ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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卵争奪戦

 ことの起こりは、今回のモンスターの卵の親、ガララアジャラの(つがい)をぶち殺した、その後だった。

 

 いつもの作法に従って、誇りを持って立ちはだかった立派な親たちに敬意を示しながら、地に倒れ伏したガララアジャラの素材を剥ぎ取り、ありがたく卵を頂戴していた。

 納品ボックスに2個を納め──クエスト達成条件は三個納品──、三個目の卵、番の最後の子供を引き取りに巣まで戻ったとき、ヤツらは現れたのだ。

 

 

「ハーッハッハッハッハッ! そのガララアジャラの卵、我々に渡してもらおうか!!」

 

「……!!」

 

「…………は?」

 

 原生林に斃れた巨大モンスターの遺骨の上から響いてきたアホみたいな叫び声に、つい声の主を仰ぎ見てしまった。

 

「とうっ!」

 

「…………!」

 

 それは、男性用のインゴットSシリーズに身を包んだ二人組の男たちだった。

 ガシャンガシャンとうるさい音を立てて着地する彼らの防具は、確かに上位ハンターのものではあるが、その立ち姿は隙が多く、防具に着られている印象が拭えない。

 

「…………おお、お前ら、ハンターか? 今、俺が、この狩場、う、受け持ってんだけど。ギ、ギルド規約違反だぞ。何しにきた? 依頼かぶりか、あ゛?」

 

 訝しげな視線と共に警戒態勢に入って、途切れがちな単文をまくし立てながら威嚇するレオンハルトに、

 

「まあまあ、そう慌てることはない。我々は、平時こそハンターを名乗ってはいるが、今ここにおいてはハンターではないのだ」

 

「…………」

 

 お喋りで大柄の男と、無言を貫き通す小柄な男。

 

「で? じゃあお前ら誰だよ。卵渡せってどういうことだ?

 …………もしかして、お前ら保護団体かモンスター調教の裏ギルドか? 俺は、その手の輩が大っ嫌いな訳なんだが」

 

「否! 断じて否!! 我々はモンスターの保護団体などという偽善者ではない! ましてや、卵から孵したモンスターを育てて見せ物にするようなクソどもと同列扱いをするんじゃない!」

 

「…………」

 

 暑苦しく叫び散らす大男と、首を縦に振って肯定を示す小男。

 レオンハルトはだんだん苛ついてきた。

 苛ついて、放っておけば良かったものを聞いてしまったのだ。

 

「じゃあ誰だよ」

 

 そう訊ねた瞬間、覆面に隠された男たちの目がキランと光った。

 

「よくぞ聞いてくれた!!

 聞いて驚け見て笑え!! 我ら、モンスターの卵に限らず、世界中の全ての卵をこよなく愛する秘密組織!!

 ――“卵シンジケート”であるッッ!!」

 

「……ッッ!!」

 

 二人組は、偉そうに腰に手を当てて仰け反りかえった。

 

「…………」

 

 笑えって言われてるし、ここは(わら)うべきなのかな、と思ったのも束の間、レオンハルトは打開策を打つべく次の行動に移った。

 

「…………ちょっと何言ってるか分かんない」

 

 呆然とした表情で紛れもない本音を呟くレオンハルト。

 相手の出方を見るべく情報収集をすべきだろうが、頭のおかしいことを口走り始めた彼らに対して、これ以上なんと言えば良いのか。

 こればかりは、自分のコミュ力の欠如に問題があるとは思えない。

 

「貴殿が驚くのも無理は無かろう! 我々は裏ギルドなどとは格の違う秘密組織、貴殿のような平凡極まりない一般ハンターには知る機会すらない崇高な組織なのだからなッ!」

 

「あっ、はい、そうですか。それじゃあ僕は忙しいのでここで」

 

「ふん、ちょっと待ってもらおうか」

 

「…………」

 

 と、卵を抱え直したレオンハルトの前に、インゴットSの大男が立ちはだかった。

 

 後ろに回り込んだ小男の気配、そして彼らの出し始めた不穏な空気が、『頭のおかしい人たち』というレオンハルトの脳内処理を、『危険分子』へと引き上げさせた。

 卵は、この一つしかない。

 下手に暴れて割れたとしたら、非常にマズい。

 せっかく大量のこやし玉をまいて、モンスターががら空きの巣に近づいてこないようにしていたのに、ここで割れたら終わりだ。

 クエスト失敗の文字がちらつく。

 しかも、その原因が“卵シンジゲート”なるアホどものせいだなんて、()()は絶対に信じてくれないだろう。

 

「……どけよ」

 

「ふっふっふ、そうはいくまい。貴殿が腕に抱えるその卵、ここに置いていってもらおう!」

 

「……!」

 

 二人に指を差される。

 

「……お前ら、本当に俺が誰だか分かって言ってんのか? 悪いが、俺のHR(ハンターランク)は龍歴院一の7だ。強いんだぞ? いや、マジで」

 

「ふっ、事前に貴殿のことはこちらで調べ上げているからな。その程度のことは知っているぞ?」

 

「……?」

 

「…………。じゃあ、ハンターの依頼に横槍入れるっつうのがどういう意味かも分かってるんだな?

 …………お前ら、殺すぞ?」

 

 途端、場を重くする殺気をレオンハルトは放つ。

 だが、

 

「クククッ、哀れなりレオンハルト!!」

 

「……!!」

 

 と笑い飛ばす。

 

「……あ゛?」

 

「貴殿のことは、既に調査済みなのだ。貴殿が人に手を出さないハンターだということも、貴殿が人間と一度も殴り合ったこともない、対人戦の素人だということもな!」

 

「……!!」

 

 大男の暑苦しい叫び声に合わせて、小男が防具の人差し指をビシィッと突きつけてくる。

 自信満々の彼らに対して、レオンハルトは肩をワナワナと震わせて、地面に卵をおき、

 

「……し、ししし素人じゃねーし? 俺様めっちゃ対人戦のプロだし? なんなら脳内シュミレートでお前らなんか三秒でフルボッコだからな? べ、べべ別に、組み手をやる相手がいないとか、友達がいないとか、そんなんじゃねーんだよ! つうか、むしろお前らの方がズブの素人なんじゃねーのか? ぜってーそうだ。お前らなんか、超絶最強ケンカサッポーで瞬殺してやんよ! バーカバーカ!」

 

「ば、バカって言う方がバカなんだよぉ! そんなことも分からないのか! 本当に貴殿はかわいそうなヤツだな! ワーッハッハッハ!」

 

「……!!」

 

 高らかに笑う大男に合わせて、小男が口元に手の甲を当てて笑う仕草をする。

 ……頭にきました。

 

「……あのさ、さっきから無言のお前、もしかしておちょくってんのか?ビシィッて指立てたり、小首傾げたり、うざったらしいから何か言えよ。あとそれ、その笑い方だ、(みやび)な女性専用の動作だから止めろ」

 

 忌々しげな表情のまま、レオンハルトは小男にどうでも良い注文をつける。

 

「レオンハルト氏、コイツはとある事情からしゃべることが出来なくてな、決して貴殿を馬鹿にする意図がある訳じゃないんだ」

 

 お前の方が人のこと馬鹿にしてるけどな、と心の中で呟いてから、レオンハルトは左手を腰のポーチへと静かに伸ばす。

 

「この件に関しては許してやってくれ。この通りだ」

 

 そう言いながら、頭を下げる大男。

 礼儀正しいんだかクソ野郎なんだか、レオンハルトはよく分からなくなった。

 卵の横取りをしようとしている時点で、クソ野郎であるのは確定的に明らかであるが。

 

「……ごめんなさい」

 

 と言いながら、小男も頭を下げた。

 以外と高い声だ。

 

「………」

 

「………」

 

「…………?」

 

 長い沈黙が降りた。

 小男が不思議そうに顔を上げて、首を傾げる。

 

「…………喋れるんかい!!」

 

 レオンハルトは今度こそ、左腕を振り上げながら心の底から絶叫した。

 

「お前、喋れたのか!?」

 

 大男が小男に驚愕の色を帯びた大声で訊ねた。

 

「お前も知らなかったのかよ!?」

 

 レオンハルトはそう叫びながら、ごく自然な動作で左手の手首にスナップをかけて、地面に腕を振り下ろした。

 

 ──ボフンッ、ビカッッッッ!!

 

 ハンターの常備薬こと閃光玉が、無防備な犯罪者たち(シンジゲート)の眼前で炸裂した。

 

「ギャァァッッ!? 目がッ! 目がぁぁッッ!?」

 

「…………ッ!?」

 

 もくもくと白い煙が立ち上り、卵を持ったレオンハルトの姿を余念無く隠していく。

 目潰しからの煙玉は、レオンハルトお気に入りのコンボである。

 

「レオンハルト工房特製閃光玉だ!! ギャハハハざまあみろ狂人どもめ!!」

 

「くっ、おのれレオンハルト・リュンリーッ!! 卑怯だぞ!!」

 

「卵横取り野郎が何言ってんですかね!?」

 

「……!!」

 

「お前はもう普通に喋れよ!? 無言キャラを続ける意味ないから!!」

 

 そう言いながら、煙の中で右往左往する馬鹿どもを置いて、レオンハルトは原生林に消えたのである――。

 

 

 

 

「……何だろう、何故か俺が一番賢くて悪党感あるね」

 

 辺りの様子を木々の隙間から伺いながら、レオンハルトはひとりごちた。

 

 あれから、まさかのハンターの武器を使った襲撃を仕掛けてきた犯罪者二人組から何とか逃げようと、無駄に体力を消費しながら原生林を駆け回ってきたのである。

 

「弓で狙撃してきたり、ランスで特攻かましてきたときは流石にあのアホどもの頭に卵投げつけてやろうかと思ったけど」

 

 人のケツをランスでぶち抜こうとしたり、人のケツを弓で射抜こうとしたり……何だか貞操の危機を感じる逃走劇であったことに違和感を拭えない。

 お前ら、人の後ろの穴ばっか狙ってないで、少しは真面目に追いかけてこいよ。

 少なくとも、人に対モンスター用の武器を使っていると言う時点で、ギルドの怖いお兄さんお姉さん方に即刻通報すべき事案であるからに、もう少し必死になった方が良いのではないだろうか。

 

 ここで捕まったら人生終了だぞ?

 卵泥棒で人生終了だぞ?

 あれくらいの追跡力があるなら、自分達で協力して卵を採集したほうが良いレベルだ。

 

「本気で意味が分からない…………」

 

 何がしたいんだ。

 卵泥棒か。

 

 

 

 

 持ち込んだ強走薬グレートは既に空、体力バカと名高いレオンハルトも、ガララアジャラの卵を抱えて原生林を走り回るのはそろそろ限界であった。

 ガララアジャラの卵は、親モンを狩る前に駆けずり回った原生林であの番の三個しか見つからず、更に納品依頼も三個ぴったり。

 つまり、この卵が最初で最後のクエスト達成チャンスとなる。

 割ったり盗られたりしたら、詰み。

 通常のクエスト失敗と違うのは、とある事情のせいで、クエスト失敗が己の社会的生命を奪ってしまうところか。

 

 どうしてこんなところで……。

 

 思わず頬を涙が伝ったが、二十歳もとっくに過ぎた男が泣いている場合ではないと、慎重にベースキャンプへと向かう。

 納品ボックスは無事なのだろうかと思いつつも、あそこは我らが頼れる兄貴分猫人族(アイルー)、樽転がしニャン次郎さんがいるから問題ないと踏んでいた。

 

「……アイツらみたいな武器使ってくる犯罪者に、閃光玉だけで対応している俺の神様っぷりは素晴らしいな」

 

 モンスター相手には余裕で刃を振り回すのに、いざ人間と向き合ったときに引いてしまうのは、やはり長年のぼっち生活が悪影響を及ぼしてしまっているとしか考えられない。

 

「……チッ、もしかしたら俺のハンター人生がかかってるかもしれないってときに……。よりによって、卵納品クエであんな馬鹿どもの相手をしなきゃいけないとは……」

 

 あのインゴットSのシンジゲート達は、間違いなくこのクエストを遂行するのに一番の邪魔であり、取り除くべき障害であるのは明らかである。

 

 言うなれば、三人パーティで受注した卵納品クエストで、トチ狂った二人が卵を抱える一人相手に武器を振り回し、卵の残数的に後がない状況下で全力で卵を割りに来ているのである。

 

 これはもうキレても良いんじゃないだろうか。

 ああ投げ出したい鬼畜クエ。

 

 だが、このクエストには、どうしてもクエストリタイアを選択できない理由が、どうしても成功しなければいけない理由がある。

 文字通り、社会的生命が懸かっているのだ。

 俺、ホントによく頑張ってるなと感心してしまうレオンハルトであった。

 

 

 

 

 

 

 ピチャピチャと足下から聞こえる水音を最小限に抑え、レオンハルトはベースキャンプ近くの冠水地帯を進んでいた。

 

 毒沼の広がるエリアに駆け込んでから、パタリと止んだ卵争奪戦。

 今後の展開として最も可能性の高い答えは、あの二人組がベースキャンプ近くで待ち伏せをしているパターンである。

 

「…………めんどくさいが、ヤツらの隠れている場所をコッチから見つけ出して、それからニャン次郎さんのとこに行くしかないな」

 

 長年のソロハンター生活ですっかり独り言が癖になってしまったレオンハルトは、ぼっちハンターの専売特許、『ステルスぼっち』と『視線感知』を発動させて、そろりそろりと足を進めていった。

 

 


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