には不相応な地だったようで」

 

『むぅ......結界師、感謝するぞ』

 

「いえ、当然の責務ですので。では」

 

一礼をして歩き出す良守を眺めるウロ様、その細められた眼は、いったい如何な理由か。知るのは本“神”のみである。

 

 

 

002

 

 

 

「む、無事なようじゃの」

 

「当たり前だろ、こんなので躓いていられるか」

 

まあ、疲れはしたけど。そう語り沼から出た後の言葉を、良守は心の内だけで続けていた。

 

だって俺は、正統継承者なのだから。いろんな人の思いを踏みつぶして、ここまできたのだから。兄さんなら難無くこなした筈、なのだから。

 

「良守......」

 

「ん、なに?」

 

繁守は、見てしまった。重圧、憧憬、自己否定、それらが綯交ぜになった己が孫の眼を。

気圧されて本来言いたかったナニカを消失した彼は、意識を逸らすかのように前を向く。

 

「...いや、ウロ様の寝床など本来100年は壊れないハズだのに、今回のこの異様な短さが気になってな」

 

「ふぅん...ま、俺はウロ様についてろくに知らないからなんとも言えないけど、妖も最近活発になってきてる。力を求めて集まってるっていうより、烏森に吸い寄せられてるみたいな感じだしな」

 

「ふうむ、一度儂も出向こうかの」

 

「それは構わないけど、とりあえず結界のこともっと教えてくれ」

 

「む?今だって修行を見てやっておろう」

 

「いや、今日ウロ様の結界を見て、触れて思ったんだ。俺の知らない結界がまだ沢山あるって。まあ、無知の知みたいなもんだ」

 

「なんじゃそれは?」

 

「知らない?ソクラテス。割と有名だと思うけど」

 

「よくわからんが外国は知らん!」

 

「あそ。まあ爺さんの好悪に対してとやかく言う気は無いけど、大した経験も無しにそこまで嫌いになれるってすごいな」

 

「...お主妙な外国の本を読み出したり菓子作りに没頭したり、年々墨村とは思えんほどイヤミで捻くれた奴になってきたのう...」

 

「ほっとけ。てか、教えてくれるんだよな?もっと『深い』結界のこと」

 

「......ふむ、お主ももう中学生だしのう...うむ!良守!帰るぞ!そして修行じゃ!」

 

「急だな。ま、いいけど」

 

(爺さん、考え事してるな。...兄さんだったら頼ってもらえたのか?)

 

「む、何か言ったか?」

 

「いやなにも」

 

化け狸め、そう口に出そうとした彼だったが、今度こそ気付かれるかもという予感に従いその一言が放たれることはなかった。

 

「ああそうじゃ」

 

ふいに、少し先を歩く繁守が振り返る。その視線の先、特に何を言うわけでもなく怪訝な顔をした良守に向かって、

 

「ようやったな、良守」

 

「......ああ」

 

当たり前だろ、そう小さく呟かれる言葉に乗った感情は如何なものだったのか。いつの間にか二人は並んで歩いていた。

 

見た目も、性格も、環境だって変わっていくこの世界で、いつの間にか自分の横に立つ孫を見やる繁守の心は柄にも無くセンチになっていたが、いつか自分の前を往くであろう良守の後ろ姿を幻視するに、

 

『じいさん、置いてくぞ』

 

それも悪くないものであると、思ってしまっていた。

 

「おいじいさん、マジで置いてくぞ」

 

「待ていこの祖父不孝者め!」

 

いつかとは、案外近いものらしいが。

 

 

 

 

 

 




6章、完全にガウェインはレオに呼ばれたからこそあんな綺麗な形になれたという関係の尊さ、巡り合わせの奇跡を再確認させてくれてやっぱり泣けてくる。
そしてまだ絆上げてないから分からないけど、頼むから静謐ちゃんはマスターにデレないでくれ。蒼銀の彼や彼女とのことを考えると静謐ちゃんがただの尻軽触ってガールになってたら暴れだしそうです。
(前書きも後書きも結界師とは本当に全く1ミリも関係ないというお茶目なボケ)

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