フランちゃんは引きこもりたかった?   作:べあべあ

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第2話

 月がその姿を丸く見せている夜、スカーレット家は揃って食事を行っていた。

 空腹に堪えたフランも出てきている。

 場所は館の庭園。月明りがひどく綺麗であった。

 白い長方形のテーブルに吸血鬼が四人。その周りには執事服や給仕服の異形の者。

 

 スカーレット家の館に住まう者はその家族だけではなく、人間からの迫害などで庇護を求めてやってきた妖怪など、館には異形の者たちが多くいた。その者たちはスカーレット家の従者として仕えている。

 

 フランとレミリアの父であるスカーレット伯爵は、グラスを月に掲げる。深紅の液体がゆらりと揺れ、その表面には歪んだ月が映る。中の液体をあおると、機嫌良さげに微笑む。

 その横にはレミリア、対面にはフランと母親。

 従者も交え、食事と共に月光浴を楽しんだ。

 

 フランは食事を終えると、自室に戻り、また魔本を読み始めた。空腹で中断したものの、中々に良いところで止めていたので早く続きが読みたかった。

 結局それは、夜が明け太陽が空に昇り、天頂へ至るまで続けた。

 そんな時間にまでなると、フランは強い眠気に負け、ぐったりと寝た。

 

 そんな仲の良い家族が住む館は、人間からすれば完全に悪魔、妖怪が跳梁跋扈する魔の巣窟である。

 というようなわけで、この館にはよく人が訪れた。

 人が多少武装したところで、館の者たちすると観光客がやってきたようなものであるが、時折り、悪魔祓いの修練を積んだ人間も混じってくるためあまり気が抜けないでいた。

 日中は眠い上にあまり力が出ないスカーレットファミリーは、いつも従者たちに始末に任せていた。

 

 

 だが、そうもいかない事態になった。

 昼過ぎ、やけに気合が入った人間の集団が館にやってきていた。

 当然観光客ではない。

 三十を超える人間の集団、その全員が白いローブに身を包み、重々しい雰囲気を醸し出している。

 その集団は館に近づくと、大した会話もなく、手話のような合図のみで行動を開始した。

 

 三つに分かれ、その大部分は正面から玄関にへと向かう。

 無人となった門を抜け、敷地内へと入る。

 

 視界のひらけた庭園。館の者が発見し、その数の多さから仲間を呼ぼうとするが、白い発光、叶わず倒れた。もう二度と動くことはない。

 次々と発光が起こり、その都度異形の者が倒れていき、すぐに庭園には人間以外いなくなった。

 そして、館の中へ――。

 

 

 フランはふいに意識を取り戻した。

 薄目でぼんやりと天井を見ている。頭を襲う寝不足の痛みもあり、寝てすぐに起きたことが分かった。

 

「うぇ……」

 

 なんで起きたんだと自分の体に文句をいうも、どうしようもないので再び寝ることにした。夢の世界へ旅立とうとしたフランの耳に、物音が聞こえてきた。

 

(またお客さんかな?)

 

 魔本に熱中して昼まで起きてることがあるフランは、何度か経験したことであった。最初の内は不安に思っていたが、なんどもなんどもあったので、今では小鳥のさえずり以下のものになっていた。

 だが、この日は――。

 

(なんかいつもよりうるさいなぁ。お姉ちゃんが起きないといいけど)

 

 ゆっくり寝ているであろう姉を想った。

 寝不足気味の姉がそれでも襲来して文句を言いながらうだうだと喋り、しばらく経ってからようやく母親が来る。このよくあるパターンを考えるとさっさと寝なければと思った。

 

(今日の話のネタはなんだろう)

 

 何度目かの寝返りをうつ。

 

(起きたらお父様の書斎に忍び込んで本取ってこよ)

 

 もう一度寝返りをうつ。

 だんだん寝る気が薄れてきている。

 

(……なんかまだ騒がしいなぁ)

 

 しかし自分が打って出ようとは思わない。

 いくら吸血鬼といえども、自身の幼さはよく分かっていた。魔法もまだ初めてそこまで年月が経ってない。それが分かっているフランは、襲撃者の前に姿を晒したことがなかった。

 

(少し静かになったかな?)

 

 耳を澄ませる。

 

(何もないといいけど)

 

 不思議と、いつもは感じない胸騒ぎを感じている。

 

(大丈夫、だよね? いざとなったらお父様がいるし……)

 

 自身を安心させようと、そう考えていた時だった。

 

 ――断末魔。

 

 耳を突き抜けた。

 それは聞いたことのある声で、でも聞いたことがないような音で。

 心臓が冷たく、同時に重くなった。

 

(まさ、か)

 

 体が硬直する。横になったまま目を見開き、脳が導き出した答えを必死に否定する。

 重い息を重く吐き、重い体を動かそうとする。

 ゆっくりと起き上がり、ゆっくりと足を動かし、ゆっくり扉を開け、館の中央ホールへとゆっくりと向かう。

 行きたくない、けど行かなければいけない。そんな思いで、体を動かす。

 

 やがて行き着いた見慣れたはず館の光景は、真っ赤だった。

 

 エントランスホール。

 倒れ伏す従者たち、血にまみれた父、その腕には動きが見えない母。

 赤い絨毯の上に赤い塗料が広がり、床に伏す白いローブもまとめて赤く染めていた。

 その隅で震える小さな女の子が恐怖に染めた赤い瞳で、この場に現れたフランドールを映した。

 

「フランッ」

 

 悲鳴にも似たか細い声は、その場の全員に届いた。

 数を大きく減らした白いローブの集団も、妻の亡骸を抱える父もフランを見た。

 

「っぁ――」

 

 フランはドクンと自身の心臓が跳ねるのを感じた。

 優れた眼と脳がこの場の状況を正しく把握させ、その情報を頭で必死に否定し、その否定を目に映る映像が否定し、それもまた否定しようと頭を動かし――。認めない限り果て無く行われるトライ&エラーが、フランの中で高速で行われる。

 定まらないは心は先行きの見えない恐怖で満ち、それがフランの自棄混じりの行動に結びつかせた。

 

「あああっ――――」

 

 自室でこっそりと練習していたのとは違う、ひどく荒っぽい魔力が練られ、行使される。

 魔弾となったそれが白いローブの集団へと殺到する。

 

「――結界を急げっ!」

 

 人間程度ならば十分に殺傷能力を持ったそれに、白いローブの者たちは対応するために動き出す。

 

 

 それは彼女の父、スカーレット伯爵にとっては十分な隙となった。

 腕に抱えた妻を離すやいなや、集団へと突貫し暴力的な力でその周囲の人間を全てを薙ぎ払い、殺傷せしめた。

 離れた位置にいた白いローブの幾人かが術を行使するが、もう意味をなさなかった。伯爵は自身を襲う白光など構わず、そのまま突っ込み、術の行使者の胸を爪で貫いた。

 貫いた死体を投げ捨てると、再び疾走を開始する。

 他はない。ただ敵を殺傷するためだけに体を動かした。

 しかし、それも終わる。

 

「……悪鬼めっ」

 

 一番奥にいた男が強く光る十字架を握りしめ、伯爵に突き付けていた。

 十字架そのものには影響はなかったが、それに込められた力がスカーレット伯爵を動かさせない。普段ならばともかく、いくつもの攻撃を受けて消耗している体では抗えなかった。

 

「っまだ――」

 

 まだ失っていないものがある。伯爵は隅で怯えながら見ているレミリアと、目を見開いて硬直したままのフランドールを見た。

 

 伯爵は無理やり、体を動かそうとする。

 理屈もなにもない、ただ動かせない体を無理やり力で動かす。

 ギチギチとおよそ肉体が立てる音ではない音を立て、徐々に体を動かす。

 

 敵に、その様子を黙ってみている理由はなかった。ローブの男は手に持つ十字架へ籠める力をさらに増大させる。

 動きが止まる。

 ローブの男はふところから杭を取り出し、伯爵の胸に突き立てる。

 伯爵は、歯を噛みしめ声を上げずに地に伏した。

 

 ローブの男は特に感慨も見せず、ただ任務を遂行するように残った仕事を片付けようとする。

 まずは近い方からと、フランドールへと歩み寄る。

 

 迫り来る男。呆然と見ているだけのフラン。

 しかしその内では、変化が起こっていた。

 

 ――覚醒。

 

 最期の父親と目が合った時に、この後に起こるであろう未来がよぎったからかもしれない。

 冷え切った思考に本能が熱を与え混じり合い、その両面を持った頭が思考を加速させていく。

 フランの頭の中には、本で読んだ人の図形やどこかで見た記憶がある人体模型などが浮かんでいた。本能で、近寄ってくる男をそのまま人間として理解した。

 筋肉の動き、血流、骨格、なにもかもが手に取るように分かった。

 そして実際にそれを手に取れた。

 それをぎゅっと握り潰す。

 

 ――瞬間。歩み寄ってきていたローブの男ははじけ飛んだ。血や細かい肉片が半円状に飛び散り、フランの身を赤く染める。

 

 ぽつりと言う。

 

「――大丈夫?」

 

 姉の方を見ると、目を見開いて固まっていた。その瞳には恐怖と困惑が混ざっていた。

 フランは、座り込んでいるレミリアに近づき、にっこりと笑って手を差し出した。

 その笑みは母親の笑みを真似したものであった。必死で姉を安心させようと。

 

「っふらん――」

 

 レミリアはフランに抱きつき、堰が切れたように泣き始めた。

 この日は、二人一緒に寝ることになった。


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