フランちゃんは引きこもりたかった?   作:べあべあ

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第16話

 館に戻ったフランは、真っ先に姉の元へと向かった。

 フランがパチュリーの部屋に入ると、ソファに寝かされているレミリアの姿が見えた。その下に魔法陣が光っている。

 遠目から見た感じでは、外傷のほとんどは目立たなくなっていた。その回復の早さからパチュリーがなにかしてくれたのだと分かった。

 

「おかえり、フラン」

 

 忙しなく部屋に入ってきたフランに、パチュリーはいつも通りの薄い表情で声をかけた。

 

「うん、ただいま。……大丈夫そうだね」

 

 フランは一息ついた。

 

「ええ、さすがは吸血鬼ってとこかしら。でも少し慌てたわ。レミィがここまでやられるなんてね」

「うん、かなり強かったよ」

「……無事のようね」

 

 上から下までフランを見るパチュリー。

 それに対してフランは、

 

「このとーり」

 

 くるりと回転し、無事をアピールした。擦り傷等、多少の汚れはあるものの、大きな怪我は見えない。

 

「それならいいわ。あ、そうだわ、まだ少し動けるなら、門の前で気張ってるのをどうにかしてくれると嬉しいのだけど」

「え? 美鈴?」

「そう。こんな時こそ頑張らなきゃって、もう暑苦しくてかなわない」

 

 鬱陶しそうに言うパチュリーだったが、気をかけているのが透けて見えていた。フランは一人でにやにやした。

 

「……なに?」

「いんや、何も?」

 

(……それにしても、それなりに焦ってたのかなぁ)

 

 館へ戻ってくる時に発見出来なかった事実に、自分が思ってたよりも焦ってたことを知ったフランだった。

 その後フランは門まで行くと、狐の妖怪がうんぬんと言う美鈴を強制的に休ませ、レミリアを回収して姉の自室に運んだ。そしてそのまま一緒に並んでベッドに横になった。

 

(……いつ以来だっけ?)

 

 フランは目を閉じて、そんなことを思う。

 横から聞こえる静かな息遣いが心地よかった。

 

 

 

 

 

 数日後、紅魔館に藍がやって来て不可侵協定のようなものを結んだ。

 要約すると、『しばらく大人しくしてれば後で自由にしていいよ』といったものである。

 暴れまわったことを考えると破格の条件であった。

 

 というようなわけで、紅魔館はしばらく平和になった。

 問題があるとすれば、当主であるレミリアが暇に飽きていることだけである。が、それもしばらくしたらなんとかなかった。地下の自室にこもりまくっているフランは知らないが、いつのまにか紅魔館はとってもにぎやかになっていた。

 

 そんなこもりきっているフランは、紫のスキマをどうにか再現できないかと試行錯誤していた。常識外のあの能力、それはフランの好奇心を大いに駆り立てた。

 しかし進捗は芳しくなかった。ある程度のものならばすぐに再現出来るフランの魔法操作力でも、スキマだけはどうにも上手くいかなかった。目で見て覚えた構成を再現しようとしても、スキマが生じないのである。覚えているのと理解しているのとの違いだった。ぐにゃぐにゃとした何かを記憶しているだけだった。これではさすがのフランもどうしようもなかった。

 だが諦めきれなく、アレンジを加えに加えてなんとか似ただけのものでも、と意地になっていた。

 そんな日々がずっと続いていたが、とりあえず一段落したので気分転換に姉の顔でも見ようとフランは部屋を出ることにした。

 すると驚いた。

 

「……なんかいっぱいいるんだけど」

 

 そこらじゅうにうじゃうじゃと妖精がいた。わちゃわちゃと掃除をしている風である。

 慣れない光景に、辺りを見渡しながら歩くと、もう一つ違和感を覚えた。

 

「こんなんだっけ?」

 

 なんか屋敷広い。

 代り映えのしない景色に、歩くのが面倒になり、飛んで移動することにした。

 

(……全体的に綺麗になってる)

 

 知らない光景に、フランは別の場所に転移した気分になった。

 ふと、ここに姉はいるのかと不安になった。

 そんな不安の中、少し急きながらレミリアの自室までたどり着いた。

 

「あら、フランじゃない」

 

 レミリアは普通にいた。

 立ったままのフラン。平然としているレミリア。優雅なティータイムといった感じである。

 

「ああ、そうだ。せっかくだから紹介するわ」

「なにを?」

 

 思い当ったのは。

 

(屋敷の妖精のこと?)

 

「少し前に拾ったんだけど、これがなかなか優秀でねぇ」

 

(……妖精が?)

 

 レミリアは手を鳴らし、呼んだ。

 

「咲夜ー」

 

 すると、レミリアの前にメイド服の女性がいきなり現れた。

 瞬間、フランは固まった。

 

(……あれ? この感じあれだ。知ってる感じのやつだ)

 

「十六夜咲夜よ、私が名付けたのよ。パチェに少し手伝ってもらったけど」

 

 自慢げなレミリア。

 さらに固まるフラン。

 

(お姉さまにしてはまともな名前をっ!?)

 

 まもなく脳内のショックから回復したフランは、咲夜と呼ばれたメイドをじーっと観察し始める。

 肩口までの銀髪に、前髪には左右1本づつ編み込んだものを垂らしている。顔は怜悧な感じでクールな印象を与え、メイド服がなんかやけに似合っている。

 

「ご紹介いただきました。十六夜咲夜と申します。以後、お見知りおきを」

 

(……思い出してきた。たしかお姉さまとかなり親密だったはず。そして――)

 

「――フラン?」

 

 いまだに一言も発さずに固まっているフランに、レミリアが声をかけた。

 気づいて口だけ動かす。

 

「あ、ごめん。凄いなぁって思って」

 

 首を傾げ、「なにが?」といった感じのレミリア。

 

「時を止めるって、まったく見えなかった」

 

(さすがに見えないものは見えないよなぁ)

 

 真似もなにもない。見ることすらできないものの構成を理解することなんて、出来ようはずが無い。

 

(でも全く見えないなんてことあるのかな? 時を止めるって言われても私が何かに干渉されたような気はしないし)

 

 硬直したままのフランだったが、目の前の二名も硬直していた。

 いち早く立ち直ったレミリアの言動は、彼女からすれば当然のことであった。

 

「さすがフラン!! まさか咲夜のあれが分かるなんて、さすが私の妹だわ!」

 

 「ねえ? そう思わない?」といった表情で咲夜を見るレミリア。嬉しそうな感じが隠しきれていない。

 咲夜は視線に気づき、そこでようやく硬直が解けた。

 

「――正直、驚かされました。……差支えなければどのようにして見破ったのかを、お教えくださいませんか?」

 

 と、目を伏せながら言う咲夜。

 フランは困惑した。

 

「どうやってっていうかなんていうか……」

 

(知ってました、とは言えないしなぁ)

 

「というか、もっと楽にしていいよ」

 

 話をそらしにかかるフラン。

 

「はぁ」

 

 相づちのみをうつ咲夜。

 

「ここの住人の主な仕事は、お姉さまの我が儘を聞くことだからね。皆、仲間だよ」

 

 さも当然のようにいうフラン。腕を組み、したり顔でうんうんと首を上下に動かしている。

 

「……え? それってどういうこと?」

 

 当然反応するレミリアと、それを不思議そうに見ている咲夜。まだ見ていない当主の一面を垣間見てしまったのかも知れない。

 

「――じゃあ私戻るねー」

 

 フランは人差し指を伸ばし、目の前を縦になぞった。

 すると、なぞった部分に赤い線が走り、空間が縦に裂けた。

 

「またね~」

 

 そういうと、空間の裂け目に入っていった。

 その様子を見ていた二名は再び固まった。

 

「……あれが私の妹のフランドールよ。ちょっと、……いや、かなり変わってるけどよろしくしてね」

「……はい」

 

 数分後、咲夜に用意させたお茶を飲んだレミリアは盛大に吹きだしていた。謎茶。

 

 

 

 

 

 部屋に赤い裂け目が出来る。

 

「ふぅ、ちゃんと成功したみいたい」

 

 フランは自室に帰ってきた。

 

「でもまだ、仕掛けが必要。ここをなんとかしなきゃ劣化版もいいところだし」

 

 紫のスキマをなんとか再現しようと試行錯誤した結果、パチュリーの前に使っていた転移術式を応用し、あらかじめ座標を定めておいた場所には移動できるようになっていた。だがそれだと、前と移動方法が違うだけで結果は同じものだったので、フランはまったく納得いっていなかった。

 それからまたこもる日々が再開したが、ある時、フランに来客がやってきた。

 

 

 それはいきなり現れた。

 

「はぁ~い。元気~?」

 

 胡散臭さが挨拶したようなものだった。

 フランは声の方向に視線を向けた。

 部屋の隅から、なんか胡散臭いのが上半身だけ生えていた。

 

「えっと、八雲紫だったよね」

 

 ある程度最近の記憶なので、すぐに出てきた。

 

「覚えていて下さっていたのね。嬉しいですわ」

 

 扇で口元を隠す紫。クスクスと笑っている。

 

「あまりの胡散臭さに、すぐに思い出した」

「……そう」

 

 実は少し気にしている紫。

 

「よく……、たまに言われるのですが、思い当ることがないですのよねぇ」

「分からない時はとりあえず反対を選ぶといいんだよ。キャピキャピしてみたらどうかな」

「きゃぴきゃぴ……」

「名前をゆかりんに改名してみるとかどう? 相手の警戒心が薄れそうだよ」

 

 さすがに採用は出来なかった。

 

「私にも面子がありますので、それは……」

「そう? じゃあ、プライベートの時とかそうしたら?」

「……考えておきますわ」

 

 急に帰って寝たくなった紫はささっと用事を済ませることにした。

 

「あなたに会いに来たのは雑談が目的ではありません」

「そうなの?」

「あなた方と交わした契約についてのお話しです」

「あ、うん」

「この度、あなたのお姉さんには異変に値するものを起こしてもらいます。その代わり、それが無事に済めば敷地外から出ることを許可します。――ということなのですが、ここまではよろしくて?」

「はぁ」

 

 割と興味がないフラン。

 紫にも伝わった。

 

「……その際に、あなたのお姉さまには負けてもらいます。ですが、ルールを定めての戦闘になりますので大怪我を負うことはないはずです」

「ああ、そういうこと」

 

 フランは紫の心配事が分かった。

 

「お姉さまが負けてるところを見て、暴れるなってことね」

「間違ってはいません」

「別にいいよ。――でも、いずれ私も参加していいんだよね?」

「勿論ですわ。歓迎いたします」

 

 紫はちょっとほっとした。

 

「では私の用はこれで終わりですので」

「またねー」

 

 フランは早く研究の続きがしたい。

 紫を見送ったあと、フランは気づいた。

 

「あ、本人に聞けばよかった」

 

 あーあ、と一人ごちた。

 

(それよりも、やる事ができたからいっか)

 

 スペルカードのことである。

 とはいえ、実はそんなに乗り気ではなかった。

 フランは、スペルカードルールというものが自分にとって非常に有利だと思っている。

 見ただけで構成さえも見抜けてしまう目を持ち、吸血鬼の身体能力に加え、長年引きこもって研鑽を積んできた魔術。普通にやれば敵はいないと思っている。

 しかし、参加はするつもりである。

 

(せっかくだしね)

 

 ということで、お手本を見にいこうとパチュリーに会いに行くことにした。

 そして、たまげた。

 

「――なにここっ?」

 

 パチュリーの部屋もとい、図書室もとい、大図書館である。めっちゃ広かった。

 

「あら、フラン。どう? 中々でしょ?」

 

 中央に椅子に腰をかけて本を読んでいたパチュリーが、フランに反応した。

 まんざらでもないような顔をしているが、隠せていない。得意気である。

 

「へー凄いねー」

 

 フランは素直に褒めることにした。

 

(良い本あるといいな)

 

 自分の欲のために。

 

「他の部屋に分けて置いていた本も合わせて、全てここにあるわ」

「ひえー」

 

 山から景色でも眺めているように、大図書館を見るフラン。

 

「そしてここの管理は全て小悪魔がやっているわ」

「……ぐぇー」

 

 なんか声が聞こえてきた。

 

(妖精かな?)

 

 フランは気にしないことにした。

 

「それよりこの後で皆で勉強会開くのだけど」

「勉強会?」

 

 今更なにを? といった感じの表情のフラン。

 

「ここでの公用語は日本語よ。意思疎通のために習得する必要があるわ」

 

(そゆことね。……あ)

 

「……あー、私多分喋れる」

「え?」

「多分だけど」

 

 パチュリーは試すことにした。

 

「『コンニチハー』」

「『こんにちは』。うん、喋れるね」

「……どうしてそんなに上手いのかしら? 発音まで自然な感じだったわ」

「むしろパチュリーのその発音はどっから仕入れたの」

「その辺にうろついてる妖精をひっ捕らえたのよ」

「ああ」

 

 そして。

 

「参加決定ね。講師として頑張ってちょうだい」

「え、私教えるのすっごい下手なんだけど」

「知ってるわ。『これはこうゆうものだから、つまりこういうことね』とかいう理解を妨げるふざけた説明を良く聞いたもの」

「えぇー」

 

 見て理解出来るフランは、その段階を上手く言語化できない。

 

「とにかくよろしく。話せるから話せるとか駄目だから」

「ぶー」

 

 すでにある程度は喋れるパチュリーに、やたらと覚えが良い咲夜、講師的にやる気だけはあるレミリア。そんな中、フランはなんとか講師役をやりきった。なんか初めから話せた美鈴は門の前でたたずんでいた。その間に妖精と仲良くなったとかなんとか。

 


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