ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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仕事終わりの一杯(続)

 食べ終えた皿を厨房に返してきたレオンハルトが、アーサーに声をかけた。

 

「…………新人たちと言えばさ」

 

「おう」

 

「その、頭は大丈夫なのか?」

 

「頭?」

 

 ボリボリと頭をかくアーサーに、「ハゲの話じゃないぞ」とレオンハルトが()れた。

 

「俺はハゲ型じゃない。白髪型だ」

 

「どっちでもいい。それで、白髪型のギルドナイトさん的にはどうなの? なんか知ってんだろ? エイドスさん経由みたいな感じで」

 

「テメェ……まあいい。そうだな……、まあ、G級に上がるハンターっていうのは、だいたい元からヤバいヤツが多い。人格的な意味でも、戦力的な意味でもな。

 そういうわけで、G級レベルのハンターにはギルドナイトの目が光ってる。今回の新人四人のうちの一人はたまたま俺が担当したんだ。

 ……つまり、総議長経由ではなく俺自身の努力が成果を出した情報なのだから俺はもっと褒められても――」

 

「え、俺も監視されてんの?」

 

「……チッ。当然だろ灰色(ネズミ)野郎が。ちなみに、ギルドナイトの中だと俺が一番偉くて強い」

 

「どうでもいいや。それで、期待のルーキーは?」

 

「……くっ。耐えろアーサー、お前は強い子……」

 

 苛立ちと共にタンジアビールをゴクゴクと流し込んで、元筆頭ルーキーは話を続けた。

 

「俺が見てたのは、当代の筆頭ルーキー、サヘラ・キルトだ。愛用防具はカイザーS、普段使いの武器は太刀。二十二歳女性独身で、ハンター格付けでは今年十五位に」

 

「それは会議で聞いた。人柄は?」

 

「……まあ、悪くはないぞ。姉御肌みたいな女の子だ」

 

「……微妙な物言いだな、おい」

 

「重度のアルコール中毒で、酒気が遠ざかると()()暴れん坊になることを除けば、極めて優秀な新人だな」

 

「そっか……」

 

 察してあまりある新人の危険性に、レオンハルトは静かに諦めた。

 G級ハンター級の暴れん坊は、下手なモンスターよりよほど厄介だ。

 暴虐を象徴する白く輝く背中を思い出して、レオンハルトは背筋に走った寒気に静かに乳首を勃てていた。

 あまりお近づきにはなりたくないものだ。

 新世界の扉は締まっていてしかるべき、そうすべき。

 

「安心しろって。アルコールがキレた腹いせに、G級相当のテオ・テスカトルを一方的に屠るくらいには有能だ」

 

 超テオ・テスカトル級のアルコール中毒、だと……?

 

 ゾクゾクと鳥肌が立ち、陰嚢の中の睾丸がわずかに膨らむのを感じる。

 いかにもG級ハンターといった感じだ。

 生存本能が刺激されるな……。

 悦ぶべき情報か否か、判断に迷うところである。

 

「…………ま、まあ、G級の人数が増えることには変わりない。

 ……他の三人は? ゲンさんの弟子って言ってたけど……その、本人は会議を早々に出て行っちゃったし……」

 

 かすかな期待も含んだ不安を乗せて、レオンハルトはアーサーに問いを重ねた。

 

「……言いたいことは分かるぞ。あの人の弟子のうちの二人は、まあお察しの通り、イビルジョーを中心に狩猟するハンターだ。だが、もう一人はすごいぞ。格付け十四位のナギちゃんって女の子のことだ。年齢は二十歳。彼女はな……」

 

 カンテラの明かりに顔を寄せた赤ら顔のアーサーが、一呼吸溜めてから言葉を続けた。

 

「……普通の、良い子だ」

 

「なん、だと……?」

 

 衝撃の一言を聞いて、レオンハルトの赤い目が驚愕に見開かれた。

 ワナワナと腕を震わせて、望んでいた吉報に喜びを露わにしている。

 

「驚くこと無かれ、ゲンさんとその弟子たちのクエスト受注処理はほとんどそのナギちゃんがやってるんだ。かなりの人格者で、街の人からの覚えもいい。とても【暴嵐】が育てたハンターとは思えない聖女っぷりだそうだ」

 

「二十歳になったばかりだって言ってたよな?

 腕も確かで、人格者で、若手、しかも仕事ができる有能? …………これは、レオンハルト氏の負担が減る大勝利宣言を行っても良いのでは……?」

 

 タンジアビールの樽を振って、空になっていることを確認したレオンハルトが、来る明るい未来を想像して表情を明るくした。

 

「どうやら、ゲンさんの実の妹らしいぞ」

 

「十八歳差の兄妹か。そりゃあまたすごいな……」

 

「ただ……」

 

「…………ん?」

 

 そうしてふとこぼれたアーサーの不穏な呟きに、レオンハルトは恐る恐る振り返った。

 

「……ナギちゃんは、イビルジョーの討伐数が十頭()()なんだよ」

 

「十頭、だけ?」

 

「しかも、全てのイビルジョーがパーティー討伐で、彼女自身のソロ討伐経験はゼロだ」

 

「…………なんだか、不穏な感じがしますが」

 

「だよなぁ。()()【暴嵐】門下の人間が、イビルジョー十頭だけって言うのは、やっぱ違和感あるよな」

 

 “【暴嵐】のゲン”と言えば、イビルジョー討伐数四百六十頭をマークする、生粋の対イビルジョーハンターだ。

 ギルドが最も危険視する数種の生態系破壊モンスター――イビルジョーが筆頭――に対する異常なまでの執着と実績から、筆頭執行者(イグゼクター)の名を受けてもいる。

 その弟子ともなれば、師匠には及ばずとも、特にイビルジョーに対して突出したソロ討伐数記録を保持していてもおかしくはない、むしろ、その方が自然なのだ。

 なんせ、あのジョー狂いのG級ハンターは、イビルジョーを狩り尽くすためにハンターをやっている、正真正銘の対イビルジョースペシャリストなのだから。

 

「他の弟子は?」

 

「十七位のトラマルは八十七、十八位のミヤコは八十一、うちパーティー討伐は共に七十頭だ」

 

「…………なんだろうね、この嫌な予感。トラウマかな」

 

「まあ、格付けで筆頭ルーキー抜かして十四位にいるっていうことは、腕は確かなんだろうし、普通のモンスターの討伐経験はかなり豊富だぞ。古龍もテオ・テスカトルをソロで狩ってるからな。イビルジョーが無理だって言うなら、ナギちゃんがジョーに当たらないように配慮することも、まあ出来なくはないし」

 

 彼の言葉に頷きながらも、レオンハルトはどこか不安を拭いきれなかった。

 幸か不幸か、乳首にはあまり反応がないが、人生どんな要素がどう関わってくるのか、死ぬまで分からないものである。用心に越したことはない。

 

 今まで通り、人には不必要に近づかないようにしよう。G級新人の指導は諦める。

 君子、危うきに近づかず。

 ぼっち一人勝ちの未来が見える……。

 

 

 

 

 一人で見えない壁を作る練習に勤しむレオンハルトを見ながら、【蒼影】の名を受けたハンターは感慨深げに呟いた。

 

「それにしても、あの人嫌いのレオンが、いくら自分に回ってくる仕事を減らしたいからとはいえ、見知らぬ他人に興味を持ち始めるとは……」

 

「……俺は人嫌いじゃない。ちょっと他人に話しかけるのが苦手なだけだ」

 

「そうですか……」

 

「それに、仕事を減らす目的だけでお前の意見を聞いたワケじゃないぞ」

 

「と、言いますと?」

 

「俺は風評とか噂とかを聞いて、他人の人格や個性にいらない偏見を持つのが嫌なだけだ。だが、自分の判断、第一印象だけではどうしても取りこぼしてしまうところもある。

 これは、俺の人生経験の浅さが問題だ。実際、今でも自分に話しかけてくる相手に対してどういう態度をとればいいのか、判然としないときがある」

 

「ほうほう?」

 

 以前よりは多少マシになった自己分析に、アーサーは少しだけ目を細めて続きを促した。

 その空色の真剣な瞳に、アルコールの熱はもう見えなくなっている。

 

「……俺にとって、他人の人に対する目の向け方を聞くのは、十分価値のある行為なんだ。ハンターとしての成長にもつながるし、他人への対応方法を考えるときに役に立つ。……お前の人を見る目は、一応、その、信頼しているからな」

 

 少し頬を赤らめながらそんなことを言うレオンハルトに、アーサーは純粋に気色悪さを覚えて、

 

「え、なに、ホモ?」

 

「違う」

 

「すいません、俺ノンケなんで」

 

「奇遇だな、俺もだ」

 

 くつくつと二人でしばらく笑い合ってから、再びアーサーがぽつりと呟いた。

 

「それで、どうして気づかないかなぁ」

 

「え?」

 

「いや? それにしても、お前、口数多くなったよな」

 

「まあな、自分でもそう思うよ。会話訓練とかいうワケの分からないことを、ホームにいる間ほぼずっとやらされてるからな、顎の関節に油が効いてんだよ。

 これで俺も脱コミュ障だ。何せ、狩り場以外で独り言以外の会話をしているんだからな!」

 

 独り言は会話じゃないよと教えてあげるべきか否か、アーサーの中でわずかな逡巡があったが、憎き友(ハーレム野郎)へのささやかな復讐を遂行する義務感に駆られて飲み込んだ。

 それよりも、少し気になったことがある。

 

「……モミジさんの発案?」

 

「そうだ」

 

「家にいる間、ずっとおしゃべり?」

 

「まあ、寝ているとき以外は、ほぼおしゃべりだ。狩り場にいる間はファーラ達三人と話してるけど、ホームにいるときは専らモミジさんと話してる。

 おかげで、モミジさんが今何を求めてるのかとか、異性の友人と仲良くする秘訣とか、そういうことも学べているんだ。

 そうなんだよ、俺には異性の友人が出来たのだよ! 喜べ親友! あのモミジさんが、俺を同居してる友達と認めてくれたんだ! 『まあ、レオンさんは、一応友人として扱ってやらなくもないですよ?』って!

 これは快挙だ! あのモミジさんが、俺を友達と! しかも、一緒に住んでいるんだぞ!? これはもう親友と考えても良いんじゃないか!?」

 

「…………あっそう、良かったな我が親友よ」

 

 色々納得がいかずに苛立ちだけが募ったアーサーは、そっぽを向いて酒樽の山を眺め始めた。

 

「……何だ? 嬉しそうじゃないな」

 

「別に? そうだ、お前、獰猛化ブラキディオスのクエスト受けるか? ドカーンと一発爆ぜて、どうぞ」

 

「あれはナッシェ達に任せることになってるが」

 

「そうじゃねえよクソが。男女間の愛的な話だよ」

 

「……何度も言ってるが、モミジさんは俺に対してそういった類の感情はない。本人がそう明言しているんだ。『友人という地位が貴方の王者のエリマキ(一番上、てっぺんの意)ですよ』って」

 

「…………まあ、百歩譲ってお前の言うとおりだとしよう。

 そうだとしても、アナちゃんたち他の三人は? ストック?」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

「にしても不誠実過ぎでしょ、さすがに。一回死ぬ? 殴られたかったら任せろ?」

 

「容赦ないなぁ、おい……。……殴らなくて良いからな? その拳は引っ込めろ。

 ……誠実じゃないのは分かっている。ただ、自分の中でどう整理をつければいいのか、よく分からないんだよ」

 

 みんなのことは好きだけど、ラブ的な意味ではないと思う、と深刻そうな顔で話すレオンハルト。

 

「……みんな、俺のことはラブ的な意味で好いてくれてる。それは分かっているんだ。だけど、俺はそれにどう答えればいいのか、今一つ分からない。誰か一人を選ぶなんて傲慢なことをしていいのかと思うし、お前が言うように、ストックしているととられても仕方ない現状を続けている自分が間違っていることも分かっている。

 ただ……」

 

「ただ?」

 

 一呼吸おいて、緋色の目を閉じたハンターは素直に心の内を吐露した。

 

「ぶっちゃけ、性欲の対象にはなってる。けど、それをぶつけてはいないし、愛とは違うのかもとか思って、まあウジウジ考えているワケで」

 

「贅沢病で死ね」

 

「でも、お前だって分かるだろ? 

 …………アイツら、意識無意識関係なく誘惑してくるから、一緒に狩り場行くときとかも、愚息が反応しちゃって大変なんだよ……」

 

「うん、ギルドナイト呼ぼう。可愛い女の子独占禁止法違反で処刑してもらおう。あっ、そう言えば、俺がギルドナイトだっ…………あっ」

 

 迸る怒りの奔流に従って、ナイフを差した腰に手を回したところで、アーサーは顔色をさっと青ざめさせた。

 『男の友人との猥談』という、ぼっち時代の夢を現在進行形で叶えているレオンハルトは、アーサーの様子の変化に気づかず一方的な話を続ける。

 

「アナは、健康的に日焼けしたふとももとか肘先とか膝下とかがエロくてなぁ。脚防具だけ外して水遊びしてるときに、戯れに水かけられたときなんかもう……。あと、うなじな。髪の毛の先が遊ぶ滑らかな首。もう見てるだけで幸せになれるね。狩り終わった後とかに見ると、もう汗とかで光ってて、ああ俺頑張って良かったって思えるっつうか」

 

「あ、いや、ちょっと」

 

「ナッシェはさ、喜んでいいのかどうか分からないけど、最近誘惑が過激になってきていてな。この間なんか、ベッドにインナーだけで潜り込まれて、いつの間にそんな潜入スキル身につけたんだっていうか、相変わらず子供っぽい感じに安心したというかな。でも、俺はおっぱいが小さくてもいいと思うんだよ。抱きつかれると、控えめに自己主張してくるそのいじらしさがまたたまらんというか……」

 

「待て、待つんだレオン。それ以上いけない」

 

「一番ヤバいのはファーラだ。彼女は、なんというかアッチ関係の知識がほとんどないんだが、その分本能的というか天然というか、すり付けられてしまうというか。所作に隙があってな、そこがまた……。たまに、たまにだけどな、ふとした拍子に谷間が覗いたり、白いふとももとか、臀部が見えたりとかするとな、もう自分を抑えるのが大変で……。あ、いや、決して自慢のつもりはないんだが、本当に純粋に、俺はよく頑張っているなぁと」

 

「そうか、レオン、お前は酔ってるんだな!? そうなんだな!?」

 

「……さっきから何を言っているんだ?」

 

 情熱的に己のリビドーを語り続けていたレオンハルトもさすがに、アーサーとの会話が噛み合っていないことに気が付いた。

 陶酔の世界から帰還した灰色のハンターは、同僚の意識が向いている先に何気なく首を巡らせて――、

 

 

 ――天使のような笑みを顔に貼り付けた受付嬢が、自分のすぐ後ろに立っていることに気が付いた。

 


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