ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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Ⅴ 研修といふ名の……
プロローグ


 

 

「弓と、ボウガンは使い方を知っているけど、ほかの武器も使ってみたい」

 

 そんなナッシェの要望に応えるべく、レオンハルトは遠近問わずマイホームの倉庫で眠っていた十四種の武器のうち、あまり腕力のない少女でも取り回せるような武器――弓、片手剣、双剣、ボウガン二種をそれぞれ二つずつ持ち出して竜車に積み、彼女を連れ立ってベルナ村のクエストカウンターへと足を運んだ。

 

 狩り場での野営訓練も含めて、今夜から古代林狩猟合宿である。

 

 ちょっとした予定変更はあったが、ナッシェに自分の持っている技術をなるべくたくさん伝えたいという熱意がレオンハルトを動かした。

 

 決して、可愛い女の子との初めての野外寝泊まりに心引かれた、というわけでは無い。

 

 そんな下心などカケラも存在しない。

 

 ないったらない。

 

 ハンターが狩り場で使う寝袋は、大きめのものを一つだけ用意した。

 

 

 

 

 ベルナ村を中心とする近隣の人里全てにおける様々な依頼を統括し、ハンターとの仲介をするのが、ベルナ村の受付嬢。

 

 その重要な仕事を担う少女フローラは、午睡の甘い誘惑を断れない昼下がり、うたた寝をしながらクエストカウンターに座っていた。

 

 ふと気配を感じて目を開けてみると、“村一番のクエスト消化ハンター”として名を馳せているレオンハルトが大量の武器を積んだ竜車を()いている。

 

 それを見て、一言。

 

「夜逃げですか!?」

 

「…………夜逃げするつもりはないよ。そもそも、今はまだ夜じゃなくてお昼過ぎだよね?」

 

 ド天然のフローラの言葉に、彼女との会話に気後れしがちなレオンハルトも思わずつっこんだ。

 

 逃げる理由はいくらでもあるが、逃げるに逃げられないため、夜逃げなんてしないのである。

 

 いつか夜逃げせざるを得ない状況に陥ってもおかしくはないな、とは思っているが。

 

「よ、良かったぁ…………」

 

 肩下まで下ろされた赤茶色のゆるふわヘアーが、胸をなで下ろすフローラの動作に合わせてふわふわと揺れた。

 

「レオンハルトさん、いいですか?例え生活が苦しくっても、どんなに辛くても絶対逃げちゃだめです。村にクエストをこなせるハンターがいなくなってしまいます」

 

「いるよね!?ベルナ村付近管轄の専属契約ハンターが俺以外に三人くらいいるよね!?」

 

「彼らには、村の産業の貴重な雑用係(働き手)という重要な使命がありますから」

 

「あっ、ハイ」

 

 どうだと言わんばかりのドヤ顔と、いっそ清々しいくらいに見え透いた本音に、どこの業界も労働環境は一緒かとレオンハルトは顔を青ざめさせた。

 

 この受付嬢が頭のいい村長さえ匙を投げるレベルのド天然で、人使いが荒いことはベルナ村の住民の多くが知っている事実だ。

 

 具体的には、『ハンターさんはみんなすごいし、これくらい余裕だよね?ねっ?』とばかりに申しつけられるお願いの数々。

 

 モミジさんが直々に育てた受付嬢であり、素のスペックも並のハンターを軽々と上回るこの天然少女は、普通の人との感性のズレが激しい。

 

 そのズレを認識するチャンスに恵まれなかったフローラは、なるべくして天使(オニ)のような鬼になってしまったのではないか。

 

 勿論、おしゃべり屋でゆるふわ系天然でどこかハズレている彼女と、まともな交信をとれるとは思っていない。

 

 しかしながら、フローラは、七年間の(ほぼ一方通行な)親交を通して、ようやくコミュニケーションがとれる段階まで来た知り合いの一人であった。

 

 ちなみに、レオンハルトがベルナ村で会話する十三人のうちの貴重な一人でもある。

 

 神が使わした十三使徒の内の一人だと思えば、フローラの無茶なお願いも聞き入れざるを得な…………ねーよ。

 

 今日も笑顔が素敵な受付嬢は、その笑顔のまま、

 

「あ、でも、あれですね!

 アツアツの(・・・・・)恋人同士ってウワサのモミジさんを一人ほっぽって、レオンハルトさんがどこか行ってしまうワケないですよね!」

 

 爆弾発言をぶちかましやがったよこの子。

 

 いつもの癖で思考停止のまま周囲を確認。

 

 今の発言を聞いた人間、ナッシェ一人。

 

 ナッシェにはあとで言い含めておこう。

 

 機能停止をしそうになる脳みそをなんとか再起動させて、レオンハルトは人命救護(自己保存)のためにフローラに尋ねた。

 

「ちょっと待ってね?そのウワサの出所教えてくれる?」

 

 一度そのウワサの発出源を締めておかないと、俺がシメられる。鶏のように。

 

 威勢よく鳴き続ける雄鶏を、モミジさんが素手でシメて永久に黙らせたあのワンシーンは、記憶に新しいトラウマの一つである。

 

 雄鶏が自分の姿に置き換わった場合をまざまざと想像して、思わず乳首が勃ってしまった。

 

 とても気持ちいい。

 

「ふふふっ、教えませ~ん」

 

 楽しそうに笑うフローラに、笑い事じゃないんだぞと言いたくなるレオンハルトであったが、

 

「あれっ!?」

 

 と目を丸くした彼女の反応に口を(つぐ)んだ。

 

 思わず身構える。

 

 勃ったままの乳首が伝える快感に、身体がゾクリと震えた。

 

 それにしても、転がるウラガンキンよろしく表情がコロコロと変わる少女だ。

 

 そして、レオンハルトはそう言った彼女の勢いに着いていけない。

 

 よくしゃべる相手を前に、出しかけた言葉を飲み込んで押し黙るのは、コミュ障にはよくあることである。

 

 そんなおしゃべりフローラは、視線を鋭くして、一言。

 

「まさか、浮気ッ!?」

 

「…………は?」

 

 レオンハルトの口から間の抜けた声が漏れた。

 

 二度目の爆弾発言を放ちながらフローラが見つめるのは、紫色のジャギィシリーズ防具に身を包んだナッシェ。

 

 ガンナー防具に付属するサングラスを額の上にかけているのと相まって、精緻に作り込まれた人形のような顔の可愛らしさがさらに強調されていた。

 

 そろそろこの子の口をふさいでおかないと、『寡黙だけどいい人』ともっぱら評判のレオンハルトさんにあらぬ(そし)りが入り始めそうだ。

 

 浮気、ダメ、ぜったい。

 

「ねぇちょっと待って?俺とこの子はそう言う関係じゃないし、そもそも『浮気』が成立するのに必要な本妻がいないからね?

 何度も言うけど、モミジさんとはそういう関係じゃないからね?ないからね?」

 

「またまた、照れちゃって~」

 

「だめだ、話が通じているのに聞く耳を持ってくれない……」

 

 これだから年頃の女の子は……と心の中でため息をつくレオンハルト。

 

 でも、可愛いから許しちゃう! ……ねーよ。

 

 可愛いからって何をしても許されると思うなよ!

 

 …………でもよく考えたら、可愛いは正義じゃないか。

 

 可愛いは正義、正義は勝つ!つまり可愛いは勝つ!

 

 理不尽な真理だ…………。

 

 どこか既視感のある理不尽の嵐に、条件反射でレオンハルトが乳首を勃たせて勝手に恍惚として満足していることなど知る由もないフローラは、好奇心に満ちあふれた瞳をきらきらと輝かせて、

 

「じゃあ、今カノ?」

 

「ねえ、今そういう関係じゃないって言わなかった?」

 

「えーと…………じゃあ、親しいガールフレンドの一人?いやん、レオンハルトさんのスケコマシ!」

 

「ひどい言いがかりだ……」

 

 プロのぼっちを捕まえて何を言ってるんだと思いながら、レオンハルトはクエストカウンターの採集ツアーチケットに手を伸ばして、

 

「モミジさんに今日からこの子の育成を頼まれたんだ。彼女はナッシェ。今から採集がてら武器の扱いを教えに古代林に行こうと思う。この採集ツアーの手続きを」

 

「あー……?

 ……えっと、つまり……レオンハルトさんは、尻にひかれる系の旦那さん、ということ?」

 

「色々違うからね?あと、正しくは『ひく』じゃなくて『しく』だから。全然敷かれてるとかじゃないけど」

 

 いつまで俺はモミジさんの彼氏扱いされるんだ。

 

 尻に()かれるとか、とんだ変態じゃないか。

 

 あ、そう言えば俺、変態だったな。

 

 確かにモミジさんのお尻は……。

 

 ……自分で自分のトラウマを刺激したときって、何故無性に叫びたくなるんだろうね。

 

「ほへー」

 

 心の中で絶望のシャウトをするレオンハルト。

 

 そんな彼に、分かっているんだか分かっていないんだかよく分からない返事をしながら、フローラはさらさらとクエスト発注書にサインをして、

 

「それじゃあ、行ってらっしゃい!たくさん採ってきてくださいね!」

 

 お決まりのセリフと共にクエスト出発を許可した。

 

 相変わらず仕事は早い。

 

「ああ。それじゃあ、ナッシェ、行こうか」

 

 なるべく笑顔を心掛けながら、後ろを振り返って爽やかに声をかけたレオンハルト。

 

「…………………はい」

 

 やや長い沈黙を置いてから、ナッシェは微妙に視線を逸らしながら返事をした。

 

 なに、目も当てられない感じの笑顔だったの……?

 

 普段根暗でコミュ障なぼっちが笑顔で口を開くとロクなことにならないな……。

 

 せめて見られるイケメン顔でありたかったよ……。

 

 ママンとパパンはどっちもまあまあの美形だったのに……ぐすっ。

 

 やはりこの世は顔が一番大事、はっきりわかんだね。

 

「あ、あはは、そ、それじゃあ、行ってきまーす、みたいな……?」

 

 心に負った傷を隠しながら、レオンハルトは出発のかけ声を上げた。

 

 何はともあれ、誰かとクエストに出発するのは、これが初めてである。

 

 最初くらい、良識の範囲内でテンションを上げてもいいだろう。

 

 ジクジクと涙を流す心中とは裏腹に、心浮かれるイベント――本来狩猟とは浮かれてはいけないものだが──の到来に思わずニヤケそうになってしまう。

 

 数瞬前の二の(まい)を踏むまい(・・)と表情筋を引き締めたところ、レオンハルトの顔はさらに気持ち悪いニヤケ顔を浮かべることになった。

 

 心の中でぶちかました微妙なダジャレがよくなかった、反省。

 

「あ、あのヘタレで非社交的なレオンハルトさんが、出会ったばかりの女の子を名前呼びですと……?」

 

 失礼なことをのたまう受付嬢はひたすらに無視である。

 

 先生となったからには、保ちたいメンツがある。

 

 

 

「旦ニャ様には、もともと保つべきメンツがないニャ」

 

 そんなレオンハルトに、横からザブトンが声をかけた。

 

「お前には言われたくないぞ、このドM猫……お前人の心を読むなよ!?」

 

「思っていることがすぐ顔に出る旦ニャ様の心を読むなんて、プロオトモのニャーには造作もニャいことですニャ」

 

「マジかよ…………、ん?てかお前、いつから俺の隣に!?」

 

 

 

 

 


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