フランちゃんは引きこもりたかった?   作:べあべあ

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第3話

 あれからすこし経った。

 これまでずっと一緒に寝ていたフランとレミリアだったが……。

 

「わたし、がんばるわっ」

「……お姉ちゃん?」

 

 レミリアがなんか張り切っていた。

 フランの寝ぼけ眼には、握り拳を作り気合が入っているレミリアの姿が映っていたがなんのこっちゃ分からなかった。

 

「いいえ、今日からはお姉さまとお呼びなさい」

「……お姉さま?」

「そうよ、今日から私はお姉さまよ!」

 

 フランはなにか突っ込んではいけない気がした。

 

(面倒なことになる気がする)

 

 しかし聞く必要もなく、レミリアの方から語りだした。

 

「……私ね、あの時何もできなかった」

 

 フランは表情変える姉を黙って見ている。

 

「でもね、今度はね、私、フランを守って見せるわ」

「お姉さま?」

「だから安心して? 私、頑張るから」

 

 フランは口をぽかんと開けたまま見ている。

 

(よく分かんないけど……、いいのかな? ……多分)

 

 元気を取り戻したように見える姉に、応援の意思を伝えるため笑みを浮かべた。

 

 その宣言の後、いくつか変わった事があった。

 まず、別々に寝るようになった。淑女たるもの一人でうんたらかんたらと、寂しげな瞳を隠しながら気丈に理由を説明していた。バレバレだった。

 

 他にもあるが、共通していることは個別に行動することが多くなったことである。

 もちろんレミリアはフランを避けているわけではない。ただ妹に心配かけたくないとの思いからのことであった。

 

 それはフランにも都合が良かった。

 魔法の修練に集中出来たからである。始めはただの盗難対策として父の書斎から価値の高い本を地下の一室に運び出しただけだったが、そのうちその地下室が自室と化す程にそこで魔術にのめり込んだ。

 その目的は、自身の身を守るためであることは間違いないが、それ以上に姉を守れる力を欲したからである。結局のところ姉妹で同じことを考えていた。

 

 レミリアもレミリアで、フランが地下室にこもっていることに対して喜んでいた。襲撃者は全て自分で倒すつもりだったので、地下にいてくれると助かるのである。

 そんなレミリアに対して、フランはこっそりと結界を張っていた。侵入者を感知すると反応が術者にいくようになっている。

 フランがこっそり見守っていることを、まだレミリアは知らない。

 

 

 

 年月は流れに流れ、レミリアは戦いに戦った。

 その間、色々な襲撃者がやってきた。

 中でも野盗が多かった。何も知らないとはいえ、夜に吸血鬼の館に訪れるという自殺行為としかいえなかったが、レミリアが戦闘経験を積むのに最適だった。

 複数人でこられた時などに逃したことはあったが、戦闘そのものは一度も負けなかった。

 多くの戦闘を経て、レミリアの能力はおそろしく高くなっていた。その才能を見るならば、親をはるかに超えていた。

 

 そのスカーレット伯爵の噂を聞かなくなり記憶が風化していっていた人間たちだったが、館から逃げてきた者から伝わった情報で、まだ吸血鬼がいることを知った。前と違うことは、それが幼い少女であるということ。

 

「フラン、喉渇いたでしょう?」

 

 地下にこもるフランの元に、死体を抱えたレミリアがやってきた。

 

「どうしたのそれ?」

「……なんか落ちてたのよ」

 

(誤魔化す必要がどこにあるんだろう)

 

「ふーん、人間って定期的に落ちてるもんなんだね」

「そうよ、落ちてるものなのよ、うん」

 

 顔を逸らすレミリア。

 

「お姉さま、服真っ赤だよ」

「え? ああ、これは……、ちょっと吸う時によごしちゃって」

「立派な淑女だもんね、しょうがないね」

「……小食のほうが優雅じゃない?」

「お姉さまは何しても優雅だよ」

「え? 本当?」

「うん、ほんとほんと」

 

 いかにも嬉しそうなレミリアを、少し冷めた眼でフランは見た。

 

(いつか悪いのにひっかかるんじゃないかな)

 

「あ、それ部屋にいれないでね。床が汚れちゃうから」

「あ、うん。そうね」

 

 もうフランドールとして生きてきた時の方が人間であったときよりも長くなっているため、人であったときにあった倫理観のようなものかなり薄れている。

 

「私も外に出ようかなぁ。そろそろ家の本じゃ物足りなくなってきたんだよね」

 

 どちらかというと肉体派の多かったスカーレット家には、魔術に関しての本があまり多くなかった。

 しかし、それはレミリアにとって危惧していたセリフであった。

 

「――だ、駄目よ! お外は危険だわ!」

「え? でもそれ外から捕ってきたんじゃないの?」

「え、いやこれは……、ほら落ちてたのよ。さっき言ったじゃない」

 

 フランは心の中で舌打ちした。

 

「でも本がないと退屈なんだけど」

「ご本なら私がとってくるから、お部屋で待っておきましょう? ね?」

 

(あ、これ折れないやつだ)

 

フランは理解した。

面倒であることを。

 

「……わかった」

「よかった! ちゃんとすごいの持ってくるから、ね?」

「もうわかったから、休んでていいよ」

「あ、うん。それじゃこれ、その辺に置いておくから」

 

 死体をぽいちょするレミリア。

 

「うん、お休み」

 

 レミリアは名残惜し気に去っていった。

 

「はぁ……」

 

フランはため息をついた。

 

(どーせ変なの持ってきちゃうんだろうなぁ)

 

 フランはレミリアの持ってくるであろう本に期待していない。そう思うと、思わず残り僅かになった未読本を惜しむように見た。

 

(館にはいっぱい本があった記憶があるんだけど、これってなんだっけ)

 

 フランドールとして生きてきた年月が、徐々に前世の記憶をただの知識と変えていっていた。ひたすら知識を得ようと魔本を読み漁ったのも、それを加速させる要因になっている。

 

 

 

 

 

 それからしばらく経ったのち、レミリアは約束通りにフランに本を持ってきた。

 

「フランー? ご本、持ってきたわよー」

 

 機嫌が良さそうな声が、外から部屋に伝わる。

 

「入るわよー」

 

 レミリアが部屋に入ると、うつ伏せに倒れているフランが目に入った。

 

「ふ、フラン!?」

 

 慌てて駆け寄るレミリア。

 

「あ、なんだ、お姉さまか」

 

 首だけを動かして姉を見るフラン。

 なんかぞんざいに扱われた気がしたレミリアだったが、気にせずに容態を聞くことにした。

 

「どうしたのっ? お腹痛い? 病気? 大丈夫? お腹すいた?」

 

 まくしたてるレミリアは、いまだ横になっているフランを揺する。

 

「――すごい、暇だったの」

「え?」

 

 ぐでーっと伸びていたフランがうにょうにょ起き上がる。

 そして、まくしたて返す。

 

「あとちょっとだと思うとつい読み進めちゃうじゃん? そしたら案外早く読み終わっちゃうじゃん?

 そしたら読むものなくなっちゃうじゃん? とりあず書かれてあること実践するけど、それもすぐに終わっちゃうじゃん?」

「う、うん?」

「そしたら暇になっちゃうじゃん? でもお姉さまなかなか本持ってきてくれないじゃん?

 もう自分で外に取りに行こうかと思ったけど、お姉さま嫌がるじゃん?」

「……ふ、ふらん?」

「そしたらもう伸びてるしかないじゃん?」

「ご、ごめんなさい」

「別にいいよ。で、持ってきた本見せて」

 

 レミリアは、おずおずと数冊の本をフランに差し出した。

 

 『おいしいショートケーキの作り方』などなど。

 

 全てレシピ本だった。女子力高い。

 

「せいやっ」 

 

 フランは本を地面に叩きつけた。

 

「っひ! ふ、フラン?」

「……もう、自分で取りに行く」

「あ、ちょっとまって。それ結構頑張ったの」

 

 レミリアは部屋から出ていこうとするフランの腰に抱きついた。

 

「ちょっ、まってまって――」

 

 ずるずる引きずられるレミリア。

 

「ちょっと――」

 

 鬱陶しくなったフランは振り返ると、涙目で懇願するレミリアの顔が目に映った。

 

(そういえば、お姉さまの泣き顔を見るのって)

 

 フランの足が止まる。

 

(あの日、以来……。いや、あの日だけ)

 

 フランの中に後悔の念が湧いてきた。

 体を反転させ、レミリアを持ち上げ、抱きしめた。

 

「ごめん、お姉さま」

「ふ、ふらん?」

「私、お姉さまの気持ち考えてなかった」

 

 プレゼントを目の前で床にぶん投げられれば、誰だって少なからず傷つくものである。

 

(でも外には出ようかな)

 

 暇には耐えきれない。

 

「お姉さま、今日は久しぶりに一緒に寝ない?」

「え? でもそれは淑女として……」

 

 先ほどの行動を客観視できるような思考をレミリアは持っていない。

 

「そっかー、偶にはお姉さまと寝たかったなぁ」

「そ、そこまでいうのなら仕方がないわね。お姉ちゃんだもんね、妹のわがままは聞いてあげなくちゃ」

「あれ? お姉さまじゃなかったの?」

「……あ」

 

 しばらく姉に優しくしようと思ったフランだった。ちょっとだけ。


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