ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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やろうと思えばどうとでもなる

 結果から言えば、少女の心配は杞憂に終わった。

 昨晩は、()()()を持参したレオンハルトが、近づいてくるモンスターを()()()ところで片っ端から狩り尽くしたからだ。

 

 具体的には、ナッシェがライトボウガンで撃ち漏らしたマッカォなどの小型肉食モンスターや、生肉には寄ってこないハズのホロロホルルなどを。

 

 月夜に照らされた瑠璃色の巨大(ふくろう)を目にしたとき、ナッシェは朝日を拝むことを諦めた。

 

 そのフクロウの最期が、眼窩からブッスリと突き入れられたガンランスの竜撃砲たった一発などという事実を前にして、ナッシェは自分が覚めない悪夢を見ていることに気が付いた。

 ガンランスって、盾を持たずに使うものなんだなぁ…………。

 

 

 

 そうして、ほとんど寝付けなかった夜を明かして。

 

 念願の朝日を背に、少女は希望の朝を謳歌していた。

 

 

 

「――五百八十!五百八十一!五百八十ニ!」

 

 レオンハルトには、自分の立てた“一流ハンター育成計画”がこれ以上なく完璧なものに見えていた。

 

「あはははははははっ!」

 

 生きている幸せを噛みしめながら、心から楽しそうに笑うナッシェを見て、今回の特訓を組んで良かったと思える。

 

 太刀“骨刀”を同じ型で振るう彼女の太刀筋は、今日初めて太刀という武器を握った少女のものとは思えぬほど冴えたものだ。

 

 朝日を受けて煌めく汗や涙は、少女のみずみずしさと幼さの見せる倒錯的な官能を以て、生命の尊さをこれでもかと見せつけている。

 やはり、自分の見立てに狂いはなかった。

 

 

 当初は、『女の子&か弱そう』という情報に惑わされ、ハンターズギルドが発行している『初心者ハンターの心得(先月発行)』や『ハンター育成ノススメ(三週間前改訂)』などの本を暗誦し直したりしてしまったが、さすがにこれでは甘過ぎるのではないかと言う懸念もあったのだ。

 

 ギルドはこんな生易しいガイドブック(モノ)でハンターを育成しようとしているのだろうか。

 著者には申し訳ないが、これでは見通しが甘いとしか言いようがない。

 

 “回復薬を一つ調合してみよう!”だの、“こんがり肉を焼いてみよう!”だの、“ドスマッカォを一頭狩猟してみよう!”だの、ハンターを舐めているとしか思えないのだ。

 

 普通、調合というものは二百ほど繰り返して初めて実践でモノになるものだ。

 自然の素材には、その質や大きさ、色や匂いについて大きなバラツキがある。

 狩り場で採集した素材は、一つとして同じモノがない。

 故に、それらを調合させて我々狩人に必要な薬や道具を作り出すには、ひとえにその経験値がモノを言うのだ。

 ユクモ農場で生産されるような、似た性質を持つ規格品とは勝手が違うのだと言うことが何故分からないのだろうか。

 

 こんがり肉だって同じ。

 誰だって、肉焼きに関する勘が無ければ、レウス肉とベリオ肉とホーミング生肉を同じように美味しく焼くことなど出来ない。

 火の通し方が甘ければ生焼け(レア)になってしまうし――中にはそれを好むヤツもいるが――、念を入れて火をくべれば普通に灰が生まれる。

 

 酷いのは、武器訓練の指南において、ドスマッカォやドスジャギィの、たった一頭の狩猟で済ませようとしている所だ。

 たったの一度、実戦に立たせて武器を扱いさえすれば、その後もなんとか武器を扱えていけると信じているのだ。ありえない。信じられない。

 

 

 普通、全武器種素振りから入るだろ。

 

 

 『どれが自分に合っている武器かを考えるのには実戦が一番!さぁ皆でレッツ闘技場!』だなんて、どこの脳筋だよって感じだ。

 

 G級ハンターの“【眈謀】のオウカ”が書いているというから暗誦していたが、あの程度でG級になれるということだろうか?

 やはりそこは、才能がモノを言う世界ということか。

 

 G級には“ずば抜けている人”が多いと聞くからなあ。

 最初が肝心なハンター業で、才能というのはハンター人生全体に響いてくるからな。

 

 

 

 

「九百九十一! おっとマッカォ一頭発見!」

 

「あはははははははっ!」

 

「ギャァギャァッ! ……ァ?」

 

「ずっぱーん! はい討伐! 九百九十六! 九百九十七!」

 

 『切り下ろし、突き、切り上げ』の型を、ピュン、ピュン、ピュン、とテンポよく繰り返していくナッシェ。

 傍らで、氷属性の太刀――“白猿薙【ドドド】”についた紅い飛沫を振り払いながらカウントをとるレオンハルトは、延々と素振りを続けるナッシェを温かい目で見守っていた。

 

「九百九十八! 九百九十九! 千!

 太刀振り方止めィ!!」

 

「はいっ!」 

 

 朝の古代林をビリビリと震わせるような掛け声に、元気いっぱいに返事をするナッシェ。

 キラキラと美しく少女を飾る透明な水滴は、いっそ神々しささえ感じさせるほどだ。

 

「先生!」

 

「どしたぁ!」

 

「眠いです!」

 

「そうか! それなら今すぐに次の素振りを始めよう!」

 

 寝落ちは人生の大敵だからな!

 

 碧色の瞳から、透き通った滴がはらはらとこぼれ落ちた。

 すまない、ナッシェ。

 だが、世の中には深夜テンションという名のブースターが存在するのだ、許して欲しい。

 

 この子は恐らく、慣れない野営で余りよく眠れていないはずだ。

 それに加えて、断続的に死の危険も訪れていた。

 睡眠不足とアドレナリンの強力なコンボによって、彼女の頭は常ならぬ興奮に冴えているはずだ。

 

「今日の内に、軽めの前衛武器は一通り覚えてもらうぞ!

 さあ、次は太刀の応用、“気刃斬り”だ! 今からやって見せるから、俺の真似をしろ!」

 

 そう。

 ナッシェは、“見て真似る”ことに天賦の才を持っている。

 なれば、自分の太刀振りを見せて、それを真似させ、素振りを繰り返すことによって技術を覚えさせればいい。

 

 彼女は決して、肉体的に強い少女ではない。

 だが、卵泥棒の一件の時に目撃した、痺れるような射撃技術、あれは素晴らしいものだった。

 本人の言うところによれば、レオンハルトには当たらないように、着実に退路を塞ぐ射線を選んでいたとのこと。

 しかも、流れのハンターの射撃技術を見て真似ただけだというのだ。

 

 つまり、ナッシェの今後のために、今最も強化すべきところはフィジカル面となる。

 こいつは、いわゆる筋トレだとか、効率良い身体の動かし方などによって解決できる。

 深夜テンションのまま一日を乗り切れば、あとは惰性と慣れでなんとかなるだろう。

 

 後は、レオンハルト十数年の蓄積を披露して、彼女にそっくりそのまま伝授してしまえばいい。

 持てる狩猟技術をそっくりそのまま注ぎ込むことが出来る弟子、それも命を懸けて培ってきた戦い方をほぼ完璧に再現させられるのだ。

 

 こちとらダテに十何年もハンターをやっているわけではない。

 モミジさんのいう『一人前のハンター』のハードルには十分だろう。

 

 

 つまり、俺の素振りを延々と真似させればよいのである。

 

 

 勿論、血のにじむ努力の末に獲得した技術は、そう易々と真似できるようなものではなかった。

 故に、型を覚えるまで、“ぼくのかんがえたさいきょうの”太刀筋を完璧に覚えるまで、繰り返させなければならない。

 『俺はこんなに頑張ってきたのに、こいつは一瞬で……』などという思いを弟子に抱くような、恥曝しな師匠にならずに済んだことを喜ぶべきだろうか。

 否、そのような思いは、人間である限り抱いてしまう可能性を常に持っている。

 そして、俺が何を思おうが思うまいが、ナッシェがいかにして強くなるか、今はそのことだけに全力を尽くすのみだ。

 

 兎にも角にも、俺は狩り場でナッシェに死んで欲しくなかった。

 弟子をとると、こういう感覚になるのだろう。

 なんとしてでも、この子を死なせないようにしたいのだ。

 

 素振りで鍛えた下地は、必ず実戦で役に立つ。

 本当に価値があるのは、その身につけた技を本番でいかに昇華させていくかと言うことにある。

 

 すなわち、武器の素振りはいくらやってもし過ぎという事はないのである。 

 

 ナッシェのためだ。

 レオンハルト、お前は心を鬼にしろ。

 容赦は敵だ。

 良心の呵責は、今この状況下においては偽善と成り下がる。

 

 言い訳を作ってでも厳しくしろ。

 

 

「先生っ!」

 

「どしたぁ!」

 

 涙声のナッシェが、惚れ惚れとしてしまうような純粋な笑みで口を開いた。

 

「身体がいたいです! 腕があがりません! むり! もうやだぁぁぁ……」

 

 ガシャンと“骨刀”を取り落としたナッシェが、そのまま地面にへたり込んだ。

 頬をつり上げたまま、ぽろぽろと涙を流している。

 

 ……ついにこの時が来てしまったか。

 

 自分の経験とナッシェが力の弱い少女であるという事実から判断して、彼女の肉体的な限界はそろそろ越えただろうと思ってはいた。

 まだ片手剣と太刀しか振らせていないが、ナッシェは元々の筋力が低いのだ、彼女は確かに自分の限界を越えて頑張っていた。

 証拠に、白魚のような手は限度を越えた酷使にぷるぷると震え、手のひらは武器の握りすぎで擦り切れ、赤い血がにじんでいる。

 昨日までボウガンしか使っていなかった十四の少女に、これ以上を望むことが出来るだろうか。

 

 素振りは、肉体を鍛えるのに最も効率のいい方法だ。

 それは同時に、最も効率よく筋肉や身体を疲労させ、痛めつける方法でもある。

 ナッシェは、既に十分頑張った。

 

 

 ――そんなことは、痛いくらいに分かっている。

 

 

 誰よりこの俺が通った道だった。

 俺は、自分以外のハンターの在り方を知らず、自分以外のハンターがいかにして強くなったかを知らない。

 当然だ、十人十色、人は皆違うのだ、皆違って皆良い。

 ナッシェには、他の人間が持っていないような、素晴らしい才能があった。

 目で見た他人の行為行動を、その根幹から枝葉末節まで、あたかもその当人であるかのように再現する才能が。

 

 この子は女の子だ、可愛い女の子だ。

 自分とは違う、幸せな未来を歩むことが出来る。

 自分とは違って、傷物にすることは許されない。

 それでもハンターをやるというのだ、ナイフを握った震えるあの手は、確かにこの道を選んでしまった。

 ここに来て、他のハンターのことをあまり知らない自分の無知が、どうしようもなく邪魔だった。

 彼女には死んで欲しくない、傷ついて欲しくない。

 そして、大きな怪我もなく、無事に十何年も狩人として生き続けて来れた人間を、俺は自分しか知らない。

 

 この道は、十分な努力()()では足りないのだ。

 強大なモンスターたちを前にして、並みの思いと才と力では、どうしようも無くなってしまうかもしれない。

 だから、そういう状況に陥って欲しくないから、一切の妥協は許されなかった。

 あの時ナイフを握った手を支えられるのは、俺しかいないのだ。

 

 許せ、ナッシェ。

 これしかないんだ。

 

「……ナッシェ」

 

 静かな歩みで、地面に座り込む少女へと近づくレオンハルト。

 

「…………はい、せんせ」

 

 涙を流しながら顔を上げる少女は、その美しさが痛ましさに拍車をかけていた。

 思わず怯みそうになる足を、意志の力で前に進ませる。

 ともすればそれは、強大なモンスターに立ち向かうよりもよほど恐ろしい一歩だった。

 

「……飲め」

 

 言葉少なにレオンハルトが差し出したのは、オレンジ色に濁った液体が入っているガラス瓶だった。

 

「レオンハルト特製の“強走薬グレート・戒”だ。ギルドで公表している強走薬グレートのレシピに、ハチミツと秘薬、それから元気ドリンコを混入させて作った、まあまあ危ないクスリだ。

 だが、お前の感じている痛みと疲労を必ず打ち払ってくれる。保証しよう」

 

 淡々と話しながら、どう考えても危険な飲料を少女の手に握らせる。

 かつてハンターになったばかりの自分が、限界を超えて無茶を犯すために作り上げた、レオンハルト工房の作品の中でもぶっち切りでヤバい薬品、それが“強走薬グレート・戒”だった。

 

「飲め。それから、素振りを開始しろ」

 

「…………っ」

 

 温度を感じさせないレオンハルトの声に、ナッシェはピクリと肩を震わせた。

 

「うぅ、うぅぅ……」

 

「辛いときには泣いても良い、怖いときには恐れても良い。だが、その脚を止めることだけは許さない。

 常に脚を動かし続けろ。生きるために足掻き続けろ。ソイツを飲んで、立て。太刀を握れ。

 ……それが出来ないというのなら、もう止めろ。お前にはハンターなんて向いていない。破門してやるから、諦めて他の所に行け。お前なら、どんな仕事だってすぐに出来るようになる。無理してハンターになる必要なんてないんだから」

 

 拳を固く握りながら、レオンハルトは突き放すように訥々と言葉を続けた。

 

「先に言っておくが、そのクスリはヤバい。

 逃げるか、飲むか、道は二つに一つだ。俺はお前の選択を尊重しよう」

 

 サァァァァ……。

 

 一陣の涼しい風が吹き、二人の間を吹き抜けていく。

 

 ギャアギャアと威嚇声を上げながら近づいたきたマッカォ三匹を、レオンハルトは視線もくれずにナイフを投げて処理した。

 それは、本当に“処理”としか言いようがないものだった。

 座り込んだまま動かないナッシェを余所に、マッカォ討伐十五匹の依頼書に、討伐完了のサインをする。

 ベルナ村の受付嬢が送ってよこした古代林関連のクエストの一つだった。

 

 ふと、レオンハルトは視線を上げた。

 遠くの空を飛んでいる小さな影は、飛竜だろうか、それとも普通の鳥だろうか。

 大空に悠々と羽ばたく彼は、悠大な自然の脈動を感じさせる。

 

 眼下に広がる古代樹の森は、生命の神秘が集まった秘境だ。

 もし、十歳のあの日に家を飛び出していなかったら、この美しい自然には、その自然の中で闘争に身を投じる人生には、一生出会うことが無かっただろう。

 

 これだから、ハンターは辞められないのだ。

 ちっぽけな人間である自分が、自然と共にあることを感じられるこの瞬間が堪らない。

 

 

 やがて、きゅぽんとフタを外す音が響いた。

 振り返ればそこで、ペタンと地面に座り込んでいたナッシェが、んくっ、んくっと勢いよく強走薬グレート・戒を飲み下していた。

 

 ぷはぁ、と息をつがえて、そのままぷるぷると震える身体を立たせようとするナッシェの腕を掴んで、グイッと引き上げた。

 

「ガッツポーズを教えてやる。身体に直接強く作用する薬を飲んだら、こうするんだ」

 

 一人でナッシェを立たせると、レオンハルトは胸を開いて腕を水平に持ち上げ、ぐっとガッツポーズをして見せた。

 

「これを忘れると、自分のことも忘れたバカになるぞ」

 

 そんな言葉に、ナッシェは慌てて、見よう見まねのガッツポーズをしてみせた。

 華奢な身体、細い腕、初めてとは思えないほど完璧なガッツポーズの構え。

 

 それで良いと、レオンハルトは心の中で頷いた。

 

 泣き笑いのような顔。

 相変わらず、涙は止まっていない。

 それでも、その碧眼の中に見える炎は、確かに狩人のものだった。

 

「武器を取れ、ナッシェ。ついて来れなくなったら、そこで置いていってやる」

 

 そう言いながら、レオンハルトは太刀を振り上げた。

 

「まずは気を太刀に込めろ」

 

「…………気?」

 

「そうだ。自分の中にぼんやり流れている力だ。血液みたいなもんだ。自分の血管の中を通っている液体くらいは感じられるだろう? それと同じ感じのヤツだ。それを引き出せ」

 

「ぇ」

 

 

 


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