ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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会議は踊った方がマシ

「……ふやぁ……おはよう」

 

 ――ブズッッ!

 

「こっ」

 

 床から浮き上がる脚、宙を飛ぶ体。

 身体の芯を下から上へと走り抜けていった衝撃に、アナスタシアは目をあらん限りに見開いていた。

 

「……え? ……へぶっ」

 

 アナスタシアの長身が、薬草を床に広げていた俺の方へ飛び込んでくる。

 眼前で起きた悲劇に寝起きの頭が反応出来ず、顔面でアナスタシアを受け止める俺。

 柔らかい薄地のパジャマに包まれたふとももに挟まれ、ふ、ふ、ふともも、ふとももが頬をぎゅうぎゅうと挟み込んでくる。

 目の前の薄い布の向こうには、お、女の子の花園が……いい匂いだ、とても興奮する、性的にとても興奮する、あ、ヤバい死ぬステイ!

 

「か、ぁ、あ」

 

「……お、おい? 大丈夫か?」

 

 張りぼての理性を総動員しながら声をかけるが、お尻に手を当てて震えるアナスタシアからは返事がない。ふとももすりすり。成熟した女の子の香り。ずっとこんな風にクンカクンカしていたい。

 

「ぁ、ぁ、あ……」

 

「お、おい!? ……ナッシェ! 何してるんだ!?」

 

「え、何って」

 

「だめ……」

 

 何かを耐えるように全身を震わせながら呻くアナスタシアに、本能が警鐘を鳴らし始める。

 

「ダメ!? おい、え、え? こ、こう言うときは、ど、どうすればいいんだ!? ちょ、も、モミジさん来てぇ……ッ!?」

 

「どうしたんです!? …………レオンさん? その雌猫と、一体何をしていらっしゃるんですか……?」

 

「いや、これは違うんです、誤解です」

 

 混沌を深める場の雰囲気をよそに、顔を真っ赤にして俺の頭に乗っかっていたアナスタシアは、プル、プルと痙攣しながら、

 

「だめぇ、だめぇぇ…………ぁ……」

 

 そして、悲劇は起こった。

 

 

 

▼ △ ▼ △ ▼ △

 

 

 

 大陸屈指の大都市、ドンドルマの中心部にある大老殿は、人類の繁栄と自然の調和のために、日々奔走するハンター達を統括するハンターズギルドの総本山だ。

 

 地政学的な観点から言えば、ドンドルマは人間にとってなくてはならない要所である。

 交易の中継地点としての顔から、高度に政治的な中立地域としての側面、周辺都市の盟主都市としての面子など、ドンドルマには様々な役割が期待されている。

 長い歴史を人類と共に歩んできた大都市ドンドルマは、今や人類繁栄の要とまで言われるほどに成長した。

 

 当然、人間とは違った摂理を持つモンスター達にとって、人間の都合など知ったことではない。

 東、北、西の三方を山脈に囲まれたドンドルマは、地形学的な要因や古龍を含む大生態系図の関係からも明らかなように、ドンドルマは様々なモンスター達が襲来する危険な街なのだ。

 過去、“鋼龍クシャルダオラ”や“老山龍”などの代表的な古龍を筆頭に、大移動中のセルレギオス達による襲撃や、山から下りてきたゲリョスの大群など、時にはドンドルマを壊滅させるほどの被害を受けたこともある。

 

 そこにハンターズギルドの本部を置くのは、一つに戦力の集中を容易に実現できるからであり、ギルドによる自治都市的性格を持つドンドルマが、他の政治勢力――例えば西シュレイド王国の貴族――に手出しをされないようにするためである。

 

 人類が自然の脅威に抗いつつ、国や貴族の介入を跳ねのけるまでに成長したドンドルマは、人類の進化の象徴たる様々な施設を都市内部に擁する。

 例えばそれは、蓄積した叡智の結晶たる古龍観測所や、手懐けたモンスターを人々に見せることによってドンドルマの“強さ”を内外に示すアリーナと言ったモノだ。

 西シュレイド王国内に存在する学術研究所なども含め、ハンターズギルドに関わりのある研究施設の殆どは、近年までハンター達を独自に雇っていた龍歴院を中心とした学界に所属しているが、それはまた別の話。

 とにもかくにも、ドンドルマという都市は、政治的に見ても、対モンスターの最高戦力という観点から見ても、人類の繁栄という目標達成を目指す立場から見ても、非常に重要な場所であるのだ。

 

 

 つまり、何が言いたいかというと。

 

 

 都市の未来を左右するような重要な会議“G級会議”に、腰布一枚の全裸で出席するような人間が顔を出していたり、そもそもメンバーの三分の一が安定して会議を欠席しているような現状は、大都市ドンドルマにとって非常に危険なモノである。

 常識的に考えれば。

 

「ドンドルマは大丈夫なのか……」

 

 【灰刃】レオンハルト・リュンリーは、大老殿へと続く長い階段の下で力なく呟いた。

 無論、大丈夫ではない。

 

 

 

▼ △ ▼ △ ▼ △

 

 

 

 “武力は権力”を地で往くハンターズギルドの今後を決定する“G級会議”は、各都市に派遣されるギルドマスター達の長たるハンターズギルド総議長、名実共にハンター達の頂点たる大長老、十三名のG級ハンター、計十五名から構成されている。

 最終的な決定権は大長老にあるが、G級ハンターという名の“武力の権化”たる者達の発言力はとても大きい。

 それは時に、ハンターズギルドの運営権力におけるトップの地位にいるギルド総議長はおろか、前線を退いた大長老さえ凌ぐほどだ。

 

 ハンターズギルドは、力こそが法なのだ。

 脳髄が筋肉で構成された化け物達の手綱をいかに握るか、ハンターズギルドはそのようにして、長い間対モンスターの最高戦力組織として機能してきた。

 

 

 そんなブラック組織のG級ハンターにおける頂点は、というと。

 

「…………」

 

 円卓に枕代わりのぬいぐるみを載せて、絶賛睡眠中だった。

 ドンドルマを一望できる議場に柔らかな朝日が差し込み、彼女の白髪を美しく輝かせている。

 

 G級序列一位、【白姫】ラファエラ=ネオラムダは、この場で最も重要な地位にいるにも関わらず、G級会議でマトモ()発言をしたことがない。

 お気に入りの真っ白な巨大ぬいぐるみ――ウルクススEX――の背中に抱きつき、静かに惰眠を貪るラファエラ。

 白い睫毛(まつげ)が呼吸に合わせて上下し、「うにゅぅ」という呻き声と共に柔らかなぬいぐるみに擦り付けられる頬は、人形に負けず白かった。

 

 しかし、触れれば壊れてしまいそうなほどに美しく儚げな寝顔は、何者も侵すことの出来ない聖域の象徴だ。

 彼女がこの場で眠っている限り、G級ハンター達が暴れ出すことはない。

 万が一にも死神の眠りを乱し、彼女の不況を買って暴虐の嵐を呼ぶようなようなことがあれば、例えG級ハンターが勢揃いしているとしても、生きて帰れる保証はない。

 まさに、名実共にした「ドンドルマの守護神」なのだ。

 

 それにしても。

 新雪のような髪が背中から腰まで流れ落ち、可憐な少女の午睡を思わせる平和の情景は、いつ見ても心が潤う。

 ラファエラは、本当に俺と同じ二十六歳なのだろうか。十年くらい前と比べても、容姿に全くの変化が見られない。

 首から下に、骸骨を模した“骸装甲シリーズ”の防具を纏っていなければ、人が羨む平穏の風景そのものであっただろう。

 これが、純真無垢の乙女というものか。

 彼女は俺とは比べものにならないほど(物理的に)強いが、守ってあげたいという父性本能が、ついつい働いてしまう。

 歳をとった、“オジサン目線”になったと言われても、俺は笑って受け入れるだろう。

 なぜなら、

 

「…………可愛いは正義なのだ」

 

「そこの無精髭の不審者、ララ様に手ぇ出したらぶち殺しますよ」

 

 思わず口をついて出た言葉に、真っ先に反応したのは、レオンハルトの真向かいの席に座る女性ハンター、序列九位の【眈謀】桜花(オウカ)・シムラだ。

 目の下まである薄緑色の前髪の奥から、浅葱色の鋭い眼光をぶつけてくる。

 とても怖い。

 

「……髭は剃ったよ、オウカさん」

 

「あら、ごめんなさい。私、てっきり髭だと思っていました。貴方のフンだったのですね?」

 

「どうして自分のフンを顔に付けているように見えるんだ……」

 

「だって、レオンハルト=クソ≒モンスターのフン、でしょう?」

 

「女の子がなんて事を言うんだ」

 

「その、根暗で見るからに不審者な出で立ちのイメージが先行してしまって。

 ごめんなさい、不審者ならば、自分の顔に自分の糞を塗りつけていてもおかしくはありませんよね」

 

「滅茶苦茶おかしいよ!」

 

 彼女は、特に作戦立案などにおいてとても優秀なG級ハンターであり、二年前、十九歳の若さでG級に昇格した才媛だ。

 しかし、ほんの少しだけ、同性のラファエラに関して熱くなりすぎる傾向にある。そして、男に対して妙に毒舌が激しい。

 そんなオウカに対して、右隣の席に座る覆面の少女が口を開いた。

 

「おーかさん、失礼です。先生はララさんに手なんて出しません。先生は極度のチキンで古今無双のヘタレなんです」

 

「おいナッシェ止めろ」

 

 弟子からまさかの口撃を加えられて、俺のガラスハートにヒビが入った。

 ナッシェはこうした人前に出るとき、黒地に白で線や点を描き、星座を表している仮面を外さない。

 顔を見せないその出で立ちは、G級の名に相応しい変人っぷりだ。普段から少しズレた所があるから、奇人っぷりに拍車がかかっている。

 弟子じゃなかったら、まず関わり合いになりたくない人種だ。

 たとえ美少女であっても、あまりお近づきになりたくない人というのはいるものだ。ぼく学習した。

 目と口元以外はマスクに覆われているが、僅かに上がっている口の端を見るに、さっきのは天然発言じゃない、確信犯だったのだ。

 本当になんて弟子だろう。

 

「チキン? どうやら我々G級ハンターの間で認識の齟齬があるようだな」

 

 と、俺の左隣に座るオウカの兄、【剛槍】ヒヒガネ・シムラが渋い声で口を開いた。

 

「G級序列二位、【灰刃】レオンハルトは、三人の強く美しき戦乙女(ヴァルキリー)達に囲まれ、まさに多くの妻を娶る好色の英雄として世間に認知されている。つまり、生粋の女誑しだな」

 

「え?」

 

 マジで?

 思わず浅黒い肌の男に目を向ける。

 

「クズですね」

 

「え?」

 

 シムラ妹が的確に毒の入った援護射撃を放ってきた。

 思わず涙ぐみそうになるが、そこはぐっと顔に力を入れてこらえた。

 ヒヒガネは、構わず続ける。

 

「しかし、彼らの組む狩猟パーティーは、こと生死の関わる現場において禁忌とされる恋愛的な測面について、何ら致命的な問題を発生させていない」

 

「いや、まぁ、確かに問題になるようなことは……ない、ない?」 

 

「しかも、【灰刃】一人に対して、三人の女性が明確な好意を示しているにも関わらず、彼は性的興奮や発情といった反応を示さず、また交際交尾結婚出産の過程を進むに至っていない。つまり、一切の進展がない」

 

 交尾ってなんだ。

 せめて、セッ○スって言えよ。

 いや、言うな。

 

「おい、黙れ。人の話を聞け」

 

 嫌な予感を抱き、思わず椅子から立ち上がるが、ヒヒガネは妙に熱くねっとりとした視線を俺に向けて、堂々と言い放った。

 

「それは、レオンハルト君がホモ・セクシュアルだからだ」

 

 …………何かあるとすぐこれ(ホモ)だ。

 レオンハルトは議場の天井を仰いだ。

 G級三位、四十一歳男性、ヒヒガネ・シムラは、尋常ならざる怪力のホモである。

 襲われたらまず助からないというのが、我々男性ハンターの常識だ。

 最悪だ。

 

「んなわけあるかッ!!」

 

 ドンッ、と机を叩きながら抗議するも、ヒヒガネは汚れた熱視線を向けてくるばかり。

 

「な……ッ!?」

 

「ナッシェ!? 真面目に受け取るな!」

 

 仮面の下で瞠目するナッシェに必死で叫ぶ。

 

「ヒヒガネ兄さん、そのホモ男のケツを早く○って」

 

「オウカさん、本当にやめてください、お願いします」

 

「フッ。オウカ、俺は無理やりというのは好まんのだ。お互いが合意の上でセ○クスをする、というのは、理性ある人間に生まれた者として当然のことなのだよ」

 

「やった! 勝った! 俺の後ろの貞操は永遠に守られる!!」

 

「彼の方から俺を求めてくれるようになるまで、俺はずっと待っているよ!」

 

「一生待ってろ!」

 

「レオンハルト君。君が我慢できなくなったら、いつでも僕の家においで。アナ○処女の君は、まずア○ル拡張から始めよう」

 

「誰が行くか!!」

 

 マズい、ヒヒガネの暴走が止まらない。

 

「『切ない吐息を漏らしながら、赤い瞳を少女のように潤ませたレオンハルトは、星降る冬の夜、インナーを脱いで――』」

 

「ギャァァァァアアアアア!!?」 

 

 ついに妄想の垂れ流しが始まった。

 髭面の厳つい男が、麻布の服を盛り上げる筋骨隆々の体をくねらせながら、熱っぽくボーイズラヴを語る姿には、怖気と寒気しか感じない。

 どうしてこの人は防具を着てこないんだ。

 鳥肌が立ち、インナーの下の乳首が本能的な危険を察知して勃起するが、全く気持ち良くない。

 

「『――外気に触れて高ぶったフルフルベビーを撫でながら、狩り場を駆け回って引き締まった禁足地を僕の目の前へと晒し、「ヒヒガネさん、俺、もう……ッ!」と湿った声で呟いて、僕の剛槍を物欲しそうにねだったのだ。思わず、桃色の皺が寄った窄まりに人差し指をさし入れてしまった。すると、ギギネブラの如く指に吸い付いたハプルポッカが』」

 

「もう止めろぉぉぉおおぉぉぁぁああああッッ!!」

 

 頭を抱えて絶叫するレオンハルト。

 物理的に口を塞ぐべきか、いやアイツに近づくなんて貞操の危機を感じる。

 

 いつもなら、こうしたヒヒガネの暴走を止めてくれるのは序列十三位の筆頭ランサーなのだが、今日は来ていない。

 ヒヒガネの隣に座る“【暴嵐】のゲン”は腕を組んで呪文のような何かをブツブツと呟いているだけ。

 天井からぶら下がった全裸の変態も沈黙を貫いているが、たとえ何かを言ったとしても視界に入れたくない。

 ナッシェは目元に光る涙をハンカチで拭いながら、笑い声が出ないように必死にお腹を抱えていた。

 救いはない。

 アイツ、後で覚えておけよ……。

 

 

「……ホモ談義はそこまでにしろ」

 

 ――聞いたこともないくらいに酷い静止の声を放ちながら、混沌渦巻く議場に入ってきたのは、ハンターズギルド総議長のエイドス・アッチェレランドだった。

 黒い髪が、ワカメのように禿げ上がった頭に健気にしがみついている。

 まだ四十代前半であるというのに、運命は残酷だったようだ。

 

「いやぁ、ホモの道は大変そうだねぇ」

 

 そのハゲの後ろに、人を馬鹿にしたような笑みを浮かべて、【蒼影】アーサー・ニコラスも続いてきた。

 オウカの左隣に座ったアーサーは、ニマニマとしながらレオンハルトに声をかけた。

 

「で? いつヒヒガネさんとファックすんの?」

 

「殺すぞ」

 

 赤い瞳に明確な殺意の火が灯り、アーサーは「冗談ッス」と慌てて目を逸らした。

 

「挙式は明日でもいいぞ? その代わり、今晩で浣腸脱糞絶頂まで訓練しないといけないが。披露宴で貫通式というのも悪くない」

 

「もうやだ、おうちかえる……」

 

 本気トーンで話すヒヒガネに、レオンハルトは口で説得する事を諦めた。

 体を開くとは一言も言っていない。

 G級のハンターとまともに会話しようとしても、精神的に消耗するだけだ。ヤツらに常識は通用しない。

 

「…………会議を始めてもいいか?」

 

 大長老の左隣に座ったエイドスの言葉に、反対意見を述べる者はいない。

 

 大長老は、レオンハルトが円卓の置かれた議場に到着する前から、沈黙不動のまま鎮座していた。

 座っているというのに、その巨体は六メートルの高さにまで届いている。

 薄く開けられた瞳の奥の色は伺いしれず、目の前で繰り広げられていたホモ騒動に眉一つ動かさぬその威様は、まさに大長老と言うべきものだった。

 

 大長老に視線を送り、無言の肯定を得たエイドスは、少し肩を張って口を開いた。

 

「……うむ。では、これよりG級会議を始めよう――」

 

 


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