ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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昇進

 俺、こんな棒読みの長いお願いされたの初めてだよ。

 

「え、あ、うん…………その」

 

 あらかじめ考えておいた口上を全て言い終えたのであろう、ごくごく小さく口の端を緩めて、心なしか満足そうにしている目の前の少女は、あいも変わらずジッと視線を合わせてくる。

 

 とてつもないプレッシャーである。

 

 コミュ障ぼっちは視線を合わせられるのが苦手なんだよ。

 

 だけれども、明らかに自分より年下の女の子からぶつけられた視線を自分の方から外すというのは、なんとなく負けた気がして嫌だ。

 

 だって、俺、この子の師匠なんだよ?

 先生なんだよ?

 流されただけだけど、一応責任ある立場になったんだよ?

 

 川に突き立てた竿のままでは流れに流されてしまうという厳しい現実に、思わず窓の外に見える快晴へと視線がずれてしまった。

 

 一秒遅れて、視線合わせ勝負に負けたことに気づいた。

 

 これが、社会の厳しさか…………。

 

 だが、よく考えてみれば、同業者(ハンター)たちとまともな会話を経験した人数は、この少女で記念すべき五人目である。

 

 ようやく社交的なレオンハルトさんの評価を賜る機会に恵まれたのだ、脱コミュ障のチャンスが到来したのだ。

 

 この際プロぼっちとしてのプライドは放り出して、この子を一人前のハンターにするのに尽力するべきだろう。

 

 哀しいかな、訓練所を出てからハンター業の先生などという伝説の存在に師事したことがないせいで、何をすべきか全く分からないが。

 

 しかも、せっかく入った訓練所も、自分から教えてもらう姿勢でなくては教官殿の指導を貰えなかったのだ。

 

 当たり前のことではあるが、その当たり前すらレオンハルト少年には厳しいものだった。

 

 受動的な態度で臨んだことが災いして、教官殿に教わったのは倒したモンスターからの素材の剥ぎ取り方と砥石の使い方のみ。

 

 あとは全て教本頼みである。

 

 本は良い、あいつらは喋らないし、怖くない。

 

 生身の先生は、そんなこともあってほとんど希少種扱いである。

 

 ただ生きているだけでは(まみ)える機会がほとんどないというのが、先生という存在なのだ。

 

 なるほど、つまりレオンハルトさんは伝説の存在となったのか。

 

 生ける伝説…………カッコイイなそれ。

 悪くない。

 

 よし、まずは人とのコミュニケーションを円滑に進めるための第一歩“相手の目を見ながら話す”からやってみよう。

 

 なお、彼女くらいの年齢──U15──の女の子を怪しげな男が見つめていると、ドンドルマでは怖いお兄さんお姉さんが話しかけてきてくれる。

 

 経験者は語る。

 

 ちなみに、記念すべきハンターとの会話、二人目であった。

 

 よし、頑張れレオンハルト。お前はやれば出来る子だ。 

 

「と、とりあえず、俺の名前はレオンハルトです、あ、知ってたよね、てか知ってるんだよね、うん、まあ、その…………」

 

 マズい、言葉に詰まった。

 

 序盤は(俺にしては)まあまあな滑り出しを掴んだ気がしたけれども、自分の名前を伝える以外のコミュニケーションを初対面の人間ととったことなど殆どないことが仇となった。

 

 名前以外に、何を言えばいいんだ?

 

 しかし、ここで口を閉じてしまえば、コミュ障の烙印を消し去ることが出来なくなってしまう…………!

 

 言葉をひねり出せ!

 

「…………あ、あれだね、その服、かわいいね、似合ってると思う」

 

「……ぇ」

 

 …………固まっちゃったよ。 

 

 コミュ障のコミュニケーションあるあるその三“相手が返答に困る意味不明な言動”が発動してしまった。

 

 何か口を開くだけで人を困らせてしまうのは、コミュ障にとってはもはや日常茶飯事なのだ。

 

 これだからコミュ障は…………。

 

 師匠は弟子に何を話せば良いんでしょうか。

 

 教本にはそんなこと書いてなかった。

 

 誰か教えて!

 

 

 そもそも、初対面の美少女──しかも、思わず真正面から向き合うのをためらってしまうような──とマトモに言葉が交わせる人間なんて、ウェイ系ハンターくらいのものだろう。

 

 普通の人にも難しい会話が、コミュ障にこなせるわけがない。

 

 そんな中、油が足りていない口をついたのは、モミジさんに仕込まれた定番フレーズ“服かわいい、似合ってる”。

 

 数少ない会話経験からひねり出した、とっておきの必殺技だったのに……。

 

 なお、今の言い方とっても気持ち悪かったです、までが本来の定番フレーズ。

 

「いや、それ今言いませんよね?」

 

「ですよね」

 

 アナの言葉にも素直に頷くより他はない。

 

 しかし、よく見て欲しい。

 

 夏から秋にかけてベルナ村の皆が着ている、伝統的な模様の織物を使った青のワンピースに、白い羊毛のセーター。

 

 化粧っ気のない整った顔に、軽くウェーブのかかったブロンドの髪を留める白いカチューシャ。

 

 カチューシャの他にアクセサリーの類は一切付けていないが、素材の良さが全面的に押し出されていて非常に“イイ”服装なのだ。

 

 ドンドルマの街で歩いていたら、まず間違えなくナンパの嵐が吹くだろう。

 

 浮き世離れした美しい少女に、男共は皆貴賤の隔てなく恋い焦がれるのだ。

 

 そして俺は、その様子を遠くから眺めるだけ。

 

「…………」

 

 そんな美少女が目の前にいるのである。

 

 恐らく、もしかしたらこの先一生関わることすらなかった美少女が、弟子なのである。

 

 彼女が俺の初弟子なのである。

 

 

 

 

 …………浮かれるなレオンハルト。

 

 お前は強い子優しい子。

 

 下半身はきかん坊だけど。

 

 下心なんていらない。

 

 もし彼女が、本気でハンターを目指しているのであれば、俺がなすべきことはたった一つだ。

 

 彼女に、我が人生をかけて培ってきた狩猟技術を、狩り場で生き残るための(すべ)を、心構えを、残らず彼女に伝えることだ。

 

 もし彼女が、俺の実力不足、仕事怠慢のせいで、狩り場で命を落とすようなことになれば、恐らく死んでも死にきれない。

 

 モミジさんに何回殺されようと、その罪は償うことが出来ない。

 

 どんなに言い繕おうと、“違う”人間は違うのだ。

 

 彼女は、“違う”。

 

 彼女は、輝ける人間だ。

 

 さあレオンハルト、覚悟を決めろ。

 

 どんなにダサくても良い。

 

 お前は、自分が心から誇れるハンターになれ。

 

 この少女を、一人前のハンターにしてみせろ。

 

 

 …………よし。 

 

 気合い十分、この後の流れも計画の概要も組み立て終えた。

 

「…………オーケー、君の意気は十分伝わった。不肖レオンハルト、全力で君の指導にあたろうじゃないか」

 

 

 さしあたって必要なのは、コミュ障の人間にとって一番重要なこと。

 

 

 

 

「それじゃあまず、君の名前を教えて欲しい」

 

 相手の名前を聞こう。

 

「…………ぇ」

 

 プロのぼっちは、人の名前を覚えるのが苦手なのだ。

 

 だって、人の名前を覚えるような機会がないじゃないか。

 

 え?貴重な話し相手の名前なんて忘れないんじゃないかって?

 

 非ぼっち非コミュ障は皆そう言うんだよ。

 

 持っている奴が持っていない奴の立場に立つというのは、口で言うほど簡単じゃない。

 

「…………はぁ」

 

 初めての弟子と同性の後輩は、呆れたように溜め息をついているけれども、アナもこの子の名前を忘れてしまったのだろう、何も言わずに、再停止した少女の名乗りを大人しく待っていた。

 

 

 

 

 

 それじゃあ防具に着替えてきて、と空き部屋を貸し与え、ナッシェ・フルーミットちゃん──ようやく覚えた──が持ってきていたジャギィシリーズに着替えてもらった。

 

 ハンターとしてのイロハを教えるにあたって、防具の着こなしは必須である。

 

 モミジさんの話によれば、彼女はハンター訓練所を出たというワケではないらしい。

 

 そもそもハンター訓練所がギルドに付属した“任意の”──といってもハンターになる者の九割は経験する──施設、訓練所に行ったことが無くてもハンターになることは出来る。

 

 訓練所行きはギルドが強く推奨しているし、上位ハンターに教わったことがあるとか、生活がよほど切羽詰まっているだとかではない限り、普通は訓練所を経験するが、ナッシェにも事情があるのだろう。

 

 ハンターの資格をギルドから貰ってから、誰かの所へハンターとしての基礎を教えてもらうというハンターもいないわけではない。

 

 調合の基礎からというからには本当に基礎の基礎なのだろう、指導者ビギナーとして、ある程度の苦労は想定した上で事を進めなければなるまい。

 

 …………それでも、イビルジョーにボウガンの弾をぶち込めるくらいの度胸と力量はあるというのだから、ナッシェの持つハンターとしてのセンスはなかなかのものだろう。

 

 初めての弟子に、期待をかけてしまっている自分もいる。

 

 過度の期待もよくない。

 

 どこから教えればいいのか、詳細を聞き出すよりは実践してもらった方が、コミュ障としてもやりやすいし、そうでなくともどこか間違ったところがないかを指摘しやすい。

 

 不足している経験値をかき集めて察するに、指導にあたる時は、常に客観的な視点を持つべきではないだろうか。

 

 それに、知識は人に教わらず教本を丸暗記する系のハンターとしては、学術的な内容に関しては結構自信があるのだ。

 

 手づから基礎を叩き込んであげたいという気持ちもある。

 

 “先生”という存在は、こういった感覚を持つのだろうか。

 

 プロのぼっちとして普段感じているようなものとはまた違った人との折衝の緊張、不安。

 

 しかしこの胸の高まり、決して居心地の悪いものではない。

 

 もしかして、これが恋煩い!?

 

 生徒と先生の禁断の恋…………。

 

 ふむ、悪くな…………悪いわ。

 

 

「替えてきました」

 

 どうやら、この間の狩りで破損した部位についてはしっかり補修をしてもらったようで、ジャギィシリーズに大きな傷はついていない

 

「ん、オッケー。うん、ヘルムの中にしっかり髪入れてるね。アナ、女性ハンターは髪を防具にしまう、頭部防具が無いときはなるべく纏めておく、の方向で良い?」

 

「ええ、狩りの時は髪の毛が足を引っ張るとマズいので、ナッシェちゃんの着こなしであってます」

 

「と言うことだから、これからもそうやって防具を身につけてね」

 

 コクン、と頷くナッシェ。

 

 基本的に無口な方なのだろう、しゃべるのが苦手なのかもしれない。

 

 あの、明らかに事前に考えておいたかのような弟子入り志願のセリフ、プロのぼっちを長年続けてきた者には、それが人と会話する際の緊張や恐怖が当人を突き動かした結果なのだと察するにあまりある。

 

 ようは、勘違いかもしれないが、ナッシェは基本喋らないのだ。

 

 短時間で相手の情報を収集・分析する実戦訓練を積んできたハンターの経験が、プロのぼっちとしての長年の経験がそう囁いている。

 

 が、そんなことはこの場においては全く問題にならない。

 

 なにせ、プロのコミュ障二人が先生なのだから。

 

 アナにも、一応女性ハンターということで一緒に見てもらっている。

 

 男女で色々と差があるのは仕方のないことだし、彼女が進んで協力を申し出てくれたのは大変ありがたかった。

 

 「センパイ一人だと色々(・・)心配ですからねー」と言われて少しドキッとしたが、今回ばかりは真面目に全力を尽くそうと思っているのだ、変な下心とか皆無である。

 

 無いったら無い。

 

 一つ呼吸を置いて、最初の指導へ移った。

 

「最終的には、狩り場で周囲を警戒しながら調合を出来るようにしていくんだけど、まずは調合のリストを覚えてもらおうと思う。

 防具を着てもらったのは、その格好で素材を調合することに慣れて欲しいからなんだ。

 狩り場での調合は、周囲への警戒を同時に行わなければいけないから、それをするためにも、防具装着状態での様々な作業に慣れて欲しい。

 俺はこの通り、喋るのがものすごく苦手な師匠で、本当分かりづらかったりしたら申し訳ないんだけど、とにかく、まずは手先の器用さと知識の必要な調合から教えていこうと思う。

 長くなってごめん。でも、調合ってすごく大事だから、本当、狩り場で生死を分ける要因の一つだから。

 あ、手先の器用さって言っても、ハンター業は大体全部慣れることから始まるからさ、練習すればきっとナッシェにもできると思うんだ」

 

 うまく伝わっただろうか。

 

 コミュ障の癖が出て長く喋りすぎた気がするし、途中でいらないことを喋ってしまった気もする。

 

 師匠というのは、こんな感じでいいのだろうか。

 

 人にものを教えるのが、こんなにも緊張するものだとは思わなかった。

 

 

 

「……」

 

 無言で首肯するナッシェ。

 

 無表情の奥に潜んだ目の色の真剣さを見る限り、どうやら思いの一端はくみ取ってくれたようだ。

 

 数多のモンスター達との狩りで培ってきた、目の色を読み取る力が、コミュ力のなさを補ってくれる。

 

 それにしても、後輩に何かを教える先輩って、こんな気分なのか。

 

 誰かにものを教わった経験なんて十年以上味わったことはなかったから、人にものを教える立場というのが全く想像できなかったのだ。

 

 一生懸命に培ってきた自分の知識や技術を全て彼女に伝えられたら、それが彼女の成功につながるとしたら、それはどんなに嬉しいだろう。

 

 アナの知的好奇心のなさに慣れていたためか、ナッシェとの会話が、新鮮でキラキラしたもののように思えた。

 

 俄然、やる気も湧いてくる。

 

 

 

「それじゃあ、始めようか」

 

 レオンハルトは、リビングスペースとなっている部屋の本棚から、六冊の分厚い本を引き抜いて、ドン、と床の上に置いた。

 

 横積みにされた本の山を指さして、

 

「まずはこれを暗記してもらうね」

 

「…………ぇ」

 

 

 

 


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