ありがとうございます。
事は、えらく上機嫌でフランの部屋に入ってきたレミリアから始まった。
「ふ~らんっ♪」
レミリアは横たわるフランを揺すった。返事が無い。
「ふ~らんっ♪」
さらに揺する。
「ふ~らんちゃんっ♪」
さらにさらに揺する、というところでレミリアの手ががしりと掴まれた。
「ふ、ふらん? いたいっ、いたいんだけど」
顔を起こすと、眠たげな顔でレミリアを見るフラン。片目しか開いておらず、開いているその目も半分ほどにしか開かれていない。
「……なに?」
握る手からは、ぎしぎしと音が出ている。
「あの、ちょっと、手がいたい。お願い、離して」
レミリアが懇願すると、フランは手を離した。腕に小さな手形がついた。
「で、なに?」
控えめにいってフランは不機嫌だった。三日ほど寝ていない。
フランは熱中すると、そのままその熱中したものに時間を忘れて没頭する癖があった。それでやっとこさ寝付いたばかりのころ、超がつくほどの上機嫌で起こしにこられたわけである。
「あ、うん。それでね――」
しかし、この程度ではまったくへこたれないレミリア。すぐにテンションが戻った。
「はい、これっ」
レミリアはフランに一冊の本を差し出した。
「……なにこれ?」
「前にいってたでしょ? プレゼントがあるって」
「ああ、いってたね。結構前の話だから忘れてた」
「いいからいいから、見てみて」
ナチュラルに毒を吐いたが、レミリアにはまるで気づいた様子が見られなかった。 フランはため息をつきながら、寝ぼけ眼で本の表紙を見た。
そして徐々に目が大きく開かれた。
「『魔法入門』?」
「ええそうよ!」
どうよ! といわんばかりに胸をはるレミリア。むふふと声が漏れている。
「どーしたのこれ? どっかに落ちてたの?」
「違うわよ! 借りてきたのよ!」
「へー、誰に?」
「最近知り合ったっていっても数年前ではあるんだけど、まぁ友達にお願いしたの」
「へー、お姉さま友達出来たんだ」
「うん、そうなのよ。ちょっとそっけないけどね」
「ふーん」
「あれ? ふらんちゃん? もしかしてあまり嬉しくない?」
「え? とってもうれしいよ、うん」
「本当!? 無理に粘ったかいがあったわ!」
「……そうなんだ」
(誰かは知らないけど可哀想に)
フランは手の魔本を、あおぐようにひらひらとさせる。
(初心者向けすぎてどうにもなんないなぁ)
それでも、久しぶりに未読の魔本を見たので少しテンションが上がっている。
「いやね、なんか実力がないものが手を出すと怪我じゃすまないとかなんとかうるさかったのよ」
自分の実力以上の魔本を見ればそうなる。
「でもね、わたしのふらんちゃんはさいきょーじゃない?」
「ねぇねぇ、お姉さま」
「なぁに?」
「いつまでそのテンションでいるの?」
「…………」
少しの間。
我に返ったレミリアが黙った。
「……まぁそれはいいんだけど。でも魔本持ってる友達なんているんだね。できればもっと上等なものがいいんだけど」
「……もしかして、それあんまりよくないの?」
「……お姉さまにはちょうどいいかもね」
さすがのフランもハッキリとは言えなかった。
「お姉さまって、身体能力任せで戦ってるし」
「べ、別にそんなことないわ。この本の内容もちゃんと覚えたし……」
「そうなの?」
いかにも意外といった風にレミリアを見るフラン。
「ええ、さっきいった友達に少し習ったのよ」
「なるほどね」
フランは何度かうなずいた後、にっこりと笑って言った。
「お姉さまは、私の魔法がお姉さま以下のレベルだと思ってたんだね。よく分かった」
「え、そんなことないわよ! いや、なんか危険性がなんとかでこれしか借りてこれなかったのよ」
「へー、ふーん」
フランはのそのそと起き上がり、周辺にタワー状に積まれてある本の群れから一冊引き抜いた。
「はい、これ」
それをレミリアに渡す。
「これをお姉さまのお友達に渡してくれる?」
なにこれ? と、レミリアが本を開こうとすると、
「――あ、開けちゃだめだよ。お姉さまなら大丈夫だとは思うけど、無用な怪我はしないにこしたことないし」
といってフランは止めた。
「え? これ危ないものなの?」
「どうかな?」
首を傾げるレミリア。
「その本をお友達に『本、ありがとうございます。たいへん読みやすかったです。お返しに比較的簡単なものですけど、こちらをお貸しします』って、伝えて渡しておいてね」
「え、ええ、分かったわ」
いまいち要領がつかめないレミリア。
「あ、そうそう」
そういえば礼を言ってないとフランは思った。
(言っとくか)
「あ、ありがとね。お姉さま」
フランは今日初めて邪気の無い笑みを見せた。
「フランっ……」
レミリアは感極まった。
「任せて! この本、絶対パチェに届けて見せるから!」
レミリアは勢いよく部屋から出ていった。
(パチェ? お友達の名前かな? なーんか聞き覚えある気がするけど、なんだっけ?)
開けっ放しのドアを見つめながらそんなことを考えた。
答えが出ないまま立ち上がると、ドアを閉め、二度寝することにした。
数日後、レミリアは再び部屋にやってきた。
「ちょっと私の友達に会ってくれない?」
一番にそう言うレミリア。
「いいけど。誰?」
「この間いってた私の友達」
「ああ、お姉さまにも友達が出来たんだね」
「もうそれはいいから。――どう? 会ってくれない?」
「いいって言ったじゃん」
「そうだったかしら?」
とういうことで、姉妹は館を出ることになった。
真夜中である。
寝ている美鈴を置いて、飛び立つ。
空には砂金のような星々に、明るい橙色の月が浮かんでいた。
「会ってみたいってせがまれちゃって。さすがは私のフランちゃんね」
「――で、どんなの? 人間? 悪魔?」
「魔法使いよ」
「ど真ん中って感じね」
「性格は無愛想で、遊びにいっても本ばかり読んでるやつだけど、良い奴よ」
「それ本当に友達なの?」
「……当然よ」
飛行中の二人に、遠目に街が見えてきた。
「あの街よ」
「へー、あそこいったことあるけど、何もなかった気がする。よく魔法使いとか見つけれたね」
「気分よくうろついてたら会ったのよ。ちょうど吸血鬼の爪が欲しかったとかなんとかで」
「あげたの?」
「えぇ、面白そうだったから」
街は様変わりしていた。フランは時代の流れを実感した。寿命が長いとなあなあになるらしい。
まずとにかく広い。ガス灯が道の端に並び、その他様々な物が精巧になっていた。
入り組んだ路地の中のまた入り組んだ所でレミリアは止まった。
「ここよ」
ノックせずに扉を開けた。
「パチェ~、来たわよ~」
中は本ばかりだった。壁が本で天井も本で家具もなにもかも本だった。
本で出来た壁の向こうから、そのお友達は姿を現した。全身紫である。
「ノックはちゃんとしてちょうだいって、いつも言ってるでしょ。どこぞのゴミかと思って排除しそうになるじゃない」
と、不機嫌そうに眉を寄せ、レミリアに言う。
薄い紫色の寝間着のような服に、腰まで伸ばした深い紫色の髪。前にかかる分には黄色や水色のリボンをしてまとめていた。本を読むときに邪魔になるからであろう。
「それがあなたの妹ね」
と、フランを見て言った。
「フランドール・スカーレットよ。えっと、……パチェさん?」
「パチュリーよ。別に敬称はいらないわ」
パリュリーは一冊の本を持っていた。
「これ、あなたのもので間違いないのよね?」
フランがレミリアに持たせた本である。
「うん、そうだよ」
(あー、なんか少し思い出してきた。パチュリー・ノー……なんとか、たしかうちの館に居候? ニート?)
フランはじーっとパチュリーを見ていた。
「先に謝るわね。といってもあれは仕方がない処置だと思うのだけども、まぁそれはいいわ」
なんのことか分からずに、フランは首を傾げる。
「あの入門書よ。この本が楽に読めるってことは、私が貸した本は絵本代わりにもならなかったでしょうね」
分かりやすいように、パチュリーは手の本を持ち上げた。フランがレミリアに御使いさせた本である。
「ああ、それは別にいいんだけど。久しぶりに魔本見て嬉しかったし。たまーに探そうと思うんだけど、どこにあるか見当もつかないんだよね」
「そのへんにあるわけないじゃない。あったら大問題よ」
言われてみればと、フランは頭をかいた。
「で、友達の私はいつまで放って置かれるのかしら?」
腕を組んだレミリアが口をはさむが、パチュリーはそれに対し表情変えずに言った。
「あなたが話に加わったら話が逸れてしまうわ」
ふくれたレミリアを放って、二人は魔法談話に励んだ。あぶれた一人は、つまらなそうに椅子に座ってぷらぷらと足を動かしている。
それは置いておいて。フランとパチュリーは中々出来ないレベルの話が出来るので、話がはずみにはずんだ。両者ともあまり話すタイプではなかったが、そんなことは無かったかのように話し込んだ。途中、何かが喚いて部屋を出ていった気もしたが意識外のことであった。
しかし、実りの多い楽しい歓談も終わりは告げた。
「ねぇ~フラン~、そろそろ帰らない~?」
外に出てもやることが無かったレミリアが戻ってきて、フランにまとわりついていた。それはもうとっても帰りたがっている。
「パチェ~、もういいじゃない。いっぱい話したでしょ? ね?」
「もう、レミィうるさい。今、いいとこなんだから」
「え~、そんなに話したいならうちにくればいいじゃない」
何気なくいったレミリアの言葉にフランも乗る。
「あ、それいいじゃん。うちにきなよ」
「えぇ?」
さすがに困惑するパチュリー。もうひと押しするフラン。
「ここもだいぶ手狭みたいだし、いっそうちに住んじゃえばいいと思うよ。部屋いっぱい余ってるし、うちにある本も読めるし。私もパチュリーの本読みたいし」
パチュリーにとって魅力的な提案だった。本的な意味で。
「……住むかどうかは置いておいて、一度いってみるのも悪くないわね」
「やった。じゃあ、いこいこ!」
「えぇ」
やっと話が終わったとレミリアが安堵した時、ふと気づいた。
「……あれ? 私も何度か誘った事あるけど、全部断られてなかったっけ?」
「気のせいよ。ほら、私体弱いの忘れた?」
パチュリーはわざとらしく咳をした。
とはいってもその理由は嘘ではなく、本当に体が弱く喘息を患っていた。今日のところは調子がよかっただけである。きっと。
じっと見つめるレミリアの視線から逃げるようにパチュリーは外出の準備を始めた。
時代下りすぎたでしょうか。。