吸血鬼の朝は早い。
夜行性などというのはまやかしである。
何故ならばこの吸血鬼は昼夜問わずに活動しているからである。
しかし、その生態は非常に獰猛なものである。朝目覚めると、紅茶というおどろおどろしい真っ赤な液体を飲んで、アンニュイな気分に浸るという。
何がアンニュイか、ただ眠そうなだけである。大体最近例の巫女にかまけ過ぎだと思う。咲夜もすまし顔で横に控えているが、その実、その横の生物がどのようなものか正しく分かっていないだけに違いないのだ。なんと可哀想なことか。
それは置いといて、他の紅魔館の住人にも目を向けていこうと思う。
えーと、まずは紅魔館内に在る大図書館から説明することにする。
なんかいっぱい本があって大きい。あとカビくさい。んで、中にはいつも紫色のもやしみたいなのがいる。結構がめつい。まぁ、そんな感じ。
書くことが無くなったので次にいこうと思う。
門番の美鈴である。いつも門柱で寝てる。最初のころから割と寝てたけど、最近はいっつも寝てる。時々ゆっくり踊ってて笑える。そんな感じ。
…………。
涼し気な丘に二人。
「ねー、あやー?」
「なんですか?」
「もう書くことなくなっちゃった」
「もうですか? これじゃ記事にならないですよ」
「むぅー。じゃあもう少し頑張る」
巫女の朝は遅い。らしい。
ロクに修行もせず賽銭箱の横でゆったりお茶を飲んでばかりいる。らしい。
そんな感じ。
魔理沙。黒と白。
そんな感じ。
「面倒になってませんか?」
文はあまりの出来に突っ込んだ。
「あ、分かる?」
「あなたが書いてみたいって言ったんですよ?」
なんてない表情で返事をするフランに文は眉を寄せたが、次の一言ですぐに立ち直った。
「だって難しいんだもん」
「そうでしょう、そうでしょう。記事一つ作成するのは大変な努力なのです」
「じゃあ、お手本見せて」
「お手本ですか? 今あるのはこちらだけになりますが……」
文はごそごそとふところから大きな紙を取り出した。見出しは『幻想郷を覆う謎の紅い霧』、他には『地上に架かる紅い虹と天使の翼』などが書かれてあった。
「どれどれ」
フランは新聞を受け取ると、さっさか流し見ていく。
そして思った事を口にした。
「私のとそんなに変わらなくない?」
「――どこがですか!?」
その一言は文のプライドを大いに刺激した。
「つまんないとことか」
自分でも自覚していたフラン。
しかし文は違う。
「私の記事は面白いですよ!」
『は』を強調する文。両手を地面に叩きつけている。
「お姉さまが爆発したとかなんか付け加えておけば、そこそこマシになるんじゃない?」
「新聞は事実を記載しているものです。偽りの事実を書くわけにはいけません」
「ふーん」
ぺらぺらと新聞で扇ぐフラン。
そしてまたもや思った事を口にした。
「――で、人気なの?」
「そ、それなり、ですかね?」
「ほんとにぃ?」
フランの追及の視線から、文は顔を逸らした。
「ちょっと、少しだけ押され気味ではありますが、一時的なものですから、そろそろ私の新聞も浸透するころですので、それからが正当な評価に」
「――で?」
「え? いや、ですから今現在は極僅か若干普及があれなだけで」
「で?」
「そもそも人と妖怪とでは感覚の差もございまして」
「で?」
…………。
「……どうしたらより多くの人に読んでもらえるのでしょうか」
「よろしい」
会議が始まった。
「とりあえずインパクトは大事だよね」
「はい、それは気をつけてますよ。異変とあれば真っ先に駆けつけていますし」
「良いネタを扱ってるのに人気がないってことは、料理の仕方が悪いってことだよね?」
「ま、まぁ、そういうことになることもあるかもしれませんね」
「え? 何て?」
「おっしゃる通りです」
「よろしい」
続く。
「じゃあどう料理するかだけど、ここはやっぱインパクト重視でいくべきだと思うんだよね」
「はい」
「例えば、お姉さまがなんか爆発した事件があったとしてそれをネタにした時、一体どう書くか」
「事件の詳細を調べてそれを書いて、関係者の話を載せる感じですかね?」
「それいつものパターンでしょ?」
「そうですけど、他に何かあるんですか?」
「文は言ったよね、新聞には事実が記載されてあるって」
「確かにそのような事は言いましたが」
「つまり事実さえ載せてればいいんだよ。簡単じゃん」
ピンとこない文。
「え? 分かんない?」
「はい」
「例えばお姉さまがなんか爆発したとするでしょ? じゃあ、その事だけは押さえておけば他は何書いてもいいんだよ。紅魔館ではよくあることかも知れないので気にしないことにする、とか――」
「それでは主観だらけになりますよ?」
「今も充分そうじゃん」
「え? どこがですか?」
「わお」
フランは新聞の文面を逐一指して説明していった。
「コップに半分の水が入ってるとして、それが半分『も』入ってるとするか、半分『しか』入ってないとするかはその人の勝手、つまり主観でしょ? 文のナチュラルに人をけなしてる感じの文とか思いっきりそうだよ」
「私は清く正しく書いてるのですが」
「そーなの?」
「そーなんです!」
新聞に対する自分の心情を誤解されている気がした文は、強く言い切った。
が、気にしていないフラン。
「じゃあ実地と行こう」
「今からですか?」
「とりあえずネタが転がってそうな神社に行こう。なければ作っちゃお」
二人は神社に向かった。
着いた。
ものすっっっごく嫌な顔した霊夢が二人を出迎えた。
「訳の分からないコンビで何の用なの?」
「いえ、ちょっと取材に……」
頭をかきながら遠慮がちに言う文。
「あんたはそうでしょうね。で、問題はそこの横のやつよ。あんたは何な訳?」
「いや、ちょっと取材に」
「なんでやねん」
霊夢は即座に突っ込んだ。
「で、取材なんだけど」
「いや私の話を聞きなさいよ」
「あ、どうぞどうぞ、話して話して」
筆記具を構え、フランは霊夢に詰め寄った。
「いや、そっちじゃないわよ」
「じゃあどっち?」
「どっちもあっちもないわよ。もうめんどくさいから、二人ともさっさと帰んなさい」
筆記具を動かしながらフランは呟いた。
「取材に応じない霊夢氏は乱暴な言動で取材を拒否。これでは参拝客も訪れないわけである」
「おいこら」
霊夢は、フランの持っていた筆記具を、
「ちょっと貸しなさい!」
ひったくった。
「あぁっ」
強奪した紙には何も書かれていなかった。
一部始終をしっかり見ていた文がペンを動かし始めた。
「博麗神社の巫女は記者を威喝し、物品を強奪した模様」
「こら! あんたもかっ!」
急激に上がる巫女オーラ。
「っげ! 逃げますよ、フランさん!」
「あいさー!」
二人は即座にその場から飛び去っていった。
一緒に風を切りながら、言葉を交わす。
「今日はありがとねー! 楽しかった!」
「構いませんよ! いいネタも入ったことですしね! ――それでは!」
二人は分かれ、帰路についた。
そのしばらく後、何も知らずに神社に遊びにやってきたレミリアが、不機嫌な霊夢のご機嫌取りをした。上手くいかなかった。
数日後、この日のフランの言動行動が、自重を緩めた文によって記事にされ公開された。
うきうき気分で記事を見たフランは妙な敗北感を味わった。そして黒い羽根の団扇がほしくなった。