レミリアは音を上げた。
「ねぇー、ぱちぇー? もうこんなもんでよくない?」
場所はパチュリーの部屋。まだ整理されていない本が散乱している。数が多すぎるのである。
「――駄目よ。レミィは色々と力技すぎるのよ。無駄な力を使いすぎ」
「だってぇー」
ごねるレミリア。頬をふくらませてぶーぶー言っている。
「こんな地味なこと私には合わないのよ、そう、きっとそう」
「何言ってるの。だいたい魔法を教えてほしいって言い出したのはレミィでしょ」
「……気が変わったのよ」
そっぽを向くレミリア。そしてさっと立ち上がり、
「ちょっと外に出てくるわ」
背を向けパチュリーから逃亡を図った。あまりのスムーズさにパチュリーはなにも言えなかった。
部屋に残された形になったパチュリーはため息ついたあと、何事もなかったように手元の本を読み始めた。そのまま読みふけった。
住民も増えた屋敷は近頃大変平和である。
人間の対処という観点からすると、完全に戦力過剰である。襲撃者ももうしばらく来ていない。時代の移りなのかもしれない。
そんなわけで各々好きに生きている。
フランはパチュリーの本を読んだり、パチュリーと魔法談義をしたりといった感じで、パチュリーもそんな感じである。レミリアはそこに割り込んでみたり、外出したりといった日々を過ごしている。外から帰ったレミリアは最近は風情がうんぬんとよく愚痴っている。つまり、暇。つまらないらしい。
しかし門番の美鈴はそれ以上に暇だった。日中ほとんど寝ている。夜も寝ている。でも割といつも起きている。よく分からない。
そんな美鈴は急に忙しくなった。
ある日のパチュリーの部屋、全員勢ぞろいでティータイム中のことである。洋菓子と紅茶、いつものセットである。
それは置いておいて、事の発端は当然のごとくレミリアの発言だった。
「やっぱり、館を真っ赤に染めましょうよ」
「お姉さま、またそれ?」
「いいじゃない。綺麗になるわ」
「まぁ、悪くはないと思うけど……」
フランのその言葉にパチュリーが慌てた。
「――ばか、ふらんっ」
「あ」
フランも気づいた。
「でしょ? そうでしょ? やっぱりそう思うわよね? よし、決めたわ。そうしましょう」
「……レミィ、決めるのはいいけどどうやるつもりなの?」
「え? そこはあれよ、パチェが魔法でぱーっとやればいいじゃない」
「冗談いわないで。そんなこと出来るわけないじゃない」
「え? 出来ないの? じゃあ、フラン――」
「無理」
にべもない。
「じゃあ、美鈴に……」
「うん、それがいいよ。美鈴に頼んでくればいいとおもうよ」
フランは美鈴に丸投げした。出来るわけがないと思っている。が、フランの予想通りにはならなかった。
すぐに美鈴にまで突撃して、そのまますぐに帰ってきたレミリアがこう言ったのだ。
「やったわ! 美鈴にうなずかせたわ!」
「えー……」
フランが思っているよりも、美鈴はお人よしであり暇であったのだ。
それから年月をかけて、館は少しずつ手作業で赤く染まっていった。見かねたフランやパチュリーが多少手伝ったり、レミリアが激励したりして、館の大半が赤に染まった。
「決めたわ! この館は今日から紅魔館よ!」
四人が揃う食堂でレミリアは高らかに宣言した。
「うーん、まぁいいんじゃない?」
ねぇ? とフランはパチュリーの顔を見た。反対すればどうなるか。次の案など聞くだけで恐ろしい。
「そうね。私もそれでいいと思うわ」
パチュリーはちらりと美鈴を見る。
「あ、結局それにしたんですね」
フランとパチュリーは互いに目を合わせて、うなづき合った。
やっぱりいくつか案があったのだ。変な名前じゃなくてよかった。
そんな思いである。
「それにしても美鈴は大変だったね。お姉さまの思いつきであちこち駆け回ったみたいだし」
「いえいえ、最近暇だったので」
なんでもないように美鈴は言う。
「ついでに武者修行まがいのこともしましたし、そう悪いものではなかったですよ。知ってますか? 最近の人間は剣や槍、鎧など使わないんですよ?」
「へー、そうなんだー」
(さすがに知ってるけど)
自分の言葉で昔を思い返した美鈴は、ここにやってきたばかりの時などが頭に浮かんできた。
「居心地がいいので、ここにいるのも長くなりましたねぇ」
「そういえば、けっこう前のことだったわね」
同じく過去を振り返ったレミリアに、疑問が生まれた。
「そういえば美鈴ってなんで屋敷に居ついたんだっけ? 掃除婦?」
「――え?」
美鈴はフォークの先のケーキを落とした。
「いや、違ったわね」
「そうですよ、何言ってるんですか」
「庭師? なんか勝手に花壇作ってたし。いやそれは別にいいんだけど」
「いやいや、嘘ですよね?」
焦る美鈴。
フランがフォローに入る。
「もう、お姉さまったら」
美鈴は安堵の笑みを浮かべて、フランの方を向いた。
「美鈴はね……、えっとね、アレだよ」
あれ? っと首を傾げるフラン。
「……お姉さまのせいで、ちょっとド忘れしちゃったかも」
とりあえず姉のせいにするフラン。美鈴と目が合わせられない。
「……今日からフランちゃん呼びしますよ」
美鈴は、ときどきレミリアがフランのことを、フランちゃんと呼んだ時のフランの顔を思い出してそう言った。
「え、別にいいけど?」
「え? いいんですか?」
「うん、美鈴ならいいよ。お姉さまは駄目だけど」
当然突っ込むレミリア。
「ちょっと! なんで私だけ!?」
「えー、だって、……ねぇ?」
悪だくみ仲間を見るような目線で美鈴に視線を送るフラン。
「あははは、はは」
かわいた笑い声で誤魔化そうとする美鈴。すぐにフランの仕返しであることに気づいた。
「私がフランちゃんなら、お姉さまの呼び方も変えないといけないと思うんだけど、そこはどうなの?」
美鈴は、まだレミリアへの報復が済んでなかったことを思い出した。
「では、今日からおぜうさまとお呼びしますね」
「なによそれ。わけが分からない。却下よ、却下」
「駄目よ、お姉さま。もうお姉さまが決められることじゃないのよ」
「だからなんでよ」
満足したフランはパチュリーに目配せをした。
話題を変えたいという意を伝えている。
「……紅茶が美味しいわね」
と、紅茶をすするパチュリー。やる気が感じられない。
「これ茶葉変えたの?」
強引に続けようとするフラン。
「いえ、いつものやつです」
毛ほども察しない美鈴。
「……もう駄目駄目ね」
ため息をつくパチュリー。
美鈴はよく分からないけど自分が批判された事だけは分かったので、ちょっとした反抗に出た。
「えー、大体パチュリーだって似たようなものだと……。ただの居候てきな?」
美鈴は喧嘩を売ってはいけない相手に喧嘩を売ってしまった。
「聞き捨てならないわね。なに? 私がただの居候ですって?」
「え? そうじゃないの?」
「レミィは黙ってて!」
「はい」
バンっとテーブルを叩き立ち上がるパチュリーにレミリアはびびった。
「私がっ、どれだけのっ、そこの蝙蝠の無茶ぶりをっ、叶えてきたかっ」
びしっとレミリアに指を指すパチュリー。なんかもうすでに息切れしている。
「…………」
あーんなことあった、こーんなこともあった。色々思い返す美鈴。レミリア被害者その2である。元はその1だったが、その1は現在パチュリーになっている。ヘタに色々手広く出来るせいでその1になったパチュリー。なお、フランはやりたくないことから巧妙に逃げているので被害者にはなっていない。
「はいはーい! パッチェパチェ~」
フランがなにか言い出した。
「……なに? その頭悪そうな呼び名は? もしかしなくても私?」
「だって美鈴がさっさと決めないから、パチュリーだけ呼び名そのままじゃん」
「だからってそんなの嫌よ。――ねえ? 分かってるわよね?」
ギロッと美鈴を睨む。そんな呼び名にするとどうなるかという脅しである。
「分かってますよ、ぱっちぇぱ」
パチュリーは美鈴に手を向けた。なんか光っている。
「何か言った? もう一度言って貰えない?」
「なんでもございません。パチュリー様」
ヒエラルキーが定まった。
話の区切りと見たレミリアが口をはさむ。
「ところで私、いいこと考えたんだけど」
「駄目」
「却下」
その思いつきは、フラン、パチュリーの順で即座に葬られた。
「ちょっと! 聞きなさいよ!」
「やだ」
「面倒」
取りつく島もない。
美鈴は関わらないように、残りわずかの紅茶をくるくると回している。
「いいわ! 勝手に言うから!」
どうせそうなると思った。
拒否し続けていた二人が思ったことだが、口には出さない。
「幻想郷ってのがあるらしいのよ! ――知ってた?」
「うん」
「知ってたわ」
説明する気満々だったレミリアは肩透かしをくらった。
「……知ってたの?」
「うん」
「ええ」
不満気なレミリア。
「なんで早く知らせてくれないのよ。とっても面白そうじゃない」
「そういうと思ったから」
「連れてけって言われたくなかったから」
気を取り直して。
「ということで行くわよ!!」
そうなった。
頼まれたらなんか断れないので、最初から頼まれないようにするというのが、フラパチェの最近のトレンドであった。代わりに散々にからかってやるのである。レミリアの押しはこの館においてさいきょーだったのだ。