ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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アワビとナマコが交尾していたため、更新が遅れました。
申し訳ないです。




仕事終わりの一杯()

 

 

 G級序列二位、【灰刃】レオンハルト・リュンリー、二十六歳独身男性。

 家族は妹が一人。今は何をしているのか分からない。

 四人の女性と同居している。

 うち三人から愛の告白を受けてしまった。

 あろうことか、全員の返事を保留にして早一年以上が経過した。

 

 

 現在、女王様(モミジさん)からの帰宅禁止令により、同僚とドンドルマの街をうろついている。

 

 

 

▼ △ ▼ △ ▼ △

 

 

 

 昔はこういう場所が苦手だった。

 来たとしても、いつも辛気臭く一人飲みをするばかり。

 見知らぬハンター達の輪に入っていくような勇気など欠片もなく、そもそも俺はアルコールに耐性が強くて中々酔えない。

 何もかも忘れるまで酔いたいと思って飲んでも、次の日の依頼に響くのが嫌だった。

 ジョッキ片手に楽しそうに語らう彼らが、一人酒場の隅っこで飲んでいる俺を肴に笑っているような錯覚さえ抱くほどだった。

 何より、酔っても楽しくない、介抱してくれる人もいない、そもそも客と認知されない。誰がパッとしない店員さんだ、コラ。

 

 結果、酒場には行かなくなった。

 客の一人が言ったように、狩り場に棲むことにしたのである。

 やっぱりぼっちってクソ。

 

 それが今はどうだろう。 

 

 中皿に盛られたデルクスの唐揚げ、なみなみと注がれた透き通るアンバーの酒、アルコールで温めたくなる適度な肌寒さ、酒の席で愚痴を言い合う相手、女性の目から逃れた解放感。

 一応は友人関係にある同僚の男と、酒場の奥の小部屋で乾杯しているのだ。

 独り言で乾杯ごっこをする必要に駆られることもない。

 最高だ。俺は今、最高に幸せだ。

 G級会議の後、日帰りのネルスキュラ討伐ツアーに出掛け、心地良いくらいの疲労感と達成感を味わいながらの美味い一杯、最高である。

 そして、褒められたおかげで気分もいい。

 人間、自分の頑張りを誰かに認めてもらえたら嬉しいものなのだ。

 

 G級ハンターはあまり人の集まるところに行かない方がいいというアーサーの助言もあったが、なるほど、G級と言うのは案外人の話題の中心になるらしい。

 扉の向こうから、俺を褒めそやす声が聞こえてきて、口元がニヤケるのを止められない。むふふ。

 

「聞こえてるんだよクソが……何がエイドスの犬だ……誰がギルドナイトやねん……俺だよちくしょうが、えぇえぇ忠犬アーサー公ですよ、おいぬ様ですよ、名誉あるギルドナイトですとも。お望み通りぶち殺してやんよぉ……」

 

「……ああいう場所で、改めて褒められると照れるよな。G級ハンターになって良かったよ」

 

 机に突っ伏してぶつぶつと恨み辛みを吐くアーサーの横で、木箱の上に腰掛けたレオンハルトは嬉しそうに呟きながら杯を傾けた。

 カンテラの光が照らす薄暗い部屋の中、淡い黄金色の液面を見つめる。“アヤノモリ”というシキ国の地酒だそうで、なかなかの美味だ。

 シキ国は、極東の大陸の南海に浮かんでる島国だという。一度行ってみたいものだ。

 一体どんなモンスターがいるのか、と想像する自分は、ようやくG級ハンターとしての自覚を持ち始めたところなのだろう。

 

 レオンハルトの空気を読まない呟きを聞いたアーサーは、苛立ちも露わに木製の机をドンと殴って立ち上がり、

 

「俺は褒められてない!! 俺の方がマトモな人間だろ、G級ハンターなのに真面目に働いてんだろ……。

 なんでだよ……! どうして俺は犬呼ばわりなんだ!

 グラン・ミラオスに一人で突っ込むキチガイ野郎の方がモテるのはなんでだよぉぉぉ!!」

 

 おいおいと泣きながら木箱の椅子に座り込んだ。

 

「うるせぇ……」

 

 この男はいつもテンションが高めだが、今日は随分と鬱憤が溜まっているようだ。

 やはり、昼間のG級会議が尾を引いているのか。

 今日は一段と頭がおかしかったからなぁ……特にゲンさんとか。

 なみなみと注いだ酒を大口開けて一気に流し込み、ブハァと息継ぎしたアーサーは再び机に突っ伏して、レオンハルトに愚痴をこぼし始めた。

 

「ったくよぉ……【不動】先輩は二日酔いだから休むとか言うし……そうだ、聞いてくれよ! あの人、今日付けでG級引退するって言い出したんだ……」

 

「え? 筆頭ランサーさんが?」

 

「称号返還はないけど、龍歴院の方に異動して、事実上の隠居だと。学術研究に没頭したいって……。いくら新G級入りハンターの話が出てきたからって、いくら何でもさぁ、手順とかさぁ、もう少しさぁ……」

 

「そうか…………。あの人は、G級の中で数少ないマトモな人だったのにな……。また、俺の話の通じる人が減るのか……。

 新人の子は、俺が指導に当たりたいものだ。少しでも感染(G級菌)が拡大しないように」

 

 その言葉に、オレンジ色の頭をかきむしるアーサーは眉をひそめて、

 

「何、その『俺は狂ってません』みたいな言い方」

 

「いや? 実際、G級は頭おかしいからレオンハルトさんも頭おかしい、みたいな風評被害に遭ってるだけで、俺は結構常識人だと思うぜ?」

 

「は? なかなか酔えないからって、タンジアビールの()を一晩で十個くらい空けるような某キチガイのどこが常識人なんだ?」

 

「え? 酔った勢いのまま、夜中の大通りで裸踊りをするどこぞのG級変態(ヘンター)よりはマシだろ?」

 

「…………」

 

「…………」

  

 二人はしばらくにらみ合っていたが、事態の不毛さに気がついて、共に手元のアルコールをのどに流し込んだ。

 お互いに、相手の方が狂っていると確信しているのだ、余計な言い争いは無意味なのである。

 

「……っぷぁ。いやぁ、ホント困ったわ。ランサーさんには、昔から頼り切りだったからさ。困ったときにはあの人に泣きついて……。もう、俺が筆頭ルーキーだった頃の先輩達は、みんな引退しちまってさ……もう俺を引っ張ってくれる大人はいないんだなぁと思うと、時の流れを感じるって言うか、俺もまだ子供なのかなぁと考えさせられるっていうか、ホントもう毎日大変だよ……」

 

 しみじみと胸中の言葉を吐き出しホロリと涙をこぼすアーサーに、頼れる先輩がいるなんて羨ましいヤツだとレオンハルトは心の中で呟いた。

 

「俺だって頑張っているのに……エイドスのオッサンがよぉ、G級のハンターが来ないのは、お前の根回し不足だって言うんだぜ……無茶言うなよ……。

 アナちゃんがカンチョーで欠席とか、どうやって予測するんだよ……。聞いたことねぇぞそんな酷い理由。そうだよ、てめーの教育は一体どうなってやがる」

 

「いや、ホントごめん」

 

 怒りの矛先を向けられたレオンハルトは素直に謝った。

 今朝のナッシェの暴挙が予測不可能だったのは紛れもない事実だ。

 ゴン、と頭を机にぶつけたアーサーは、なおもボロボロと泣きながら愚痴をこぼす。

 アーサーは酒を入れると泣き上戸になるのだ。

 本当に面倒くさいヤツだが、コイツがまた問題を起こして謹慎処分になったりすると、厄介な仕事を回される危険性が高まる。

 今日は、この男が酔いつぶれるまで付き合ってやろう。

 そのまま日付が変わったら、こっそり帰宅してしまおう。

 裸踊りの尻拭いはもう嫌だ。

 

 朝まで一人飲み?

 そんなことは悲しくて出来ません。

 

「ウラガンキン狩りに行ったらアカムトルムに出くわしました、レベルの予想外だよクソが……」 

 

「……それくらいなら想定できるな。実際にあったし。殺ったし」

 

 真面目くさった顔で返した灰色のハンターに、アーサーは色々な思いのこもった深いため息をついて、

 

「…………もうお前黙れ」

 

「酷くないですか?」

 

「知らねーよ……。人外は人外でよろしくヤってろよクソが……。

 誰か努力家の俺を褒めるべき、そうすべき……」

 

 再び机に崩れてシクシクと泣くアーサーに、レオンハルトは意外そうな表情をした。

 

「お前も褒められたいとか思うんだな。影から人を操ったり、笑顔で他人を騙して陰険そうに笑ってるイメージあるけど」

 

「よっしレオン、てめーが俺のことをどう思っているのかよく分かった。ぶち殺してやる、このクソモテホモ男」

 

「俺はホモではない。それに、クソと言われるほどモテてるワケじゃない」

 

「…………ホントに殺すよ?」

 

 アーサーの殺意みなぎる視線をさらりと避けて、レオンハルトは樽から酒を注ぎ足した。

 とぷとぷと跳ねる水滴、流れる黄金色の“アヤノモリ”の勢いを見るに、もうそろそろ空になりそうだ。

 まったくアルコールというのは不思議なもので、飲んだ量と腹に入った量が一致しないように思える。

 どこ吹く風といった表情のレオンハルトに、アーサーはギリリと歯ぎしりをして、

 

「……家に奥さん四人いる男がモテてなかったら、世の男達は一体何をモテている状態だと判断すればいいのだね?」

 

「奥さんじゃない。俺はまだ誰とも結婚していないぞ」

 

「……なんだコイツ、ホントの屑じゃね? 

 ……旦那ァ、何だかんだ言って、ぶっちゃけ、女の子達に気を持たせたまま手は出してるんでしょ? 真性の屑じゃん」

 

「俺の名に誓って出してないぞ。そこまで屑になるつもりはない」

 

 胸を張って答えるレオンハルトに、

 

「そんな安っぽいモノに誓われてもなぁ」

 

「殴るよ?」

 

 今度はレオンハルトが殺意のこもった視線を、ひょうきんな笑みを浮かべるアーサーにぶつけてから、すっと席を立った。

 その動作に、アーサーは思わずファイティングポーズで身構える。

 

「な、なんだ。喧嘩か?」

 

「トイレだよバカ野郎」

 

 

 

 

 

 

 度数の高い地酒の樽を一つ空けたとは思えないほど確かな足取りで厠から戻ってきたレオンハルトに、アーサーは小皿に乗せられた唐揚げを一つ放りながら、恐る恐る尋ねた。

 

「……お前、あのレベルの女の子に迫られて何もしないとか、マジでホモなのか?」

 

「ギルドの名に誓ってホモではない」

 

 誓う名前先を変えたレオンハルトが、パシッとキャッチした唐揚げを口に入れながら断言する。

 

「嘘吐けよ。据え膳食わぬはホモって言うだろ!」

 

「言わねーよッ!!」 

 

「だって、四人だぞ、四人。なかなかお目にかかれないレベルの女の子四人に言い寄られてそれはさ、端から見ると、男としてアレなのかなぁとか思うじゃん? 常識的に考えて」

 

「どんな常識だよ……」

 

 酔っ払いの戯言にどんよりとした表情で答えたレオンハルトは、どっかりと椅子代わりの樽に腰を下ろして、

 

「……それに、うちのパーティーの三人は、まあ、そうだとしても、モミジさんは俺のことをそういう目では見ていない」

 

「…………、…………はい?」

 

「だから、奴隷か小間使い程度にしか見てないよってことだよ。それか、出来の悪い弟。分かるだろ?」

 

「何一つわからないよ……お前は一体何を言ってるんだ?」

 

 アーサーの困惑した顔に、

 

「だってお前、会議で緊急招集がかからない限り、俺の受けるクエストから三食の献立まで、日常のほとんどがモミジさんの意志決定に左右されるんだ。俺の選択権とかどこにも存在してないんだぜ?」

 

「……………………そうか」

 

 レオンハルトの言葉にどう返そうか悩んだ末に、アーサーは諦念と共に相づちを打つに留めた。

 本人がそうだと思っているなら、もうそれで良いような気もする。

 他人のノロケなど、耳に入れても毒にしかならない。

 

「食材の買い出しとかも、アナやナッシェに任せるワケにはいかないしな。お使いはほぼ俺の役目だ。ご飯作るのを任せっきりにするのも悪いから、モミジさん監修の下で料理してんだよ」

 

「……そうか」

 

「最近は、肩揉み腰揉みの腕も上がってきてる気がするんだよな。そうそう、この間、『日頃の努力にご褒美を』って言って、モミジさんがマッサージをプレゼントしてくれたんだよ。こう、腰の上に乗って、丁寧な感じでな。それがまた上手くてね。なんでも、育ての親で訓練したとか言ってたっけ」

 

「……ああ、腰の上に乗って、丁寧なマッサージね」

 

「そうそう。…………な? 俺の弟分的な下働きっぷりが分かるだろ?」

 

「ああ、そうだな」

 

「今日もさ、お前と酒飲みに来たのは、『今夜はかがり火亭辺りで飲んできなさい』って言われてな……俺の決定権なんてないんだよね……飲むとこまで指定とか、もう、ね」

 

「……そうか」

 

 奥さんも大変ですね、とアーサーはひとりごちながら、やけ酒をグイッと呷った。

 

「たぶん、今頃はアナのカウンセリングみたいなことをしてるんだよ。アイツ、相当ショック受けてたみたいでな」

 

「まあ、カンチョーはね。さすがにね」

 

「ああ。ナッシェも困ったものだ。女の子にカンチョーはよくない」

 

「まあ、アレは(肛門関係とか)大変だからな」

 

「そうなんだよな。今朝も、(聖水が)止まらなくてな……」

 

 それを言って、ハッとした顔になったレオンハルトは、話を止めようとタンジアビールの酒樽に手を伸ばした。

 今夜は樽二つで程よく楽しもう。

 

「そ、そうか……」

 

 多少の誤解はあれど、デリケートな話題であることには変わらず、よく口の回るアーサーも口を噤まざるを得なかった。

 それきり、二人の間にはしばらくの沈黙がおりた。

 

 

 

 

 後日、復活したアナスタシアのところへ、すり潰して塗ると痔に効く薬草が届けられたが、本人は回復薬の素材となる薬草と勘違いして生食してしまったが、それはまた別のお話。

 




もう少しお酒回が続きます。

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