フランちゃんは引きこもりたかった?   作:べあべあ

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第20話 vs 巫女さん

 魔法陣は霊夢の四隅にまで行くと、一旦止まった。そしてすぐに動き出し、四角をなぞるようにして行き交った。

 

 霊夢はそれをじっと見ている。身体に硬さはなくリラックス体に見えたが、表情は真剣そのものだった。

 

 そんな霊夢の側面の魔法陣から、小粒の果実のような赤色の魔力弾が生まれ出た。

 水泳プールの水面をぷかぷか浮かぶかのように魔力弾は低速で漂う。

 霊夢からすると、左右の両面から小粒の魔力弾が迫ってきていたわけだったが、当の霊夢は大して動くそぶりを見せなかった。

 

 ――舐めてる。

 

 霊夢はそう思った。小粒の魔力弾は霊夢に気にすることなく、ただ右から左、左から右と、流れているだけだった。避ける必要すらなかった。

 付き合う必要はないと判断した霊夢が攻勢に出ようとした時、その意思が表面に出た。

 フランはそれを見逃さない。

 フランが指を軽く振るうと、上下の魔法陣からも魔力弾が生まれ出た。それらも同様にぷかぷかと低速で漂うが、上下左右からとなるとさすがに量が多すぎて避ける必要が出てきた。

 とはいえ、霊夢であれば避けながらでも攻撃出来るレベルだった。実際に霊夢はそれらを避けながらも、札を掴み狙いを定めタイミングを計っていた。

 

 フランはそれも見逃さなかった。フランの目には、霊夢が札に霊力が込める様子がはっきりと映っていた。

 

 フランは、手の上に少し大きめの丸い魔力弾を作り、四角の中心に向けて投げ込んだ。

 その魔力弾は中心へと到達すると、渦巻くように破裂した。

 水面をおだやかに漂っていた小さな果実は、突如起きた大きな衝動によりその動きを変えさせられた。

 不規則も不規則。無数の魔力弾がバラバラに、目茶苦茶に動いた。

 しかし、霊夢には当たらない。

 どういうわけか、ぐちゃぐちゃの迷路の中を正解でも知っているようにするすると進んでいく。

 

(んー、これも駄目かぁ。そんなら――)

 

 フランはさらに手を加えることにした。

 制御下に無く勝手に動く魔力弾ではあったが、フランの目は魔力弾がどう動いているのかを知ることが出来た。その情報を元に未来の魔力弾の動きを予想した。つまり、霊夢の近くにある魔力弾に干渉し、魔力弾を操作した。フランは目から得た情報で、数秒先には逃げ場が無くなるであろう方へと誘導するように、魔力弾を動かしていった。

 しかし霊夢は誘導された方向へ行かずに、自分で見つけた別の避け道へと身を動かしていった。

 

 さすがのフランも驚いた。

 そして思い至った。

 

(これじゃ駄目だ)

 

 そう結論を出したフランは、魔力弾ごと魔法陣を壊した。

 

 一時、互いに動きが止まる。

 フランは疑問を口にした。

 

「凄いね、どうやって避けてたの?」

 

 素直な気持ちから出た褒めた言葉であったが、霊夢は一つも嬉しそうな顔をせずに、

 

「そんなの勘よ」

 

 と、返した。参考にならない。

 当り前のように言う霊夢に、フランは少しむっとした。

 

(天才ってこういうこと?)

 

「ふーん」

 

 機嫌を悪くした様子を見せたフランに、霊夢は少し気を良くした。

 霊夢は笑みを滲ませ、得意気に口を開いた。

 

「残念だけどっ――」

 

 続きは言えなかった。

 フランのスペルカードの宣言。

 

『禁弾 スターボウブレイク』

 

 霊夢の前方横一列から、七色の魔力弾がいきなり出てきた。クランベリートラップを壊した際に周囲に散った魔力をそのまま流用して作られている。

 

「っちょ」

 

 そんな事を知るはずもない霊夢は、いきなり目の前に現れた魔力弾に慌てて回避体制に入った。

 が、その魔力弾は霊夢から斜め上空へと離れていった。

 いぶかしむ霊夢を放って、七色の魔力弾は新たに次々と生成されていく。同じように前方横一列から現れ斜め上空へと上がっていく。

 その魔力弾の列がフランの後方にまで至ると、(きら)めく七色の雨となって霊夢側へと降り注いだ。

 あちらこちらにある隙間、しかしその隙間を後ろから来る魔力弾が塞いだり塞がなかったり回避予測が非常に立てづらかった。魔力弾の一つは低速であったり、高速であったりと判断が難しかった。七色に輝くのも目に付き、同色で似たような速度の魔力弾が多いことから色で目安をつけるも、裏切るようにその一定さをくつがえされた。

 しかめっつらの霊夢は避けながら思った。

 

 ――こいつ性格悪い。

 

 されはさておき、あれこれ考えながら避けていた霊夢だったが、不慣れな事をやるものではなかった。

 被弾。

 

「んにゃろっ」

 

 ダメージは無かったが、被弾なしに完璧に勝ちたかった霊夢は大いに(いきどお)った。しかし、弾幕は相変わらず降り注いでおり、切り替えて動くしかなかった。

 とはいえとにかく避けづらい。

 意地悪ななぞなぞを解かせ続けられているような感覚に、霊夢は嫌になった。

 

 自己防衛。霊夢は自然と考えることを止めた。

 

 そもそも前のスペルカードの時はロクに考えていなかった。つまるところ、考えると駄目だった。

 考えることを止めた霊夢は、急に動きがよくなった。

 すいすいと前へと進みながら避けていき、やがてフランから少し離れた横にまで来ると動きを止めた。

 が、そこは有効範囲の内だった。

 

(何してんの?)

 

 それを横目に見ながら魔法を行使しているフランは、当然そう思った。

 そんなフランをよそに、霊夢はそこからまったく動かなかった。

 攻撃するわけでもなく、ただそこで止まっている霊夢にフランは耐えきれなくなった。

 

「どうかしたの?」

 

 返事はなかった。というより反応が無く、フランを見ているようで見ていなかった。

 わけ分からなくなったフランは気にしないことにした。どうせいつか当たるだろうしと、そう思った。

 が、一向に当たらない。

 その付近まで魔力弾は行ってるし、当たるようにも見えるが、結果は当たっていない。

 フランは術式の細部を点検するようにして見た。

 不備は見られなかったが、実在している横の不可思議な答えが教えてくれた。

 あの一点だけ、どうしても当たらないということを。

 

(うっそ)

 

 無駄だと知り術式を解いたフランは、まじまじと霊夢を見やった。

 その霊夢は霊力を練っていた。大技確実な程に。

 

 霊夢はスペルカードを宣言した。

 

『霊符 夢想封印』

 

 霊夢の周囲に大きな光弾がいくつか生まれた。色とりどりのその光弾は、飛び出すようにしてフランへと殺到した。

 対するフランは目を見開いて固まっていた。

 理解出来ないものに遭遇した時に起こる衝撃が、フランを襲っていた。

 

(――なに、これ?)

 

 フランは自身の目から受け取った情報が信じられなかった。霊夢の放った霊力弾の構成、それは――、

 

(どうなってんのこれ?)

 

 到底理解、いや納得出来るものではなかった。

 紫のスキマとは違う、自分がどうしても再現出来ないと思えるもの。蟻の行列でも辿るように理解しようとして初めてなんとかそれが実現することが分かるような気がするだけだった。

 

 しかし、それははっきりと現実に在った。実在していた。

 不可解なそれらは今もなお解けない難題に頭を考えるフランへと迫っている。

 

(っと、まずい考えすぎた)

 

「って――」

 

 もう目の前である。

 

(――避けるか)

 

 間に合わない。

 

(――防ぐか)

 

 感じる力から不可能を察した。

 

(――壊すか)

 

 極彩色の光弾が目に映る。

 壊す所くらいは分かる。右手を開く。

 

(――いや)

 

 なにもせずに右手を閉じ、

 

(もったいない)

 

 相手を称えるような微笑を持って受け入れた。

 光に飲まれるフランに、次々と光弾が飛び掛かっていく。

 霊夢の放った夢想封印は、フランに飛ぶことすら許さない。

 下方へと落ちていく光に向かって、後からオーバキル気味にさらなる光が集っていく。

 

「おいおい、やりすぎじゃねーのか?」

 

 魔理沙が思わず呟いた。かなり気の毒そうである。

 

「このくらい当然よ。生意気な口をききすぎたのが悪い。――というか、さっさと姿を現しなさい。声だけ聞こえて気持ち悪いのよ」

 

 仏頂面の霊夢は部屋の隅を睨んだ。

 パチュリーは魔法を解いた。

 

「……構成に問題が?」

 

 なにやらぶつぶつ言っている。霊夢に気づかれていたことが気になるらしい。

 二人の元に霊夢が降り立つと、そのまま軽く文句を言った。

 そして、

 

「意識くらいはあるんでしょ?」

 

 フランの落下地点へと首を向け、そう言った。

 通常気絶くらいは不可避なものだが、霊夢はこいつはどうせ意識くらいはあると決めつけた。

 

「ほら、返事くらいしたら?」

「へんじがない ただのしかばねのようだ」

「なに? もう一度食らいたいの?」

「へいへい」

 

 うつむきで倒れていたフランは、ごろりと寝返りをうって仰向けになった。

 

「いやー、やられちゃったね」

 

 なんてことないフランの様子に、霊夢はまた腹が立ってきて、きつめに言い放った。

 

「そのまましばらく横になってなさい」

 

 霊夢の夢想封印は、文字通り相手を封じる効果がある。

 封魔陣も同様の効果があるが、少し性質が違っていた。

 封魔陣は札に込められた霊力により、相手を拘束すると同時に妖力や魔力を抑えつける。対する夢想封印に込められた力は、抑えつけて身動きをさせなくするのではなく、相手の力そのものを出せなくする性質があった。

 というわけで、今現在フランは魔力すら出せない状態にいた。

 

「これに懲りたら、二度と舐めた口をきかないことね」

「えー」

 

 倒れたままのフランが不満を言う。

 

「『えー』じゃない。今度レミリアに会った時にうるさく言っとくからね」

 

 その様子を思い浮かべてフランは楽し気に笑った。

 見てみたい、そう思った。

 右手を握って床につき、それを支えにして起き上がった。

 

「じゃあその時は私もいくね」

「あんたは家から出なくていいわ。面倒よ」

 

 フランは口をとがらせてぶーぶー文句を言う。

 

「――って、あんた動けるわけ?」

「まーねー」

 

 くるんりんぱ。

 霊夢は額を押さえた。

 

「とはいっても、さすがに魔力とかは使えないみたいだし、普通の人間レベルって感じかな?」

「……とんだ化け物ね。悪さしたらタダじゃおかないから」

「清く正しい悪魔でございます」

「あんたと話してると頭が痛くなってくるわ。姉の方とは違った意味でね」

「そんじゃ今度遊びに行くね」

「来なくてよろしい。あいつだけでも充分大変なのよ」

 

 そのあいつさんは神社で退屈している。

 帰ったら、待ちくたびれて文句を言うであろうレミリアが容易に想像出来て、霊夢は重く感じる肩を落とした。

 

「……帰るわ。なんかすっごい疲れたし」

「あ、そうなの? ばいばーい」

「…………」

 

 最後にじっとフランを見やって、霊夢は去っていった。

 そして、

 

「ほんじゃ」

 

 フランも部屋を出てった。

 

 残った部屋で、パチュリーは魔理沙に声をかけた。

 

「どう? 私が言ってることが理解出来たんじゃないかしら?」

「…………」

 

 魔理沙は図書館から持ち出したままだった本をパチュリーに差し出した。

 パチュリーはそれを受け取った。

 

「あなたにぴったりの本があるわ。その気があるのなら持ってくといいわ」

 

 魔理沙は本を借りに来るだけでなく、パチュリーと話に来るようにもなった。内容は魔法についてばかりではあるが。時々フランも交えて魔法談義に花を咲かせた。


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