ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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エタらせたくない……
と思いつつ、変態小説を読み漁る日々……。
(怒られないうちにそっと投げておきます)



V.S. ティガレックス

 

 

 砂塵が地上で遊ぶ蒼穹の下、角張った黒褐色の巨岩の上で、一頭の飛竜が目の前の広大な砂漠すべてを見通すように居座っていた。

 挙動に緊張感はないものの、背の高い岩の頂上から大地を睥睨するその体躯は、生態系の王者に相応しい風格を纏っている。

 蒼く強靱な前脚に持ち上げられた筋肉質の胴体に、太陽の光を反射して鈍く輝く赤銅色の鱗を纏うそのティガレックスは、“荒鉤爪”と呼ばれる特別に強力な個体だ。

 前脚の付け根から広がる翼膜には、激しい生存競争を勝ち抜いてきた強者に相応しい、しなやかな逞しさが宿っている。

 

 不意に、その鋭い双眸に獰猛な野生の光が灯り、鋭い牙がグイッと剥き出しになった。

 

「グォ……」

 

 太陽の方角へゴツゴツと首を向ける。

 ゴツゴツとした赤黒い岩肌、水面のように滑らかな砂原、地平線の向こうまで続く砂漠の織り成す白と黄土の斑模様の中をじっと見つめて、

 

「…………グルル」

 

 低く唸ったティガレックスは、地を這うトカゲのようにググッと体勢を沈めた。

 にわかに膨張する四肢の筋肉、サファイアのように蒼い翼膜がすっと閉じられ、

 

 ボンッ!!

 

 ギラギラと照る太陽へと大跳躍したティガレックスは、瞬きの内に大きく広げた翼膜をはためかせながら、灼熱地獄の上を滑空していく。

 湖のように凪いだ砂原の中で、カジキに似たデルクスの群れが飛び跳ねた。

 王者の座した巨岩には、渇いた砂埃が舞っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギラギラと照りつける日射しから逃れた岩場の陰で、

 

「……うひゃー」

 

 鋭い刃で力任せに引きちぎられたその残骸に目を落として、レオンハルトは小さく身震いした。

 岩石砂漠の岩場の陰に遺された埃まみれの赤兜に、粉々に砕けた紅い手甲の破片。

 少し離れたところで力無く転がっている、()()()()()の青い防具の隙間から、小さな多肉植物が緑色の頭を出している。

 

 自然の中へと還っていくその防具は、“岩穿”と称される特別なテツカブラの体から剥ぎ取った素材から作られるものだ。

 すなわち、この元ハンター達は“岩穿”テツカブラを討伐するだけの技量があったことを示している。

 土色に変わった腕の骨が、旧砂漠の環境の厳しさを示している。

 彼らがギルドでクエストを受注したのは、つい十日前のことなのだ。

 無惨にかち割られた“叛逆銃槍ロドレギオン”——強力なセルレギオスの体を素材にして作られるガンランスだ——の盾を後目に、レオンハルトはゆっくりと立ち上がった。

 

「……あと二人分、かな」

 

 丁寧に汚れを削ぎ落とした茶色の骨片をポーチにしまい込んだレオンハルトは、それを手近な岩の隙間にそっと置いて、顎に垂れた汗を拭った。

 背中に負った狩猟笛——“真滅笛イブレスノヴァ”が鈍く明滅する。

 灼けた大地の枯れたニオイ、風に乗って舞う砂塵の静かなざわめき、砂漠を覆う奇妙な静寂の中から、レオンハルトはかすかな揺れを嗅ぎ取った。

 

「…………始める前に知らせるべきなのでは……」

 

 ホウ・レン・ソウが大事ですよと呟きながら、レオンハルトは硝煙の香りが流れてきた岩山の向こう側へと駆け出した。

 それにしても、今日の旧砂漠は一段と暑い。

 

 

 

 

 

 

 

 その“荒鉤爪”は、この地に生まれ落ちて以降最悪の“敵”との殺し合いに身を投じていた。

 全身を沸騰するように血が巡り、青かった腕は赤黒い血管が幾条にも浮き上がってはちきれんばかりに膨らんでいる。

 本能が雄叫びをあげる死線を暴れ回りながら、なお掠り傷一つ許さない白いハンターを、ティガレックスは襲い続けていた。

 

 蛇のような動きで接近した噛み付きは軸ずらしでいなされ、突き上げられた槍が硬い鱗をガリッと剥ぎ取った。

 二度と同じ動き方をしないラファエラに、“荒鉤爪”の肉迫が空回りする。

 剛腕が狙う一撃は衝撃を逃がすように構えられた盾によってすべていなされ、カウンターとばかりに叩きつけの一撃が加えられる。

 鈍い殴打音に続けて、ガチリとガンランスの機構が動いた。

 

 ボムッッ!!

 

 砂漠の炎天下の下で、体表からうっすらと蒸気を立ち上らせながら攻め立てるティガレックスに、ガンランスの穂先から放たれた爆発がふりかかった。

 体表を抉り取る砲撃に、しかし“荒鉤爪”は動じずに爆炎をくぐり抜けて迫る。

 蒼く脈動する剛腕がガリガリと岩肌を削りながら、ハンターを狙って鋭く振るわれた。

 

 火煙の中から飛び出してきた爪の表面を、盾で撫でるように受け流しつつ、ラファエラは弾丸のリロードをして、半身に構えて頭上に振り上げた左腕の銃槍を打ち下ろした。

 

 ズムッ!

 

 前脚の関節へと吸い込まれるように叩きつけられた“鬼神大銃槍ドラギガン”の衝撃が、軋みをあげていた筋肉へと直撃した。

 歪な黄色の閃光が弾ける。

 ガクンと停止した身体、メギャ、と鈍い音を立てて押し潰されたティガレックスの右前脚に、

 

「……まろやかな体……」

 

 と小さく呟いた。

 銃口を兼ね備えた穂先が青い鱗の隙間に食い込む。

 黄金のガンランスの引き金に指をかけたラファエラの紅い瞳が、“荒鉤爪”の橙色の瞳とぶつかった。

 

「……」

 

 ボッッッ!!

 

 ティガレックスに突きつけられたラージャンの角が、容赦なく火を噴いた。

 弾倉に装填されていたすべての弾が使われるフルバースト、途轍もないエネルギーが拡散する。

 

「ギャッッ」

 

 覇者のうめき声が響いた。

 ゼロ距離のフルバーストを食らった“荒鉤爪”の体から、ジュウジュウと肉の焼ける音が立つ。

 灼熱の太陽の下で輝いた閃光は、一瞬で蒼い翼膜をズタズタに切り裂いた。

 右前脚の中頃の筋肉が剥がれ落ち、噴き出す鮮血の隙間にツルツルとした太い骨が顔を覗かせた。

 

「……」

 

 反動に流されて後退したラファエラが、ザッ、と地を蹴って、強烈な痛覚と衝撃に仰け反ったティガレックスへと迫る。

 砲撃直後の熱い穂先が抉れた右腕の付け根にゾプッ、と突き立刺さった。

 短く呻くティガレックス。

 だが、その熱せられた橙黄色の瞳に宿る闘争心は微塵も揺らぐ気配を見せず、冷えた赤色の双眸をギロリと睨みつける。

 

「…………来た」

 

 直後、ラファエラはガンランスごと左腕を引っ込めて、盾を構えたままトンットンッとバックステップを踏んだ。

 ラファエラがぬらりと体の位置を下げ終えた瞬間、

 

「——ゴァァァッッ!!」

 

 ガリガリガリッ!!

 

 ゴツゴツの岩肌に三条の深い溝が刻み込まれた。

 蛮力が飛ばした砂粒を盾で防ぐ。

 が、

 

 ゴッ!!

 

 そのまま振り抜かれた刃が、防塵用に構えた盾をも抉った。

 ラファエラは身を引き裂き得る衝撃に抵抗せず、回転しながら宙を舞った。

 

 一瞬前までラファエラの立っていた場所に、もう一頭の“荒鉤爪”が、予想外の勢いで特攻してきたのだ。

 直前で位置をずらしたにも関わらず、巧みな滑空技術で爪を当てられた。

 恐らく、前にガンランスを使うハンターと戦ったことがあるのだろう、単調な動きを見切った動作だった。

 

 ゴロゴロと地面を転がり、何事もなかったように跳ね起きたラファエラは、右手に持つ盾をチラリと確認した。

 損傷具合の激しい表面、芯となる部分にも僅かに、しかし致命的な横方向のヒビが入っている。

 

 なんて素敵な爪なのだろう。

 まさか、この子がダメになるなんて。

 

 しかし戦えないわけではない。

 お花摘みに必要なのは(ジョウロ)ではなく(ハサミ)なのだから。

 もう一度くらいは攻撃を防げる。

 あとはすべて避ければいい。

 ハンター慣れした二頭の“荒鉤爪”、明らかな協力関係、しかも練度の高い連携。

 間違いない、彼らが今回のクエストのターゲットだ。

 摘み取ってしまっても怒られない。

 

 よし、名前をつけてあげよう。

 

 前方に視線を戻した真紅の瞳が、手負いの“荒鉤爪”による追撃を捉えた。

 前方仰角四十五度からの必殺の叩きつけ、まともにくらえば自分が綺麗な紅い花を咲かせる未来は想像に難くない。

 この子は『イチゴちゃん』にしよう。

 白くて硬くて綺麗な(ほね)が素敵だもの。

 

 迫り来る赤黒い凶爪、ここでの有効な選択肢は、銃槍のカウンターで迎え撃ち口腔から貫くか、盾を犠牲にして攻撃を凌ぐか、砲撃で脳天を撃ち抜くか、盾と右腕を犠牲にしてティガレックスの鼻頭を叩き潰すか。

 左腕を突き出しの姿勢に持ってくるには間に合わない。

 盾でガードしたとして、一瞬で胴体に頭が埋め込まれる大惨事になる。

 砲撃もリロードが終わっていない。

 ここで腕一本を見捨てたとして、攻撃は続けられても手数が足りなくなる可能性が捨てきれない。

 何より姿勢が崩される。

 

 よって、ここでの最善策は。

 

 ラファエラを潰し砕かんと振り下ろされた左腕に、纏わりつくようにしながら飛んだ。

 

 ドゴォォォッ!

 

 剛腕は蛮力に砕かれた地面に埋もれ、宙に逃れて亀裂と衝撃をラファエラは、穂先の下がった銃槍に、ガチャガチャと弾を流し込むように装填する。

 攻撃は最大の防御。

 

「えぃ」

 

 凸凹の岩肌へ着地したラファエラは、ガンランスを大きく振りかぶり、大地に食い込んだ“荒鉤爪”の爪を狙って大上段に叩きつけた。

 ゴン。ガチリ。

 

 ボッッッ!

 

 再びフルバーストが炸裂。

 巨大な爪に直撃した火炎が、“荒鉤爪”のシンボルを二本、根元からもぎ取った。

 弾けた鋭爪が爆風に飛ばされて宙を舞う。

 

「ゴォッ!?」

 

 手負いの『イチゴちゃん』が痛みに跳ね上がって離れていくのを見送りながら、ラファエラは銃槍にジャラジャラと弾を送り込んだ。

 まだ育ち具合を観てない方がいる。

 

「ゴァァァァァァッ!!」

 

 咆哮を上げながら突進してくる新手の“荒鉤爪”に、ラファエラは嬉しそうに凍てついた顔を向けて振り返った。

 鮮やかな青に染まった前脚に、大地を砕く膂力を備えた特別なティガレックス。

 見る限り、今は全力の六割ほどだろう。

 橙黄色の瞳には捕食者特有の冷静さがある。

 先ほどの一撃を考えれば、力も技術も、さっきまで相手していた『イチゴちゃん』より上。

 

 ガンガンガンと地面を殴りつけるように迫るティガレックス。

 その隙間残り三メートルほどに縮んだ瞬間、ラファエラは穂先を視線の先の“荒鉤爪”に向けて、ガチッと引き金を引いた。

 

 ボッ!

 

 発射とともに分裂・拡散した弾が、バチバチと“荒鉤爪”の頭や体を叩いた。

 オーバーヒート直前まで熱せられた砲身が煌々と輝く。

 足は止めなかったものの、さすがに反射的に目を瞑ったティガレックスの右脇へ、ラファエラは接触スレスレの体を紙のようにひらりと動かし、鋭い爪のリーチ圏外へと逃れた。

 うん、この子は『スモモちゃん』にしよう。

 きっと綺麗なピンク色の花になる。

 

 僅かに口の端を上げたラファエラは、体を反転させると共に照準を『スモモちゃん』に向けた。

 ガシャン、と不気味な音を立てて、力に憧れた人類が作り出した兵装が動き出し、ブォォォと唸りながらエネルギーが蓄えられていく。

 地面をかち割るように突進の勢いを殺してラファエラを叩き潰さんと振り返ったティガレックスの瞳に、穂先を青白く輝かせたガンランスが映った。

 『スモモちゃん』と勝手に名付けられた“荒鉤爪”の左目を狙って、竜撃砲が放たれた。

 

 ズゴォォッッ!!

 

「ィギア゛ッッ!?」

 

 反応しきれなかったのか、『ラファエラ』というハンターを侮ったのか、竜撃砲に左目を眼窩ごと焼き飛ばされた“荒鉤爪”は、平衡感覚すら失う衝撃と痛みに横から倒れ込んだ。

 

「……」

 

 ラファエラは短く息を吐いた。

 彼女は、久しぶりに抱いていた期待を裏切られて、酷く傷ついていた。

 『イチゴちゃん』も『スモモちゃん』も、闘争心とポテンシャルは十分だけれども、技術が今一つだ。

 決定打になりうる手は幾らでもあるのに、まるで単調な狩りしかできない。

 死力を尽くしているつもりになって、暴れているだけのモンスター。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 前に“荒鉤爪”を討伐した時は、こんなモノでは無かったはずなのに。

 起き上がろうと地面を掻き毟るようにもがくティガレックスの体が、白と桃色の花に覆われて見えなくなっていく。

 もういい。

 早く仕事を終わらせて帰——。

 

 ダンッ!!

 

「……」

 

 大地を強く蹴る音。

 左脚を軸にしながら振り返ると、両前脚に重傷を負った『イチゴちゃん』が、血走った両目に殺意を滾らせながら、ラファエラのもとへと一跳びに跳んできていた。

 

 横に飛んでいなしたラファエラが、反撃の一発を放つためにガンランスを構えて。

 

 

 

「ゴアアァァァァァァァァッッッ!!」

 

 

 

 衝撃。

 

 

 

 




ちょっと短かったかもですね。
全然書いてないのに疲れた……半年前はこんなこと無かったのに……歳かな……。


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