ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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殺戮の天使

『特産ゼンマイ二十個の納品』

 

 依頼書の受付承認欄にサラサラと二人分のサインをして、傍らに置いた羊皮紙の上に乗せる。

 

 重ねられた七枚の依頼書の表題には、『深層シメジ二十個の納品』『上位イャンガルルガの討伐』などと書かれている。

 

 受注者の名義は全て『レオンハルト・リュンリー』、受理者は『モミジ・シャウラ』、目的地はどれも古代林だ。

 

 彼に承諾させた初心者ハンターの育成。

 与えた三ヶ月という短い期間、あのハンターならばきっと、ほとんど村に滞在せずに弟子の教育へ費やすだろうとは予想していたけれども、『狩り場専属契約』を要求してきたのは期待以上のことだった。

 三ヶ月の間、古代林とその周辺地域を目的地とするクエストは、全てかの地に滞在するレオンハルトへと回される。

 

 古代林は、ベースキャンプを破壊されたこともあって、狩猟環境が安定するまでは立ち入りを規制することになっていた。

 ギルドのバックアップも心許ない中、絶対的にクエストを完遂しながら、ベースキャンプ復旧のために狩り場に長期間張り付けるハンターが必要だったのだ。

 

 そういう意味で、この時期にベースキャンプを壊されてしまったのは、()()()()()()タイミングだった。

 

 龍歴院所属のハンターには、ベースキャンプが復活するまでの間、他地域のギルド支部との交流や、幅広い種類の狩り場にて経験を積ませることなどを指示している。

 その理由付けに、ベースキャンプ全壊というのはまさにうってつけの事態だ。

 

 あの少女──“ナッシェ・フルーミット”も、それなりに腕のいいハンターになって帰ってくるはず。

 何しろ、レオンハルトというハンターの狩猟技術を、ほぼ丸ごと写し取れる逸材なのだから。

 

 彼は、こと狩猟という面においては類い希な才能を持つハンターではあるけれど、中身はまだ子供のそれだ。

 その目は人を映しているようで、その実、どこまでも己の闘争にしか向いていない。

 純粋すぎる闘争心は、時に人を、彼自身さえも傷つける。

 

 教えるという行為が、レオンハルトというハンターをも成長させてくれることを、龍歴院No.1受付嬢のシャウラ・モミジは願っていた。

 かねてから計画していた、レオンハルトの弟子育成。

 初めての弟子をとらせるのに、願ってもない素材とチャンスが同時に舞い込んできたのだ。

 

 風は、確実に彼女の追い風となっている。

 後は、この機を上手く扱うだけ。

 

 大丈夫、不自然なところは何もないし、憂慮すべきことには出来る限りの対処をした。

 

 あとは、事が運び終えるのを待つのみ────。

 

 

 

 

 

「────シャウラさん、【我らの団】の皆様が到着なさいました」

 

 部下の声に返事をして、論文を書く手を止めたモミジ・シャウラは、身嗜(みだしな)みを軽く整えてから外へ出た。

 

 

 

 吹き抜ける高原の涼しい風に、秋の香りが混じっているのを感じる。

 

 風下へと目を向ければ、そこには“勇敢なモンスター”の意匠が施された、巨大な気球船が着陸していた。

 

 そこから降りてくる数名の人影。

 

 彼らの方へと歩み寄りながら、モミジはそっと彼らの顔を照合していく。

 

 先陣を切って降りてきたのは、赤いウェスタンハットを被った、壮年の男性──上級キャラバン【我らの団】の団長をしている書記官殿、ロック・モーガン氏だ。

  

 その後ろから付いてくるのは、竜人族の加工屋さん──確か、ディアルク氏──と、彼の弟子だという黄色いフードを被った少女──セナちゃんだったはず──。

 

 それから、立派なヒゲをたくわえた竜人族の商人と、台所道具をえっちらおっちらと運ぶアイルー。

 【我らの団】専属受付嬢のソフィアが分厚い本を開きながら歩き出てきて、彼女の横で軽薄そうな笑みを浮かべて喋る、青色の防具“ホロロシリーズ”に身を包んだハンターが続いた――G級の“【蒼影】のアーサー”だ、どうでもいい――。

 そして――。  

 

 

 そのハンターは、一言で言い表すならば“白”だった。

  

 太陽の光を受けて燦然と輝く白銀の鱗が至るところに施された一級防具――“EXフィリア”を身につけている、女性のハンター。

 歩みを進めるたびに、処女雪のような純白さを持った白髪がふわりと揺れた。

 極光色に煌めく悪魔の翼や、遠目にも分かる美しい顔の造形は、さながら天を(めぐ)る龍の化身の如き気高さを感じさせる。

 

 古龍の一種として数えられる“天廻龍”シャガルマガラの素材をふんだんに用いたその防具は、彼女がどれだけ腕の立つハンターであるかを端的に示していた。

 

 背中に背負うのは、煮えたぎるマグマの如く明滅を繰り返す巨大なガンランス、“燼滅銃槍ブルーア”。

 彼女の細腕と、携えるブルーアとのアンバランスさは見る者の目を引くが、このガンランスはギルド所属のハンター達に、()()()()()()()()()()()知られている。

 

 “【白姫】ラファエラ”。

 二十四の若さで『トップハンター格付けランキング』序列二位に叙されている、紛うことなき当代最強のハンターだった。

 

 

 

 

 

▼ △ ▼ △ ▼ △

 

 

 

 

 どうしてこうなったと、私はそう言いたい。

 

 

「……先生?」

 

「ん?どうした?」

 

 爽やかな朝を迎えた古代林の一角、小さな岩場の陰になっている所で、ナッシェ・フルーミットは愕然とした面持ちを隠さずに、狂人レオンハルト先生へと問いを発した。

 少女の発した言葉のわずかなニュアンスに、ミス無く対応できるようになったレオンハルトは、確実にコミュニケーション能力が上がっていた。

 

「…………い、一体、何をなさってるんですか?」

 

 彼に師事する運命を受け入れて幾日か過ぎ、ようやくレオンハルト流狩猟理論に身体と心が慣れてきたナッシェであったが、そんな彼女でも、声をわずかに震えさせながら事実確認をせねばならないほどの、トチ狂った事態が滞りなく進行していた。

 さすがに、何が起きているのか、理解の許容範囲を超えている。

 これを何の待ったも無しに受け入れてしまえば、今度こそ死が確定する。

 

「何ってお前────」

 

 片手剣の刃を研ぎ終えたレオンハルトは、ナッシェの方を()()()振り返りながら、こう言った。

 

「見ての通り、狩りの準備だけど」

 

 その顔には、どこかで見たことのあるアイテムがしっかりと装着されている。

 

「…………とりあえずですね、先生」

 

「ん?」

 

 ここが、私の人生の分岐点だ。

 一歩間違えたら、地獄に真っ逆さまだ。

 一発、常時狂っているこの師匠に言ってやるのだ。

 

 お前は頭がおかしいアホだと。

 そこは気付けよと。

 

 

「その()()()()()、外した方がいいと思います」

 

 手元を全く見ないで正確に刃を研いでいくのは、職人芸だと褒めるべきだろうか。

 

 

 そんな弟子の常識的なアドバイスに、レオンハルトはキョトンとした顔をして、

 

「なんで?」

 

「アイマスクを付けたままでは、狩りが出来ないからです」

 

 ナッシェのもっともな言葉に、レオンハルトはますます不思議そうな顔をして、

 

「何言ってるんだよ。アイマスクしてても狩りは出来るだろ」

 

「ぇ」

 

 その答えを聞いて、ナッシェは悟った。

 つまり、そういうことなんだ。

 

「いいか? 目で見ていなくても武器は振るえるし、モンスターはそこにいる。そして、モンスターを刃で傷つければ、彼らはいつか倒れる。つまり、見えていなくてもモンスターは狩れるんだよ」

 

 その理屈はおかしい。

 

 レオンハルトの論理は全く理解できなかったが、ナッシェには彼が次に発する言葉を完全に読みきっていた。

 

 

「じゃあ、今からモンスターを見ないで狩るやり方を見せるから、こいつを真似してね」

 

 無理だ。

 

「ハンターとして、気配だけを頼りにモンスターを殺すのは基本中の基本だからさ。そんなに難しくはないよ」

 

 嘘だ。

 

「どうしたんだよ、そんなに震えて…………。あ、分かった。安心しろって。素振りよりも楽だからさ!」

 

 鬼だ。

 

 朗らかに笑いながら、アイマスクのままポンポンとナッシェの肩を叩くレオンハルトに、ナッシェは涙を流しながら頷いた。

 

 見てもいないし触ってもいないのに、どうして震えているのが分かったんだろうとか、安心できる要素をどこに見出しているのだろうとか、素朴な疑問が尽きることは無かったけれども、ただ一つだけ理解できた。

 

 私はどうやら、ここまでみたい。

 

 

 

▼ △ ▼ △ ▼ △

 

 

 

「書記官殿、遠路はるばるご足労様でした。お久しぶりにございます、龍歴院担当受付嬢の、モミジ・シャウラです」

 

 非の打ち所がない営業スマイルを浮かべた彼女が、赤いウェスタンハットを上げる壮年の男──書記官殿に一礼をして挨拶した。

 

「ハッハッハッ、シャウラ嬢、そうかしこまることもないだろう!」

 

 人の良い笑みを浮かべた彼の言葉に、モミジは苦笑しながら礼を解いた。

 彼は間違いなく人格者だ。

 表面的な接し方ではすぐに見透かされる。

 

「事前にご連絡いただいたとおり、私から【我らの団】の方々に、三週間のベルナ村滞在をサポートさせていただきます」

 

「ウム、頼んだぞ!キャンプ復旧のための資材は船の中だ、あとで運ばせよう」

 

「ありがとうございます」

 

 さァて、と書記官殿は後ろを振り返って、自らの団員たちへと声を掛けた。

 

「みんな!今回は休息のためにこの村を訪れたんだ、ゆっくりと身体を休めてくれ!何かあったら、彼女を頼るんだぞ!この子は龍歴院で一番仕事の出来る受付嬢だからな!」

 

 

 

 

 …………めいめいに動き始める彼らをよそに、ずっと感じていた視線の方へと目を向ける。

 リオレウスの吐く炎よりも赤い瞳と目があった。

 

 “【白姫】ラファエラ”。

 

 彼と同じ()をしたその目が、モミジの目を射抜いた。

 まるで、自分と彼女、たった二人きりで世界から取り残されたかのような錯覚に陥る。

 

 ラファエラは、なんの感動もない表情を一切変えずにこちらへと歩み寄ってくる。

 

 同じなのだ。

 血を望むかのような真紅の瞳も、人を見ているようで、その実その人を透かしたところに見える何かを見つめる純粋な視線も、人を惹き付け、畏怖させるような、無機質ささえ感じさせる一途な目の色も。

 近付いてくるG級ハンターに、モミジは知らず身構えていた。

 

 彼女と彼に、血のつながりは無いはずだった。

 ラファエラ=ネオラムダは、腕のいい狩人を多く輩出している名門・ネオラムダ家出身の血統書付き(サラブレッド)で、一方のレオンハルトは、なんと言うこともない片田舎の出自。

 互いに仲がいいというワケでもない。

 

 だというのに、あの二人の目を見ると、彼我の間に横たわる深い谷のことを思わずにはいられない。

 『ここから先は違う世界だ』と、彼岸に立つその目が告げるのだ。

 

 彼らは昔から、明らかに互いを意識していた。

 彼らが恐らく共通して抱いていただろう感情の正体を、“部外者”たちは誰も知らないし、理解できない。

 たった二人の同類は、一種の孤独に身を置きながら、二人だけの世界の中にいたのだ。

 

 私はそれについて何を感じただろうと、モミジはそんなことを思った。 

 

 

 見る者が無意識に警戒心を抱いてしまうほどの存在感をまき散らしながら、ラファエラはモミジの前に立った。

 

 世界から音が消えた、そう思ってしまうような静寂に包まれる。

 或いは、周囲の音を全て遮断してしまって、目の前のハンターの一挙手一投足に集中したがる恐怖心。

 

 背中をつつ、と冷や汗が伝う。

 営業スマイルが引きつっていまいか、その確信も曖昧になってしまうような緊張感に、モミジは知らず両手を固く握っていた。

 

 彼らに抱いてきた感情のことを考える。

 自分にはないものを持っていることへの嫉妬だろうか。

 自分にはあるものを持っていないことへの羨望だろうか。

 彼らだけが分かり合えるその世界への憧憬だろうか。

 それら全てをごちゃ混ぜにした気持ちだったようにも思えるし、そのどれもが的を外れたものだったような気もする。

 

 名状しがたきその気持ちが、モミジの両手に無意識な力みを与えていた。

 右肩の古傷がジクジクと痛む。

 

 黄金の冠を模した防具を小脇に抱えるラファエラは、愛想も挨拶もないまま、薄桃色の唇を開く。

 話し出すまでの一瞬が、十数秒もの長い時間に感じられ…………十数秒?

 

 それは、本当に奇妙な沈黙だった。

 何かを言い掛けて口を開いたまま、一言も言葉を発しないラファエラと、そんな彼女の真っ赤な瞳にじっと見つめられて固まるモミジ。

 表情に一切の動きを見せない【白姫】の醸し出す独特の威圧感に、その場にいた誰もが黙り込んで、彼女の次の動きへと注意を引きつけられた。

 

 涼やかな風が、固まりあう二人の間を吹き抜けていく。

 その風に背中を押されたのか、ラファエラは一言だけ、

 

 

「…………どこ」

 

 

 本当にただ一言だけ、謎の言葉を発した。

 

 

「…………へ?」

 

 何の脈絡も見えない唐突な言葉に、若い男の間の抜けた声が続いた。

 龍歴院で長い間受付嬢をしてきたモミジは、およそ理解しがたきG級ハンターの一言を、人の場所を聞く()()として正確にくみ取り、その意図しているところを明確に察した。

 

 それは、ハンターたちが発する言外の意図を読み取る受付嬢の手腕と言うよりは、ほとんど予想がなされていた故のことだった。

 

 人、それを“女の勘”と呼ぶ。

 

 

「『どこ』とは、一体どちら様についてのことでしょうか?」

 

 そう、淀みなくとぼけるモミジに対して、ラファエラは細く白い首をわずかに──本当に少しだけ──傾けて、今度は間を置かずに、ほとんど抑揚のない声で問いを発した。

 

 

()()()、“【灰刃】レオンハルト”はどこ?」

 

 

 




よく訓練されたコミュ障は、自分の考えや言いたいことの重要なところを飲んでしまって、どうでもいいところだけ抽出して話してしまうんです。
結果、何が言いたいのか分からないと人に思われてしまう。
ソースはY。

我らの団の皆さんの名前、『事前に調べ上げてある』受付嬢さんの有能さアピールのために勝手に決めちゃいました。公式設定見つかんなかった…………。

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