ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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ブラックという名の自業自得

 

 結果的に、レオンハルトの予想は大きく外れることになった。

 

 ベースキャンプのすぐ近く、樽転がしニャン次郎さんの腰掛ける樽の下に、インゴットSシリーズの卵シンジゲート二人組が簀巻きにされていたのである。

 装備を着たままであるところを見ると、関節技か何かでもキメられたのだろうか。

 流石はニャン次郎さんである。

 

「…………杞憂とかそういうレベルじゃないんだけど」

 

「結果オーライだニャ」

 

 つまるところ、『もう面倒だから納品ボックスの卵盗っちゃえば良いんじゃね!?』とベースキャンプにノコノコとやってきて、卵を盗み出そうとしたところで『何してるニャ』とニャン次郎さんにシメられた、と言うわけである。

 

「は、運び屋アイルーがこんなに強いとか、き、聞いてないぞ…………うぅ」

 

「…………ぅぅ」

 

「お前らアホすぎるだろ……」

 

 ニャン次郎さんが、危険な狩り場で何年樽転がしアイルーやってると思ってんだ。

 

 

 

 アホの二人を後目に、ニャン次郎さんに犯罪者二人のギルドまでの護送を頼んだところ、明らかに容量が足りていない樽の中に人間二人(inインゴットS)を詰め込み、ギャーギャーと騒がしい樽をゴロゴロと転がしているのを見送ったのは、また別のお話。

 

 あの樽ホントどうなってるんだ。

 

 …………樽が転がっていった跡に、『何かキラキラとしたもの』が流れていたのも、また別のお話。

 徹頭徹尾、自業自得の姿勢を貫いた彼らには同情の余地が一切無いが、今回の件に懲りて大人しく反省し、もう卵に執着するのは()して欲しいと思う。

 

 人間の相手をするのは、どんなモンスターを狩るときよりも疲れる。

 卵クエで一番うざいのは、いつだってメラルーであって欲しいものだ。

 

 

 

▼ △ ▼ △ ▼ △

 

 

 

「――納品依頼完了、確かに確認しました」

 

「…………」

 

 龍歴院のハンターズギルド出張所にて、色々とあった卵納品クエストの達成報告に来ていた。

 

 ここまで精神的に疲れるクエストは久しぶりである。

 

 帰って寝たい。

 

「それにしても、“卵シンジゲート”ですか…………またアホっぽそうなことをしてる人たちが出てきましたねぇ」

 

「……ええ、お陰様で、こっちはものすごい迷惑を被りましたよ」

 

 龍歴院所属の研究員が着る青い制服に身を包むのは、艶やかな黒髪を背中に流した女性。

 青い上着の下の白のワイシャツを押し上げる胸は、慎ましやかながらはっきりとした自己主張をしており、ほっそりとした体躯は如何にも女性研究員然とした印象がある。

 整った鼻梁に、上品さを失わない程度の軽い化粧、黒の薄いストッキングに包まれたたおやかな足に、耳許を飾る控えめな金色のイヤリング。

 

 龍歴院に出張しているハンターズギルド所属のハンターの間で、相当な人気を誇る受付嬢である。

 

 片時も離さない分厚い本を脇に、スラスラとクエスト成功の報告書をほっそりとした指先に持つ羽ペンで書き上げ、後ろの棚から成功報酬の()()()()()()を取り出した。

 

「はい、今回の報酬です♪ 次も頑張ってくださいね!」

 

 アイルーのコックさんのお店で、何時もより美味しい料理を無料で食べられるというアレである。

 一枚につき、最大四名様まで有効というお得さ。

 彼女の襟元に付けられた赤いピンが、妙に太陽を反射して輝く。

 

 くっ、眩しすぎて涙が出てきたぜ…………ちくしょう…………。

 

「お疲れ様でした!」

 

 モミジは本当に朗らかな笑顔で、お食事券をお礼状と共にレオンハルトに手渡した。

 『よくできました!』の文字列は、事実上、個人依頼(・・・・)の報酬の二分の一になっている。

 

「これで、今夜は龍歴院の皆でモンスターの卵パーティです!」

 

 鈴の音のような天使の声がコロコロと彼女の唇を転がり、残酷なまでに優しく耳朶をくすぐった。

 

 ギルドを介して出された個人依頼。

 『ガララアジャラの卵を三個採ってきてください! 報酬はなんと! 豪華高級お食事券一枚です!』

 依頼主は勿論モミジさん。報酬は勿論高級お食事券一枚。

 当然、クエスト報酬には1ゼニーも含まれていない。

 書いていないもの、当たり前だね!

 

 え? 誰がこんなクエスト受けるのかって? レオンハルトさんに決まってるじゃないか。

 ……相変わらずの薄給ぶり、ぶっちゃけギルドとか関係ない。

 つまり、命懸けのボランティアである。

 あれ、俺、モミジさんの奴隷みたい……。

 

 思わず背筋が震え、乳首が勃ってしまった。

 

「では、次の依頼をご用意いたしますね!」

 

「え」

 

 天使な声のまま、人気受付嬢モミジさんは悪魔の一言をぶち放った。

 尚、卵納品クエストを丸二日かけて遂行して、たった今ベルナ村近くの龍歴院に帰還して直接クエスト達成報告をし、愛しのマイホームへ直帰せんとしていたところである。

 ついでに、俺の卵パーティー不参加が決定した瞬間でもあった。

 あれ? 卵採ってきたの誰だっけ?

 

「…………その、モミジさん?」

 

「どうしました?」

 

 恐る恐ると言った口調で切り出すレオンハルトに、モミジは彼の手を握って優しげな微笑みを返す。

 “天使”とも称される彼女の笑みに、クエストカウンターを遠巻きに眺める者たちから、男女を問わない溜め息が漏れた。

 

 ――その笑みが、天使の慈愛による笑みなどではないことを知っているのは、レオンハルトただ一人。

 

「そろそろ俺、ちょーっとクエスト続きで疲れてるっつうか、精神的な疲れが溜まってきたと言いますか、しばらくドンドルマの方に慰安旅行に行こうかなあって……」

 

「安心してください、レオンハルトさん」

 

 と、ぼそぼそと呟く彼の声をぶったぎって、ギルドの天使が言葉を紡いだ。

 

「――レオンハルトさんの社会的名誉は、()()堕ちてませんから!」

 

 その一言に、龍歴院最強と名高いハンターは見事に沈黙した。

 

 脅しである。紛れもない脅しである。

 依頼受けなかったら社会的生命は死ぬよ(アレばらすよ)!という神の声が聞こえた。

 はは、モミジさん、いつの間にか胸元の勲章がまた増えてるなあ……はあ……。

 

 

 

 

▼ △ ▼ △ ▼ △

 

 

 

 それは、不幸な事故だった。

 

 いや、事故と言うには余りに無責任で、実際のところ、最低な自分の辿るべき運命であり、最悪な過ちであった。

 

 

 生来の引っ込み思案だった少年は、十歳の誕生日を迎える前から、強い男になりたくてハンターの世界に足を踏み入れた。

 

 しかしながら、若干十歳にして友達など一人もいたことの無かった少年は、ジャギィにも劣る重度のコミュ障だったのである。

 自分に積極的に話しかけてくれたのは訓練所の教官だけ、圧倒的ぼっち臭とドン引きされるレベルのキョドりによって、彼はハンターズギルドの中でもずっとぼっちであった。

 

 一人でおしっこちびりそうなほど怖いモンスターを狩り、一人でどこが役に立つ部位なのか分からないままに素材を剥ぎ取り、一人でマジ泣きしながら古代林の奥地を彷徨い続け、一人で馬鹿みたいに難しいクエストをこなし続けた。

 ソロハンターで良かったと思ったことなど、ティガレックスの討伐後に“何故か”びちょびちょになっていたインナーを川で洗ったときくらいである。

 

 そんな感じのままドンドルマで過ごした七年間のハンター生活で、ぼっちのまま色々なことを経験した少年は、見事にぼっちであり続けた。

 

 孤高のぼっちハンターで定着した少年を見かねたドンドルマのギルドマスターが、彼を新天地に送り出してはくれたが、そんな気質は場所の変化で突然変わるはずもなく。

 

 自分だけの居場所である狩り場を求めて、狂ったようにクエストへと突撃し続ける日々。

 自分が強くなれば、いつか夢見た誰かが自分と仲良くなってくれる、自分を見てくれる。

 小さい頃に読んだ絵本の中の登場人物に、自分を重ね合わせて。

 

 ――そんな少年に、たった一人だけ優しくしてくれる女性がいた。

 

 ハンターとしての外面ではなく少年自身を見つめてくれて、面白くもない自分の狩猟話にコロコロと笑ってくれて、公私の隔てなく話しかけてくれて。

 

 

 未知の土地でもぼっちだった少年は、ものの見事に少女に惹かれ――結果、大きな勘違いをしてしまったのだ。

 

 ……俺ではない。決して俺の話などではないのだ……うう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――レオンハルトさん、貴方のクエストに対する情熱、確かに受け取りました」

 

「……え?」

 

 胸の前で両手を組みながら、キラキラした瞳と大きな声でそう告げる彼女に、周りの目が一斉に集まる。

 自分の今後の流れに暗い目を向け、完全にトリップしていたがために、目の前を流れるもっとヤバい何かに気が付かなかった。

 

「良いでしょう、レオンハルトさんの腕は十分に存じ上げております。どうしてもと仰るのなら、このクエストの受注を許可しましょう!」

 

「え、あ、ま」

 

 ちょっと待ってください。情熱ってなんですか、どうしてもってなんですか、このクエストってどれですか、そもそも俺まだ何も言ってない。

 ああ、言葉に出来ない、この役立たずコミュ障クソ野郎め。

 とりあえず、俺は今のところどうしても受けたいクエストなんて一つもない。

 そんなレオンハルトの心の声などつゆ知らず、モミジがクエスト板から剥がしたのは。

 

「ディノバルド二体が古代林で暴れていて手が付けられないので、討伐をお願いします!」

 

「え゛」

 

 勿論上位ディノバルドである。

 あっ、死んだかも。

 

「マジかよ……」

 

 と、周りにいた他のハンターや龍歴院関係者からのざわめきが伝わってきた。

 視線が自分に集中しているのを感じて、身体がガチガチに固まる。

 マズい、ヤバい、断りの言葉を告げなくては、ああこのコミュ障クソ野郎め、口が蝋で固められたかのように動かない。

 

「流石レオンハルトさん、狩場が家って感じだな。少しも休まずにクエストに出るなんて…………、俺らに出来ないことを平然とやってのける……!」

 

 全然平然としてないです、早く帰ってベッドにインしないと倒れそうです。

 

「しかも、正義感からあんなクエストに挑むなんて……」

 

 違います。

 

「レオンハルトさん、やっぱり格がちげえよ!」

 

 人権の話ですね、俺もそろそろ出るとこに出ないとヤバいかなって感じてた頃です。

 でも、出るとこに出たら負けるのは俺っていう理不尽。

 

「レオンハルトッ! お前に古代林の未来は任せた!」

 

 止めてください死んでしまいます、マジで。

 

 

 コミュ障ハンターはすべての返事を無言のまま済ませて、レオンハルト氏マジ孤高の風評被害を生んだ。

 涙を流しながら『ディノバルドの尾に体をぶった斬られる十の方法』をシュミレートしていると、

 

「レオンハルトさん、絶対に無事で帰ってきてくださいね…………」

 

 と言いながら、ハンター業でゴツゴツになった両手をきめ細やかな手で包みながら、モミジが顔を寄せてきた。

 

 

「……お食事券、必ず使うと約束してください。そして、早く社会的地位を向上させてください。

 あなたなら、無名獣竜種の討伐くらい、無事に完遂できるでしょう?」

 

 耳許で、純粋さとは程遠い、妖しさを纏った鈴の音が響いた。

 

 

「――私のことを汚した責任、ちゃんととって下さいね?」

 

 


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