風速5センチメートル 作:三浦
......というかそんなものランキングに残しておいていいのか?
001
良守にとって家族とは、ひとくくりで語れるものではない。というのも二つの生という本来有り得ることのない記憶を宿した彼の倫理観には、“自分以外の人間は結局他人”というある種冷酷で、しかしよく考えれば当たり前のものが強く根付いている。
例えば繁守は超えるべき壁であり、例えば修史は日常の象徴であり、例えば利守は理知的な弟子であり、そして守美子は、暴君にして放浪の師である。
全員方向性は違えど、良守という存在を形作るのには必要不可欠なファクターと言っていいだろう。
「よっ、ただいま」
では、目の前のこの男は一体なんだろうか。良守にとって男、墨村正守は、家族の中でも一番密接に関わってきた存在である。
「ん、久しぶり」
複雑に絡み合ったその関係は最早一言では言い表せず、かといって冗長に語るのも気にくわないというか、気恥ずかしさがある。
良守自身、時折感じる正守からの嫉妬の視線をなんとも言えない心境で気付かぬふりをしているが、だからといってこの特異な家庭でなお不仲に過ごすほどに煩わしく思っているわけではない。むしろこんな家だからこそ仲良くしたいとすら思っている。
「お前、相変わらずドライだよなぁ......」
「むしろ五月蝿い俺とか想像できないでしょ」
「言えてる、んでみんなは?」
「父さんは買い物行ってるし、利守は遊びに行ったよ」
「......お爺さんは?」
正守の問いに答える前に、庭の方から死にさらせーーッ!という怒号と、オーッホッホッホという高笑いが響く。
「って感じ」
「そっか」
なるほどね、と苦笑いする正守を見て、その身体から出る“ひりついた空気”を見て良守は思う。
(兄さん、また強くなったな......)
やはり、自分は正統継承者として不適格なのではないだろうか、そんな負の感情が心の奥底に沈殿し始める。
もっとも、分別がつく良守が、よりにもよって彼自身がそれを口に出すことなどはしないが。
「あのさ、疲れてる?」
「んー?いや別にだけど......なんで?」
「また修行見て欲しいなって」
「ああ、いいけどお爺さんに挨拶したらな」
「わかった、それまで部屋にいるから」
りょーかい、そう言ってカラカラと笑う男の足元の影が、少しだけ揺らめいたように見えた。
002
「まずは久しぶりじゃな、正守」
「はい、お爺さんもお元気なようで」
「当たり前じゃ!お主が止めんかったら今頃ばばあの血祭りを完成させておったのに!」
「お爺さん、それ捕まりますよ」
「フン!ばばあめ......それで、夜行はどうじゃ」
「俺も含めてまだまだ未熟ですけど、上手くやってますよ」
「良いことじゃな。だが、裏会はあまり深く関わりすぎるものではない。アレは“よくないもの”が集まりすぎておる」
「......分かっています、距離の取り方は心得ているので」
「それならよいが、ふむ......正守」
「はい?」
「お主、家に戻ってこんか?儂から見てもお主は多才じゃ。わざわざあのような組織に関わらずとも「お爺さん」」
「俺は、この家を良守に任せたんです。本当は分かってるんでしょう?あいつの強さ」
「......」
「昔、探査用結界を教えたんです、俺。結局良守は半日で覚えたんですけど、その時点であいつの囲える範囲は黒姫つきの俺に匹敵するものでしたよ」
「じゃが、力の総量だけが術の全てではないじゃろう」
「しかし同時に大事な要素でもある。お爺さん、あいつは天才だ。頭の回転も、術に対する理解も、柔軟さも、俺が勝っているのなんて時間と小細工の差ですよ。さて、それじゃあ失礼します。良守が待っているんで」
一拍おいて静寂が部屋を占める。既に正守は出ていったが、繁守はしばらく正守が座っていた座布団を見つめ続けていた。
「......正守」
机の上にある茶は全く減っておらず、既に冷め始めていた。
003
「はー、きっついな......」
「風邪引くぞー」
上半身裸で倒れ込む男と縁側に腰掛けて笑う男、良守と正守である。
「良守」
「ハァ、ハァ、ハァ......なにさ」
「確かに一見して危険性が無いような奴らに甘いところもあるが、お前は強いよ。だからあまり、」
“生き急ぐな”。そう言われた理由が、そうと悟られた理由が、良守には解らなかった。解らなかったから咄嗟に口を開くも、意味のある言葉の羅列を発することができない。
「なんでわかった?って顔だな。......んー、まあ理由は色々あるんだけど、一番は俺が......何?」
あと少し、一番は俺が......なんなのか。本当にあと少しというところで電話である。良守は思わず、電話をかけた誰かを恨みたくなった。
「うん、うん、あー......それはお前達に任せるよ。うん、刃鳥が?......いやまあ、その件は戻ったら詳しく聞くよ。いや逃げたとかじゃなく、うん、じゃあね」
電話の向こうから切羽詰った声がここまで聞こえたし明らかに話してる最中だったのによかったのだろうか、良守のそんな視線を受け、正守は居心地悪そうに坊主頭を掻いた。
「そういうこと」
「なにが?全然わからないけど、とりあえずその鳴りっぱのケータイでたら?」
「ああ(ピッ)......いやこれアラームだから」
「言いながら電源を切るな」
息をするように嘘をつく、こういうところが斑尾たちにも好かれないのではないだろうか。人並みにデリカシーのある良守は、微妙な顔でその言葉を飲み込んだ。
「おーい、二人ともご飯だよー」
力の抜けるような修史の声が聞こえる。
その言葉を聞いた途端空腹を感じる正直な体に苦笑しながらも良守は立ち上がった。
「だってよ、着替えたら?」
「俺は着替えるけど、兄さんこそそのカッコで飯食うの?」
「うん、俺私服もこういうのしかないし」
「......」
「あっ、今のはボケじゃないよ」
うるせぇよ、良守がそう吐き捨てなかったのは流石にデリカシーなどではなく、ただ単に疲労のせいであった。
正守と繁守の話みたいに時系列が前後したりとか、普通にします。なぜなら私は大バカなので(気になる人は本当にごめんなさい)(関西人勝手に成仏させてごめんなさい)