フランちゃんは引きこもりたかった?   作:べあべあ

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第28話

 朝になった。

 予定通りにフランと幽香は人里へ向かった。

 人里には人里らしく人間がいっぱいいた。つまり、人ではないのもちらほらといた。皆薄着である。まだそれなりに暑い。

 日傘を指したフランは、その中できょろきょろと周りを見回していた。

 目につくものがあった。

 

(なんだろあれ)

 

 視線の先には、荷車に大量の食糧を載せ、その上さらに購入した食料を載せる少女がいた。大小二本の刀を差している。

 フランは歩みを止めて、横にいた通りすがりの人間に聞いてみた。

 

「ねぇ、あれ何?」

 

 指を指すフラン。

 

「ん? あぁ、あれか。あれはなんとか楼の従者とかなんとか」

「ふーん」

 

 ほとんど分からなかった。

 

「ありがとね」

 

 そう言うと、少し先でこちらを見て待ってる幽香のところへ足早に向かった。

 そのまましばらくうろつく二人だったが、当てのない様子にフランは我慢出来なくなった。

 

「これどこに向かってるの?」

「どこにも?」

「あ、うん」

 

 なんとなくそんな気がしていたフランだったが、やっぱり思うところはあった。それを上手く言葉に出来ないだけで。

 そんなフランに、幽香が不思議そうに首を傾げた。

 

「人里が目的地って言わなかったかしら?」

「そっすね」

 

(そりゃそーだけどね)

 

 色々と諦め気分でそのまま幽香と人里を歩いた。この頃には、幽香が人里に馴染んでいることに違和感が無くなっていた。

 

「それじゃお昼にしましょうか」

 

 と、唐突に幽香がそう言った。うんうんと一人でうなずいている。フランにはなにが『それじゃ』なのかまったく分からない。

 

「さて、どこにしようかしら」

 

 幽香の世界に割って入らんと、フランは口を出す。

 

「良いうどん屋さんがあるよ」

 

 人里に来たのはこれで三度目。ぶっちゃけそこしか知らなかった。

 

「おうどん? そうね、それもいいわね」

 

 乗り気になる幽香。

 

「じゃあ案内頼むわね」

「うん」

 

 そうなった。

 ということで、元気の良いおやじの店でうどんを食べると、またぶらぶらとうろつき始めた。二人は完全に人里に溶け込んでいた。人外の者は続々と姿を消していた。不思議である。

 そのうち日が暮れ始めた。

 オレンジ色の光が斜めから人里を照らしおり、家屋から影がにょきりと伸びていた。

 

「そろそろ帰りましょうか」

「うん」

 

 二人は帰路についた。

 夕焼けに染まった野原の中を徒歩で行く。

 その道中。

 

「どうだった?」

「どうだったって? 今日の事?」

「ええ」

 

(んー、何かしたっけ?)

 

「どうもなかった? かな?」

 

 幽香は足を止めた。合わせてフランも足を止める。

 

「そうなの? 何も覚えてない?」

 

 夕焼けを受けながら、いつもの笑みを浮かべフランの方を見ている幽香。

 

「私は覚えてるわ。あのうどん屋さんの横に咲いていた花も、途中で寄ったお花屋さんのお花の一つ一つを」

「花ばっかじゃん」

「だって可愛らしいんだもの」

 

 幽香は首を横に向けた。辺りはオレンジ色の草木がずっと広がっている。

 

「ほら、この辺りにもたくさん咲いているわよ? 意識すればちゃんと見えるはず」

 

 フランはちょっと思いついた。

 

「あー、うちにも変なのが一つ咲いてるよ。夜に咲くらしいけど」

「あら、素敵ね」

「トゲどころかナイフだらけだよ」

「可愛らしいわね」

「そればっかだね」

「他に言葉がないの。勝手に作っても伝わらないでしょう?」

「まぁ、そりゃそうだけど」

 

 言い終わると、歩みを再開した。

 しばらく歩いていると、だんだん暗くなってきた。

 日傘をたたみ、杖代わりにして歩く。

 

「それより、今日の事だけど本当に何も覚えてないの?」

「なんで?」

「可愛いから?」

 

(その基準がわからん)

 

 嬉しくなかった。

 幽香は構わず続ける。

 

「例えばすれ違った人間の顔とか? ほら、初めの方に話しかけてた人間」

 

(んー?)

 

 思い返すフラン。

 

「……よく覚えてない。なんとなくぼんやりと雰囲気だけみたいな?」

「でしょ? 興味が無いから、区別する必要がなかったのよ」

「前に言ってたやつ?」

「そう。花も人も違わない。けど、私にとっては花のほうが興味がある。だから覚えてる。ただそれだけ」

「実際に体験させてみようってことだったの?」

「ええ、そうよ」

「ねぇ、聞いていい?」

「どうぞ」

「――なんで?」

 

 純粋な疑問だった。

 幽香は、人差し指を下唇に当て少し考えたのち、答えを言った。

 

「なんとなくよ」

 

(んーむ)

 

 ほしい答えではなかった。そのなんとなくの根っこが知りたかった。

 

「どゆこと?」

「私が勝手にそう思っただけ。でも、それを上手くは説明は出来ない」

「なんで?」

「感情を言葉にそのまま置き換えられるなんて出来ないもの。私が花を愛でる時の感情をあなたに言葉じゃ伝えられないようにね?」

 

 顔をしかめるフラン。

 

「言葉で理解できないんだから、考えちゃだめよ。感じるのよ。そう、花を愛でる時のように」

「それは伝えられないって言わなかった?」

「言葉じゃ伝えられないっていったのよ」

「うぅむ」

 

 沈んだ夕日に付き添うようにフランのテンションも沈んでいった。吸血鬼なのに。

 

 

 

 家に戻った。

 夕食をすませたフランは、寝台で横になりながら例の本に向かっている。

 

『親愛なるパチュリーへ。頭のおかしな人の言うことを理解しようとした時の良い方法などがあれば教えてください』

 

 ちょっとだけ鬱憤を込めてそう書いた。

 すぐに返事がきた。

 

『ついに吸血鬼でも鏡に映れるようにする魔法を開発したのでしょうか? 是非とも詳細をお願いします』

『パチュリーへ。そんな魔法開発してません』

『分身とか出来るようになったってことなのでしょうか?』

『居候のパチュリーへ。今度、蔵書のいくつか燃やす』

『親愛なるフランへ。話は変わりますが、いつ頃帰ってくるのでしょうか? 最近例のアレによく聞かれます。あと、鏡でも分身でもないのなら他にどういう方法で自分の姿を確認したのかがとても気になるので、とりあえずここにでもいいからさっさと書いて』

 

「えいっ」

 

 フランは日記を放り投げた。

 

「……気をとりなおして」

 

 もう一冊の方を開いた。

 

『さとり様へ。友人が冷たいです。良いアイディアはないでしょうか』

『フランちゃんへ。申し訳ありませんが、私にはその類いについて助言することは不可能です。私には友達がいません』

『ごめんなさい』

『いえ、気にしないでください』

『頭のおかしい人についての助言を頭のおかしいのに聞いたのが間違いだったのだと今気づきました。どうか気にしないでください』

『だいたい皆さんどこかおかしな部分を持っていた気がしますよ。気になさらない方がいいかと』

 

(いや、それだと私もおかしなやつになっちゃうじゃん)

 

 フランはなんとなく過去を振り返った。

 

(他人からそんなこと言われた記憶なんて……)

 

「いやいや」

 

 そんな記憶は無かった、としたかった。

 

「……いやいやいやいや」

 

『よく言われるかもしれないかもしれませんが、私は至極普通の真っ当だと思ってます。私と接した人がたまたま変なのばっかだったんじゃないかなっていう可能性も』

 

 と、フランは勢いでそこまで書いたが、止まった。

 その間の後、何かを察したのかさとり様からの書き込みがあった。

 

『私のことを知ってこのように文通のようなことをしてる時点で、フランちゃんは少し変わられた方だと思いますよ。私友達いませんし』

 

「……さとり様って変わってるなぁ」

 

 フランの呟きは、外からの虫の鳴き声に消えた。

 なんだか疲れた気がしてごろりと横になったが、寝るつもりはまだなかった。

 

「お風呂が沸いたわよー」

 

 そんなフランの耳になんか聞こえてきた。

 

(お風呂?)

 

 フランが部屋を出て、家を見渡すも気配がなかった。耳を澄ますと、パチパチと木が焼ける音がした。

 

(外?)

 

 外に出ると、幽香がいた。

 

「綺麗な星空でしょう? だからと思って」

「はぁ」

 

 生返事しながらであったが、見上げた夜空はたしかに綺麗だった。

 

「それじゃお先にどうぞ。私は後からでいいから」

「え?」

「タオルとってくるわね」

 

 返答を待たず、幽香は家の中に入って行ってしまった。相変わらずである。フランは、幽香の頭に草木で編んだ王冠が乗っているところを想像した。

 

「…………」

 

 閉められた扉を呆然と眺めた。

 フランは諦めのため息をすると、視線を移した。

 星空の下、畑の元、少し大きめの樽のお風呂がぽつんとあった。

 

「どうしろと」

 

(いや分かってるけど)

 

 またため息。

 目線の先には、ただの樽の風呂。焚き木の焼ける音がなんとも心地よかった。

 初期位置で突っ立ったままのフランだったが、なんだか幽香が戻ってくる前に入っておかないといけない気がして、心を決めた。

 

(……入るか)

 

 ごそごそと服を脱ぎ、そのへんに散らかした。

 ちらりとそれらを見たのち、ひたひたと前へ踏み出した。サイドにアップされていたものも下ろされ、歩くたびに髪が揺れ、肩口をさらりと触れた。

 裸足で感じる大地の土は少しひんやりとしていた。歩くと、風が全身にまとわり、撫でるようにして去っていった。

 樽風呂の前までくると、横の横に用意されていた台に左足を乗せ、ひょいっと上がった。樽の表面には月を映した湯がきらきらと揺れていた。

 中に入ろうと、樽のふちに手をかけた時、気づいた。

 

(土……)

 

 フランは、足首をすり合わせて土を落そうとしたが、不十分に感じてお湯で流そうと思った。そばにあった桶を確認すると、右手を伸ばして取り、樽の湯を少しすくった。そして軽く前かがみになると、交互に片足を上げて湯で土を流した。

 ふと思い立った。

 

(身体にかけるのがマナーだっけ?)

 

 急に頭の中に出てきたものだったが無視出来なくなった。

 フランは、桶をもう一度湯船の中に入れると、桶の中程にまですくい入れた。

 桶を持った腕のひじを曲げ、肩の上から流す。

 湯は、フランの全身に合わせて曲線を描きながら滑っていく。

 なんとなくもう一度それを繰り返すと、フランは満足がいったのか桶を台の上に戻した。

 かつん、と音がした。

 

「ふぅ」

 

 息を吐くと、樽のふちに両腕をついて、左足を湯船の上にまで伸ばした。

 体を傾かせると、伸ばした左足が湯につかった。そのまま全身を湯船に入れよとさらに体を傾けたが、そこでフランは動きを止めた。

 下を見ると、樽の深さで樽のふちに右足の付け根がひかかることが分かった。

 

「む」

 

 このままさらに体を傾けて、横に沈み込むようにして半身を湯船の中に入れることも考えたが、止めた。顔をつけるのはなんか嫌だった。

 身体を反対に傾け、左足を湯船から出すと、正面を向き、ふちを掴む両腕に力を入れ、体を浮かせた。そして両脚揃えて軽く勢いをつけ、するりと湯の中へ飛び入った。

 フランの全身は、ようやく温かみに包まれた。

 湯船から、湯があふれ出ていく。

 

「ふぃ~」

 

 ようやく終わった一作業か、フランは肺から息を漏らした。

 手を組み、ぐぐっと天へと腕を伸ばす。力を抜くと自然とリラックス出来た。上を見ると星空が映った。

 先ほどと変わった様子は見られなかったが、なんとなくいつもより良く見えた。

 心地よさげに目を閉じると、虫の鳴き声や、風を受け揺れる草木の音が聞こえてきた。

 身を沈め、肩までつかろうとすると、ふいに身体が浮いた。

 

(ぉぉう)

 

 浮遊感。

 湯船から湯が溢れていく。

 振り返る必要もなかった。

 

「良い湯ね」

 

 聞き覚えのある声だった。

 後ろに首を倒すと、幽香の顔が映った。

 背中から感じるものは、湯の温かみなのか、それとも幽香の温かみなのか、フランは分からなかった。

 

「一度誰かとこうして一緒にお風呂入って見たかったの」

 

 言わずに実行するのが幽香である。

 ぱちゃりと音がした。フランの胸の前に幽香の両手がやってきた。

 フランはその手に触れると言った。

 

「――良い湯だね」

 

 同意を示すように、二つの手が交わった。

 フランが頭を倒すと、幽香の首元に当たった。視界には夜空。さっき見たばっかりだが、フランは先ほどよりずっと良く思えた。

 この後少し語らうと、ゆったりと寝床についた。

 そんな日々を過ごしていった。

 さとり様と文通したり、パチュリーに定期報告したり、幽香に頭を悩ませたりといったそんな日々。


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