ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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G級ハンターの世界

「……うむ。では、これよりG級会議を始めよう。

 と、思うのだが…………」

 

 そう言って、エイドスは暖かな日差しの入り込む円卓を見回した。

 若干悲しそうな視線が、寂しい空席を撫でていく。

 

「……【不動】のマクスウェル殿は?」

 

 大長老の右隣の空席を見て、エイドスが疑問の声を発する。

 

「あ、マクスウェルさんは、我らが団の団長と昨日の宴会で飲み比べをしたせいで、酷い二日酔いに遭ってダウンしたッス」

 

「なんてことだ……」

 

 アーサーの言葉に、エイドスは頭を抱えた。

 G級()()()()()()常識人であり、混迷しがちな会議の方向をコントロールしてくれるベテランの筆頭ランサーがいないとなると、G級会議は酷いことになるのだ。

 しかも、あのマクスウェルが、よりによって二日酔いとは……。

 

「……まあ、いい。書記官殿とマクスウェル殿には、後でキツく言い含めておこう。それで……」

 

 エイドスは次に、G級序列十二位の空席に目をやった。

 

「……【千姫】アナスタシア嬢は、一体どうしたのだ? 彼女が休むのは、珍しいが」

 

「あ、いや、その……」

 

 エイドスに真面目な顔で尋ねられたレオンハルトは、どう伝えるべきかと口ごもった。

 そう、真面目になったアナスタシアがG級会議を休むのは、初めてのことなのだ。

 総議長が心配そうな顔を作っているのも、彼女への信頼あってこそだろう。

 俺達のパーティーでは、俺の次に常識人なのだ。

 

 しかしながら、とレオンハルトは思案する。

 これは、アナスタシアの名誉と沽券に関わる、極めてデリケートな話題なのだ。

 彼女は、名目上とはいえ、俺の大切な弟子なのだ。

 真実を話すべきか、アナスタシアのために口ごもるべきか、風邪ですとでも言っておくべきか……。

 

「……アナスタシアは、その、臀部に星の矢を受けて……」

 

「星の矢?」

 

 レオンハルトの苦し紛れの曖昧な供述に、エイドスは首を傾げて詳細を促す。

 そんな彼らに、ナッシェが座ったまま、無邪気な声で(むご)い真実を告げてしまった。

 

 

「アナちゃん先輩は、今朝方私のカンチョーを受けて倒れました」

 

 

「ナニィ!?」

 

 オウカがガタンと音を立てながら立ち上がる。

 レオンハルトの印象操作工作は失敗に終わった。

 アナ、すまなかった…………不甲斐ない俺を許してくれ……。

 

「ナッシェ……」

 

「……か、かんちょー、だと?」

 

 困惑するエイドス総議長。居心地悪そうに、尻を下ろす位置を調整した。

 戸惑うのも無理もない。

 俺も、今朝目の前で悲劇が起きた時、頭の理解が追いつかなかった。

 

「はい。私は先日、アナちゃん先輩に酷い仕打ちを受けたのです。私はそれに対して、(寝ているアナちゃん先輩に)正当な抗議を入れたのですが、アナちゃん先輩は全く聞く耳を持ちませんでした。私は姉弟子として、(寝ている)アナちゃん先輩に正々堂々と決闘を申し込み、(起き抜けを狙って)必殺の一撃を、こう、ブスッと」

 

 金髪の仮面少女は、小さな手を組み、両手の人差し指だけを立てて、獲物に狙いを定めるハンターの目をしてから、腰に捻りを加えながら腕を真っ直ぐと突き出した。

 臀部の大事な穴を突き上げられ、五十センチほど浮き上がったアナの姿を思い出す。

 

「ぶぼっ」

 

「オウカッ!」

 

 ナッシェの解説に興奮したあまり、ブシュッと鼻血を吹いたオウカが、ふらつきながら椅子に座り込んだ。

 ドクドクと血を流し始める妹に、ヒヒガネが慌てて駆け寄っていく。

 

「そ、そうか……。

 ……【星姫】ナッシェ嬢よ、よほどの事があったのだろうと推察するが、G級ハンター同士の決闘は、できる限り控えていただきたいのだ。人類の存亡に直結しかねない」

 

「ごめんなさい」

 

 素直に頭を下げるナッシェはしかし、机の下で必死にお腹を抱えていた。

 うちの子は、どうしてここまでやんちゃに育ってしまったのか……。

 

「……【灰刃】レオンハルト殿。彼女達は貴殿の弟子なのだろう? 指導は怠らないよう、重々承知していただきたい。【星姫】、【千姫】、共にG級に属する重要かつ貴重な戦力なのだ」

 

「……申し訳ございませんでした……。以後、このようなことが起きぬよう、よくよく叱っておきます……」

 

「ところで、その負傷は、どれくらいで治るのかね?」

 

「彼女を看た受付嬢によれば、幸い目立った外傷もなく、一日で痛みも引くとのことです」

 

「そうか。大事なく済んだか」

 

「ええ。…………たぶん」

 

 ナッシェとアナスタシアの小競り合いは、最近過激の一途を辿っている気がする。

 胃が痛くなる問題だ。

 モミジさんによれば、幸いアナスタシアのお尻には大事なかったようだが、一歩間違えれば悲惨な結果になっていた。

 あんなに綺麗なカンチョーを、一体どこで覚えてきたのだろうか。

 ナッシェには、久しぶりにお灸を据えてやらねば……。

 

 

 ……扉の陰に潜んでいたナッシェのカンチョーを、起床直後の無防備な状態でモロに受けてしまったアナスタシアの末路は、誰にも語るべきではない。

 そこのところはナッシェも分かっていたようで、少し安心した。

 彼女のためにも、あの現場の記憶は墓まで持って行こうと思う。

 ……聖水は天上の幸福だった。

 

 

「……よろしい。頼んだぞ。

 それでは……“【博愛】のロットン”は……」

 

 ラファエラの向かいの空席を見ながら尋ねたエイドスに、今度は天井に足を引っ掛けてぶら下がっている変態全裸男が答えた。

 

「ロットン殿は、五日前に遺跡平原の方で報告が上がったリオレイアの希少種との逢瀬に赴いたまま、今日まで戻っていないでゴザる」

 

 ユクモ村出身のG級六位、“【天迅】のサスケ”は、筆頭ファイターに叙されている優秀なハンターであり、G級随一の情報屋である。

 本人は“ニンジャ”を自称しており、その素早い身のこなしと圧倒的なクエスト達成率は、筆頭ファイターの名に相応しい。

 

 が、ユアミスタイルのまま天井からぶら下がるという狂行に走る生粋の変態である。

 腰に巻いたタオルの下には、当然のように何も穿いていない。

 つまり、汚いブツがポロンと飛び出ているのだ。

 強い、速い、変態、と三拍子揃った最悪の露出狂である。

 

 タオル一枚で“嵐龍アマツマガツチ”を討伐した変態ハンターは、何を隠そうコイツなのだ。

 ついでに、ヒヒガネに尻穴を狙われる男性ハンター筆頭でもある。当然の報いだ。

 

「……ロットンめ、またか…………」

 

 エイドスが忌々しそうに悪態を吐いた。

 レオンハルトはG級に上がってから、ロットンとは一度だけ会ったことがある。

 黒髪黒目の若い優男、という風体であったのだが、感情の動きをまるで感じない穏やかすぎる雰囲気は、妙に不気味に映った。

 なんというか、嵐の前のイビルジョーという感じだったのだ。

 

「……まあいい。良くないが、この際ヤツのことは諦めよう」

 

 エイドスは深いため息の後に出欠確認を切り上げ、円卓全体を見回して話し始めた。

 

「この場に集まってくれたハンター諸君、ギルドを代表して、まずは礼を言いたい。本当にありがとう。今日は十名ものG級ハンターが出席してくれた。多忙の中、よくぞ足を運んでくれた。特に、【白姫】と【灰刃】の両名は、狩り場にいる場合の方が多いにも関わらずよく来てくれた。本当に感謝している」

 

 総議長の言葉に、レオンハルトはとりあえず首肯で返した。

 隣で今も眠っているラファエラの分も含めて、若干深く頭を下げる。

 そんなレオンハルトの仕草に、エイドスは満足そうに頷いて続けた。

 

「G級相当のクエストは多いが、それらをこなす適切な人員は常に不足している。君たちには苦労をかける。だが、理解して欲しい。君たちが、ハンターズギルドの最後の砦なのだ」

 

 総議長はそこで一旦言葉を切ると、手元に置いた羊皮紙の束に目を落とした。

 

「【千燐】ガル殿は、辺境の村々を巡回中、【城塞】オイラー殿は、アルコリス地方のココット村近く、シルクォーレの森で確認された“霞龍オオナズチ”の討伐に“キチンと”当たってくれている…………ハズだ。

 勿論、この場に集まってくれた君たちの武功も、ギルドは大変高く評価している。これからも、人類の繁栄と自然の調和のため、誇り高きハンターであり続けて欲しい」

 

 満足そうな表情で話すエイドスは、羊皮紙を一枚後ろに送って、一転真剣な顔つきになった。

 

「今日集まって貰った君たちには、ギルドに寄せられた情報とクエストの中から、特に緊急性の高いものと重要なものについて、受注の振り分けをしてもらう。

 いずれも難易度の高いクエストになることが予想されるが、君達を除いて他に達成する事のできるハンターはいないと判断されているものばかりだ。

 どうか、真剣に聞いて欲しい。

 本当に、真剣で頼む」

 

 二回も真剣という言葉を繰り返したのは、それだけ重要なことであるからだ。

 【天迅】を念頭に置いた発言であるとレオンハルトは考察していた。

 一つ咳払いをして、エイドスは羊皮紙に目を落とす。

 

「まず、大陸南部のデデ砂漠付近のオアシス都市から、近くに“荒鉤爪ティガレックス”が出没するようになったとの報告があった。しかも、二頭だ」

 

 二つ名ティガレックスの二頭狩猟クエスト、と言うことか。

 議場からは特に反応が出なかったが、レオンハルトは内心、かなり厄介な話だと思っていた。

 

 爪から翼膜、肩にかけてが異常発達したティガレックスの個体を、ギルドは“荒鉤爪”と呼称している。

 縄張り意識が強く、同種であろうと、近くに生息する他の個体には積極的に攻撃を仕掛ける。

 

 二対の荒鉤爪が一つの狩り場にいるという事は、彼ら、もしくは彼女らが共存関係にある可能性も高い。

 同士討ちは誘えない、ということだ。

 (つがい)であった場合、クエスト自体の危険度が跳ね上がる可能性も否定できない。

 

「彼らの凶暴性と狂気的な攻撃性、他のティガレックス種の中でも抜きん出たポテンシャル。

 君達も知っての通りだろうが、今回集めた情報を分析する限りでは、荒鉤爪の中でも相当の上位個体にあたると見られている。

 比較的長く生きている個体だ。それが二頭。

 互いが争わずに行動している所を見たという証言もあり、既に多数の被害と死者が確認されている。

 前回の会議からの三ヶ月間で、最も危険なクエストの一つに数えられるだろう」

 

 荒鉤爪ティガレックスは、その名の通り、通常種や亜種とは比べものにならないほど硬く強靱な爪を持つ。

 褐色の体がサファイアブルーに変色したその異様は、数多くのハンターを畏怖させ、またその荒々しい爪がたくさんの人間を切り裂いてきた。

 

 二十年ほど前から報告が上がり始めた極めて危険なモンスターだが、特に最初に確認された荒鉤爪は賢い上にとても強力な個体で、十年もの間、数々の腕利きハンターたちを打ち破り、血祭りに上げ続けた。

 巷では、“蒼の悪魔”とまで囁かれるほど悪名高いモンスターだったのだ。

 

 その特別な荒鉤爪、“蒼轟竜”が討伐されたのは、今から十年前のこと。

 討伐したのは――、

 

「――今回は、十年前に例の蒼轟竜を討伐した経験を持つ、【白姫】ラファエラ嬢にクエストを担当して貰おうと思う。が……」

 

 そこで、エイドスは自身の隣席で眠り続ける白の狩人を一瞥し、

 

「……()()()()()()、【灰刃】、【白姫】、【星姫】【千姫】の四人に頼みたい。

 今回の二頭は、共に十年前の蒼轟竜に匹敵するものと見られている。

 君達は、現在の我々が打てる最高の一手だ。各々に荒鉤爪の狩猟経験があり、何より複数のモンスターを同時に相手取るのに必要な連携力を持っている。

 ……【灰刃】、頼めるな?」

 

 そう、レオンハルトに尋ねた。

 質問というよりは、確認に近かったが、事実、強力なモンスターが二体以上の群れで暴れている場合、ソロでの狩りは推奨されないし、ここにいるメンバーの中で最もパーティー狩りに長けているのは、俺達四人なのだ。

 

 ラファエラ一人でも恐らく狩猟できるだろうが、万が一ということもあるし、今は戦力の分散を迫られるほどの事態にはない。

 それに、【白姫】はG級ハンターの中でも一、二を争うほど素行に問題のあるハンターだ。

 なまじ実力がある分、監視の役目を兼ねた付き添いを同行させるのは、ギルドの総意でもある。

 

「もちろんです」

 

「うむ。では、“英雄の槍”の四人に、荒鉤爪二頭の討伐を担ってもらう。

 【千姫】、【星姫】の直接的な戦闘参加はできる限り避けていくのがベストだが、臨機応変な対応をお願いする」

 

 アナスタシアとナッシェの二人は、他のモンスターの迎撃やサポートを挟みつつ、経験を積むための特等席にいてもらおう。

 そこで、レオンハルトは一つ、計略を思いついた。

 

「……総議長、少し」

 

「どうした?」

 

「今回のクエストは、俺とラファエラの二人で受注します」

 

「……ほう」

 

「――先生!?」

 

 気色ばんでナッシェが立ち上がるが、レオンハルトは彼女を手で制しつつ話を続けた。

 

「ナッシェとアナスタシアは、贔屓目を抜きにして、G級ハンターとして十分な力をつけてきていると思っています。

 ですが、彼女達はまだ、俺達二人のいない環境でG級のクエストを受けたことがない。そろそろ二人には、自分たちだけのクエストを受けられるようになってもらいたいと考えています」

 

 

 

「……先生……」

 

 と、ナッシェが今にも消え入りそうなほど悲しみのこもった声を出した。

 思わず目を向けたレオンハルトの視線の先で、星座の仮面の奥に涙を溜めたナッシェが、わなわなと震える唇が涙声を紡ぎ出した。

 

「私は、ナッシェは、いらない子、ですか……?」

 

「……何を言ってるんだ。今後のG級戦力強化のための話をしてたんだぞ?

 それは、ナッシェ達が十分に成長したと俺が判断したからだ。違うか?」

 

「……その通りですが、しかし」

 

 優しい声で語りかけるレオンハルトに、ナッシェは反対の意見を述べようとするが、

 

「ナッシェ。俺はナッシェのことを信じている。師匠として、誰よりもお前の強さを知っているつもりだ。ナッシェは、俺の自慢の弟子だよ」

 

「先生……ッ!」

 

 レオンハルトの言葉にあっさり反旗を下ろした。

 

「そして、最も信頼できるパートナーの一人だ。ナッシェには、アナスタシアの姉弟子として、二人だけで受けるクエストにおいてきちんと連携をとり、かつ討伐対象のモンスターを大過なく狩ってきて欲しい。

 いざという時、ナッシェやアナスタシアが懸念なく力を発揮できるようにしたいんだ。二人には完璧な連携・協力が出来るくらいには仲良くなってもらいたいし、仕事も楽になるし」

 

「も、最も信頼できる、伴侶(パートナー)……」

 

 最後にポロッと漏れた本音は、自分の世界にトリップしていたナッシェの耳には届かなかった。

 

「やれるか?」

 

「もちろんです! 私は先生の剣です! 

 どんなクエストでもこなしてみせましょう! かわいい妹弟子の面倒だって朝飯前です! 

 先生の自慢の一番弟子として、不肖ナッシェ、どんなクエストも頑張ります!」

 

「ほう」

 

「よく言った」

 

「あの男、やっぱり最低じゃない……」

 

 自信満々に答えたナッシェに、エイドスは頼もしいと満足そうに頷いて、羊皮紙を数枚めくり、闘志に満ちた仮面少女にクエストを言い渡した。

 

「それでは、【星姫】、【千姫】の両名には、ロックラック地方の火の国周辺に出没した、獰猛化アグナコトル・ヴォルガノス・ブラキディオス、この三頭を狩猟してきてもらおう」

 

「……ぇ」

 

 ナッシェは固まった。

 よりにもよって、獰猛化モンスターである。しかも、あのブラキディオスである。

 少女は寒気にブルリと背筋を震わせ、仮面の下で静かに涙を零した。

 

「総議長、その三頭は、共存関係にあるのですか?」

 

 そんなレオンハルトの問いに、エイドスはちらりと紙面に目を落としてから、

 

「いや、彼らは互いの縄張り争いの最中だ。他の土地に移動する素振りはないらしい。

 勢力の拮抗と、寄せられたブラキディオスの粘菌の情報を総合するに、比較的簡単なクエストだろう。

 ……あくまで比較的に、だが」

 

「ぇ、え、いや、ちょっと」

 

「分かりました。

 ……ナッシェ、バラバラに生きている獰猛化モンスター三体を討伐するだけの簡単なクエストだ」

 

「え、で、でも」

 

 それは簡単とは言わないのです。

 この場の誰もが口にしない常識的な判断を述べようとしたナッシェだったが、

 

「それに、獰猛化ブラキディオスと言えば、二年前のリベンジ・マッチだ。そのことを意識し過ぎる必要はないが、俺はナッシェならやれると信じている」

 

「…………と、当然です。私はやれます。私はレオン先生の一番弟子、レオン先生の伴侶(パートナー)です」

 

「できるか?」

 

「できます!」

 

 少女は簡単に堕ちた。

 恐怖より、目の前に吊された幻想の方が打ち勝ってしまった。

 

 エイドスは、仮面の下で自信に満ちた表情を浮かべているだろうナッシェに頷いて、羊皮紙に胸元から取り出したペンでサラサラと文字を書き込んだ。

 ナッシェは静かに諦めた。

 仕方ないのだ。先生の一番であるこの私が、まさか先生のお願いを断れるはずもない。

 問題は、アナスタシアに一体どう言い訳をすべきなのかということだけだ。

 

「では、【星姫】、【千姫】には、明日の朝、火の国へと出発してもらおう。

 ……それでは、次に、南エルデ地方のラティオ活火山にて、G級相当個体のイビルジョーが発見されたという情ほ」

 

「――ィィイビィルゥジョォォォオオオアアアッッ!!」

 

 突然、腕を組んで鎮座していた血赤色の男が奇声を発しながら立ち上がった。

 イビルジョーの凶悪な爪と牙に飾られ、不吉の象徴たる厚黒鱗が強烈極まりない威圧感を生み出す血染めの防具、“グリードZシリーズ”。

 首から下にグリードZを纏った、G級序列四位のハンター、“【暴嵐】のゲン”は、凶相を浮かべながら絶叫した。

 

「あっあっあっあっあっあっあっ、あぇ、あぇ、あぇ、うぉわぁぁああぁぁぁああぁぁああぁぁッ、ぁああぁぁぁああぁぁぁああッ、!? おっおっ、おっおっおっおっ、おぶりかるちゅある!? って何だ!? ぼ、ボージョレ、イッ、イビッ、イビッビッビッビ、ガガ、アガ……………アガァァァアアアアッッ!! や、やや、ヤヤぁヤぁヤぁヤヤらせろッ!! ヤらせろぉぉッッ!! 俺にイビルジョーを殺らせろッッ!! 

 …………い、今、すぐにだァ、うん、それが良い」

 

 ビリビリと頬を震わせる狂気的な大音声に、議場はシンと静まり返った。

 それはまさしく、歓喜の哄笑だった。

 引きつった笑みを作り、ギリギリと歯ぎしりを立てながら、ゲンはエイドスに脅迫、もとい懇願をした。

 どうやら、今日は相当()まっていたらしい、頭がかなりキテいる。

 端的に言ってキモい。

 

 背中に背負う暴食の太刀“カラミティペイン”が、彼の激情に呼応してカタカタと揺れた。

 暴食の遺志が宿るとされる、マジでヤバい太刀だ。

 さしものレオンハルトも握ったことがない。

 

「も、勿論だ、【暴嵐】よ。貴殿がここに来ると聞いて、今日取り寄せた情報なのだか」

 

「ならば、俺にクエストを寄越せ」

 

「あ、ああ。受注処理は、大老殿受付に依頼している。後は貴殿が赴けばい」

 

「そうか、感謝する。俺は帰る。失礼した」

 

 逃げ腰の総議長の言葉を最後まで聞くことなく、【暴嵐】のゲンは言葉少なに、白く太い柱の建ち並ぶ議場の端まで駆けていき、吹き抜けのそこからサッと()()()()て去っていった。

 遅れて、ズゥゥンという重い地響きが聞こえてくる。

 

 ……大老殿の塔、今降りたところから下まで、四十メートルくらいはあるんですが…………。

 

 レオンハルトは、いつものことだと割り切りつつも、釈然としない思いで右隣をちらりと見やった。

 …………この騒ぎにもかかわらず、【白姫】ラファエラは微動だにせず惰眠を貪っていた。

 大長老も、泰然自若の面もちで腕を組んだまま、微かな反応さえ示さない。

 大丈夫か、ここ。

 いや、いつも通りではあるけれども。

 

「…………うむ。この件は片付いた」

 

 エイドスは、あからさまに安堵の表情を浮かべながらそう言って、次の羊皮紙に目を落とした。

 ゲンは、人として大人として、やや欠けたるところのある人物ではあるが、ことイビルジョー討伐に関しては全ハンター随一であることに間違いはない。

 

「……それでは、次の案件に移ろう。次は……お、これはフラヒヤ山脈の調査依頼だな。

 こちらは、大長老から指針を表明して貰おうと思う。この地域の生態系と()()()()に関して、()()()()懸案している事項なのだが、念のため、G級ハンターの諸氏にお願いしたいのだ。

 ……では、大長老」

 

 そう言って、エイドスが大長老へと発言のバトンをパスした。

 七人分の視線が、巨大な椅子に腰掛ける大長老の口へと向けられる。

 

「…………」

 

 蓄えられた豊かな白髭が、ゆっくりとした呼吸に合わせて上下する。

 

「……………………」

 

 グッと遠くを見据えるような厳めしい視線の先には、一体どんな景色が見えているのだろうか。

 レオンハルトは、大長老の持つ数々の伝説を想起しながら、彼の言葉をジッと待った。

 

「…………………………………………」

 

 そのまま、数分が経過した。

 

「……大長老?」

 

 エイドスの問いかけに対して、大長老の出した答えは――、

 

「……………………ぐぅ」

 

 異様に長い頭部が、こっくりと頷いた。

 

「…………――」

 

「寝てやがる」

 

「さすがは大長老殿。人間としての格が違うでゴザる」

 

「これだから男は……ッ」

 

「…………ふにゃぁ?」

 

「あっ、違うんですララ様、寝ていることは全く悪いことではなくむしろ最高に可愛い寝顔のご褒美ありがとうございますっ!」

 

「わ、私は伴侶(パートナー)、先生の唯一……」

 

 …………忘れていた。

 大長老も、立派な元G級ハンターだ……。

 


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