ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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サービス残業、開始!

 ザアザアと降り出した雨は止む気配を見せず、闇夜と雨霧の向こうは見通しが利かない。

 

「……なあ、お前、傘持ってる?」

 

「アイルーに何期待してるのニャ。あちきらは雨に濡れたら身体をブルブルさせれば良いからニャ」

 

「便利だな」

 

「正直、旦ニャ様は雨が降ってるどころか海の中の狩り場に生身で飛び込んでいく人種ニャんだから、別に気にすることでもない気がするニャ」

 

 一人と一匹が歩く雨の小道は、ゼンマイ型の巨大な植物が生えるエリアを抜けて、古代林に訪れるハンター達の拠点、ベースキャンプへと繋がっていた。

 

「違うんだよね。なんだか、こう、雨の日はなんとなく嫌な予感がすると言うか、あー傘差したい気分だなー、みたいなさ。まあ、獣には分からないシックスセンスってヤツだよ」

 

「旦ニャ様、野生の勘を舐めてもらっちゃ困りますニャ」

 

「でもあれだよ、これでようやく家で休める。1ヶ月? どれくらい? とにかく久しぶりの我が家だ! マイホームだ! マイベッドだ! ヒャッホウ!

 いやあね、今回の狩猟はなかなかの難度だったし、慈悲深くないどころか熱烈なまでに邪知暴虐上司なモミジさんも、流石にお休みくれると思うんだよね!」

 

「傷一つ付かニャかったクセに、よくそんニャこと言えるのニャ」

 

 ハンター――レオンハルトはビチャビチャと泥を踏む。

 ふと、レオンハルトはアイルーの方に俯いていた首をあげて、辺りを見回した。

 

「……なんか、今、音がしなかった?」

 

 眠たげな目が細められ、注意深く周囲に視線をとばす。

 

「雨の音以外聞こえないニャ。アイルーに聞き取れない音を聞き取るってどう言うことニャ。旦ニャ様は人に(はニャ)しかけられたい思いが強すぎて、耳もおかしくなっちゃったかニャ?」

 

「シッ! 静かに」

 

 軽口を叩くアイルーに短く鋭い指示を出す。

 

 レオンハルトの目の色を見て取ったアイルーは、彼が本気で警戒態勢に入っていることを確認して、ニャゴニャゴと鳴らす口の端を引き締めた。

 

 土砂降りに打ちつける雨音。

 ジャージャーと流れる雨水。

 雨と闇の世界。

 

 柔らかな地面の水溜まりに次々と雨が突き刺さっては波紋を広げ、枝葉にぶつかっては飛び散っていく。

 ゴロゴロと遠雷が鳴り響き始めた。

 

 ビシャビシャビシャビシャ――

 

 バチャバチャバチャ――

 

 ピシャピシャ、パチャ、ゴロゴロゴロ――

 

 

 パシャッ。

 

 

「ッ!!」

 

 弾かれたようにレオンハルトは走り出した。

 

 刺すように降り注ぐ雨粒が視界を潰さんとするが、それを無視し、目を細めて暗闇の向こうを見渡そうとする。

 ガシャガシャと身にまとう鎧が音を立て、しゃらんしゃらんと“コトノハ”が笑うような鈴の音を奏でる。

 

「ニャ!? どうしたニャ!? 何かいるのかニャ!?」

 

「ああ! 馬車だ! 恐らくガーグァの竜車一つ、交易の人間だ! 何かに追われてる! モンスターだ!」

 

「なんでそんニャことが分かるニャ!? やっぱり旦ニャ様の耳はおかしいニャ!」

 

「どうしてこんな時期に!? ディノバルド二頭が古代林に出没している情報はギルドから出ているはずだろう!? それに、普通のモンスターなら気配を悟って近づいてこないはずだ!」

 

 ビシャビシャと泥を跳ねながら、先ほどの狩りの疲れなど微塵も見せず、全力疾走をしていくレオンハルトに追随しながら、雨音にかき消されないよう大声でアイルーが叫んだ。

 

「旦ニャ様が討伐に出たというのを聞いて安心した口に違いニャいニャ! ここ最近、近所の村がディノバルドの出現情報で孤立しているってのも有名ニャ! 食糧が足りてないってことらしいし、ニャるべく速く行きたかったって感じだと思うニャ! いい人だニャ!」

 

「クソッ、村々への救援かよ! ああチクショウッ、後は家に帰るだけじゃなかったのかよ!」

 

 食糧不足に喘ぐ村々への救援と言うことならば、なおさら放ってはおけまい。

 どうせ、強力なディノバルド二頭の力に怯えて、脅威になるモンスターの多くが別の場所に逃げていると考えたのだろう、多くの護衛をつけずに、拙速を尊んだのだろう。

 結果、脅威となるモンスターに遭遇し、必死に逃げているのだ。

 

 ガラガラガラガラ――!

 

「ニャ!あちきにも聞こえてきたニャ!」

 

 竜車の車輪が忙しく回転する音、ガーグァのグワグワと言う必死な鳴き声、金属質の物がカンカンと何処かにぶつかり、何かを必死に叫んでいる御者の声まで聞こえてきた。

 

「さて、何が出てくる?ディノバルドのことを考えれば、ドスマッカォか?足音がよく聞こえねぇし、もしかしたらホロロホルルって可能性も……、…………。…………ん?」

 

「…………ニャ?」

 

 そして、一人と一匹は気付いてしまった。

 

 バキバキバキバキバキバキ――ッッ!!

 

 にぎゃぁぁぁぁぁ!

 

「…………ん。なんかさ、木、折れてね?」

 

 ピカッッ!! ゴロゴロゴロ……。

 

「…………あちきもそんな感じがしますニャ」

 

「…………どっかにさ、雷とか落ちた?」

 

「…………んニャ、全然そんニャことニャいのニャ」

 

 

 つまり。

 

 竜車を追っているのは、竜車に刺激されて“木を折りながら”これを追うモンスター、ということになる。

 加えて、モンスターの跋扈する危険な場所をくぐり抜けなければならない交易商、それも竜車乗りとなれば、大型モンスターを下手に刺激して自分を窮地に追い込むようなことはしないはずだ。

 そうしない技術を持っているからこそ、交易商は成り立つのだ。

 

 つまり。

 

 モンスターの縄張りには人一倍敏感で、ハンターズギルドの出す情報に明るく、大抵のモンスターの食性や生息痕跡からどのルートが一番安全であるかを計画できる彼らが、出会わなければいけないようなイレギュラーが出現している。

 

 つまり以上より従ってそうするとつまり、

 

「下手な刺激をしなくても人を襲う。モンスターの息遣いに敏感な交易商が察知できない移動範囲を持つモンスター……」

 

「……嫌ニャ。あちき、おうちかえる。いつも戦わってないケド」

 

 ビカッッ!! 

 

 ドガガガガバギギィッッ!!

 

 凄まじい音を立てて、雨雲から降り注いできたその閃光に照らされて、レオンハルトたちの視線の向こう、木々の密集している辺り――ベースキャンプから、一頭のガーグァと、それに引かれた竜車が飛び出してきた。

 

 それを追うようにして、メキメキバギバギと太い木の幹をへし折るかのような音が近づいてくる。

 

「いやまさかそんなはずは、だって、おかしいでしょ、俺、今――」

 

 

 そして、それは古代林の狩人拠点(ベースキャンプ)を見事に踏み潰しながら、その姿を現した。

 登場の衝撃の余波でひっくり返る竜車、人影が竜車から投げ出される。

 

 ビカッ、ビカッ、と光る雷に照らされる深緑色は、余りの色の濃さに闇夜へ紛れる漆黒とさえ見紛うほど。

 巨大な顎、見るからに強靭な脚部、異様に太い尻尾、そして巨大な顎。

 

 ディノバルドが生態系の頂点であるならば、彼のモンスターは言わずと知れた生態系の破壊者にして蹂躙者。

 

 健啖の悪魔、“恐暴竜”イビルジョーである。

 

「――水属性笛、担いでるんですけれどもぉぉぉぉ!?」

 

 

 なお、イビルジョーには水属性を帯びた武器がとても効きにくい。

 

 

 

 

 

 

 

 圧倒的な絶望感である。

 

 帰宅、からのモンスターの脅威から遠ざかった安全な白シーツベッドへのイン、と言う素晴らしい希望をちらつかされ、さあ帰ろうとしたその矢先にこれである。

 あの、見るもの全てを自分の食糧だと思っているかのような、暴食の欲にまみれた眼光に、本能的な怖気が走る。

 

 鳥肌が立ち、乳首が硬く勃起する。

 インナーに擦れて軽く気持ちいい。

 すごくどうでも良い。

 

 最悪である。

 とてつもなく最悪である。

 全身を疲労感が包み込む。

 

 いかに無傷と言えど、さっきまでディノバルド二頭を討伐していたのだ。

 集中力なんてキレッキレである。悪い意味で。

 このままでは、死ぬ。

 

 と言うか、

 

「ねぇ、ベースキャンプ壊されちゃってんじゃん。あそこ、モンスターに侵入されないって謳い文句じゃないの? ねぇ、おかしくない?」

 

「嫌ニャ、あちきは食べても美味しくニャいニャ。おうちかえる。食べるならこっちのクソぼっちコミュ障ハンターを食べるニャ。きっと肉質最高で美味しいニャ」

 

「このクソドMアイルー、簀巻きにしてたこ殴りにしてやろうか?」

 

「それはむしろ是非ともお願いしたいところニャ!」

 

 チッ、と舌打ちしながら、レオンハルトはイビルジョーが咆哮を上げる態勢へ移行したのを見て取って“コトノハ”を引き抜き、ブンッ、ブンッと振って彼女に気力を送り込んでから旋律を奏でる。

 兎にも角にも、誇りある龍歴院の一ハンターとして、あのイビルジョーと戦う以外の道はない。

 

 シャリン、トンテンブーッッ!?

 

 そして、吹いた。

 

「は!??」

 

 レオンハルトが視線を差し向ける向こう側で、咆哮を上げるイビルジョーへと、竜車から投げ出された小柄な人影が走り寄っていったからだ。

 そのまま肩に背負っていた四角い箱型の物体を腕に抱え、吼え終えたイビルジョーに細長い筒状の物を向ける。

 

「護衛のハンターか!」

 

 バスンッ、バスンッ、と高い発射音を響かせながら、己の武器――恐らくライトボウガン――からイビルジョーに弾を撃つハンターは、イビルジョーの注意が自分に向けられたと見て取った瞬間に、武器を片手に右手の方向へと走る。

 

 すなわち、竜車とは反対の方向へ。

 だが。

 

「ッ、避けろ!!」

 

 レオンハルトが走りながら叫ぶ。

 それでは()()()()()()

 

 モンスターのヘイトを集める効果がある狩猟笛の音に、何故か反応しないイビルジョー。

 雨音にかき消されてしまったのだろう。

 

 二十メートル以上の距離――ボウガンの適正距離圏外――からの狙撃、ある程度は離れているという安心感、或いは経験不足による判断ミスからだろうか、イビルジョーの飛びつき攻撃が見事にハンターを襲った。

 

 強靭な脚の端に引っかかり蹴飛ばされる、ハンターの小柄な身体。

 玩具のように吹き飛ばされる彼、或いは彼女の飛んだ先へと、また一跳びで移動すると、上からのし掛かるようにしてハンターを見下ろす。

 

 硬直する小柄なハンター。

 近くに、胴の防具が転がっている。

 

 ――初心者用の防具の一つ、ジャギィレジストだった。

 

 ――ああ。

 

 

 腰のポーチから煙玉を取り出し、走りながら前方の地面に打ち付ける。

 雨煙に紛れる白煙が、辺り一帯に広がり始める。

 

 つまりは、イビルジョーのような、危険な大型モンスターと対峙したことがないのだ。

 砲身の先の震えは、未知の、圧倒的な強者に対する恐怖から。

 目の前のモンスターは、自分の力では対峙することすら遠く及ばないと知っていたのかもしれない。

 知らずとも、イビルジョーが発する捕食者の気配は、恐れるに余りある。

 

 知識がなくとも、見れば分かるようなヤバいモンスターなのだ。

 何でも――上位ハンターの堅固を誇る防具でさえも――溶かし、食べてしまおうとするモンスターなのだ。

 

 ここで逃げの一手を打てばいざ知らず、あれの目の前に立ってしまえば、自分がどうなってしまうかなど想像に容易いことだったろう。

 

 それでも、あの小さなハンターはイビルジョーに立ち向かった。

 

 大勢を救うための大切な一手を、その背に負っていたから。

 恐怖に打ち勝つ理由というのは、案外ありきたりなものであり。

 その勇気は、サービス残業をするに十分値する。

 

 

 

 

 走る勢いをそのままに、右腰に振り抜いた“コトノハ”を袈裟懸けに振り上げた。

 

 シャリンッッ!!

 

「ギャアッ!?」

 

 勢いよく“食事”を始めようとしていたイビルジョーのしゃくれた下顎を強かに殴りつけ、強制的に仰け反らせる。

 暴食の権化と言えど、手慣れた全力の隠密で忍び寄り、脳震盪を狙ってヒットさせた会心の一撃には流石に応えたのだろう、たたらを踏んで後退した。

 

 ジャジャジャッ、と砂利質の地面に足でブレーキをかけ、片手に握りしめた“コトノハ”を肩に担ぐ。

 頭を振るイビルジョーは、己が何よりも優先する食事タイムを邪魔した不届き者をその食欲に濁った目で探し、レオンハルトを捉えた。

 

「――え?」

 

 背後から、雨音に紛れて疑問の声が発せられた。

 

 甲高い声から察するに、どうやらハンターはまだ年端のいかぬ少女であったようだ。

 彼女にも任せられるような道中に遭遇してしまった悪魔、そしてそれに立ち向かった少女の勇気。

 

 どれだけ腕が立とうと、どれだけ未熟なハンターであろうと、その一歩は余りに危険で軽率で、そして、どんなモノよりも価値がある。

 

 何より、女の子の前で格好つけないわけにはいかない

 

「グリャァァァアアアアッッ!!」

 

 怒りに身を任せて吼え猛るイビルジョー。

 

 ピシャ!!ドガガ、バリバリバリッッ!!

 

 またも落雷。

 どうせこの雷雨だ、あのクソ猫の言うとおりで非常に遺憾ではあるが、俺の声など彼女の耳に届やしない。

 

「……君の勇気は、俺が確かに引き受けた」

 

 ここぞとばかりにボソボソとクサい言葉を吐く。

 後で思い出せば、あまりの恥ずかしさに軽く死にそうなくささである。

 これが独り言でなくて何だというのだ。

 いつか、可愛い女の子に正面きって言える日が来るといいなぁ。

 

 

 アイツは何でも食べる。

 

 古代林に生える貴重な植物も、長い年月をかけて生き延びてきた動物達も、根絶やしにするまで喰らいつくし、果てはあの力尽きた二体目(ディノバルド)までもその貪欲な腹に収めようとするだろう。

 

 それは、赦されない。

 

 かのディノバルドは、最期の瞬間まで、己の矜持と刃を以て、敵に立ち向かおうとしたのだから。

 その本能を凌駕する何かを持つ生き様を、死に様を、この世界に刻んだ誇り高きを、雅なる鈴の音が天涯へと導いた高潔な魂を、このようなものに汚させるわけにはいかない。

 

 なぜならば、そうしろと俺が、俺の中の声が強く訴えかけてくるからだ。

 

 

「俺は、レオンハルト・リュンリー。ハンターだ」

 

 

 ただの一度を除いて、この声が間違ったことはない。

 


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