静かになった図書館に、扉の開閉音が響いた。
「あんたでしょ、犯人は」
ぶっきらぼうな紅白巫女が現れた。
予想通りの様子に、パチュリーは薄い表情で迎えの挨拶をする。
「あら、いらっしゃい。早かったのね」
「何のつもり? 神社とここだけ雨を降らせるなんて」
「色々あるのよ」
「あっそ。いいからさっさと雨を止めなさい」
「それは無理ね」
「はぁ?」
「色々あると言ったでしょう? 命令、いや頼みだから、勝手に止めることは出来ないの」
「あんたんとこの主人なら、うちでふくれてるわ。嘘つくのならもっとましなものをつきなさい」
「レミィとは友達よ。主従関係ではないわ」
「じゃあ誰よ」
「それが今回、貴方を呼んだ者よ」
「よく分からないけど、そいつに会えばいいのね。ほら、さっさと案内しなさい」
せかせかしてる霊夢に、魔理沙は呆れたように声をかけた。
「お前は相変わらずせっかちだなぁ」
限定的に、というのが隠れてる。普段は暢気に暢気を足したような暢気な暢気者である。
霊夢は、魔理沙を鬱陶しそうに見た。
「なんであんたはここにいるのよ」
「それは私が魔法使いだからだ」
要領の得ない答えに、魔法使いとかいうのは大体こういう者なのかしらと、霊夢は魔法使いズを見て思った。
「で、大人しく案内するの? それとも退治されてから案内するの?」
おーこわ、とつぶやいた魔理沙を無視して、霊夢はパチュリーを睨む。
パチュリーはゆっくりと立ち上がると、廊下に出た。そして空気を撫でるように軽く手を振った。
すると、廊下に光の道が出来た。
説明する前に、霊夢は理解した。
「これを辿ればいいわけね」
霊夢はさっさと行った。
パチュリーは振り返り魔理沙を見る。
「私たちも行きましょうか」
「おう」
「念のため聞いておくけど、本当にいいのね?」
「くどいぜ」
「そう」
二人も向かった。
先行していた霊夢は足を止めた。光の道標が途切れていたためである。横には大きな二枚扉があった。
「ここね」
扉を開け中に入ると、大きな部屋の中に一人の少女がいた。
少女は無邪気な笑顔を浮かべ、元気に挨拶をした。
「やぁ、こんにちわ!」
私を呼んだやつはどんなやつか、霊夢は少女を観察するようにして見た。その時、ぞわりと体がざわめきのを感じた。
勘。
――こいつ、やばい。
そう思った霊夢だったが、努めて平静でいようとした。気負わず伸び伸びと、そうあることが一番自分の力を発揮できると霊夢は思っていた。
だから出来るだけ普通に話す。
「あんたが私を呼んでたってヤツ?」
「そーだよ」
ただ普通に肯定しただけ。――だが霊夢は少女に対する警戒心が上がっていくのを自分自身で感じた。
「……じゃああんたをぶっ倒せばいいのね」
「間違ってはないかな? 今雨降ってるのは神社だけのはずだし」
「さっさとやめなさい」
「嫌だよ。そしたらお姉さまが戻ってきちゃうじゃん」
「お姉さま?」
霊夢はフランをまじまじと見た。
家の中のお邪魔虫と、確かに似ていた。が、何かが違うように感じた。
霊夢にとって、神社に来ておいて賽銭を入れないやつは全員ただのお邪魔虫だったが、目の前の少女は何かが違う気がした。言えば賽銭入れそうな感じがした。いや、そのようなことではなく、もっと違うところの……。
霊夢は目の前の少女の正体を探ることにした。
「お姉様ってアイツのこと? レプリカとかいう」
「レミリアよ! レミリアお姉さま!」
「あ、そんなんだっけ」
霊夢は少し心が落ち着くのを感じた。
「大体、お姉さまと仲が良いんじゃないの? よく神社に行ってるって聞いたけど」
姉のことを気遣ってる感じから、霊夢は目の前の少女をそこまで悪いやつでもないかもしれないと思い始めた。
「そうよそれ、あんたのお姉さま、神社に入り浸ってるのよ」
「ふーん、なのに名前覚えてないんだ」
少女が不満気な様子を示すと、部屋の照明が点滅した。魔力の増減を感じた。
「遊んでくれたら、雨、止めてあげる」
「何して遊ぶ?」
「弾幕ごっこ」
「ああ、パターン作りごっこね。それは私の得意分野だわ」
両者はゆっくりと戦闘態勢に移行していった。
それらの会話をパチュリーと魔理沙は部屋の隅で壁によりかかりながら見ていた。認識阻害の魔法をかけているため、常人には見えない。
魔理沙はパチュリーに聞いた。
「なぁ、本当にアイツそんなに強いのか? 霊夢は強いぜ?」
「そんなの見てれば分かるわ」
「なんだよ」
鬱陶しそうに魔理沙を見るパチュリー。
「そもそも、フランが戦っているところなんて見たことないもの」
「おいおい」
こいつは一体何を言ってるんだと抗議しようとした魔理沙だったが、
「ほら、始まるわよ」
パチュリーはそれを無視した。
「それじゃ私から――」
少女、フランが両腕を広げ、ふわりと浮き上がる。
その後方に小さめの魔力弾が次々と現れる。
上昇を止めたフランが腕を振り下ろすと共に、百を超えた魔力弾が霊夢に向かっていった。速度、威力共に低い。
「舐めてんの?」
霊夢は地に足をつけたまま、避けもしない。
手に持つ、先に紙のついた棒(御幣)を振るうと、オレンジ色をした四角の結界が現れフランの弾幕に向かっていき、その全てをかき消した。
「こんなの小手調べにもならないわよ」
フランが霊夢に放った弾幕は、妖精が出すレベルのものを数多く出しただけのものであった。
つまり、
「そう? ちょうどいいかなって思ったんだけど」
挑発である。
笑うフランに、霊夢は顔を険しくした。例えどんなやつであろうと調子にのってる妖怪は退治する、これが霊夢の基本方針である。
「一度、痛い目を見せる必要があるようね」
霊夢は懐から札を数枚だし、フランへ放った。札は霊夢の籠めた霊力により、紫色のオーラを
(中々のスピードだけど)
フランはリラックス体で眺めている。
やがて霊夢の放った札が自身へ近づくと、手を軽く払った。
霊力は四散し、ただの紙と化した札はひらひらと空を舞った。
(力任せ。構成が単純すぎてすぐに見抜けちゃうくらい)
「次は何を見せてくれるの?」
にこにこしながら言うフラン。
霊夢はイラつきながらも、青く光る陰陽玉を自身の周囲に展開し、フランへと迫る。
そして放つ。
「あんま舐めてるとっ」
霊夢の放った攻撃がフランに当たると、衝突の際に光があふれた。霊夢はその光の中に飛び込み、蹴りを放つ。ライダーキック。
「――怪我しても知らないわよ!」
――硬い。
その手応えに霊夢は、後方へ蹴り飛ばされたフランの様子を確認する。
飛ばされただけのようで、ダメージなんてまったく見られなかった。ほぼ予想通り。イラついた。
両者は睨み合った。といっても、フランの目は楽しげであった。
その楽しげな目で、フランは霊夢のイラついた様子をしっかりと見ていた。
ということでフランは火を注ぐことにした。
「小手調べはいらないよ? あ、私は加減するけど。怪我させちゃうしね?」
にっこにこ。
霊夢のこめかみに青筋が走った。
「……あぁそう、じゃあ怪我して泣いてなさい」
と、霊夢は怒りに震える声を抑えながら言い切った。
が、
「期待してるー」
と、間延びした声で答えられ、今度は怒りに震える身体を抑えることになった。
あまつさえなんか扇いでいる。
よく見ると、いやよく見なくても分かった。あれは札、つまりさっき自分が使った札である。霊夢はもう我慢を止めることにした。限界。
そんな霊夢とは対照的に暢気なフランは、さらに言葉を重ねた。
「見てから加減の度合いを決めるから。なんかお客さんもいるしね」
フランは視線だけ斜め上にやる。
「そんなの私だって気づいてるわ。気にしなくていいから全力出しなさい」
霊夢は視線を部屋の隅にやる。
霊夢の目にはそこには何も映っていないが、感じるものがあった。
その隅で、会話が始まる。
「……あれって私たちのことか?」
「おそらくね」
「ってことは見えてんのか?」
「それは分からないわ。見えてるとは言ってないもの」
「ここにいて大丈夫なのかよ」
「出ていけとは言われてない。それにまだ収穫がない」
「なんだそりゃ」
隅での会話はよそに、霊夢の言葉にフランが答えた。
「気にしないってわけもいかないんだよね。秘密は多い方が良いと思わない?」
「隠し事は嫌いよ。ひっ叩いて吐かせたくなる」
「出来るといいね~」
「――そうね」
少し時間が経つことによって、霊夢の頭が冷えてきた。
そんな霊夢が採った選択、それは、
『夢符 封魔陣』
スペルカードの宣言。つまりぶっ飛ばす。
大量の札を使い、大部屋の周囲に張り巡らせる。
札は赤いオーラを纏い、自身もフランも囲い、球体状になった。
フランは相変わらず動じた様子もなく、きょろきょろと辺りを見回している。
「で、どーなるの?」
その言葉を無視して、霊夢は展開した札をフランに集束させる。
札は蛇のようにフランへ飛び掛かり、鎖の如くフランを縛ろうとする。
が、フランは動かなかった。
結果、フランは簀巻きのようにして縛られた。
「舐めすぎよ。なにも抵抗しないなんて」
霊夢が憎らし気に言う。勝利を思うも、勝った気がしない。
封魔陣、それは魔力、妖力を封じる効果を持たせた札を展開させ相手を縛り、身動きさせなくするものだった。つまり、決まってしまえば勝ちだといえた。
「もがもがもが(もがもがもが)」
口にまで札が回っており、うまく話せないフラン。その実、言いたい内容通りに話せていたことは、本人以外には分からないことである。
しかし、はたから見ると喋れずに困ってるようで、霊夢は少し気分を良くした。
「もがもがもが(指くらいは動くね)」
フランにとってはそれで充分だった。その内容は「もがもがもが」としか聞こえなかった霊夢だったが、勘で何かくると感じた。
そのため身構えていた霊夢であったが、それでも次に起こった光景に目を見開いた。
全身を縛られ身動きが出来なくなったはずの少女。魔法も使えずにただ縛られているしかないはずの少女。
しかし霊夢の目に映ったのは、少女を縛っていた赤く光る札がまるで抵抗するかのように痛々しく輝きを増していったと思うと、やがて事切れたように光を失い、力なく空を舞う光景だった。
何をしたのか、霊夢は問おうとした。
が、それすら出来なかった。
――驚愕。
力を失い地へと落ちるだけのはずだった札、それは深紅の輝き得て、再び空中へと舞い戻り始めた。
「こんな感じ?」
霊夢は聞こえてきた音の認識も忘れ、目の前の光景にただ驚くことしか出来ないでいた。
先ほど自身がおこなった通りに、札を展開させ始めたフランにではない。
その札から感じる力が、妖力、魔力ではなく、霊力であったからだ。
「……なによ、それ」
とはいえ、カラクリは単純で、四散させた周りの霊力を操作したにすぎない。
フランはそれに加えて、先ほどの霊夢の発言も利用した。
「まさか何も抵抗しないわけないよね?」
にやりと邪気をにじませた笑みを浮かべる。
霊夢は怒りで吹っ切れた。
「あったりまえでしょ!」
立ち直った霊夢は、自身を縛ろうと迫り来る札に対して、強固な結界を張り、防いだ。
結局のところ、周囲に散った霊力を操作しただけにすぎない疑似封魔陣は、結界を突破出来なかった。
「っふん、偽物なんてこんなものよ」
舞い落ちる札の中、霊夢はフランに挑発を返そうとしたが、すぐさま心を変え、身構えた。目に映ったのは、フランがカードを掲げている光景。
フランはスペルカードを宣言した。
『禁忌 クランベリートラップ』
四つの魔法陣が展開された。