フランちゃんは引きこもりたかった?   作:べあべあ

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番外編 地2 困った時は物理で?

「地底に行きたい」

 

 と、フランが言い出すまでに時間はそうかからなかった。

 とはいえ行く手段を知らないフランは、とりあえずパチュリーのところまで行って聞きに行くことにした。パチュリーは二つ返事で協力を申し出た。知識欲が刺激された結果である。ということでその算段を企てていた魔女二名だったが、横やりが入った。正確には拳骨が降ってきた。

 

「あでっ」

 

 突如襲った後頭部の痛みにフランは頭を抱えた。

 視線を後ろにやると、スキマと腕が見えた。

 犯人は考えるまでもなかった。

 

「悪いけど、地底は駄目ですわ」

 

 今度は前から姿を現した紫がそう言った。

 フランは頭を抱えながら、それはそれは痛そうに顔をしかめていた。本当は対して痛くない。つまるところの抗議である。それからちょっとの間、「あー」だの「うー」だの言っていたが、反応がないのでちらっと顔を確認してみると、とても効果があったようには思えないものが目に映った。

 フランは顔を上げた。ふてくされた表情で再アピール中である。

 

「……なんで? 別にいいじゃん」

 

 その疑問に対する答えは横から発せられた。

 

「協定、ね」

 

 博識な魔女はちゃんと知っていた。

 

「協定?」

「そういうのがあるのよ」

 

 フランは首を傾げた。あったっけ? といった感じである。もうほんと完全に忘れていた。

 

「そう、地上の妖怪は地下へは行けない決まりになっているのです」

 

 事務的に書類を読み上げるように言う紫。

 

「ほんじゃどうしたらいいの?」

「諦めて下さいな」

「えー?」

「えー? じゃ、ありません。大体なんで地底なんかに行きたいのよ。用なんてないでしょうに」

「さとり様に会おうかと思って」

「あぁ……」

 

 紫は合点がいった。自分の撒いた種だった。

 しかし、決まりは決まりである。曲げるわけにはいかない。

 

「それでも駄目ですわ。混乱が起きてしまうかもしれない。そういう約束を結んでいるからこそ、地上は地上で平和を保っていられるのよ」

 

 不服そうなフラン。

 

「ゆかりんは知らない? 約束、決まり、これら全て破るために存在するんだよ」

「決まりがあるということは守るためにあるのです。そこに境界がある。つまり、破ってもいいものなら、そもそもそこに決まりは存在しないのです」

「ぶーぶー」

「分かりやすくぶすくれても駄目よ」

 

 フランはちらっとパチュリーを見た。援護を求めている。

 パチュリーは読んでいた本を閉じた。交渉するのが面倒だったので、フランに丸投げしていたのである。だが、どうにも不利っぽいことを感じて本から視線を外したところでちょうどフランからのSOS信号に気づいた。

 

「……間欠泉」

 

 パチュリーは、ぼそっとそう呟いた。

 

「溢れ出る霊や妖怪――」

 

 パチュリーの王手。

 

「これは向こうからその約束とやらを破った証拠ではないかしら? それならその調査ということでこちらから人を送っても問題ないはず」

 

 さすがは動かない図書館だった。一応情報は仕入れていた。肝心な時には使えずに当主や侍女長から陰口を叩かれる時があるが。

 しかし、頭脳明晰なゆかりちゃんはちゃんと考えてあった。

 

「残念ですが、その為の人員はこちらで用意しておりますので」

 

 嘘だった。

 交渉中だった。

 その対象である霊夢は悩んでいた。温泉水と共に吹き出す妖怪は鬱陶しいが、このまま温泉を楽しむのも悪くない。そもそも出てくる妖怪弱すぎて問題ないし、と。

 そんな感じでやる気のない霊夢により、紫が予備の人員を考えていることは事実だった。しかし、妖怪では困る。できれば人間……。

 その時、派手な音が鳴った。

 

「おーっす! いつもの如く、借りに来たぜ!」

 

 ねずみがやってきた。

 ねずみは妙な三人を見た。

 正確には見られているのを見た。

 なんか分からんがやばい。そう思ったねずみは逃亡を選択した。

 身をひるがしたねずみ、もとい魔理沙だったが、いくらなんでも相手が悪かった。

 本を借りに来た魔理沙は狩られに来たようなものだった。

 無駄な抵抗のすえ、すみやかに捕獲された。

 

「一体何だってんだ。これが客に対する仕打ちかね?」

 

 す巻きになって床に転がっている魔理沙は、偉そうに権利を主張した。

 

「んじゃ、これ使って地底探索させるから、さとり様と会わせて?」

「前後が繋がっていませんわ」

「いーじゃん」

「駄目よ」

 

 紫は気になった。

 

「そもそも会ってどうするの? あまり好かれる相手でもないですのに」

「すとれっち」

「は?」

「すとれっち」

 

 紫は頭を抱えた。なんか色々面倒になってきた。この後、霊夢を説得もとい無理矢理行かせる(くだり)が残っているのである。そのサポートもある。

 

「とにかく駄目です。どうしてもと言うのなら、何かそれだけの理由を持ってきてください」

 

 紫は頭を抱えながらスキマの中に入っていった。

 

「ちぇー」

 

 フランはぼやいた。

 だが、諦めたわけでもなかった。

 

「で、私はいつまでこのままなんだ?」

 

 魔理沙まだす巻き状態にあったが、パチュリーはすでに読書を再開していて、フランはどこかへ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 真昼の陽気の中、花に囲まれた簡素な家で二人、お茶している者がいた。

 

「で、どうしたらいいと思う?」

 

 事のあらましを語ったあと、そう聞いた。

 聞かされた相手はまったく意味が分からないといった様子で首を傾げた。

 

「普通に行けばいいじゃない」

「いや、だからゆかりんがさ――」

 

 言葉を重ねるも、相手はますます分からないといった様子になった。

 

「行き方が分からないってこと? 簡単じゃない。地面を殴ればいいのよ」

「いやそんなの出来るの幽香くらいだから」

「あら、そう? じゃあ、下に向かって適当に衝撃波でも放つ? それならフランちゃんにも出来るんじゃない?」

「いやなんていうかそうじゃなくて、ゆかりんが決まり事がどうとかって言うのが――」

「決まり事?」

 

 内容ではなく、その存在の意義が分からないといった感じである。

 

「あ、分かったわ。そのぐだぐだ言うのが邪魔に思うなら――」

「違う違う。消すとかそういうんじゃなくて、納得させたいの」

「どうして?」

「どうしてってそりゃ……」

 

 言葉に詰まった。

 自由人幽香様に何を言っても無駄な気がしたからだ。

 幽香様は口を開いた。

 

「じゃあ――」

 

 フランはもう嫌な予感しかしなかった。

 

「神社に行きましょうか」

「え?」

 

 意味が分からなかった。

 

「あいつの弱点を使えばいいのよ」

 

 フランは全身から震撼した。このお花の妖怪が弱点という概念を持っていたことに。

 赤く光ってる部分が弱点だよって言われたら「分かったわ」と言いながら、適当に殴りやすそうなところを殴って一撃で決めそうな四季のフラワーマスターさんがそのようなことを言うとは、フランはとてもすっごいいっぱい驚いた。

 そんな過剰な驚きは置いておいて、とりあえず神社に行くことになった。

 

 

 

 

 

 

 某妖怪神社。

 本殿の右奥の方から、もくもくと湯気が立っていた。間欠泉により湧き出た温泉である。

 階段を上り、鳥居をくぐってきた参拝客が見える賽銭箱の横の位置でいつものようにお茶をすすっていた巫女が二人を出迎えた。

 

「あら、変なのが二人。ま、いらっしゃい」

 

 普通の霊夢ではありえないことだった。頭を打ってどっかおかしくなったとしても皮肉の一つくらいは言いそうな霊夢が素直に歓迎の意思を示したのである。霊夢的には『変なのが二人』は皮肉の内に入らない。

 

「機嫌よさそうね」

 

 幽香の問いかけに霊夢は頬をほころばせた。

 

「まぁね。で、あんたらもアレが目当てなんでしょ?」

 

 霊夢は親指を立てた拳を後ろへやった。建物の斜め奥を指している。

 

「今は紫と萃香が入ってるけど、気にしなくていいわ。いないようなもんだから。あと撮影とか言ってるバ鴉もいるけどそれも気にしなくていいから」

 

 言い終わると、おもむろに横に置いてあった小さな木箱を持って、二人に見せた。

 

「じゃ、はい。入浴料はここよ」

「あ、そゆこと」

 

 フランは霊夢の機嫌が良いわけを知った。

 

「時々妖怪とか出てくるけど、その時は言ってくれれば退治するから――、ってあんた達には関係なかったわね」

 

 そんじょそこらの妖怪が出てきたところで問題がないどころか、出てきた妖怪の身が危ない。

 

「いや温泉に入りに来たんじゃないんだけど」

「え?」

「地底に行く話なんだよね」

「えぇ?」

 

 あきらかにテンションが落ちた霊夢。

 

「……なんだ客じゃないの」

 

 肩落とし、心底残念そうにため息をした。

 

「で、地底に行きたいんだけど、ゆかりんに止められたからどうしようかなって」

「――ん? あんたら地底に行きたいの?」

「いや、行きたいの私だけ」

「あ、そう。行って来ればいいじゃない。私行かなくて済むし」

 

 ただの邪魔者ではなさそうであると、霊夢は少しテンションが戻った。

 しかし、変なのの横に付随している変なのが気になった。

 半目で睨みながら聞いた。

 

「じゃああんたは何しにきたわけ?」

「んー。そうねぇ……」

 

 幽香は考えるそぶりをした。今理由を考えていますといった様子があきらかだった。

 フランはどこか達観したような目でそれを見ていた。

 

「どうしようかしら」

 

 霊夢のこめかみに青筋が現れてきた。

 そこに救世主? がやってきた。

 

「はぁ~。良い湯だった。れいむ~? 行く決心は出来た~?」

 

 湯上りでご機嫌な紫がやってきたのである。肌が上気して、頬がほんのり桃色になっている。みずみずしく滑らかな肌からは、ゆらゆらと白く柔らかに湯気が立っていた。浴衣姿の紫はぱたぱたと扇で風を送り、体の熱を逃がそうとしていた。

 そんな中、

 

「あら」

「げ」

 

 お花ちゃんと目が合った。

 湯浴みでのぬくもりが全て吹き飛んだ。

 

「……こんなところで日向ぼっこかしら?」

「フランちゃんに地底に行くにはどうしたらいい? って相談されたから、じめじめとしたところに行く前に、お日様をいっぱい浴びたらいいんじゃないかしらって思ったのよ」

「天気が良すぎて能天気なやつが見られるなんて。『天気がいい』というのは良いことばかりじゃないのかしら?」

 

 紫はフランをねめつけた。

 フランはふいっと首を逸らした。

 幽香は構わず話を続ける。

 

「あの間欠泉、地底に繋がってるのなら答えは簡単よね」

 

 あそこを掘れ(殴る)ばいいよね? ということである。

 間違いなく神社がぶっ壊れる案件だった。

 紫は色々と悟った。

 

「……フランちゃん? 絶っっっっっ対に暴れたりしないなら行ってもいいかなー? って思うんだけどどうかしら?」

「え、ほんと?」

「えぇ。ひ・と・り、でね」

「えー、魔理沙に付いて行こうかなって思ってたのに」

「あ、それなら構わないわ」

「よっしゃ」

 

 目的が達成された。

 

「良かったわね。それじゃ私は温泉でも楽しもうかしら」

 

 幽香はフランに笑いかけた。元々幽香に地底に行く気はない。

 

「うん、ありがとね」

 

(わりとノリで相談してみたけどまさか上手くいくとは思わなかった)

 

 フランは感謝の裏にそんなことを思った。

 

「じゃ、早速準備してるパチュリーの手伝いしに行くから」

 

 フランは妖怪神社を去った。

 少しあと、河童のところにカメラの修理に訪れた鴉がいたそうな。


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