フランちゃんは引きこもりたかった?   作:べあべあ

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更新遅くなりすぎましてまことにまことにまことに申し訳ありません


第29話

 秋の訪れ。

 頭上の月が差別なくその全てを照らしていた。薄茶のススキがからりと揺れると、その揺れは伝搬したように広がっていった。風とは空気の動き、つまり流れである。

 その他にも別に空気を動かすものがあった。

 秋の虫の音。

 それは揺れ、波として空気中を流れていった。

 今宵は満月。

 満ちた月から注がれる月光にもまた、流れ、力があった。

 それは魔性を持ち、地上の魔性の者に影響を与えた。

 満月とはそういうものであった。

 しかし、満月、そういえども月自体の形が変わったわけではない。ただ見える方によって、満ちた欠けたと勝手に言っているにすぎない。

 

 

 そんな月の元、大分住み慣れてきた小屋でフランは寝そべっていた。

 

(今日の虫の鳴き声は騒がしいなぁ)

 

 寝台でぼんやり、そんなことを思っていた。

 微細ともいえるその違い。人間ではとても感じることなど出来ないようなものであったが、吸血鬼であるフランにははっきりと分かった。それも満月である。月に影響を濃く受ける身としては当然であった。感覚か鋭敏になっている。

 

(外に出てみようか)

 

 ゆらり、体を起こす。

 何気ない動作であったが、フランは自身のさわぐ心をおぼろげに感じていた。虫の音に影響されたのか、それは分からない。

 外に出た。

 空気は澄んでいた。

 夜の向日葵畑。月光を受けた向日葵はひどく簡素に見えた。

 意味は無かった。

 なんとなく、上を見た。

 体が、首が、勝手にそうしたにすぎない。

 満月。

 

「っ――」

 

 目が大きく開かれた。

 少しの時間のようで、長い時間のよう。長い時間のようで、少しの時間のよう。時間の感覚を忘れ、立ち尽くすようにして見ていた。

 

 ぐらり。

 

 膝が揺れ、体のバランスを崩しかけた。

 

「――っと」

 

 その違和感。自身に起きた異変に、再び空を見た。

 夜空に浮かぶ、月。色濃く、色濃く。

 

(これ――)

 

 瞳孔が開いた。

 いつも見てるものとは違う、そう思った。満ちているのに少し欠けていて、月だというのに時を経ない。

 ぐらり。視界が揺れる。

 大地が見えた。

 ぐわり、歪んで見えた。世界は徐々に左に回っていて、頭の中からは、よく分からない妙な鈍い音が響いていた。

 フランは顔をしかめ目を閉じると、頭を左右に数度振った。

 そしてゆっくりと、目を開けた。

 元に戻った視界にほっとしつつも、もう上を見る気はしなかった。

 声。

 

「今夜の月はまた可愛らしいわね」

 

 横に、幽香。

 いつの間にと思いながらも、とりあえず返す。

 

「そればっかりだね」

「ええ、そうね。時々、もどかしく感じる時もあるわ」

「へぇ、ちょっと意外」

 

 本心だった。

 煙に巻いて楽しんでいるのだとフランは思っていた。

 

「意外かしら? まぁ、それもいいわね」

 

 微笑む幽香の手には、とっくりがあった。杯もいっしょである。

 杯を持つ手をフランに出した。

 

「飲む?」

「――いい」

 

 フランはあまり酒を飲まない。思考が鈍るのを嫌っている。あと弱い。

 

「いいものよ? 月見酒」

 

 幽香は、もう一度フランに杯を出した。いつもの微笑。

 なんだか気が引けたフランは、差し出された杯を受け取った。

 

「こうやってね」

 

 左手に持った杯に、右手に持ったとっくりを傾け酒を注ぐ幽香。

 

「月を映すの」

 

 杯の表面には月が映っていた。

 

「そして――」

 

 ひょいっと喉に。

 

「どう?」

 

 とっくりをフランへと向けた。

 

「…………」

 

 フランは黙って杯を出した。

 とくとくと酒が杯に注がれる。

 注ぎ終わると、幽香にならってその表面に月を映す。

 そしてためらいを感じながらも、吹っ切るように喉に放り込んだ。

 熱。

 じわりとくるそれに、息を吐いた。

 ぐらり、視界が揺れる。

 

「……悪いものを飲んだ気がする」

 

 月か酒か、酔いかなにか、分からなかった。

 顔を上げると、夜空。そして、目は自然と月へ。

 視界が揺れた。

 思わず下を向き、頭を押さえるフラン。

 そこに、幽香がぽつり。

 

「行く?」

 

 月に、ではない。

 

「分かるの?」

「ええ」

 

 と、いつもの微笑。

 

「それじゃ、行きましょうか」

 

 ふわりと浮かび上がった。

 合わせてフランも浮かび上がる。

 くらり。

 慣れた浮遊感に感覚を揺さぶられた。

 

「こっちよ」

「うん」

 

 二人は畑を去った。

 

(動くとくるな)

 

 いくらか風景が変わり、すでに慣れていたはずの飛行にも慣れ始めたころ。

 竹林が見えてきた。

 中から染み溢れるように、竹の匂いが香ってきていた。

 

「ここなの?」

「ええ。みたいよ」

 

 中に入ると、さらに濃く竹の匂いがした。

 鼻腔に竹の香りが充満すると、頭の中に食べ物が浮かんだ。

 

「なんか竹の子とか食べたくなってきた」

「持って帰る?」

「季節だっけ?」

「ここはあまり関係ないわ」

「へぇ」

 

 竹の子探しのため、足をつけ、歩くことにした。

 地を踏むと、竹の葉がかさりと鳴った。かさかさと鳴る音の中を進んでいく。

 空気はとても澄んでいてそれなりに気分良く歩いて行ったが、お目当ての竹の子は見当たらなかった。

 

「もう幽香が生やしちゃった方が早いんじゃない?」

「見つけた方が美味しいわ」

「なんとなく?」

「そう、なんとなく」

 

 微笑んでる幽香。

 しばらく一緒に過ごしたせいか、なんとなく次の言葉が分かるようになってきたフラン。その意味までは分からない。

 それから竹の子探しを再開してまもなく、フランの目に何かが映った。

 

(兎? 妖怪?)

 

 それまでにも兎はちらほら見えていたが、それまでの兎とは明らかに違っていた。

 フランが足を止め一点を見ているため、幽香もその方を見た。

 幽香にも見えた。

 

「あら、兎ちゃんかしら?」

 

 かさり。

 葉の音。

 

「お鍋もいいわね」

 

 どこか嬉しそうな声。

 がさり。後退ったような音。

 

「出てこないといじめちゃうかも?」

 

 かさり。

 小さい葉の音。

 えらく億劫そうに現れた。

 人型の兎。ピンクのワンピース。

 そして口を開いた。

 

「うさうさ」

 

 と。

 

「あら、美味しそうね」

 

 その言葉に、出てきた兎は大きく口を引きつらせた。色々察したらしい。

 

「うさ……、――これは逃げた方がいい感じ?」

 

 言い終わるやいなや、逃げ去った。まさしく脱兎の如く。

 それとほぼ同時に、横の気配が消えたのを感じたフラン。

 ぼやいた。

 

「……なんか前にも似たようなことがあったような気がする」

 

 ため息をつくと、歩みを再開した。

 目的地はない。あるわけがない。しいていうならば、行き着いたところがそうである。

 かさかさと葉を踏む足音を立てながら竹林の中を歩く。

 静かな夜であったが、せわしないものを、やはり感じた。

 それが何なのか、考えてみるも見つかる気もせず、ほどなくやめた。

 フランは思った。

 

(最近、こうやって考えるのを止めることが増えたな……)

 

 人が考えをやめる時というのは、その必要を感じなくなった時や答えが見つからずに諦めた時、そんな時であろう。もしくは両方。

 そもそも考えというものは自ら起こすだけではなく、外から飛び込んでくるようにしてやってくるものでもある。それは心の中だけでなく、現実の出来事でも同じであった。

 耳。やかましく飛び込んできた。

 

「もう、また!? いい加減にしてよね!」

 

 フランは気怠そうに音の方へ視線を向けた。

 

「これ以上は通さないわよ! 巫女や吸血鬼、……これ以上通したら師匠に何と言われるか!」

 

 うさぎ。耳が長く、なんか焦っている。

 服装は紺色の制服のセットを着用していた。

 

「聞いてる? 分かったのなら、さっさとここを立ち去りなさい! さもないと――」

 

 紅い眼を持つ顔を歪め、腕を伸ばし人差し指をフランに突きつけた。

 同じ色を持つフランは、心底鬱陶しそうにねめつけた。

 

「――うっさいなぁ」

 

 なんだか最近心がすっきり晴れることが少なく、思い悩むようなことが多かったフラン。必然ともいえた。人の話を聞かずに自分の事ばかりまくし立てるという行為に機嫌が悪くなるのも無理はなかった。普段は理性という強固な檻で、自身の荒れた感情の素をあまり出すことがなかったが、これまでの状況が悪かった。

 自分を置いてけぼりに話し、かつ見ず知らずの者であり、なによりうるさかった。

 

「ゆっくり、分かるように話さないなら」

 

 開いた右手を突きだすと、ゆっくり握った。

 それがどういうことか、目の前のうさぎには分からないことであったが、伝わったことはあった。

 ――敵対の意思。

 長耳のうさぎは一気に戦闘態勢に入った。

 人差し指を突きだし、言った。

 

「よく見なさい」

 

 そしてその指を相手の目の方向に持っていき、

 

「もう、――月の兎の罠から逃れられない」

 

 そう言った。

 紅い瞳が怪しく光り、フランの目を強く刺激した。

 

「ふふふ。上も下も、前も後ろも分からない。正気を失い狂気に染まったお前は何も分からずそのまま、私の力で跡形もなく消え去るのよ」

 

 フランは、その瞳に月を見た。

 その月光は目から脳へと届き、中を光が乱反射するように刺し回った。

 視界が歪み、脳はきしみ、痛みをうったえた。

 体は冷え、人形のよう。

 だが、心は沸き立つ熱湯のように――。

 

「――何をした?」

 

 その瞳は赤く濁り、向かう先は長耳のうさぎを正確に捉えていた。

 長耳のうさぎは目を見開いた。

 

「――私の術が効いていない?」

 

 見開かれ、瞳の紅い満月がいっそうよく見えた。

 それは、痛いほどに。

 

(術? やはり何かされてる。発動条件は、……いや)

 

 分からないことはいっぱいあった。だが、先と同じように考えるのをやめた。理由は少し違う。簡単な答えが目の前にあったからだ。

 

「選べ。その術というのを解くか、それとも――」

 

 また先のように右手を出したフランだったが、それは明らかに先ほどとは違った。何かというと、何もかもがということになるが、はっきり現実として現れたことは、長耳のうさぎの顔が恐怖で引きつったことであった。

 身体がのけぞり、足が勝手に後ろへと動いた。その自身の後退る行為にすら恐怖を抱いた。

 溢れ叫び出すような魔力が、死の臭気を醸し出す牙のような魔力が、たまらなかった。心を噛み砕かれた。

 行き過ぎた恐怖が臆病な心に火をつけた。

 それは逃げ出すことではなく、喚くような恐怖の吐露。

 

「ぁ――――」

 

 ロクに声にならない音だけを発した。

 力の、暴走。

 周囲に、狂気の煌めきを閃光弾の如く炸裂させた。

 その光の中、うさぎは堰を切ったように逃げ出した。

 フランは、その光をまともに受けていた。ただでさえその眼は他にはないものを持ったものであり、その時凝視し睨みつけていたフランは逃げ出したうさぎを追うことなんて到底出来なかった。というより、その事に気づくことすら出来なかった。

 光を浴びた視界は黒く、ただ黒く染まっていた。何も見えていなかったが、何もかもが見えていた。

 黒と粒と黒と粒と黒と粒。

 黒、黒黒、黒黒黒――。

 何を見ているのか分からなかった。そもそも何か見えているすら分からなかった。身体的経験、感触によって瞼を開いていることだけが分かっているだけだった。だが、もはやそれすらも怪しかった。

 口から液体が垂れ、地面へと落ちる。

 荒れ狂う海中の如き混濁の中、意識はあった。






うどんちゃんはps4にまで逃げました
深秘録どうしようかなぁ
pc版持ってるんだけどなぁ

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