ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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面接は入室前から始まっている

 夜。

 

 獣たちの声が響く古代林のベースキャンプで、レオンハルトとナッシェは焚き火を囲んでいた。

 

 途中、身体を綺麗にしようとナッシェを湖に案内したり。

 

 「……あの、あんまりヘンなこと、しないでください」とナッシェが顔を赤らめながら遠慮がちに言ったり。

 

 その言葉で全てを悟ったレオンハルトが近くの滝に素っ裸で飛び込んで精神を叩き直す修行をしたりと、色々なことがあった。

 が、些末事は忘れる主義のレオンハルトは、全く穏やかな気持ちで燃え盛る火を見つめていた。

 

 最初から聞かれてたかー。

 

 つらい。 

 

 それにしても、ナッシェの雰囲気は、ここに来る前とでは見違えるように変わった。

 

 オドオドとした、警戒心の強い子鹿のようであった少女は、物静かなところは変わらなくとも、年相応の明るさを見せる少女に変身していた。 

 

 いつもは屋内で本を読んでいるような深窓の令嬢系の美少女が、自分だけに魅せてくれるこの笑顔。

 

 うむ、悪くない。

 

 すっかり打ち解けた師匠と弟子の関係である。

 

 ここまで長かったけど、頑張ってきて良かったなぁ…………。

 

 そんなことを思っているレオンハルトであったが、冷たい滝に打たれていたとき、とあるひらめきを得てしまっていた。

 

 否、それは、疑念だとか、そういったものに近い考え。

 

 

 ナッシェの弓構え、あれは、確かに俺と同じ構えであったけれども、どこかで見たような構え方でもあった。

 

 まとわりつく既視感に、しかし他の人が弓を構えているところなど見たことがあっただろうかと、記憶を巡らせていく。

 

 

 ナッシェは人の真似が上手い。

 

 観察力もさることながら、他人の動作の特徴を的確に再現することが上手いのだろう。

 

 もしかしたら、弓の構えや撃ち方も、誰かの弓を射る姿勢を真似たものかもしれない。

 

 

「…………………………ん?」

 

 ────真似?

 

「?せんせ、どうかなさいましたか?」

 

 自分で狩り、その手で解体したモンスターの肉を、ありがたく、とても美味しそうに食べていたナッシェがお腹をさすりながら尋ねる。

 

「え、あ、いや、大丈夫」

 

 レオンハルトはそう答えながら、自分の中に存在している記憶のカケラを慎重に集めて、組み合わせていく。

 

 最近、真似というワードに関して、何か、直接的ではないにせよ、記憶に残るような出来事がなかったか。

 

 

 

 ──レオンハルトと同じような角度で首を傾け、ちょうど鏡になるように腕を組む仕草。

 まるで、幼い子供が親や兄弟の真似っ子をするかのような、悪戯イタズラ心のにじむ──

 

 ──大男の暑苦しい叫び声に合わせて、小男(・・)が防具の人差し指をビシィッと突きつけてくる──

 

 ──ワーッハッハッハッ、と高らかに笑う大男に合わせて、小男(・・)が口元に手の甲を当てて笑う仕草をする──

 

 ──…………ごめんなさい──

 

 

 ────俺は、卵を横取りしようとしていた頭のおかしい二人組と相対したあの時、むさ苦しい大男の陰にいた寡黙な方を、どうして小()と判断した?

 

 防具だ。

 

 インゴット系列の男性用の防具、あれを着ていたから、あの人物を男だと判断したのだ。

 

 唯一発した『ごめんなさい』の言葉も、金属製の防具越しで声質がよく分からなかった。

 

 フェイスも頭部防具に隠れているから、髪や顔の確認のしようがない。

 

 判断材料は、その防具のみ。

 

 そして。

 

 目の前でお茶の入ったカップを傾ける少女は、少し大きめな男性用の防具なら(・・・・・・・・)楽々と着こなせるくらいの小柄な体型だ。

 

 何より、あの小男(・・)以外に、他人が弓を構えているところを見たことはない。

 

 モンスターとの鮮血飛び交う触れ合いで培ってきた観察眼は、あの弓構えを今日も見たぞと、しっかりと答えてくれた。

 

 

 ……………つまり?

 

 

「────なあ、ナッシェ」

 

「はい、せんせ」

 

 レオンハルトの何気ない問いかけに、ナッシェは眠たげな声で返事をする。

 

「今日一日、疲れただろう。今日はどうだった?」

 

「えっと……その、とても楽しかったです。なんと言いますか、私の人生で、一番刺激的で楽しかったです。学んだことも、いっぱいありました」

 

 頭だけ防具を外して、ナッシェは嬉しそうにそう言った。

 

「そうか、なら良かった。俺、弟子とかとるのは初めてだからさ、どんなもんか、正直手探りだったんだよね。満足してもらえたなら何よりだよ」

 

 ホッとしたような顔で言うレオンハルト。

 

「はいっ。せんせ、本当に、今日一日ありがとうございました。いきなり押し掛けて、とてもご迷惑をおかけしてしまって、でも、私、先生に弟子入りすることが出来て、とても嬉しいんです」

 

「そ、そこまで言われると照れるぞ」

 

 本当によく喋るようになったなぁと思いながら、レオンハルトはまた何の気なしに口を開いた。

 

「ナッシェ、今後のために教えて欲しいんだけど、卵は好きかな?」

 

「はい、大好きです!」

 

「そっか。それじゃあ、ナッシェ、今日の昼の、卵サンドはどうだった?」

 

「あの、とっても美味しかったです!…………その、ま、毎日、作って欲しいくらい…………」

 

 俯きながらそう言うナッシェの顔は、オレンジ色の火に照らされて朱に染まっている。

 

「そこまでか!いやぁ、作ったかいがあったなぁ!」

 

 そんなに卵が好きだったなんて、とレオンハルトは笑った。

 

 それから一言。

 

「でもな、ナッシェ」

 

「はいっ」

 

 

 

 

 

「人の卵は、盗っちゃいけないと思うんだよね」

 

 

「…………ぇ」

 

 

 時が止まった。

 

 

 

 

 

 

 パチパチと、薪の爆ぜる音が響く。

 

 イビルジョーに破壊されてしまった拠点だが、そのうちまた龍歴院の研究員たちが訪れて、書物やら研究道具やらでいっぱいになるだろう。

 

「そう言えば、今日の昼に使ったのはリオレイアの卵だったんだよね。ほら、イビルジョーの討伐をしたときにさ、ギルドの救援が来るまでに拾ったやつ」

 

「…………はい」

 

「いやー、やっぱりモンスターの卵は美味しいね!」

 

「………………ソウデスネ」

 

 心なしか、長いブロンドの髪先が、プルプルと震えている気がした。

 

「あ、でも、ベルナ村の卵も結構美味しいんだよ。今度卵焼きを作ってあげよう!」

 

「………………あ、ありがとうございますぅ……」

 

 ガタガタと震える身体が、腰防具と胴防具をカチャカチャとぶつける。

 

 寒いのかな?水浴びで身体が冷えちゃったのかな?

 

 火に照らされるナッシェの顔は、暖色系に染まりながらも青白くなっている。

 

「でもなぁ、ナッシェ────」

 

 素早く身体を動かして、膝を抱え込んで座る少女の隣にドカッと腰掛けた。

 

 ビクゥッ、と身体を震わせるナッシェ。

 

 ああ、この子は可愛いなぁ、本当に。

 

「────卵泥棒は、ダメだよなぁ?」

 

 悪ガキほど可愛く見えてしまう先生の心理が、ようやく理解できた気がする。

 

「あの、センセ、私、ちょっと行きたいところが」

 

 そう言いながら、脱兎の如く素早く立ち上がったナッシェの手を、逃さないようにガシッと掴んで、レオンハルトはゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

「――師匠として、悪いことをした弟子には、キチンとお灸を据えてやらんとなぁ? えぇ?」

 

 

 その夜、神秘の息づく古代林に、圧倒的な暴虐を誇る化け物が降り立ったという。

 

 

 

 


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