風速5センチメートル   作:三浦

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烏森封印、時音にも言ってません。
ちなみに走る森(そして正守に烏森封印の決意を伝える良すぎ場面も)はマジで本当にボキャ貧すぎてバックドラフト以外の攻略法が思い浮かばずカットしました。作者が頭悪いと良守くんも頭悪くなってしまうので本当に申し訳ないです。


闇はなんでも知っている

001

 

 

 

正守出立の朝、墨村家の玄関前はいつになく賑やになっていた。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

元の荷物に加え、弁当やら何やらと重装備になった巨躯の坊主である。キャラ濃すぎである。

そんな面白坊主を前に、良守は一つ溜息を吐いた。

 

(結局、俺が強くなりたがってるのなんでバレたんだろうな)

 

解けなかった問題の答えを知らずに過ごさねばならないというのは些か不快だが、今この場で聞くのはなんとなくがっついているようで嫌だった。

墨村良守14歳、前世など関係無しに思春期真っ只中である。

「良守」

 

そう呼ばれたのは、そわそわもじもじ、大の男が(利守は小学生だが)3人も正守に話しかけたそうにしてるのは見てて少し気持ち悪いなと冷ややかな評価を下している時だった。

 

「ん?なに、別れの挨拶?」

 

「の前に言ってないことがあったなって」

 

「なに?」

 

「昨日の、なんで生き急ぐなって言ったか」

 

「!」

 

最後の最後でチャンスが回ってきた、その思いに内心ガッツポーズをせずにはいられなかった。

 

「まあ、あれだよ。当然というかいたって簡単というかさ、」

 

時間にして一秒程しかない溜めだったが、良守にはそれがなんらかの“迷い”だと、不思議と理解できた。

 

「俺が、兄貴だからだよ。兄貴だから分かるし、お前の夢も、笑わない。じゃ、みんなまた」

 

「ッ!!」

 

「たまには連絡を寄越すんじゃぞ!」

 

「あんまり怪我しないでね!」

 

「また帰ってくるの、待ってるよー」

 

みんながみんな別れを惜しみ最後の言葉を投げかけている中、良守は一人、ショックを受けていた。

夢とは、多分昨夜言った烏森を永遠に封印するってことだと思う。

振り返らずに手だけを振る後ろ姿を見て、何かとても大事なことを言おうとして、でもそれがなんなのか分からずに自室へ逃げ込むことしかできなかった。

 

「......なんだよ」

 

なんだろう、なんでだろう。なんで、

 

「......ッ!!」

 

なんで自分は、泣いているんだろう。

 

 

 

 

 

 

「頭領」

 

「ん?」

 

「此度の帰還、羽休めになられたでしょうか」

 

「あー、うん。良かったよ」

 

あいつ、いい顔になってきたしね。そう笑う正守の手には、真っ黒な妖の毛がふわりと収まっていた。

 

 

 

002

 

 

 

「あの」

 

「......」

 

「妖、じゃないよな?」

 

「......」

 

「あの......?」

 

良守は困っていた。というのも不思議な気配を感じたので授業を式に任せ、その気配の後を追っていたのだが......

 

「......」

 

ぬぼーんとした無口な何かが、デパートの試食売り場よろしく生徒や教員の食べ物を食い漁っていたのだ。

言葉が分からないのだろうか、それとも本当に妖?なんというか、この害意の無い感じが結界で囲むのを躊躇わせる、不思議な存在だった。

さっき探してたし時音も呼ぼうか、下から声が聞こえたのは、そう考えた時であった。

 

「おい、小童!」

 

いかな身のこなしか、良守に気付かれずにぬぼーん(仮称)と良守の間に現れた手のひらサイズのナニカは、確かにそう言った。

 

「ウロ様は結界師をお探しだ!異能の道を知る者ならばわかるだろう、案内せよ!」

 

「ウロ様......?取り敢えず結界師は俺だが......」

 

「それは好都合である!ささ、ウロ様行きましょう!」

 

その言葉に、ズズとぬぼーんが立ち上がる。

 

『おお、結界師......』

 

喋れるんかい!話をこじれさせたくないとはいえ、良守は心の中でそう突っ込まずにはいられなかった。

 

「ていうか、行くってどこへ?」

 

「知るか!まずはウロ様をもてなすのが礼儀であろうが!」

 

「ええ......」

 

その日、良守が教室に戻ることはなかった。

 

 

 

003

 

 

 

『そのウロ様っていうのが今日いた気配なんだ』

「ああ、なんか土地神の一種で、偉い方らしい」

 

『ふーん、それで?今そのウロ様はどうしてるの?』

 

「なんかめちゃくちゃ飯食ってボーッとしてる」

 

『あ、そう......』

 

「何も言うなよ」

 

『わかってるわよ......とりあえず、詳しいことは私もお婆ちゃんに聞くから、時間とってごめん』

 

「いや全然、今日一緒に帰れなかったし俺の方こそって感じ」

 

『しょうがないじゃん。そんなことで怒らないよ私』

 

「そう?まあとにかくウロ様はこっちでなんとかするよ」

 

『わかった、じゃあまたね』

 

「ん、またな」

 

ピッと、無機質な音が響く部屋、荘厳な顔つきの良守は、しきりに首肯きながら思考に耽っている。

 

「夜電話ってのも、結構いいな......うっ」

 

その日土地神がいる家で自慰行為をする罰当たりがいたとかいないとか、真相は闇の中である。

 

 

 

 

 

 

「良守」

 

「ん、なんだ爺さん」

 

「ウロ様の寝床修理はお主がやれ」

 

布団の下で下半身裸の正統継承者が目の前にいるなど露ほども考えていない繁守は、厳かな顔でそう言った。

 

「俺が?別にいいけど、俺なんかにできるようなもんなのか?」

 

「戯け、正統継承者が弱気になるでない。できるのかではなく“やる”んじゃ」

 

「...ふうん」

 

「とはいえ今日はもう遅い、無色沼には明日行くぞ」

 

「わかったよ、明日な」

 

「うむ、今日も雪村なんぞには負けるでないぞ」

 

ピシャリと戸を閉めて出て行く繁守、それを見送って安堵の息を吐いた。

 

「っぶねえ、ちゃんとノックしろよな......」

 

下半身を整えとぼとぼと部屋を出る。賢者タイムになると、無性にお菓子を作りたくなるのだ。

もう評価してくれる、情熱を分け合える“彼”はいないけれど自己を高める行為に終わりというものはない。

故に良守は今日もお菓子を作るし、力を求めるのだ。

 

「......」

 

「......」

 

そんな風に極めて哲学的な思考に耽る良守をして、無視できない先客がキッチンにはいた。

 

「ウロ様?なにしてるんですか」

 

「......」

 

わかってはいたが返答はない。首をかしげつつも諸々の準備をしていくが、その間も明らかにウロ様の視線は此方に向いているのである。

 

(気になる......)

 

「ウロ様、もしかしてお菓子食べたい?」

 

『!うむ...』

 

(食べたかったのか...)

 

「じゃあ、この本から選んでください」

 

無言でパラパラとめくられたうちの1ページ、そこでウロ様の手が止まった。

無言で指さす先、すなわち

 

「ドーナツ、でいいんですか?」

 

『うむ』

 

「よし、沢山作りますよ」

 

心なしか、ウロ様の目が輝いた気がした。

 

 

 

 

 

 

「できましたよウロ様」

 

『む』

 

積み重なるようにバスケットに載せられた色とりどりのドーナツ、それを見たウロ様は何を考えたのか、ぶるりと体を震わせ、猛烈なスピードで食しはじめた。

 

(はっや...ていうかすごい喜んでるな...)

 

「小童、何を笑っておる」

 

怪しいものを見るような顔の豆蔵が現れる、出てきて早々失礼な奴である。

 

「いや嬉しいなって、爺さんもお菓子作りは認めてないし食ってくれる人って限られてくるからさ、こうやって俺のお菓子で喜んでくれる人がいるの見てたらつい。まあ人じゃないけど」

 

「ふむ...よくわからんがこんなものを作って喜ぶとは奇特な人間だな」

 

「アンタらは無色沼に篭ってるから知らないかもだけど、最近はそうでもないよ。ていうかウロ様が嬉しそうに食ってるもんこんなのって言うなよ」

 

『...人間、同じ匂いがする。あの時の、ここにあった、静かな森に訪れた者、我が新たな寝床を与えし者』

 

それは突然だった。なんの脈絡もなく、というより喋り出す予兆すらない急な情報。

一瞬呆気にとられる良守だったが、今ウロ様が語っているのは、自分にとってとても大事な話なのだということは理解できる。

 

「......新たな寝床って、無色沼のことですか?」

 

『うむ...』

 

「じゃあ森って...ん?それ、烏森のことですか!?」

 

『ぐむうぅ......』

 

「小童、そこまでにしろ。ウロ様は御疲れだ」

 

「だが「くどい!!」」

 

ビクリ、と。気圧された。良守よりも遥かに小さい豆蔵に殺されると、明確な己の死を幻視した。

 

「......こうなってはお前の声など届かん、諦めろ小童」

 

「ッ!!く......わかり、ました」

 

“上”だと、ハッキリ思い知らされた。全然、対等に話していい相手などではなかった。......怖かった。

 

「おや、ウロ様これはどうも。...何をしておる良守、妖じゃぞ急がんか!」

 

良守は、そこまで言われて漸く気付いた。確かに妖だ、いつ現れたのか全くわからなかった。時音はもう向かったのか。

 

(何やってんだよ、俺)

 

烏森を封印するとか言っておいて目先の妖にも気付けない自分の愚鈍さが嫌になる。

 

「今向かうよ」

 

その言葉は、己の口から出たと信じられないほど低いものだった。

 

 

 

004

 

 

 

「結、結、結」

 

やはりというか、良守が来た時には既に時音が幾体かの妖を滅した後だった。

 

「滅」

 

怪我こそないものの、それは己が一番守りたかったものを、この手から取りこぼしかけたということに他ならない。

 

「良守、なんか怒ってる?」

 

「いや、でも最近色々あったから...無意識にイラついてたかも、すまん」

 

「まあいいんだけど...それってウロ様?」

 

とは言えこれで時音に怒りをぶつけるのはあまりにも本末転倒すぎる。どんな些細なことでも悲しませたくないのだ、好きな人というものは。

 

「それもあるし、色々」

 

「......そっか」

 

しかし、自らの醜さを隠したいという思いで語られない“色々”が、時音の無力感を大きくしていることを良守は知らない。

 

(私、やっぱり頼りないのかな。やっぱり、“守られるだけの存在”なのかな)

 

「「はぁ......」」

 

((もっと、強くなりたい))

 

時音(良守)を悲しませないくらいに、奇しくも二人が考える結論はまったく同じものだった。

 

「ね」

 

「なに」

 

「明日って言ってたよね、ウロ様の寝床直しに行くの」

 

「そだけど、どうかした?」

 

「これ、まどかにもらったミサンガなんだけどあげる」

 

「え、嬉しいけど......でもいいのか?」

 

「いいの。元々良守の分もってくれたから、ほら」

 

そう言って腕を見せる時音。なるほど確かに、その手首には白と紺のミサンガが巻いてある。

 

「そうなんだ...」

 

心なし嬉しそうに受け取る良守を見て微笑む時音。

 

「お揃いってやつか」

 

「あ...そうだね」

 

「ありがとってその人に言っといてよ」

 

「うん、言っとく。ふふ」

「なにさ」

 

「なんでもないけど、じゃあまたね」

 

「?おう...ってこれ」

 

走り去る時音を見、ミサンガを手首に巻こうとして気付く。

 

「どんだけ持ってたんだよ...」

 

まんま時音んちの匂いになっちゃってんじゃん...。結局、ニヤニヤとそう呟く良守が、“本当にまどかという女子が話したこともない自分の分もミサンガを編んでくれるものだろうか”という疑問を持つことは一度として無かった。

 

「喜んでたなぁ、良守。ふふ」

 

本当の製作者は誰なのか。敢えて語る者がいない本件の真相は、闇の中とさせていただきたい。

 

 

 

 

 

 




少し文字数増やしてみました。地味に伸ばしてく感じで探り探り。
ていうかランキング入ったの予想外すぎるし嬉しすぎるし皆様ありがとうすぎるんですけど、こうなると視点が安定してない本作は本格的にランキングから除外するべきなのかもしれないですね。それかキチンと作り直すか。

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