ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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捕食・失禁等の描写がございます。



Ⅵ それでも少女は牙を剥く
プロローグ


 

 

 飛び交う怒号。

 

 セルレギオスではない大型モンスターの、聞き慣れず、そして聞くに耐えない破滅的な雄叫(おたけ)び。

 

 メキメキと音を立てながら倒れていく幾本もの木々。

 

 蹂躙され破壊された森は、温かくて大切な場所にとても近い。

 

 そこを守らなくちゃと、身の内側から、外側から迫られているのに。

 

「…………は、ひっ」

 

 それは、地獄のような光景だった。

 

 半ばから引きちぎられたかのような大木の生々しい傷痕が、柔らかな土を引き裂き(えぐ)りながら地を這う赤黒い雷が、上半身を置き去りにして転がっている誰かの下半身が、流れる血が染み込んでいく金色の防具が。

 

 視界に入る何もかもが、有無を言わせない優しさをもって、両脚を地面に縫い止めていた。

 

 ドクドクドクと、臆病な心臓がけたたましく胸をたたいている。

 耳が熱い。

 

 全身がプルプルと震えている。

 

 思わずへたり込んでしまった地面は、誰かの血でびちょびちょに濡れていた。

 

 座っているのに、大空を飛んでいるかのような浮遊感。

 

 ぐるぐると天地が廻り、巡って血飛沫が吹き出してしまいそう。

 

 自分の心臓の脈動は止まっていないかと、恐る恐る首筋に指を当ててみると、異常なくらいに脈打っていた。

 

 気持ち悪い。

 

「ぅ、おぇぇぇえええっ」

 

 自分をひっくり返されるような感覚、喉元を逆流していく内容物にようやく人心地がついて、ふと目線を上げれば。

 

「…………、あ」

 

 族長が、ちょうど()()()()にパクリとやられるところだった。

 

 ボーンメイルというらしい、()の防具を身につけていた、里で一番強かった族長。

 

 ほとんど喋らなかったけど、狩りの時と、仲間が死んだときには大声で叫んでいた族長。

 

 背が高くて、茶色の肌で、でもそれはみんなと同じで、右頬に引っかかれた傷があって、(こん)を振るう技術は里でダントツで、怖いけど優しい族長。

 

 頭に乗っけてくれた手は大きくて、温かくて。

 

 どこかで見たような赤黒い雷を纏った大きな口が、バリバリバリと三回動いて、族長はあっさりと呑み込まれた。

 

 食事完了。

 

 

 あ。

 今食べられたのって、私のお父さんじゃん。

 

 

「え、あ、え?」

 

 それでも、ヤツは止まらずに次を食らおうとする。

 

 私のお父さんを食べておいて、まだ食べようとする。

 

「へ…………、え?」

 

 口を開けて、空気以外の何かを噛んで、咀嚼もせずに飲み下す。

 

 族長が食べられて、動揺してしまった皆を、ひょいっと上に投げてはパクッとやって、ビュチュッと踏み潰しては木の幹に喰らいついた。

 

 視界が明滅する。

 

 こんなの、夢だ。悪い夢だ。

 

「嫌だ……いやだよ…………」

 

 何本もの棍が突き立てられ、何十本もの矢に射抜かれても、その暴食の勢いは一向に止まらず、傷口から垂れ流される赤黒い血を上回る量の血が、太く脈動する喉を流れている。

 

 また一人、噛みちぎられた。

 

 首だけが飛んで、赤い木の実のようにころころと転がった。

 

 木の幹になすりつけられた胴体がボロリと落ちて、嫌な音を立てる。

 

 あらかた皆を食べ尽くしてから、ソイツは私の方を見た。

 

 充血したのか破裂したのか、あれは瞳孔なのか、黒と白と赤とがグチャグチャになってよく分からなくなった瞳と、かっちりと視線が重なった。

 

 ズンズンと近づいてくる地響き。

 

 下腹部がキュッと動いて、温い液体が脚の付け根をじんわりと濡らして、お尻の方へ伝っていく。

 

 でも、それは全く恥ずかしいことじゃなくて、むしろ、生き物としてはごく当たり前の反応である気さえした。

 

 良かった。まだ食べられてないんだ。

 

 気がついたら、誰かの棍を拾って、アイツの元に駆け出していた。

 

 地を蹴るアイツ。

 

 吐き出される黒い雷霧。

 

 背中とお腹を同時に圧されるような浮遊感。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────わぁぁぁああああっ!」

 

「ビニャァァァァァ!?」

 

 

 ガバッと上体を起こしてみれば、風景は夕日の射し込む気球船内に変わっていた。

 

 バクバクと強烈に動く心拍に、思わず左胸に手を当てて、ドクドクドクドクと打ち続けるそれを感じて、これが現実なんだとゆっくり認識した。

 

 はぁ、はぁ、と荒くなった息。

 

 思わず手元に愛用の操虫棍を手繰り寄せていた。

 

 狩りに行く前だというのに、うたた寝でかいた寝汗のせいで下着がびっしょりだ。

 

 不快な気分を和らげようと、手元の水筒を開けて水を喉に流し込んだ。

 

 それから、ハッとなって内ももに手を当てる。

 

 …………内ももは微かに痙攣しているだけで、分泌もどうやら汗の範囲で止まってくれたようだ。

 

 ぐっじょぶ、私の身体。

 

 下着の替えは一組しかないのだ、非常にナイスプレーである。

 

「…………ニャー、ハンターさんハンターさん、いきなり大声出すのは反則ニャ、ビックリしちゃうのニャ。運転ミスしたらどうするのニャ」

 

「あ、ごめんね、アイルーくん」

 

 そう言えば、この気球船には同乗者がいたのだった。

 

 やってしまわなくて良かった。

 

 アイルー族は鼻が良いし、そもそも、ネコ達にそういうこと(・・・・・・)を気遣われるのは、人間として何か大切なものを失ってしまう気がする。

 

 逆立ってしまったしっぽの毛をなだめつけるアイルーに素直に謝って、アナスタシアは気球船の垣に背を預けて座り直した。

 

 本当、狩りに行く前の身には、ロクな夢見じゃなかった。

 

 汗で張り付いた前髪を右手でかきあげながら、武器の整備でもしようと、蒼い刃を煌めかせる赤い操虫棍を手に取る。

 

 ──手元に寄せて、砥石で研ごうとする刃の先が、プルプルと震動していることに気づいた。

 

「あ、あれ?」

 

 違った。

 震えているのは、私の手だ。

 

 アナスタシアはこぼれそうになるため息を飲み込んで、代わりに一つ深呼吸をした。

 

 セルレギオスではない(・・・・)モンスター(・・・・・)を狩りに行くというだけで、この()たらく、悪夢まで見る始末。

 

 ふと、今頃古代林で可愛い女の子と楽しくしていやがるであろうハンターのことを思い浮かべながら、ポツリと呟いていた。

 

「……気づいてない……かな……」

 

 こんな情けないところは、あの人には見せたくないし、見られたくないけれど。

 私のことは、見てくれないのかな。

 

 しばらくぼーっとしていたアナスタシアは、心配そうに声をかけてきてくれたアイルーに、「なんでもない」と返事をして、今度はキチンと操虫棍の整備を始めた。

 

 

 


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