戦闘は一瞬で終わります期待しないでください。ほとんど無です。
夕陽が温かに幻想郷を照らしていた。
夕焼けを受けた木々が影を地に映し、それは人里の家屋も人も同じように影を映していた。
沈む夕日にカラスの鳴き声。太陽だって眠るのかもしれない。
温もりが背中を押し、家路をうながす。『今日』の終わりにほっと一息。この後の晩酌の様子など想像してみたり。
また、今日の終わりによりやってくるだろう『明日』を想い、憂鬱になる者いる。
例えば、しょぼくれた耳をさすりながら夕陽を見つめる九つの尻尾を持つ狐の妖怪とか。
狐は、とある屋台の簡素な木の椅子に座っている。
柔らかな明かりのぼんぼりに『八目鰻』と書かれてあった。
「はぁ……」
ため息をつき、狐の妖怪は手に持ったおちょこを木のカウンターに置いた。
こつり、音が鳴った。
「お疲れでぇ♪」
カウンターの向こうにいる夜雀の店主は、妙な歌を歌いながら小さな体を前へと身を乗り出し、空になった狐の妖怪のおちょこに酒を注いだ。
白色の陶器で出来たおちょこに注がれた酒が、夕焼けをわずかに映した。
そろそろ夜の訪れである。
店主はつまみを作り出した。
つまみといったが、メニューは一つしかない。
その唯一のメニューである八目鰻が、炭火の上で香ばしい匂いを醸し出していた。
じゅぅと身から脂が出ると、赤く灯る炭の上に落ち、また別の音が鳴った。
「夜の夢ぇ、夜の歌ぁ♪」
頃合いを見計らいタレを付けひっくり返す店主の歌も合わせ、屋台は静かではあるが活気があった。
「夜の鳥ぃ、夜の歌ぁ♪」
焼き上がった鰻を皿に乗せ、狐の妖怪へ出した。
狐の妖怪はしばし見つめたのち、鼻をひくつかせながら香りを吸った。充分に堪能してからようやく箸を器用に使って食べ始めた。
一口、二口、口に運ぶと、おちょこを口へと持ってく。
熱い液体が喉を通ると、脱力した息が出た。
なんともいえぬ幸福であった。
夜もふけ、その暗さを増すごとに、お酒のペースも増していく。
「いい匂いー」
夜も深まりすぎたのか、闇がやってきた。
少しがっかりした様子の夜雀。
「なんだルーミアかぁ、お代が払えないやつはお呼びでないわ」
「いーじゃん、ちょっとくらい。連れもいるのに」
夜雀は視線を闇の妖怪の後ろへやった。
「カエルはないわけ? 串焼きとかっ」
氷の妖精がいた。
「妖精はもっとお呼びでないわ。出せるものなんてないだろうしさ」
「いいじゃん、ケチ!」
「ケチはあんたよ。お代はあくまで代わり。お代が出せないということは、そもそも代わりになる前のものを持ってるか怪しいのよ」
「とりあたまのくせに小難しいこと言ってんじゃないわよ!」
「妖精よりマシよ!」
「なによこの馬鹿!」
「馬鹿はあんたよ! この馬鹿!」
二人は、うぎぎぎと睨み合った。
酔いとは人を寛容にするものでもあった。狐だが。その狐は機嫌良さげに言った。
「私が代わりに出そう。その代わりと言ってはなんだが、私の話に付き合ってくれないか?」
氷の妖精は喜色を浮かべ、屋台の席に駆け寄った。闇の妖怪の方はすでに狐の横で鰻をつまんでいた。
ということで、屋台は四人になった。
同日、少し前。
博麗神社で第二次お泊り会が開かれていた。
参加メンバーは魔理沙、レミリアに咲夜にフラン、そして紫であった。当然神社に住む霊夢と、居候の萃香も一緒である。皆居間にいるが、萃香は縁側で一人酔っぱらっていた。興味がないらしい。
ちなみに企画したのは紫である。しかも今夜。
そんな急な催し物だったが、誘った者はみな集まった。
夜に活動している者も多く、眠そうな者は霊夢とレミリアだけだった。くわぁっと眠そうにあくびをするレミリアを、フランが横目で見ていた。なんとも言い難い目だった。
紫が立ち上がった。
「――ということで、卓上遊戯持ってきたわよ」
「何がということで、よ」
スキマに手を入れ、当たり前のようにちゃぶ台に広げた紫に、霊夢が突っ込んだ。
「何それ、面白そう。勝負事?」
レミリアの興味がいった。
「ええ、そうですわ。でも少し違います」
「どゆこと?」
フランはそれを知っていた。
「対戦もあれば協力も出来るよ」
「あら、フランちゃん、人生ゲームを知ってるの?」
「まぁね。やったことはないけど」
「ふぅん」
やる気の増したレミリアにより、霊夢も強制参加でやることになった。勝負事ということで、魔理沙も参戦することになった。
「それじゃ、すこし組み分けしましょうか」
紫はじーっと部屋にいる者を見渡した。
その結果、霊夢と紫、レミリアと咲夜、魔理沙とフランで分かれることになった。
「ま、やるからには勝つわ」
と、霊夢。
「これはなんとしても勝たなきゃいけないわね!」
と、レミリア。
「勝つのは私だがな」
と、魔理沙。
皆がやる気になったところで、紫がルール説明を始めた。
説明が終わると、和気あいあいとした雰囲気でゲームは始まった。
順番はどうするかといったところで、もう我慢は出来ないと、吸血鬼は宣言した。
「まずは私からよ!」
鼻息を鳴らすと、見せつけるように右腕を掲げた。
「
某屋台。
狐の妖怪が立ち上がった。
だんっ、と木のカウンターから音が鳴った。
「――私はやるぞっ!」
周りの妖怪とかが「おぉー」と拍手を送った。
「じゃー、やるかー」
「というか、もうやるしかないって感じよね!」
「一夜の夢ぇ、狐の歌ぁ♪」
――事件の始まりだった。
幻想郷に狐の妖術が蔓延した。
幻想郷にある全ての食べ物を稲荷と認識してしまうという、そらもうとってもちょー大変な異変の始まりである。
屋台を見つめてる猫がいたことは、実は誰も知らなかった。
「藍さま……」
某神社。
嬉しそうな声。
「お、やったぜ! ほら、金出せよ」
魔理沙は霊夢に手の平を見せた。
「はぁ? またぁ? あんたこれで何回目よ」
露骨に不機嫌そうな霊夢。
「さぁてなぁ? 忘れちまったぜ」
「なんかしてるんじゃないでしょうね?」
ちょー不機嫌そうな
「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよな。私はちゃんとこの手でやってるぜ」
心外だといった様子の
「いいからさっさと次、回しなさいよ」
と、トップの
「むむむ……」
うなる霊夢。負けたくない。
「ちょっと紫、見てるだけじゃなくてなんか手伝いなさいよ」
「えぇ?」
ひらめいた。
「そうよ! ちょっと皆交代しない?。はい、決まり!」
ということで、交代になった。
紫が保母さんのような笑みで
「じゃあ、回すわね」
運命が回った。
借金が増えた。
「ちょっと! 紫!? 何してんの!?」
霊夢が紫に詰め寄っている間に、レミリアと交代した咲夜が回した。
霊夢の借金が増えた。
「時間っ――」
「止めてませんわ」
咲夜は、霊夢の疑惑を食い気味に否定した。
「じゃあ、次っ――」
霊夢が視線を移すと、なにやらごにょごにょ相談してるような感じの魔理沙とフランが見えた。
「何してんの、さっさと……」
このとき、霊夢の勘が働いた。
「もしかして今、イカサマの」
「――そんなわけないだろ、何言ってんだ」
と魔理沙は否定したが、
「いや絶対おかしいわ。そうに決まってるわ」
霊夢は確信を持った。
「……やり方を少し変えるわよ。たしかサイコロがどっかにあったから、それで……」
「サイコロか、――別にいいぜ」
そっちの方が、という言葉を飲み込んだ魔理沙。
霊夢はサイコロなら今のところ役立たずのスキマ妖怪が使えると、内心にやついていた。
もう一組も賛成だった。
「私の
咲夜以外、誰も聞いていなかった。
少しして霊夢は戻ってきた。
手に何かが乗った皿を持っている。
「なんだ? なんか別のもん持ってきてないか?」
「ちゃんと持ってきてるわよ。それとは別に、ちょっと小腹が空いたからつまめるものないかなって見たら、ちょっとそろそろ危ないやつがあったところにこれがあったから持ってきたのよ」
「なんだよ、ちょっと危ないやつって」
「臭いが酸っぱくなってきて、そろそろ危ないかもしれないって感じのやつよ。ちょっと臭いが強い気もするけど、稲荷って酸っぱい臭いするから問題ないわ」
「お前変なもん食ってるのな」
「あんたも同じようなもんでしょ。よく分からないきのことか」
「よく分からないきのこと、そろそろ危ないやつを一緒にするなよ」
「一緒じゃないの」
「全然違うだろ」
不満を解消するように、霊夢はもっちゃもっちゃと皿の上のやつを食べ始めた。
「……なんか味が」
「いいから次やろうぜ」
「あ、うん」
ゲームが再開された。
某草原。
「藍さま……」
岩の上に化け猫が座っていた。足と足の間に両手をついて、肩を落としがっくりしている。少し涙目。
風がなぐと、草を揺らし、髪を揺らし、頬を撫でた。
化け猫、橙は、今まで藍と過ごしてきた日々を思い返していた。
修行したり、一緒にご飯を食べたり、遊んだり、色々な思い出があった。
「うぅ……」
悲しくなった。
もうこのような日々は訪れないのかもしれないと、そう思うと。
先ほどの藍が脳裏に浮かんだ。
邪悪な笑みを浮かべながら高笑いをする姿を。
「っ――」
振り払うように目をきつく閉じ、頭を振るう。
涙が少し溢れた。
惜しかった。
惜しくて仕方がなかった。
顔を上げると、丸い月が見えた。
藍の笑顔が重なって見えた。
その時、橙の心に溢れるものがあった。熱かった。
「藍さま……」
橙は立ち上がった。
手をぎゅっと握った。
決意の表れだった。
「……私なんかじゃ駄目かもしれない。でも、それでも、やるんだ。やらずにあきらめたくない。いつもの、優しくて、かっこよくて、あったかい藍さまに戻ってもらうんだ。私、頑張る!」
目をぎゅっと閉じた。
今度は涙はこぼれなかった。
代わりに、熱意が溢れた。
某神社。
霊夢の怒りの叫びが響いた。
「っあぁ、もう! ゆかり、つかえなっ」
紫が転がしたサイコロは、ちゃぶ台の上を転がる寸前に地に沈み、少し上から出てきた。
とりあえず借金が増えた。
「どうしてそうなるわけ? もうちょっとこう、あるでしょ!」
霊夢は紫に詰め寄った。
まぁまぁと、なだめようとする紫。
「いや、そりゃそうなるだろ」
魔理沙の突っ込みに反応はなかった。
反応がなかったので、もう一言付け加えた。
「というか、イカサマは無しだろ。正々堂々という言葉をしらんのかね?」
「うっさいわね! あんたに言われたくないわ!」
「おいおい、言いがかりはよせよ。何の証拠があってそんなことを言うんだ?」
証拠はない。だが、確信だけはあった。
霊夢の鬱憤が積もっていく。
その様子を見て、さらにご機嫌になったレミリアが得意気に言った。
「そうよ、霊夢。いくら上手くいかないからって、そうやって当たるのはよくないわ」
「あんたもうるさい!」
「あら、そんなこと言っていいと思っているの? 私には華麗なる技が全部で百八個あるのよ?」
ただかっこつけてるだけで効果はない技がそれだけある。ちゃんと技名百八個分用意されている。
断トツのトップのレミリア。もうとっても運が良かった。
当然レミリアは最高に機嫌が良い。
借金街道全力邁進中の霊夢はそんなレミリアが当然恨めしかった。
「……あんたはもう、存在がイカサマのようなものじゃない」
「ひどっ」
あまりの言われようだった。
某所。
「いなりってさいきょーね!」
「負けないもん!」
ジュシャシャシャ!
氷の妖精は地に落ちていった。
「あたいはさいきょーだけど、いなりはさいきょーじゃなかった!」
次。
「ぶっちゃけノリだけど、まぁいいかー」
「やるぞぉ!」
じゅしゃしゃしゃ!
「やーらーれーたー」
闇の妖怪は地に落ちていった。
次。
「新メニューの前に運動もいいかもね!」
「うぉー!」
じゅしゃしゃしゃ!
「微妙だったかしらー」
夜雀の妖怪は地に落ちていった。
「はぁ、はぁ……」
化け猫は肩で息をしていた。
しかし、目は生きていた。
「これでやっと藍さまのところに……」
先へ進むと藍がいた。
「橙……」
「藍さま……」
「お前が何をしにやってきたか、それは聞くまい。しかし、その姿、そして目から伝わるものがある。――日頃の修行の成果を見せてもらおうっ!」
ぴちゅーん。
疲労が重なっていた橙は、あっけなく被弾した。
地に落ちた。
「まだまだっ」
立ち上がろうと腕を動かそうとするも、
「うぅ、身体が重い……」
力をどれだけいれても、上手く動かなかった。
限界だった。
目を閉じた。
先ほどのことを思い出した。
決意。
心が奮い立った。
「……諦めたくない。駄目かもしれなくても、それでもやれるだけやるって決めたんだ。私はまだやれる、だからまだっ――」
全身を震わせながら、よたよたと立ち上がった。
「橙……」
充分だった。
藍は元に戻っていた。
某所。
「くわぁ……」
眠そうなあくび。
吸血鬼は満足していた。
「もう終わりでもいいんじゃない? どう考えたって私の勝ちよ?」
断トツも断トツ、すーぱートップである。
霊夢も乗った。
「そうね、たかが遊びだしね。こんなんじゃね。そうね、そろそろ寝ようかしら」
悔しかったが、これ以上続けても借金が増える未来しか見えなかった。
「……ということで、布団の用意を誰かしてくれるとありがたいなーとか思うんだけど」
わざとらしく虚空を見つめる霊夢。
精神的に疲れ切ってて動きたくなかった。
「普通もてなす側がやるもんじゃないか?」
という魔理沙の突っ込みもどうでもよく、さっさと寝たかった。
部屋に、もう一度レミリアのあくびの音がした。
「――ご用意できました」
眠そうな主人に、咲夜はすかさず時を止めて布団を敷いてきた。
レミリアは満足げに言った。
「さすがね」
就寝タイムということになった。
フランと紫の姿が見えないことに気づいた者はいても、特になにも思うことは無かった。眠かった。
「――で、どうするの?」
夜空を行く二人。
七色の翼を持つ吸血鬼が並走する妖怪に聞いた。
「考え中ですわ」
短い答えだったが、口元が緩んでいた。邪悪に。
「流れに任せるのが一番面白くなりそうですけど、何も考えないのもそれはそれで面白くありません。さて、どうしたものでしょう」
そうこうしている間に、見えてきた。
「……すまない、橙。どうやら心配をかけたようだ」
「藍さま……」
藍は手を伸ばし、橙の頬に優しく触れた。
「っらんさまぁ」
橙は藍に抱きついた。
嬉しかった。
いつもの藍に戻ってくれたことが、認めてくれたことが。
目から溢れるものすら嬉しかった。
「……すまない、橙」
頬ずりするように、藍に……。
「すまない、橙。すまない。すまない。すまない。すまない。すまままままま」
あれ? 何かがおかしい。
そう思った橙は顔を上げた。
橙にとって、見たことない表情を藍はしていた。
橙にとって元に戻った藍さまは、すぐさまどっかに行ってしまった。
「あら、藍。仲が良さそうでよろしいことですね?」
「ねー?」
目まで綺麗に笑ってる主人の姿が藍には見えていた。後から続く悪魔なんかも嫌な予感しかしなかった。
「こ、これは紫様。い、いかなる御用で……」
紫は笑みを深くした。
そして可愛らしく言った。
「エクストラステージよ」
きゃぴっ。
「でも私だけだととってもつよーい藍しゃまと勝負にならないかもしれないから助っ人呼んできたの」
「うぇーい」
うぇーい。
藍は、自身の悲惨な未来が見えた。
しかし、藍には仲間がいた。
「どうやらあたい達の出番のようね!!」
振り返ると、例の三人がいた。
このような状況で増援ほど希望が見いだせる要因はなかった。
藍は「五対二だ。なんとかなるかもしれない」などと思いながら、首を元に戻した。
「ふふっ」
自然と笑みがこぼれた。
緩んだまま、呟いた。
「終わった……」
もう笑うしかなかった。
藍の眼前には全体の能力ギリギリに手加減された、ある意味無慈悲な弾幕が生み出されていた。
後ずさろうと足が下がると、捕まっている橙も動いた。
その重りに藍は気づいた。
視線を向けると、涙目ながらも強い目でこちらを見つめる橙が映った。
「橙……」
藍は前を向いた。
やるしかないと。
例の三人が先に前へ行った。
「あたい達のスーパーコンビプレイを見せてあげる!」
一瞬で二対二になった。
圧倒的な力の差がそこにあった。数の利などなかった。というか足を引っ張り合ってた。
悪魔がいい笑顔で言った。
「きゃーらんしゃまかっこいいー」
言外に、「おらお前もさっさとこいよ」と言っていた。
横の胡散臭いのも乗った。
「なさけない姿を橙に見せるわけにはいかないわよねぇ?」
もうそのままだった。隠されもしてなかった。
「藍しゃま……」
さすがに不安そうな橙。
藍は覚悟を決めた。諦めたともいう。
吠えた。
狐の咆哮。
「っちぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
ぴちぇーん。
藍は天国だか地獄だか分からないものを見たそうな。
あと、神社で同じようなものを見てる