ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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仕事に就く覚悟

 結論から言えば、ナッシェの“真似する才能”は素晴らしいものだった。

 

 スパン、と放たれた一矢目の軌跡に重ね合わせるようにして射られたナッシェの剛射は、一撃目で首元を射止められ、動きを封じられた草食竜の頭蓋を、見事に射抜いたのだ。

 

「お見事!」

 

 まるで自分のことのように喜びながら、レオンハルトはナッシェを褒めた。

 

「…………ぇ、え?」

 

 戸惑いながら、視線の先で一言も発さずに地面に倒れ伏す草食竜を眺める。

 

 多少腕の覚えはあったけれども、初めて使う弓でこうも上手くいくとは思っていなかった。

 

 レオンハルトに背中を押されて、だんだんと近づいていくにつれて、現実感がわいてきた。

 

 眼窩から侵入した矢が、長い首の先にある草食竜の頭を打ち抜いている。

 

 私が殺したのだ。

 

 この手で放った矢で、私が殺したのだ。

 

「…………ナッシェ、もしかして、モンスターを殺すのは初めてだったのか?」

 

 そんな言葉にぼんやりとうなづいてから、ナッシェはハッとしてレオンハルトを見る。

 

「ど、どうして?」

 

「どうして分かったのか、ってことか?そりゃ、ナッシェの目を見れば分かるよ」

 

 レオンハルトは、優しい目をしながら言った。

 

「悲しい気持ちと、純粋なショックとがぐちゃぐちゃになった目だ」

 

 目は口よりモノを言うから、と彼に似合わず少しだけ恰好いいことを言って、それからしばらくの間、口を噤んだ。

 

 なんだか気恥ずかしい気分になって、ナッシェは改めて草食竜に目を向ける。

 

 ピクリとも動かない四肢。

 

 緑色の身体は、先ほどまで目の前を悠々と歩いていた時と寸分も(たが)わない。

 

 初めて、自分の手で命を奪った生き物。

 

 苦しませずに、死なせてあげられただろうか。

 

「…………」

 

 じっと草食竜の身体を見つめるナッシェに、レオンハルトは一つ深呼吸してから再び声をかけた。

 

 

 ここが、ナッシェにとって、ハンターとして生きていく上での最初の難関だからだ。

 

 

「ハンターは、モンスターを狩る仕事だ。それは、この間のイビルジョーみたいに、人間や生態系に多大な悪影響を及ぼす危険なモンスターを狩ることもある。でも、それだけじゃない。今みたいに、穏やかに草を食べているだけのモンスターを狩ることだってある。

 その理由は、依頼だったり、狩り場での補給だったり。

 ハンターっていうのは、基本的には、その地域の生態系の維持と、人間の利益のためにモンスターを狩る仕事だからね、たくさんのモンスターを、自分の、自分たちのために殺す。どんなモンスターでも、刃を向ける理由があったら、容赦なく刃を向ける。そうして奪った命を、一片も無駄にしないように使い切る」

 

 だけどね、とレオンハルトは繋げた。

 

「もし、ナッシェが殺したくないって言うんだったら、ハンターなんて仕事は辞めていいんだ。この仕事は、人間社会で一番多く生き物を殺す仕事だからね。

 他にも、ナッシェに出来る仕事はたくさんある。受付嬢でも、ベルナ村の、村のお仕事でも良いだろう。どこだって、ナッシェみたいに良い子は大歓迎だ。なんなら、俺の希少な人脈をフル活用してでも仕事を探そう。…………この際、モミジさんのお願いがどうなるかとかは、か、関係ない」

 

 若干膝を震えさせて、顔を青ざめさせながらも、レオンハルトはそう言いきった。

 

 驚いたような顔をして、ナッシェがガバッと顔を上げる。

 

「生き物はみんな、他の生き物の命を奪いながら生きていく。これは、絶対に変えることが出来ない原則だ。生き物の命を頂くからこそ、生き物なんだ、とも言えるくらいだよ。

 きっと、ナッシェが今受けているショックは、イビルジョーみたいに明らかに(・・・・)危険なモンスターを殺したんじゃなくて、この無抵抗だった草食竜を殺したことが原因だと思うんだ。

 とは言っても、彼らだって巨体を生かして生き残ってきた種族だし、戦闘能力は低いけれど、種の保存には十分な力を持っている」

 

 レオンハルトは、腰に差していた幅広のナイフを抜いて、ナッシェに見せた。

 

 狩ったモンスターを解体したりするための、ハンターにとっての必需品であり、ナッシェが今まで持ったことの無かった種類の道具だった。

 

「俺は、ナッシェがどうしてハンターになろうとしているのか分からない。でも、それを聞くつもりはないんだ。自分の就職理由を話したくない、っていうハンターも多いからね。

 だから、今ここで聞こう」

 

 日の光を反射してぎらつくナイフは、丁寧に整備されていたし、それは、()()()()使()()()()()()道具である証だった。

 

 

「ナッシェは、奪った命に責任を持てるかい?

 このナイフは、見た目よりずっと重いんだ。

 もし君が、その重さを恐れるのならば、俺がナッシェの代わりにこのモンスターの肉を採ろう」

 

 そうして、数千もの命を刈り取ってきたハンターは言った。

 

「もし、これを手に取る勇気があるのなら」

 

 

 この(ナイフ)は、君のものだ。

 優しく残酷な声が、静かに囁いた。

 

 

 

 

 耳元をくすぐる涼しい風が、一日の終わりの近いことを告げる。

 

 西に傾いた太陽が、空に浮かぶ雲を淡い黄金色に染めて、せっかちな半月が東の中天に浮かんでいた。

 

 どこかから聞こえてくるモンスターの鳴き声。

 

 狩り場に溢れているのは、大自然の雄大さだった。

 

 悠久の時の流れはゆっくりと、けれど、確実に進んでいく。

 

 太古の時代から停滞しているように、何も変わらないようにも見える古代林だって、今を生き、今の時を刻みながら、少しずつ、ほんの少しずつ変化している。

 

 確かに、命を奪うのは恐ろしいことだった。

 

 イビルジョーと対峙したときは違った、もっと根源的な焦燥感から、必死で使い慣れていない“ハンターの武器としての”ボウガンの引き金を引いていた。

 

 それと比べてどうだろう、いくらか冷静な気持ちで、数瞬前まで生きていたモンスターを殺すのは、胸に鋭い刃を突き立てるような痛みを伴っていたのだ。

 

 レオンハルトの言う通り、受付嬢だとか、ベルナ村でのお仕事を手伝ったりだとか、そういう方が自分には向いているのかもしれない。

 

 (ムーファ)の毛を刈って、乳を搾り、チーズを作ったりして、たまにレオンハルトの所へ遊びに行く。

 

 そんな平穏極まりない人生を想像して、それがいかに魅力的であるかを改めて感じる。

 

 

 けれども、自分の隣で息づく自然の有り様を前にして、自分が、自分だけが変わらないのは、とても恥ずべきことであるように思えた。

 

 それに、自分の答えを何も言わずに待ち続けてくれているこの人は、同じこの道を通った人なのだ。

 

 その思いを、狩りの時間を、ハンターという仕事を、この人と共有出来たなら、それはどんなに嬉しいだろう。

 

 じっくりと長い時間をかけてから、齢十四歳の箱入り少女、ナッシェ・フルーミットは答えを出した。

 

 

 

 

 

 少女のか細い指先が、震えながらも、レオンハルトの手のひらに乗っていたナイフの柄を握った。

 

 彼女の出した答えに嬉しさと悲しさとを感じる自分を、レオンハルトはしっかりと自覚していた。

 

「その選択を、今の気持ちを、ずっと大切に持っていなさい」

 

 あー、こっちを選んじゃったか。

 

 ようこそ、モンスターハンターの世界へ。

 

 俺が、君の先生だ。

 

「それじゃあ早速、モンスターの解体方法を教えようか」

 

 手の中のナイフの感触を確かめるようにしているナッシェに、声をかける。

 

「返事は?」

 

 碧い双眸にはっとした色が浮かんで、それから、可憐な少女は、初めて満面の笑顔を浮かべてうなづいた。

 

「はい、せんせ!」

 

「よし。じゃ、やろうか」

 

 

 

 

 お尻近くの毛が抜けたニャーッ!と叫び散らすバカ猫が、レオンハルトの差し出したマタタビに誤魔化されてゴロゴロ言っていたのは、また別のお話。

 

 

 


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