フランちゃんは引きこもりたかった?   作:べあべあ

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第14話 vs 紫

 月夜の草原。

 寂しげな木々が月光受け、草海にまばらに影を作っていた。涼やかな風がその表面を撫でるが、映る影には影響は見られない。

 色も時も薄れ、生さえも希薄に感じさせる中、それら全てを否定するかのような生と死の奔流がその上空に二つあった。

 

「思った以上の役者がいるとはな」

 

 蝙蝠の羽を大いに広げる悪魔。その姿はまさしく夜の帝王、カリスマの具現である。

 

「ご期待以上でなによりですわ」

 

 余裕の笑みの女性。

 腰まで届く少しウェーブがかった金髪に、紫と白の服が特徴的である。

 

「だがこれも必要なことだ」

「あら、占いでもおやりになりますの?」

「ああ、お前の苦渋の顔が見える」

「向いてはいないようですわね、転職をおすすめしますわ。――ご紹介いたしますわよ?」

 

 悪魔は紅の瞳を忌々し気に細める。微かな苛立ちと共に悪魔は理解した。経験則。人の意を理解した上でとぼけて見せる話し方。幼いころから知ってる者にそっくりだった。

 だから断言した。

 

「お前は嘘が上手いようだ」

「あら、どうして?」

 

 鈴の音のような笑い声。確信に至った。

 

「似たのを知ってるからさ。お前と違ってとっても可愛いがね」

「失礼ねぇ、それだと私が可愛くないみたいじゃない?」

「……問答は終わりだ」

 

 悪魔、レミリア・スカーレットは牙を見せる。気品すら感じさせる獰猛な牙。

 レミリアの両翼が大きく動く。月光に当てられた闇色の翼が羽撃つ度に、光を遮り周囲を闇に変えた。

 

「せっかちねぇ。それも嫌いではないのだけど」

 

 言い終わるのを待たず、レミリアは行動を開始した。

 夜の吸血鬼というのは、力の全てが強大になる。

 音を置き去りに、色を横線に。

 音速を超えた突進。

 流れる景色の中、紅の瞳は捕らえた。

 自身に迫り来る、数多くの妖力弾を。

 レミリアは翼で空気を叩き、斜め上に急転換する。

 

「ふんっ」

 

 ――ただ突っ込むだけでは駄目そうだ。

 レミリアは短く鼻を鳴らし、そのまま大きく距離を取った。

 

「あら? もう終わりですので?」

 

 レミリアは答えない。扇の奥には余裕の笑みが浮かんでいることが想像出来たからだ。口では勝てない、ならば勝負しない。

 そんなレミリアが採った選択肢は、トライ&エラー。

 身体能力任せの突撃。

 レミリアは、一気に距離を詰めた。

 花火のような弾幕が襲い来る。

 その合間を縫って前へと進む。超高速で横移動するその様は、分身してるかのようにも見えた。

 しかし届かない。

 後方へ下がりながら迎撃の弾幕を張る相手に対して、避けるための左右の動きが距離を縮めることの邪魔になっていた。

 それでも繰り返す。投げ槍を何度も放つかのように、何度も繰り返す。

 声。

 

「まだおやりになるの?」

 

 呆れの意が混じった声色だった。

 動きが止まるレミリア。が、すぐさま吐き捨てるように答える。

 

「何のことか分からん」

 

 口元をつり上げると、また突撃を始める。

 その速度は突撃の毎に増していったが、比例して身体の負傷も増えていた。放たれる妖力弾の傍を高速で移動するだけでも、損傷するのだ。その都度、傷は再生しているが、何分、数が多い。

 しかし距離が縮まらない以上、止まる訳にはいかない。レミリアは空を行き、地を駆ける。風を切り裂き、土草を跳ね上げる。

 障害物のように漂う妖力弾を弾き、縫い狙ってくるレーザーを避け、前へ、さらに前へと、飛ぶ。

 魔力を練り、赤色の魔力弾を複数生み出し、相手へと放つ。自身もそれに紛れるようにして飛ぶ。

 しかし、それでも届かない。

 回避のための動きを最小限にしたつもりのレミリアだったが、届かないものは届かなかった。真っ直ぐ進んでいたつもりだったが、実際は上手いことあしらわれ、ぐるぐると周囲を移動していただけになっていた。

 

 ――ならばどうするか。

 レミリアの戦意はまったく落ちていない。

 

「無駄だということがお分かりにならない?」

 

 悠然と微笑んだ後、「見込み違いだったかしら」とぼそりと呟いた。

 レミリアの聴覚はそれを捕らえた。

 

 動きが止まる。

 

 試すものはある程度試した。

 頭にあるのは最期の策。

 それは、

 

「それでもやる事は決まっている」

 

 相手の目を見る。

 

「言わなかったか? これは必要なことだと」

 

 自嘲気味に笑う。

 

「それにあれこれと考えるのは私らしくない。私の役目は体を張ること。つまり――」

 

 羽が大きく空気を擦る。

 一、二、三。――羽が止まる。

 風と共にレミリアの姿が消える。

 まさしく特攻。

 今までで一番速いその前進速度は、敵の笑みを消す程の速さにはなった。だが、迎撃に放たれる弾幕の数までは減りはしない。

 周囲を回って攪乱することも何もなく、放射状に広がる光の雨粒の中心へと直進する。

 避けることもせず、身をよじることすらしない。

 目を焼くような極彩色の豪雨の中。ただ前進のみに力を注ぎ、愚直に直進する。

 左肩にレーザー。

 貫通。

 左半身を焼かれる。

 それでも速度は緩めず、進む。

 その弾頭ミサイルの如き突進は、後退する敵へとついに届き得た。

 

 ――殺った。

 

 口を開け、首筋を噛み砕く。

 閉じた口から歯と歯のみがかみ合った振動が伝わる。

 研ぎ澄まされた時間間隔の中で、レミリアは何かを見ていた。明らかに異質な何かを。

 片翼を焼かれ、バランスをとれなくなった身体が意と関係なく、空中で反転する。

 レミリアは自身の上空に、口元を扇で隠す敵を見た。

 

「非礼をお詫びいたしますわ。貴方の決意にお答えしましょう」

 

 空間が裂けた。その裂け目からたくさんの目がこちらを覗いている。

 

 ――これか。

 

 理由と同時に、裂け目から感じる力が強まるのが分かった。

 

「……ここまでか」

 

 その時、レミリアの目の前が赤色に染まった。

 津波のような赤色の魔力が、目の前の空間を流れていったのである。

 

「――お姉さま!」

 

 フランがいた。

 

 

 

 

 

 

 そのわずかばかり前。

 上空を駆けるフランが遠目から目にしたのは、宙に浮いているだけに見える傷ついた姉の姿と、その姉をいまにも攻撃しそうな人型の妖怪だった。

 フランはその光景の情報を理解すると同時に、魔力を練り、勢いよく流した。

 構成もなにもない無茶なそれは、方向性を持って破裂し津波のようになった。

 結果、レミリアの上空はすべて流された。

 

「――お姉さま!」

 

 フランは姉の元までたどり着くと、姉の体を抱きかかえた。

 近くで見ると、痛々しいまでに傷を受けた姉に言葉が出なかった。

 そんなフランにレミリアは微笑んで見せた。

 

「――結局、心配させたわね」

「……お姉さま」

 

 レミリアの本心ではこのまま逃げてほしかったが、フランがそれを嫌がるであろうことは分かっていたし、なにより自分の直感を信じた。

 だから、

 

「――頑張ってね。応援してるから」

 

 応援した。

 

「……ゆっくり休んでね。私のお姉さまは、お姉さまなんだから」

 

 よく分からない言葉の後、フランは懐から魔法陣の書かれた紙を取り出し、レミリアに乗せた。紙に魔力を込めると、魔法陣は発動し、レミリアの姿は消えた。

 ――声。

 

「随分と仲がよろしいのね?」

 

 こちらを見守っていた妖怪の声である。

 フランが顔を上げると、互いに目が合った。

 

「あなたのお姉さんが頭目でいいのよね?」

「うん、そう」

 

 妖怪はその答えに満足したように口元を緩めるが、すぐに扇で隠した。

 

「お姉さんは見させて貰いました。私はあなたたちを受け入れようと思っています。……どうかしら? もう戦う必要もないと思いませんこと?」

 

 フランの表情は硬いままである。

 

「私……、やっぱいいや。結論から言う」

 

 フランは自分で言葉を中断した。

 そして剣呑な目つきで言う。

 

「――結構、キてる」

 

 枯れ枝のような羽が伸び、それに下がる結晶が妖しく輝く。

 フランは戦闘態勢をとった。

 

「復讐に付き合うのは面倒ですわねぇ」

「そう言わずに付き合ってよ、八雲紫さん?」

 

 フランは嗜虐的に口元を歪めた。

 

「……どこで知ったのかしら?」

 

 返答代わりに、フランは魔力弾を放った。

 それは藍が使用したものと酷似していた。

 八雲紫の目が鋭くなった。

 フランはにやりと笑う。

 

「ああ違った、紫様、――だっけ?」

 

 紫の声色が冷たくなる。

 

「無事なのかしら?」

 

 紫は自分の式に応答するように念を送るが、返事が返ってこない。

 

「さあ、どうだろうね?」

「……戦う理由が出来ましたわね」

 

 フランは戦意の高揚と共に、抑えていた魔力全てを開放した。


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