フランちゃんは引きこもりたかった?   作:べあべあ

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第24話 vs 藍しゃま

 とはいうものの、初めから目的もないフランに目的地があろうはずもない。とりあえずノリでそれっぽい所へと目指すことにした。

 

「方向なんて分かんないけど、多分こっちでしょ」

 

 どこぞの紅白巫女の如く、適当に勘で雪の中を進むフランだったが、別に勘が鋭いわけでもない。

 しかし不思議と上手いこと進めていた。

 その証に、頭が春っぽい巫女がなにやらぶつぶつ言いながら飛んでいるのが見えてきた。

 聴力の良い耳はその呟きをとらえた。

 

「それにしても……雲の上まで桜が舞ってるのは何故?」

 

 確かに辺りには桜が舞っていた。その発言で気づいたフランだが、それなりにどうでもよかった。

 

「…………」

 

 黙ったままこっそり付いて行く。

 

「いつもだったらここで、誰かが答えてくれるんですけど」

「…………」

 

 フランは思った。

 

(他人のひとり言聞くのって面白いなぁ)

 

 しかし充分に楽しんだし、変化がほしくなった。

 口を開け、空気を大きく吸い込む。

 

「ピンポンパンポーン!」

 

 札が飛んできた。

 

「ちょっと! なんであんたがここにいんの!」

 

 なにやら凄い形相で飛んできた。

 フランはそれが面白くて堪らない。

 

「え~、なんでだろねぇ?」

 

 霊夢は口元をひくつかせた。必死に抑えようとしている様が、なお面白かった。

 

「……いいからどっか行きなさい。さもないと退治するわよ」

 

 にまにまと、次はどうやってからかってやろうかと考えるフランだったが、急に笑みを消し霊夢の言葉に従った。

 

「うん、そうする。じゃあね~」

 

 と、さっさと飛び去って行った。

 呆気にとられ言葉が出ない霊夢だったが、まぁいいかと前を向くと楽器を持った三人組が見えて、即座に理解した。

 

「……あいつ、擦り付けたのね」

 

 八つ当たり気味で霊夢にボコされた幽霊がいたそうだが、フランの知るところではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 そのフランは、少し外れた所で狐の妖怪と対面していた。下に見えるのは雪なのか雲なのかもはや分からない。

 

「何か用?」

 

 とりあえず尋ねるフラン。

 狐の妖怪は道教のような袖の長い服を着ており、両袖をつけてそこに両手を入れている。

 狐は澄ました顔で言う。

 

「見かけたからな」

 

 九本の尻尾がゆらりゆらり揺れている。とっても柔らかそうである。フランの目が細められた。この天気ではとても魅力的に移るのも仕方がない。

 

「あ、それで?」

「証明しよう」

「何を?」

「私が紫様の式、つまり最強の式であると!」

 

 袖から両手を出し、ばばっと広げ高らかに宣言してきた。

 その変わりようにフランは心底だるそうに言った。

 

「えぇー」

 

(うっわ、ちょーめんどくさー)

 

 なんだか避けれそうにもない事を理解しながらも、一応聞いた。

 

「……私がそれに付き合う理由ってある?」

「お前が勝てば一つ、何でも言うことを聞こう」

「それってあれだよ? 言うもんじゃないよ? 出来ないことは出来ないからね。例え可能なことでも」

「……どうすれば私と戦ってくれる?」

 

(なんでこんなにやる気満々なの。なんかもう適当な事言っとくか)

 

「じゃあ、その尻尾ちょうだい」

「そうか。分かった」

 

 即答だった。フランは嫌になった。

 構わず、藍はスペルカードを提示した。

 

(あ、そっかそっちか)

 

 フランは気が軽くなった。適当に当たって降参すればいいだけの話である。

 

(でも、何度も挑まれるのも嫌だなぁ)

 

 一度ある程度力を見せている以上は、明らかに手を抜くとバレる。本気でやるまで何度も繰り返されることは想像に難くなかった。

 

「……どうした?」

 

 と、動きを見せないフランに藍が声をかけた。

 

「あ、いや、なんでもない」

「――いくぞ」

「へいへい」

 

(さて、どう立ち回ろうか)

 

 

 

 藍は一気に後退し距離を取り、宣言した。

 

『式神 仙狐思念』

 

 小手調べなどなかった。

 藍から万華鏡に映った花のような弾幕が放たれた。

 フランはその術式に思考の累積を感じた。藍の思念が形をもって現れたような、そんな感覚。

 

(っわ、綺麗)

 

 万華鏡から飛び出してきた花の花弁がひとつ散り、またひとつ散り、さらに散り、それが同時多発的に多方で行われた。その散った花びらひとつひとつがまた別の花を形成し、そしてまた散っていき、花の輪廻でも見せられているかのような弾幕になっていた。それは白まだらな夜空に痛いほど綺麗に映えた。

 

(――これがスペルカード。いや、これこそが――)

 

 この弾幕は一体何なのか。いや、分からない。

 分かるのは、この美しい弾幕が自分に向かってくるということ、それのみ。

 フランは心が湧きたった。

 

(この美しさは間違いなく私に向けられたものであり、これに返答するのもまた私だ)

 

 フランは、どうしようもないほどにこの描かれた弾幕に手をつけたくなった。

 

(しかしどうするか)

 

 フランはひとまず、花びらの周囲をぐるりと飛び回った。

 やがて思いついた。

 

(足りないものがある)

 

 フランは、ぐるぐると動き回りながら緑色の魔弾を発し始めた。

 追加して、フランは自身の身を緑色のオーラで包み込む。フランの通った軌跡は緑色の筋となり、緑の魔弾と合わさった。つまり、万華鏡の花に葉と茎が加えられた。

 

(なかなかじゃない?)

 

 満足したフランは、「どうだ!」と藍に視線を向けたが、当の藍はスペルカードを構えていた。フランは心の中で唾を吐いた。

 

 スペルカードの宣言。

 

『狐狸妖怪レーザー』

 

 強く発光する白く丸い妖力弾、それが真っ直ぐ縦に連なった。その整列が終わると、左右にレーザーを発し始めた。

 

(……これはなんだろう)

 

 フランは避けながら、観察をしている。術式ではなく、全体から絵を見るような感覚で見ている。

 

(これだけじゃ分からない)

 

 フランの要求に応えたわけではないが、新たに妖力弾の列が増えた。

 妖力弾はレーザーだけでなく、青や赤の丸い弾も発射した。

 

(丸いのは水泡で、レーザーはなんだろう? ……いや、違う)

 

 フランが行っていることは得意の理解ではなかった。それは想像に変わっていた。

 

(そもそも狐狸妖怪レーザーってのがヒントが無さすぎる。もうちょっと分かりやすいのか面白いのにしてくれたら……)

 

 勝手に連想ゲームを始め、勝手に悪態をつくフランだったが、被弾する気配は全くない。

 そんなフランに、藍は新たにスペルカードを宣言する。

 

『プリンセス天狐―Illusion―』

 

(な、なんですとっ!)

 

 フランはそのネーミングに驚いた。

 

(やばい、テンション上がってきた)

 

 本当はずっと前に上がっていたのだが、本人が今気づいただけである。

 

 そんなフランをよそに、藍は妖力弾を放つ。

 藍はまず自身を中心として、明るく丸い妖力弾を、三百六十度、円状に多く放った。

 

(これはなにを意味するんだろう?)

 

 じーっと丸い弾を見ている。術式から見るに、ただの明るい弾なのだが、何かあるのではと興味深々に見ている。

 しかし、なにも起きない。ただ組まれた術式通りに、周囲に広がるだけ。

 

(どゆこと?)

 

 弾幕から藍の方へと視線を移した時、フランは驚いた。

 

「――いない?」

 

 その時、肌が力を感じた。

 感じた方向に視線をやると、妖力弾が迫ってきていた。

 

「――あ」

 

 左側に藍がいた。

 まさしく瞬間移動のマジック。

 客の視線を一点に釘つけ、肝心の自身を隠す。

 

(なるほど確かにイリュージョンだ)

 

 フランは答えが分かると嬉しくなった。

 引っかけられた形ではあるが、そんなことは関係なかった。

 だが、フランにはある疑問が残った。

 

(……プリンセス分は?)

 

 藍は同じような行動を繰り返す。発する弾幕の厚みだけは増していくが。

 

(分からない)

 

 フランは困った。

 

(プリンセス分が分からない)

 

 知りたくて仕方が無くなった。

 

「ねぇ、プリンセスってなんの意味?」

 

 一瞬の間。

 

「は?」

 

 藍の表情は何言ってんだこいつと言わんばかりであった。

 

「いやプリンセスの意味が分からなくて」

「……何が言いたい?」

「だからプリンセスの意味が」

「行くぞ」

 

 藍は会話を諦めた。頭がおかしいやつの戯言として処理された。

 

 スペルカード宣言。

 

『狐狗狸さんの契約』

 

 突如、フランはオレンジ色の光の輪の中に囲われた。周りにはいくつかの線が長く伸びている。

 

(なにこれ? ていうかまだプリンセスの答えが見つかってないんだけど)

 

 輪がずずずっとゆっくり動いていく。輪の中にいるフランは合わせて動くしかない。そのうち小型の白い弾も多数やってきた。雪と混じり、それなりに見づらい。

 

(なにこれ? 遠目から見れば、私を囲ってるこれは太陽のように見えるはず)

 

 それだと小粒の弾の説明がつかない。

 

(雨? 太陽がこんなにも主張してるのに? ……違うなぁ)

 

 フランは駄目元でヒントを貰いにいく。

 

「この小さなやつってなにー?」

「…………」

 

 返事は返ってこなかった。

 狭い空間の中で襲い来る妖力弾にかすりもしないどころか、話しかけてくるフランに藍は少し苛立っている。

 なお、その事についてフランは微塵も気づいていない。

 

(スペルカード名は狐狗狸さんの契約だっけ? こっくりさん、なんか覚えがある。……なんだっけ)

 

 この間も、輪は移動し、中心にいるフランも合わせて動いている。相変わらず外から来る弾に当たる気配はない。

 

「――ああ、そうか!」

 

 知識が見つかって、テンションが上がる。

 

(こっくりさんってあれだ! 皆で硬貨の上に指置いて、なんか文字の上で占うやつだ)

 

 眺めている藍からすると、急にテンションが上がった頭のおかしいやつにしか見えない。

 

(ということは、つまり? 私を囲っているこれは太陽じゃなくて、硬貨であり、そこから伸びている線は太陽光じゃなくて指か)

 

 フランは一人で楽しんでいる。

 

(ってことは、この小粒は……。硬貨と指、足りないのは文字? いや、でも文字が動くのは違う。動くといえば、……思い?

 ――あ、それだ。指の向こうの人間の思念が硬貨に向かってきているというのが自然。つまり、私がここから出来ることは……)

 

 フランは周りの小粒の弾と同じ型の魔弾を生成し、それらとぶつける。

 

(私のこれは動物の思念。つまり、こっくりさん!)

 

 どうだ! と藍に胸を張るフラン。

 藍からすると狂人にしか思えなかった。

 

(あれ? なんか反応が無い。なんでだろ? 正解じゃなかったってこと? でも、完璧じゃん)

 

 ふと頭に考えがよぎった。

 

「契約ってこと? 契約ってなんの意味だっけ?」

「…………」

 

 藍はもう怖かった。なんかぶつくさ言いながら弾は全部避けているし、はっきりと言葉を口すると思えば訳が分からないこと言うし、なんかいけないのに関わってしまった気分だった。自分から関わったのだけど。

 後悔と共に、藍は選択した。

 

 スペルカードの宣言。

 

『飯綱権現降臨』

 

 その弾幕はただ相手を排除するだけで、想像など許すものではなかった。

 色、形、術式、その全てがバラバラな幾種の妖力弾が超大な圧力でもってフランに襲いかかる。

 

(これは……)

 

 暴風雨のような弾幕。雨に風、石や岩に樹木、なにもかもが巻き込まれその全てが自分へと飛んでくるような弾幕。まさしく藍の今の心を表していた。

 ――拒絶。

 

 しかし、

 

(つまり神的なものってこと? 降臨っていってるし、そんな感じなんだろう。飯綱権現がなにか分からないけど、多分そういうことなんだろう。

 ああもう、パチュリーに聞けば分かるだろうに、もったいないなぁ)

 

 想像を止めないフランだった。

 

(あのちっさい針みたいなやつは雨で、あの大きな丸いのは岩かな? んで、あれは風で、あれは……。――ん?)

 

 フランは気づいた。

 

(私何してたんだっけ?)

 

 弾幕ごっこ。

 

(そもそもなんでこんなことしてるんだっけ? いやそうじゃなくて、えっと、つまり、なんだっけ?)

 

 …………。

 

(ん? ん? んん?)

 

 我に返り始めた。

 

(なんか勝手に理由つけて考えたけど、それって勝手に考えてただけで、そもそもこれは弾幕ごっこで……、えーっとそのつまりあれだ)

 

「デストローーーーーーーーイ!」

 

 全部吹っ飛ばした。

 もうなにもかも。弾幕も思考もなにもかも。

 ハイテンションによる勢いだけの行動。

 

 フランはふぅーっと息を吐いた。満足げな顔である。

 

「……もういいや、なんか疲れちゃった」

「……そうか」

 

 釈然としない藍だったが、もう関わりたくないからどうでもよかった。続けてたとしても、それまでの技全てを避けられ、挙句に全部吹き飛ばされていた事を考えると気が進まなかった。さっさとこの場を立ち去りたくなっていた藍はもう長引かせたくなかった。

 

「はぁ……」

 

 藍は自分の使命を思い出し、ゆっくりため息を吐いた。

 仕事があるのだ。

 そう、仕事が。

 気をとりなおした藍が、行動を開始しようとした時だった。

 

「ら~ん~?」

 

 可愛らしい少女の声が聞こえてきた。とっても聞き覚えのある声に、藍はビクッと跳ねた。

 

「一体、なにをしてるのかしらねぇ?」

 

 恐怖に染まる藍。

 

「あ、ゆかりんじゃん、どうかしたの?」

「ゆかりん……」

 

 紫はなんとも言えない顔をしたのち、「こほん」とわざとらしく咳をして言った。

 

「仕事を放って遊んでる部下の様子を見に来たのです」

 

 大いに狼狽える藍。

 

「ゆ、紫様……、これには深い訳が……」

「――藍?」

 

 ただ呼んだだけ。だが、藍は明らかに委縮した。

 

「はい……」

 

 藍の帽子の耳の部分がしょんぼりたれ下がった。

 

「で、仕事はもう終わったの? ゆかりん」

「……ええ。手を出す必要が無くて助かりましたわ。もしもの時は藍にもやってもらうつもりでしたが、……まぁそれはいいでしょう」

「ひぇ……」

 

 藍はぷるぷる震えている。

 その藍を、紫は持っていた傘でぶっ叩いた。

 

「っぎゃう」

 

 フランはぼーっと見ている。

 

「動物虐待?」

「藍は動物ではありませんわ。式神です。そしてこれは虐待ではなくしつけです」

「ふーん、まぁどうでもいいけど。で、どうするの?」

「どうする、とは?」

 

 割と丁度いいタイミングでやってきた紫は、事の一部始終を知らない。

 

「いやぁ、勝ったら何でも言う事聞くよみたいな事言ってたから」

「……そんな取り決めをしてたの? 藍?」

「いや、その、つまりそのっ」

 

 べしべし叩かれる藍。

 

「で、どうするの?」

「……ここは私が肩代わりするということじゃ、駄目かしら?」

「え、別にいいけど?」

「それは良かったですわ」

 

 藍が負けたと思っている紫。

 

「とりあえず要求を教えてくださっても?」

「え?」

 

(あー、そういうことね)

 

 気づいたフラン。内で悪魔のような笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、今度館まで来て。渡したい物があるから」

「あのっ、ゆかりさまっ」

「おだまり」

 

 また叩かれる藍。

 

「それでよろしいのですね?」

 

 念を押す紫。

 

「あと、その物を運んでほしいって感じかな?」

「分かりました。そのようにいたしましょう」

「――じゃ、私もう行くから。じゃあね、ゆかりん」

「ええ」

 

 フランはこの場から飛び去って行った。

 落ち着いた後、藍はおずおずと話を切り出した。

 

「あの、ゆかりさま……」

「……なぁに?」

 

 ため息混じりの紫。

 

「別に負けたわけではなかったのですが……」

「……え?」

 

 やがて訪れる春、しかしまだ寒い空。藍の悲鳴がこだました。


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