美鈴が館で門番をするようになってけっこう経った。
(器用だなぁ)
門柱に寄りかかって寝ている美鈴。それをフランは目の前で見上げている。
(でも、この近さで気づかないって……。まぁいいけど)
「おーい」
美鈴の顔の前で、フランは手を左右に振ってみる。合わせて地面の影が揺れる。
起きない。
「めぇーりーん」
呼ぶと、目が開かれた。
「はい、なんでしょう?」
それはもう何事もなかったように。
「いやぁ、疲れてるのかなーって思って」
フランははぐらかせて言う。
「いえ、精神統一です。気を集中させていたのです」
「ふーん」
(寝息聞こえてたけど)
「それでなにかご用でしょうか?」
「うん、ちょっと外出てくるから留守番よろしくねって」
「あぁ、かしこまりました。お気をつけて」
「うん。今度はうまい言い訳聞かせてね」
飛び去ったフランを、美鈴は「あはは」と苦笑いで見送った。
フランはたまに外に出ていた。本当にたまに。
暇つぶし、気分転換、そんなところである。
日が出てるうちは街へ、沈むとその辺を適当に飛び回わったり。
街へ行くときは、おそらく無駄だと思いながらも本を探して街を巡ったりする。成果はない。
ただの気分転換なのでそれはそれでよかった。
人間も別に嫌いではない。好きでもないが。
今日の気分転換先は街である。
「んー」
(せっかくきたし、なんかないかなー)
深くローブを羽織ったフランは、ポケットのコインをチャリチャリ鳴らして街を歩いている。
パンの焼ける匂い。呼び子の声。馬車の車輪の音に馬のひづめの音。
(この前来た時より賑やかになったなぁ)
フランが前にこの街に来たのは百年単位で前だが、その辺の感覚が麻痺している。
(なんかどことなく街が白くなった気がするし)
昔の記憶をたどるフラン。
変化を見るのは楽しいもので、そのまま観光を始めた。
あてなくその辺をひたすらぶらつく。
「っと、いけない」
気がつくと日が傾いており、このまま観光を続けると門が閉まってしまうことになる。
「えーっと……」
なにか適当に買って帰ろうとあれこれと考える。
(前は紅茶葉、その前はぬいぐるみ、その前は……)
全部姉のレミリアに向けてのプレゼントだった。
結局、日が暮れるまでさんざんぶらついた後、ケーキを買って帰った。
街を出た辺りで、ローブを羽織った小さい少女を襲う浮浪者もいたが、すぐに大地の栄養になった。ケーキより魅力を感じないらしい。
少し歩いて街から距離を取ると、ローブを取って腕に抱え、羽を広げ、空の旅に出た。
館まで着くと、門前で美鈴がまだ立っていたのでフランはそこに降りた。
「ただいまー」
「フラン様、お帰りなさいませ」
「もう楽に喋っていいのに」
美鈴は困ったように笑う。
「もしかして今までずっと立ってたの?」
「はい、お戻りするまでこうしているつもりでした」
「夜はお姉さまも起きてるからいいのに」
苦笑いで頭をかく美鈴。
「まぁ、いいや。ケーキ買ってきたから皆で食べよ?」
「おぉ、これは。喜ぶでしょうねぇ」
レミリアの事である。
「甘いもの好きだからね」
「ええ」
一緒に行く二人の頭の中に、喜ぶレミリアの映像が流れた。
館に入ると、フランはレミリアへ知らせに、美鈴は準備にいった。
館はそれなりに見れるようにはなってきている。あくまで前よりかではあるが。
館のあまりの惨状に見かねた美鈴が少しずつ掃除を始め、罪悪感にかられたフランがそれを手伝い、好奇心を発揮したレミリアが水浸しにするといった風。
「……フラン? どうしたの?」
フランがレミリアの部屋に入った時、レミリアは寝起きだった。
目元を指でごしごししながら、くわぁとあくびをしている。
「ケーキ買ってきたよ」
レミリアは目をぱちくりとさせた。が、すぐに、フランが見せたものが洋菓子店の包装であることに気づき、理解した。
「街に出てたの?」
「うん」
(またか)
これから先を思ったフランがそう思うのも無理はなかった。
「大丈夫だった? なんかよく分からない悪いのに騙されてない?」
「だから大丈夫だって」
(お姉さまじゃあるまいし)
「本当? お外は色々危ないから……」
「多分、危ないのは私たちの方だと思うよ」
フランが外出するのは年に数回といった程度で、それ以外は籠って魔法の研究をしている。といっても最近は少し手詰まり気味で、それに耐えきれなくなると、外に出て気分転換をするといった感じである。
コンコン。
「お茶の用意が出来ましたよー」
「はーい」
フランが返事をすると、美鈴が質のいい木製のサービスワゴンに、ティーポットとティーカップを乗せて部屋に入ってきた。
部屋にある白い丸テーブルにケーキを置くと、美鈴が三人分に分け、カップに紅茶を注ぐ。紅茶の香しい匂いが部屋に広がり、レミリアは気分良さそうに空気を吸った。
「美味しそうね」
「そりゃ、私が買ってきたんだからね」
「そうだったわね」
くすくすとレミリアが笑い、それを見たフランも笑い、その二人の仲睦まじい様子に美鈴も笑った。
「もうあなたも長いんじゃないかしら?」
レミリアは美鈴に気を向けた。
「そうですね、なかなか楽しくやっています」
「それはよかったわね。なかなか腕も上達してきたみたいで」
「ええ、非常に実りの多い日々ですよ」
美鈴とレミリアはよく模擬戦闘を行っていた。目的は単純明快、実力の向上である。勝ち負けにこだわりすぎない、ただただ純粋に力をつけるためのもの。これによって互いの実力はいちじるしく向上した。そしていずれはフランとも再戦したいと考えていた。
だが、美鈴は初めのあれ以来フランと戦ったことがなかった。
要因はいくつかあったが、一番はレミリアの言葉だった。
「私よりフランの方が強いわ」
その言葉は美鈴に抵抗なくすんなりと入り込んできた。決してレミリアを侮ってるわけでもない。ただ初めフランと戦った時に感じた、底の見え無さが脳裏に張り付いている。フランが普段まったく戦ったりしないところも不気味だった。
実際は出不精気味のめんどくさがり屋ってだけなのだが。
それは置いといて。フランは元気にケーキをパクついていた。
「あれ? 二人とも食べないの?」
「あ、いただきます」
「そうね、いただきましょう」
食べながらの雑談中、レミリアがフランの興味を引くことを喋った。
「あ、そうだフラン」
「ん? なに?」
「今度、あなたにプレゼントがあるの」
「プレゼント?」
「ええ。きっと、喜ぶわ」
なんだろうと考えるフランだったが、いまいちわからなかった。
(期待はしない)
レミリアの思惑は置いておいて、その言葉通りにフランは喜ぶことになる。
時の流れが加速していきます。ゆっくりじゃなくてごめんなさい。